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5章:すれ違いもまたスパイス
10話:進まない関係(クリフ)
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暗い室内には確かに幸せな空気が漂っている。ピアースの隣りに座ったまま、見上げるようにキスをしている。舌を絡めるたび、甘く蕩けていく。
「んぅ、ピアース」
「クリフ」
少し赤くなりながら名前を呼んでくれるピアースに嬉しく笑ったクリフはそのまま身を委ねた。
けれどピアースは抱き寄せて小さなキスをくれるだけでそこから先には進まない。それは少し不満だった。
「ピアース」
「なに?」
「……ううん、なんでもない」
「しないの?」とは聞けない。その勇気がなかなかでない。もしも「しない」と言われたら悲しいから。
「寝ようか」
「うん」
二人で寄り添うように眠るのは好き。愛しそうに抱きしめられてキスされるのも好き。自信のない時も、挫けそうな時も、負けそうな時も、側にはピアースがいて励ましてくれた。「大丈夫」と言ってくれた。
それで満足。例え体の関係がなくても、ピアースは大切な人に変わりはないんだ。
◇◆◇
「はぁ……」
訓練の合間、思わず出た溜息は思いのほか深かった。
「どうしたの、クリフ?」
隣りにいたコナンが気遣わしい顔でこちらを見ている。それを困ったように見つめたクリフは、力ない笑みを浮かべた。
「ちょっと、個人的な事」
「何かあったの?」
「……ねぇ、コナンはどうやってルイーズ様を落としたの?」
「え!」
少し突っ込んだ話かと思ったけれど、問わずにはいられなかった。それくらい、ちょっと悩んでいた。
コナンは顔を真っ赤にしているけれど、クリフの隣りに腰を落ち着けた。深刻さが伝わったみたいだった。
「どうしたの?」
「うん。僕、ピアースとお付き合いしてるんだけれどね」
「うん、知ってるよ。上手くいってない?」
「そんな事はないよ。ピアースはとても優しいし、楽しいし。僕はいつも励まされてる。上手くいかないことも彼に話すとね、次は上手くいくって思えるの」
「素敵な関係だね」
コナンが嬉しそうに言ってくれて、それに頷く。これにはとてもホッとする。だから分かる、彼の事が好きなのは間違いない。付き合っていたいのは確かなんだ。
確かだからこそ、少し苦しいんだ。
「クリフ?」
「……お付き合いし始めて、一年近く経ってると思うんだ。けれどまだ、体の関係ってなくて」
「え!」
流石に驚いた様子で、コナンは目を丸くしている。そして何とも言えない表情をした。
「キスとかはあるよ。時々、触り合いみたいなことも。でも、そこから先ってないんだ」
「拒まれてるってこと?」
「……違う。なんとなく『このくらいで』っていう空気出されちゃって、僕もそれ以上言えなくて。それで……」
そう、いつもそこで止まってしまう。こっちから「抱いて」とか「もう少し」とか言えなくて困っている。こんな所に臆病な自分が残っていた。嫌われたくないし、引かれたくないし、エッチな子だって思われるのもちょっと抵抗がある。
でも、寂しくなってきた。周囲がみんな幸せそうで、体の関係もあって。そういう話をする仲間達は何だかんだ言いながらも満たされているように見えるから。
コナンは困りながらも本格的に腰を据えてくれた。話を聞いてくれるらしい彼に感謝しつつ、クリフもしっかりと腰を据えた。
「おねだりとか、してみないの?」
「はしたなくない? その気がない相手に強引に迫るのって、引かれそうで怖いよ。コナンはどうしてるの?」
「うっ……。僕のはね、その……ルイーズ様、積極的だから。だから誘うなんてほとんどしないし、そうしたらノリノリで、その……」
「あ……」
コナンの旦那様であるいルイーズは綺麗な顔をした、少し潔癖そうな雰囲気もある人だと思っていた。けれど実情はそうでもないらしい。
「……やっぱり、満たされるよね?」
「……うん。抱かれてる間、幸せだよ。その後もとても安心する。愛されてるって、体も心も感じられるから」
顔を真っ赤にしながらもコナンはちゃんと考えて伝えてくれる。それが嬉しいし、やっぱり羨ましい。
「クリフ、ちゃんと伝えてみたら? ピアースの考えとかもあると思うし、あっちも切っ掛けが欲しいと思ってるのかも。ほら、ピアースって案外相手の事を推し量ってる所あるし!」
「そう、かな?」
コナンは何度も頷く。
そうして思い出してみると、元気で明るくて誰に対しても一所懸命に接するピアースはそのくせ、空気を読んだりしてるかもしれない。
まぁ、第三師団そのものがそういう人が多いけれど。
「一度、ちゃんと向き合ってみたらどうかな?」
「……うん」
確かに、そうかもしれない。ピアースにちゃんと向き合って、自分の気持ちを伝えてみようと思う。もしかしたら何か理由があるかもしれない。
そう思い立ったクリフはようやく少しだけ、笑う事ができた。
▼ピアース
クリフが悩んでいる頃、別の所でピアースも重苦しい溜息をついていた。
「どうしたんだ、ピアース?」
「トレヴァー」
声をかけてきたトレヴァー。その隣にはトビーもいて、二人は顔を見合わせピアースを見ている。この二人とは同じ船を操船する、最も大事な仲間だ。
第三は水軍としての任務もあり、チームが決まっている。何かあればそのチームで動き、連隊を高めている。いざ船を操るとき、信頼が大事になってくるのだ。
「腹でも痛いのか?」
「食い意地張ってるトビーとは違うよ。芋の芽まで食って腹壊すとか、どんだけだよ」
「な! 二ヶ月以上前の事は水に流せって言ってるじゃないか!」
「残念、一ヶ月と二十日前だよ」
「細か!」
顔を真っ赤にするトビーはからかうと面白い。ナルシストというわりに隙の多い彼は、ちょいちょい何かをやらかしている。トレヴァーによれば、初期はもっと面白かったらしい。
「それで、どうしたんだ? 何か悩みか?」
トレヴァーが笑いながらも気遣わしい顔をする。その視線に苦笑して、ピアースは口を開いた。
「トレヴァー、最近恋人できただろ? 誘われる事とかって、あるよな?」
「え! あっ、いや、どうだろう?」
「なんだよ、隠す事ないぜトレヴァー。今更だ」
「デリカシーもないよな、トビー」
ガックリと肩を落とすトレヴァーのとなりで、トビーは笑っている。良くも悪くも大雑把で周りの評価を気にしないのは、ある種最強な気がしてくる。
トレヴァーは顔を赤くしたまま、少し考えてくれる。こういう部分が律儀ないい奴だなって思うんだ。
「そりゃ、あるだろ。あからさまな誘いはなくても、それとなくいつもと様子が違ったりするし」
「キアラン様ってツンデレな」
「いいだろ、そういう部分も」
顔を赤くしながらも開き直ったらしい。トレヴァーは素直に認めた。
「やっぱ、そういうのって応えないと上手くいかない……よな?」
「他は知らないけど、俺の所は確実に拗れる。いや、あからさまな事はないけれど、結構先々まで気にしてたりするんだよ。『あの時』って」
「めんどくさくないか?」
「お前、だから独り身なんだよ」
トビーは雑で自分が一番という部分が多いからか、そんな事を言う。恋愛観が特殊というか、壊滅的なんだろうと思う。
「どうした? クリフと上手く行かないのか?」
気遣わしいトレヴァーの言葉に、ピアースは困った後で頷いた。それというのも、ピアースだってクリフの気持ちは伝わっているのだ。
「俺の問題、なんだけどさ。キスから先になかなか進まないんだ」
「拒まれてるのか? ダサいぞピアース」
「拒まれてねーし! むしろ、その……クリフは欲しそうにしてくれるんだけど、俺がそれに応えられないというか」
「どうして?」
トレヴァーもトビーも顔を見合わせている。そしてピアースの次の言葉を待っている。
「……実は、騎士団に入るよりも前の話なんだけどさ。俺、その時付き合ってた彼女と、その……初めていたそうとした時に、その子に『下手くそで早漏とかありえない』って言われて、それから……」
「「あ……」」
これにはトビーまでが言葉を飲み込んだ。その気遣いが逆に心に痛いピアースだった。
「まぁ、なんていうか……男にとっては痛恨の一撃だな」
「女って時々残酷だな」
「なんか、思い出して涙が出るよ」
童貞なんだから下手くそでも仕方がないじゃないか。早漏だなんて、言われないと分かんないけどショックだったよ。
「その時の思いが強くて、クリフとできないのか?」
トレヴァーに問われ、ピアースは恥ずかしながら頷いた。
可愛い顔で迫られて、求められているのは分かっている。けれどその瞬間、思い出すのはこの言葉なんだ。正直二度目は立ち直れない気がする。
「ビビリ」
「しかたないだろ! 俺、クリフの事は本当に本気なんだ。そんな相手に『下手で早漏』なんて言われてみろ! 俺のハートは粉々だぞ!」
「まぁ、分からないではない」
トレヴァーは同意を示してくれて、何か考えている。その友情が心に染みる。
クリフの事は本当に大切なんだ。ここにきて目覚ましく成長していく彼に、正直置いて行かれたような寂しさや焦りを感じる事もある。何度か相応しく無いんじゃないかと思う事もある。けれど嬉しそうに隣りにいて、微笑んでくれる彼を見ると頑張れるのも確かだ。
「早漏って、直るのかな?」
「それは分からないけど……そもそも、本当に早漏なのか?」
「俺には分かんないよ」
「ってかさ、それって何の問題があるんだ?」
トビーがもの凄くあっけらかんと言ってのける。本当に悩んでいるのにこの態度だ。ちょっとムッとするが、次に飛び込んだ言葉にピアースは目を丸くした。
「早漏だって、満足させられれば問題ないだろ? お前、何度でも出来る体力あるんだから一回で収まりつかないんじゃないのか? それなら、出したって満足させてやれば無問題だろ」
「「あ」」
トレヴァーとピアース、両方から出た結論だった。
「そうだよ! 俺、あの時よりもずっと体力ある!」
「当然だろ? 第三の海上訓練は体力勝負なんだからな」
「ピアース、お前ロープ捌きとか、帆の補修とか上手いだろ。器用なんだからイメトレできればきっと上手くなるだろ」
二人の友人から励まされると途端に自信がついてくる。
トレヴァーが「参考に」と何やら薄い本を貸してくれた。一人の時に読むように言われたが、イメージトレーニングに役立つらしい。
出来る気がする。何よりクリフは優しいから、色々と許してくれると思う。
次の安息日前日、絶対に決めてみせると意気込んだピアースは大真面目に薄い本を読みふけり、本番への想像を巡らせるのだった。
「んぅ、ピアース」
「クリフ」
少し赤くなりながら名前を呼んでくれるピアースに嬉しく笑ったクリフはそのまま身を委ねた。
けれどピアースは抱き寄せて小さなキスをくれるだけでそこから先には進まない。それは少し不満だった。
「ピアース」
「なに?」
「……ううん、なんでもない」
「しないの?」とは聞けない。その勇気がなかなかでない。もしも「しない」と言われたら悲しいから。
「寝ようか」
「うん」
二人で寄り添うように眠るのは好き。愛しそうに抱きしめられてキスされるのも好き。自信のない時も、挫けそうな時も、負けそうな時も、側にはピアースがいて励ましてくれた。「大丈夫」と言ってくれた。
それで満足。例え体の関係がなくても、ピアースは大切な人に変わりはないんだ。
◇◆◇
「はぁ……」
訓練の合間、思わず出た溜息は思いのほか深かった。
「どうしたの、クリフ?」
隣りにいたコナンが気遣わしい顔でこちらを見ている。それを困ったように見つめたクリフは、力ない笑みを浮かべた。
「ちょっと、個人的な事」
「何かあったの?」
「……ねぇ、コナンはどうやってルイーズ様を落としたの?」
「え!」
少し突っ込んだ話かと思ったけれど、問わずにはいられなかった。それくらい、ちょっと悩んでいた。
コナンは顔を真っ赤にしているけれど、クリフの隣りに腰を落ち着けた。深刻さが伝わったみたいだった。
「どうしたの?」
「うん。僕、ピアースとお付き合いしてるんだけれどね」
「うん、知ってるよ。上手くいってない?」
「そんな事はないよ。ピアースはとても優しいし、楽しいし。僕はいつも励まされてる。上手くいかないことも彼に話すとね、次は上手くいくって思えるの」
「素敵な関係だね」
コナンが嬉しそうに言ってくれて、それに頷く。これにはとてもホッとする。だから分かる、彼の事が好きなのは間違いない。付き合っていたいのは確かなんだ。
確かだからこそ、少し苦しいんだ。
「クリフ?」
「……お付き合いし始めて、一年近く経ってると思うんだ。けれどまだ、体の関係ってなくて」
「え!」
流石に驚いた様子で、コナンは目を丸くしている。そして何とも言えない表情をした。
「キスとかはあるよ。時々、触り合いみたいなことも。でも、そこから先ってないんだ」
「拒まれてるってこと?」
「……違う。なんとなく『このくらいで』っていう空気出されちゃって、僕もそれ以上言えなくて。それで……」
そう、いつもそこで止まってしまう。こっちから「抱いて」とか「もう少し」とか言えなくて困っている。こんな所に臆病な自分が残っていた。嫌われたくないし、引かれたくないし、エッチな子だって思われるのもちょっと抵抗がある。
でも、寂しくなってきた。周囲がみんな幸せそうで、体の関係もあって。そういう話をする仲間達は何だかんだ言いながらも満たされているように見えるから。
コナンは困りながらも本格的に腰を据えてくれた。話を聞いてくれるらしい彼に感謝しつつ、クリフもしっかりと腰を据えた。
「おねだりとか、してみないの?」
「はしたなくない? その気がない相手に強引に迫るのって、引かれそうで怖いよ。コナンはどうしてるの?」
「うっ……。僕のはね、その……ルイーズ様、積極的だから。だから誘うなんてほとんどしないし、そうしたらノリノリで、その……」
「あ……」
コナンの旦那様であるいルイーズは綺麗な顔をした、少し潔癖そうな雰囲気もある人だと思っていた。けれど実情はそうでもないらしい。
「……やっぱり、満たされるよね?」
「……うん。抱かれてる間、幸せだよ。その後もとても安心する。愛されてるって、体も心も感じられるから」
顔を真っ赤にしながらもコナンはちゃんと考えて伝えてくれる。それが嬉しいし、やっぱり羨ましい。
「クリフ、ちゃんと伝えてみたら? ピアースの考えとかもあると思うし、あっちも切っ掛けが欲しいと思ってるのかも。ほら、ピアースって案外相手の事を推し量ってる所あるし!」
「そう、かな?」
コナンは何度も頷く。
そうして思い出してみると、元気で明るくて誰に対しても一所懸命に接するピアースはそのくせ、空気を読んだりしてるかもしれない。
まぁ、第三師団そのものがそういう人が多いけれど。
「一度、ちゃんと向き合ってみたらどうかな?」
「……うん」
確かに、そうかもしれない。ピアースにちゃんと向き合って、自分の気持ちを伝えてみようと思う。もしかしたら何か理由があるかもしれない。
そう思い立ったクリフはようやく少しだけ、笑う事ができた。
▼ピアース
クリフが悩んでいる頃、別の所でピアースも重苦しい溜息をついていた。
「どうしたんだ、ピアース?」
「トレヴァー」
声をかけてきたトレヴァー。その隣にはトビーもいて、二人は顔を見合わせピアースを見ている。この二人とは同じ船を操船する、最も大事な仲間だ。
第三は水軍としての任務もあり、チームが決まっている。何かあればそのチームで動き、連隊を高めている。いざ船を操るとき、信頼が大事になってくるのだ。
「腹でも痛いのか?」
「食い意地張ってるトビーとは違うよ。芋の芽まで食って腹壊すとか、どんだけだよ」
「な! 二ヶ月以上前の事は水に流せって言ってるじゃないか!」
「残念、一ヶ月と二十日前だよ」
「細か!」
顔を真っ赤にするトビーはからかうと面白い。ナルシストというわりに隙の多い彼は、ちょいちょい何かをやらかしている。トレヴァーによれば、初期はもっと面白かったらしい。
「それで、どうしたんだ? 何か悩みか?」
トレヴァーが笑いながらも気遣わしい顔をする。その視線に苦笑して、ピアースは口を開いた。
「トレヴァー、最近恋人できただろ? 誘われる事とかって、あるよな?」
「え! あっ、いや、どうだろう?」
「なんだよ、隠す事ないぜトレヴァー。今更だ」
「デリカシーもないよな、トビー」
ガックリと肩を落とすトレヴァーのとなりで、トビーは笑っている。良くも悪くも大雑把で周りの評価を気にしないのは、ある種最強な気がしてくる。
トレヴァーは顔を赤くしたまま、少し考えてくれる。こういう部分が律儀ないい奴だなって思うんだ。
「そりゃ、あるだろ。あからさまな誘いはなくても、それとなくいつもと様子が違ったりするし」
「キアラン様ってツンデレな」
「いいだろ、そういう部分も」
顔を赤くしながらも開き直ったらしい。トレヴァーは素直に認めた。
「やっぱ、そういうのって応えないと上手くいかない……よな?」
「他は知らないけど、俺の所は確実に拗れる。いや、あからさまな事はないけれど、結構先々まで気にしてたりするんだよ。『あの時』って」
「めんどくさくないか?」
「お前、だから独り身なんだよ」
トビーは雑で自分が一番という部分が多いからか、そんな事を言う。恋愛観が特殊というか、壊滅的なんだろうと思う。
「どうした? クリフと上手く行かないのか?」
気遣わしいトレヴァーの言葉に、ピアースは困った後で頷いた。それというのも、ピアースだってクリフの気持ちは伝わっているのだ。
「俺の問題、なんだけどさ。キスから先になかなか進まないんだ」
「拒まれてるのか? ダサいぞピアース」
「拒まれてねーし! むしろ、その……クリフは欲しそうにしてくれるんだけど、俺がそれに応えられないというか」
「どうして?」
トレヴァーもトビーも顔を見合わせている。そしてピアースの次の言葉を待っている。
「……実は、騎士団に入るよりも前の話なんだけどさ。俺、その時付き合ってた彼女と、その……初めていたそうとした時に、その子に『下手くそで早漏とかありえない』って言われて、それから……」
「「あ……」」
これにはトビーまでが言葉を飲み込んだ。その気遣いが逆に心に痛いピアースだった。
「まぁ、なんていうか……男にとっては痛恨の一撃だな」
「女って時々残酷だな」
「なんか、思い出して涙が出るよ」
童貞なんだから下手くそでも仕方がないじゃないか。早漏だなんて、言われないと分かんないけどショックだったよ。
「その時の思いが強くて、クリフとできないのか?」
トレヴァーに問われ、ピアースは恥ずかしながら頷いた。
可愛い顔で迫られて、求められているのは分かっている。けれどその瞬間、思い出すのはこの言葉なんだ。正直二度目は立ち直れない気がする。
「ビビリ」
「しかたないだろ! 俺、クリフの事は本当に本気なんだ。そんな相手に『下手で早漏』なんて言われてみろ! 俺のハートは粉々だぞ!」
「まぁ、分からないではない」
トレヴァーは同意を示してくれて、何か考えている。その友情が心に染みる。
クリフの事は本当に大切なんだ。ここにきて目覚ましく成長していく彼に、正直置いて行かれたような寂しさや焦りを感じる事もある。何度か相応しく無いんじゃないかと思う事もある。けれど嬉しそうに隣りにいて、微笑んでくれる彼を見ると頑張れるのも確かだ。
「早漏って、直るのかな?」
「それは分からないけど……そもそも、本当に早漏なのか?」
「俺には分かんないよ」
「ってかさ、それって何の問題があるんだ?」
トビーがもの凄くあっけらかんと言ってのける。本当に悩んでいるのにこの態度だ。ちょっとムッとするが、次に飛び込んだ言葉にピアースは目を丸くした。
「早漏だって、満足させられれば問題ないだろ? お前、何度でも出来る体力あるんだから一回で収まりつかないんじゃないのか? それなら、出したって満足させてやれば無問題だろ」
「「あ」」
トレヴァーとピアース、両方から出た結論だった。
「そうだよ! 俺、あの時よりもずっと体力ある!」
「当然だろ? 第三の海上訓練は体力勝負なんだからな」
「ピアース、お前ロープ捌きとか、帆の補修とか上手いだろ。器用なんだからイメトレできればきっと上手くなるだろ」
二人の友人から励まされると途端に自信がついてくる。
トレヴァーが「参考に」と何やら薄い本を貸してくれた。一人の時に読むように言われたが、イメージトレーニングに役立つらしい。
出来る気がする。何よりクリフは優しいから、色々と許してくれると思う。
次の安息日前日、絶対に決めてみせると意気込んだピアースは大真面目に薄い本を読みふけり、本番への想像を巡らせるのだった。
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