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5章:すれ違いもまたスパイス
1話:年上としての矜持(リカルド)
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騎士団内部の風邪大流行も落ち着き、倒れたエリオットも無事に復活した頃。
リカルドは一人大きな溜息をついていた。
「どうしたのですか、リカルド先生?」
風邪から復活したばかりのエリオットの診察をしならが、リカルドは知らず知らずのうちに暗い顔をしていた。それを察したエリオットの方が気遣わしい目だ。
「何か、困った事でも」
「あぁ、いえ。プライベートな事なので」
本当にプライベート、しかも自分の気持ちのあり方の問題なのだ。
だがエリオットは穏やかに笑って、「話を聞く」と言ってくれた。
ここにきて、誰かに悩みを打ち明ける事で気持ちが楽になることを知った。以前は相談できる相手なんていなかったのに。
今では同じ医療府のエリオットには、わりと話ができるようになっていた。
「どうしたんですか?」
「……焦ったり、不安になったりする事って、ありますか?」
「え?」
リカルドの言葉に、エリオットは少し首を傾げる。そして、正直に頷いた。
「ありますよ。むしろそればかりです」
「もう、長いのですよね? それでもですか?」
「勿論! 私とオスカルでは家の格が違いますし、感覚の違いもあります。それを少しずつすり合わせたり、時々喧嘩をしたりしながらここまで来たのです。私はいつも余裕がなくて……突っ走る性格ですし」
エリオットは恥ずかしそうにそんな事を言う。少しずつ言いごもる感じはむしろ可愛いのだが。
でも、仲よさそうな二人の間でもそんな事があるのかと思うと少し気が楽になった。
「何を焦っているのですか?」
「あぁ……焦るというか、余裕がない感じがしていて」
呟いたリカルドは、最近の自分の気持ちを素直に伝えた。
「私の方が彼よりも年上なので、余裕をと思っているのです。リードしたり、もっと包み込む様な……。なのに現実は違っていて、彼がジェームダルから戻ってきたら余計に抑えがきかなくなっていて……求めてしまいがちになるんです」
自分で言いながら恥ずかしさに顔が熱くなる。徐々に俯いてきたリカルドに、エリオットは小さく微笑ましく笑った。
「いいではありませんか、求めても。チェスターですよね? 彼は拒むのですか?」
「拒みませんよ、彼は優しいから。でも……安息日前日だけだったのか週に二回になり、四回になりと増えていって。彼は毎日訓練もしているのに、負担になっているのではないかと」
「そんなヤワな体力はしていないと思いますが」
平然とエリオットがそんな事を言う。この人も見た目に似合わず元騎兵府だ、苦しい訓練を知っている。そんな人が言うのだから平気なのかもしれないが。
「私は一応医者です。休息の大切さを説くべきなのにこんな……情けなくて」
でも、どうしても求めてしまうのだ。側にいるとどうしても触れたくなり、そのうちにキスをしたくなり、してしまうともっと求めてしまって。
チェスターもそれを察してくれて、逆にリカルドの体を気遣いながら触れてくれる。嬉しいし、溺れてしまうけれど事後に「これでいいのか?」と自己嫌悪してしまうのだ。
「いつからこんなになってしまったのか。元は一人で十分だったのに」
今では孤独だった頃の自分を思い出せない。どんな風に日常を過ごしていたのか。自分で作った食事の味とか、分からないくらいなのだ。
エリオットは目を細めて柔らかく笑う。そして、リカルドの頭を撫でた。
「いい事ですよ、それで。孤独なんて好んで選ぶものではありません。長く離れていたのですから、反動で側にいたいと思っても不思議はありませんよ」
「エリオット先生はそう思いますか?」
「そうですね……。私よりも、オスカルがそんな感じですから。でも、側にいたいと素直にいわれるのは嬉しく思いますよ」
そういうものなのか。確かにチェスターも嫌な顔をしたりはしない。嬉しそうに笑っている。
でもこんな事経験がないリカルドにとっては、これが表面上の事なのか心からの事なのか、いまいち自信がない。
ましてや忌まわしい力を持って生まれてしまい、一度は世を捨てようとしたリカルドだ。自分にそんな価値があるのかわからない。
「リカルド先生も、そんなに難しく悩まずに今は思うようにしてもいいと思いますよ。もしくは、ちゃんと話をしてみる事だと思います」
「……そう、ですよね」
結局は話すべきなのだろう。けれど自分の感情が上手く整理できないせいで何を話せばいいのか、それも分からない状態なのだ。
その夜、部屋の中でリカルドはやっぱり溜息をついていた。エリオットのアドバイスで話そうと決めたのだが、何を話せばいいのだろうか。
「頻繁に求めるのは、嫌じゃないか?」
こんなの、嫌だと言う訳がない。例え少し思っていたとしても、チェスターは言わないだろう。
「少し距離を置こうと思う」
は、別れ話に聞こえて言いたくない。別れたくはないのだ。
「頼りなくはないか?」
間違いなく「そんなことない」と返ってくる。
「はぁ……どうしよう」
一人でいれば悩みなんてなかった。自分の生き方を自分で決めるのだから。
でも、相手がいるとそうじゃない。チェスターはどう思うのか、自分はどう思われているのか。それを考えてしまう。
その時、軽いノックの音がした。
「先生、いる?」
戸は開かないまま、声が問いかけてくる。ここでドアを開けなければいい。何とでも言える事だ。明かりも落としてあるから、居留守も「寝てしまった」でも言い訳はできる。
でもリカルドは立ち上がってしまう。そしてドアを開けるのだ。
「あっ、良かった。どうしたの? なんだか浮かない顔してるけれど」
屈託のない笑顔と、心配する言葉と表情。飼い主を案ずる犬の目に見える。だから、思わずヨシヨシしてしまうのだろう。
「先生?」
「……大した事じゃないんです。少し、疲れているだけで」
「え! あぁ、じゃあ今日はこれで帰るよ。寒くなってきたし、先生忙しかったんだから休んだ方がいいし。ごめん、俺気付かなくて」
慌てたように目を丸くして退散宣言されたら、胸の奥が切なくなる。離れたくないんだと、何処かで訴えている。
でもまさか、言えない。彼との関係が、その距離の適切さが分からなくて悩んでいるなんて。
「先生、ゆっくり休んで。次の安息日前日にはお邪魔してもいいかな?」
「いい」と言うのが今までの自分。でも、負担ではない? 重くはない? 頼りすぎていない? こんなに頻繁に会いたくて、キスをしたくて、体温を感じていたいなんて。受け入れてくれるのだろうか。
「あの、少し疲れているので次の安息日前日は」
「え? あぁ、うん。そう、だよね。ごめん俺、気付かなくて。顔色もあまり良くないみたいだし、元気ないから。そうだよね、恋人とはいえ個人の時間も大事だし」
ほんの少し浮かぶ戸惑いの表情。悲しそうな顔をするチェスターを見て、何か言わなければと思うのに言葉が出ない。全部言い訳に思えて出てこなかった。
「じゃあ、おやすみ。ちゃんと寝てね」
「はい、おやすみなさい」
去って行くチェスターの背中を、こんなに寂しく見送るのは初めてかもしれない。募る想いを押し殺すなんて、経験がない。今ならまだ手や声が届く。思うのに、それができないリカルドがいた。
リカルドは一人大きな溜息をついていた。
「どうしたのですか、リカルド先生?」
風邪から復活したばかりのエリオットの診察をしならが、リカルドは知らず知らずのうちに暗い顔をしていた。それを察したエリオットの方が気遣わしい目だ。
「何か、困った事でも」
「あぁ、いえ。プライベートな事なので」
本当にプライベート、しかも自分の気持ちのあり方の問題なのだ。
だがエリオットは穏やかに笑って、「話を聞く」と言ってくれた。
ここにきて、誰かに悩みを打ち明ける事で気持ちが楽になることを知った。以前は相談できる相手なんていなかったのに。
今では同じ医療府のエリオットには、わりと話ができるようになっていた。
「どうしたんですか?」
「……焦ったり、不安になったりする事って、ありますか?」
「え?」
リカルドの言葉に、エリオットは少し首を傾げる。そして、正直に頷いた。
「ありますよ。むしろそればかりです」
「もう、長いのですよね? それでもですか?」
「勿論! 私とオスカルでは家の格が違いますし、感覚の違いもあります。それを少しずつすり合わせたり、時々喧嘩をしたりしながらここまで来たのです。私はいつも余裕がなくて……突っ走る性格ですし」
エリオットは恥ずかしそうにそんな事を言う。少しずつ言いごもる感じはむしろ可愛いのだが。
でも、仲よさそうな二人の間でもそんな事があるのかと思うと少し気が楽になった。
「何を焦っているのですか?」
「あぁ……焦るというか、余裕がない感じがしていて」
呟いたリカルドは、最近の自分の気持ちを素直に伝えた。
「私の方が彼よりも年上なので、余裕をと思っているのです。リードしたり、もっと包み込む様な……。なのに現実は違っていて、彼がジェームダルから戻ってきたら余計に抑えがきかなくなっていて……求めてしまいがちになるんです」
自分で言いながら恥ずかしさに顔が熱くなる。徐々に俯いてきたリカルドに、エリオットは小さく微笑ましく笑った。
「いいではありませんか、求めても。チェスターですよね? 彼は拒むのですか?」
「拒みませんよ、彼は優しいから。でも……安息日前日だけだったのか週に二回になり、四回になりと増えていって。彼は毎日訓練もしているのに、負担になっているのではないかと」
「そんなヤワな体力はしていないと思いますが」
平然とエリオットがそんな事を言う。この人も見た目に似合わず元騎兵府だ、苦しい訓練を知っている。そんな人が言うのだから平気なのかもしれないが。
「私は一応医者です。休息の大切さを説くべきなのにこんな……情けなくて」
でも、どうしても求めてしまうのだ。側にいるとどうしても触れたくなり、そのうちにキスをしたくなり、してしまうともっと求めてしまって。
チェスターもそれを察してくれて、逆にリカルドの体を気遣いながら触れてくれる。嬉しいし、溺れてしまうけれど事後に「これでいいのか?」と自己嫌悪してしまうのだ。
「いつからこんなになってしまったのか。元は一人で十分だったのに」
今では孤独だった頃の自分を思い出せない。どんな風に日常を過ごしていたのか。自分で作った食事の味とか、分からないくらいなのだ。
エリオットは目を細めて柔らかく笑う。そして、リカルドの頭を撫でた。
「いい事ですよ、それで。孤独なんて好んで選ぶものではありません。長く離れていたのですから、反動で側にいたいと思っても不思議はありませんよ」
「エリオット先生はそう思いますか?」
「そうですね……。私よりも、オスカルがそんな感じですから。でも、側にいたいと素直にいわれるのは嬉しく思いますよ」
そういうものなのか。確かにチェスターも嫌な顔をしたりはしない。嬉しそうに笑っている。
でもこんな事経験がないリカルドにとっては、これが表面上の事なのか心からの事なのか、いまいち自信がない。
ましてや忌まわしい力を持って生まれてしまい、一度は世を捨てようとしたリカルドだ。自分にそんな価値があるのかわからない。
「リカルド先生も、そんなに難しく悩まずに今は思うようにしてもいいと思いますよ。もしくは、ちゃんと話をしてみる事だと思います」
「……そう、ですよね」
結局は話すべきなのだろう。けれど自分の感情が上手く整理できないせいで何を話せばいいのか、それも分からない状態なのだ。
その夜、部屋の中でリカルドはやっぱり溜息をついていた。エリオットのアドバイスで話そうと決めたのだが、何を話せばいいのだろうか。
「頻繁に求めるのは、嫌じゃないか?」
こんなの、嫌だと言う訳がない。例え少し思っていたとしても、チェスターは言わないだろう。
「少し距離を置こうと思う」
は、別れ話に聞こえて言いたくない。別れたくはないのだ。
「頼りなくはないか?」
間違いなく「そんなことない」と返ってくる。
「はぁ……どうしよう」
一人でいれば悩みなんてなかった。自分の生き方を自分で決めるのだから。
でも、相手がいるとそうじゃない。チェスターはどう思うのか、自分はどう思われているのか。それを考えてしまう。
その時、軽いノックの音がした。
「先生、いる?」
戸は開かないまま、声が問いかけてくる。ここでドアを開けなければいい。何とでも言える事だ。明かりも落としてあるから、居留守も「寝てしまった」でも言い訳はできる。
でもリカルドは立ち上がってしまう。そしてドアを開けるのだ。
「あっ、良かった。どうしたの? なんだか浮かない顔してるけれど」
屈託のない笑顔と、心配する言葉と表情。飼い主を案ずる犬の目に見える。だから、思わずヨシヨシしてしまうのだろう。
「先生?」
「……大した事じゃないんです。少し、疲れているだけで」
「え! あぁ、じゃあ今日はこれで帰るよ。寒くなってきたし、先生忙しかったんだから休んだ方がいいし。ごめん、俺気付かなくて」
慌てたように目を丸くして退散宣言されたら、胸の奥が切なくなる。離れたくないんだと、何処かで訴えている。
でもまさか、言えない。彼との関係が、その距離の適切さが分からなくて悩んでいるなんて。
「先生、ゆっくり休んで。次の安息日前日にはお邪魔してもいいかな?」
「いい」と言うのが今までの自分。でも、負担ではない? 重くはない? 頼りすぎていない? こんなに頻繁に会いたくて、キスをしたくて、体温を感じていたいなんて。受け入れてくれるのだろうか。
「あの、少し疲れているので次の安息日前日は」
「え? あぁ、うん。そう、だよね。ごめん俺、気付かなくて。顔色もあまり良くないみたいだし、元気ないから。そうだよね、恋人とはいえ個人の時間も大事だし」
ほんの少し浮かぶ戸惑いの表情。悲しそうな顔をするチェスターを見て、何か言わなければと思うのに言葉が出ない。全部言い訳に思えて出てこなかった。
「じゃあ、おやすみ。ちゃんと寝てね」
「はい、おやすみなさい」
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