恋愛騎士物語4~孤独な騎士のヴァージンロード~

凪瀬夜霧

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17章:シュトライザー家のお家騒動

13話:シュトライザー家の行く末

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 後日、チャールズの葬儀がしめやかに執り行われた。
 起こった出来事を思わせない程に静かで、哀悼の気持ちに満ちた小さな葬儀にランバートは驚いた。
 ファウストが心配で一緒に参列したが、ファウストもとても静かに祈りを捧げている。
 何より父ジョシュアがとても静かで、本当に冥福を祈る顔をしていた。

 じっくりと見たチャールズは、とても静かな顔をしていた。


 事件後一ヶ月が経ち、ファウストも無事に職場復帰をして騎士団には日常が戻ってきた。
 だがその裏で、ランバートとの間には少し違った時間が流れている。

 ファウストの記憶が戻った事、アーサーと和解をしたこと。ファウストはそれらをランバートに話してくれる。長い時間をかけて、少しずつ。
 アーサーとマリアの間に起こった壮絶とも言える愛の形。ファウストとアーサーの間にあった親子の大切な時間。マリアの最後、シュトライザーでの出来事。そして、チャールズが見せた不器用すぎる繋がり。
 これらを知ってようやく、ランバートは葬儀の席で見せたファウストの様子が腑に落ちた。

 そして明日、アーサーは直系の子であるファウスト達兄弟と、カール、そして四大貴族家の当主を集め、何やら話があるらしい。
 ファウストはどこか浮かない様子でランバートに笑いかけた。

「明日はすまない。少し、行ってくる」
「分かってるよ。少しなんて言わずに、しっかり話し合ってきて。大事な事だと思うから」

 明るくファウストに伝えるランバートも内心はとても不安だった。
 ファウストは情が深い。アーサーと和解し、親子という形が出来上がった今、無下にできるほど冷たくはない。
 チャールズもいなくなり、とうとうシュトライザーの跡取り問題はファウストの上にのしかかる。そうなったとき、ファウストはどんな決断をするのだろうか。きっと、とても悩むだろう。親か恋人か、その間に挟まれてしまう。

「ランバート」

 優しく名を呼ばれて、優しいキスが落ちてくる。これに身を任せている間は穏やかで幸せなはずなのに、今は胸の奥がズキリと痛む。

「俺を信じて、待っていてくれ」
「うん、勿論だよ」

 口にする言葉とは裏腹に不安なのだ。
 もうここに、ファウストは戻ってこないのではないかと。


▼ファウスト

 城の一室に集められたファウストは、妙な緊張感の中で席についた。隣にはルカがいて、ルカの隣にはアリアがいる。ファウストの隣には当然のようにアーサーが座り、他の三家の当主達も静かに着席した。
 その向かい側にはシウスが一人座っている。そして程なくして、カールが静かな様子で席についた。

「アーサー、無事に戻ってきたな」
「はい、陛下。お手間を取らせてしまい、申し訳ございません」
「よい、お前が無事で何よりだ。ファウストも、無事の帰還を嬉しく思う」
「はっ、皆の尽力のおかげです。陛下にはご心配をおかけし、誠に申し訳ございません」
「お前がいなくては騎士団から活気が消えてしまうからな。やはり我が国の軍神はお前でなければならないよ」

 張りのある、だが穏やかな声が二人へと向けられる。だが次にはきっちりと空気を締めるのだから敵わない。カールの視線が、アーサーへと固定された。

「して、アーサー。此度皆を呼び集めた、その要件を聞こう」

 場の空気が張り詰めた気がした。ファウスト自身、緊張している。父が何を話し、提案するのか。ファウストはその行く先を知らなければならないのに、知りたくなくて喉が渇くのだ。

 アーサーが一つしっかりと息を吸う。そして、迷いなく話し始めた。

「此度の事はひとえに、私の不徳の致すところ。息子一人育てられず、更に死なせてしまった私の罪でございます。その責任と、今後の我が家の事について陛下と、他の三家当主の理解と承認を頂きとうございます」
「……話せ」
「はっ。我がシュトライザー家は私の代をもちまして取り潰し、爵位を返上したく存じます」
「っ!」

 その言葉に、ファウストは思わずアーサーを見た。
 あの後、色々と考えていたのだ。チャールズが死んだ今、シュトライザーを継ぐのは自分しかいないのではないか。年齢は後数日で三十になる。後任を育て、定年前に継がなければいけないだろうか。そんな事を思っていたのだ。
 ただそうなると、ランバートを悲しませる。彼を裏切る事は絶対にしない。愛人を持つ事や、不貞はなしだとも思っていた。結局は堂々巡りで行き詰まっていた。

 アーサーはもう決めているのか、決してファウストの方を見ようとはしない。ただ真っ直ぐにカールの方を見ていた。

「そう簡単に四大貴族家の一柱を失う事はできないのだが? 国力の低下と見られる」
「もう、そのように不安がる事はないでしょう。クシュナート、ジェームダル。これら二国との同盟が間もなく締結いたしますれば、帝国の安寧は盤石のものとなります。役目を終えた者から順に消えてゆくのは物事の道理。我が家もそれに従うまでです」
「国の守り、表の剣としての役割はどうする」
「それこそ愚問です、陛下。その役割は既に、騎士団が担っている」

 アーサーが、ファウストを見て力強く頷いた。まるで託されたようなその視線に、ファウストは何度も自問自答を繰り返す。
 本当にこれでいいのか? 折角守ってきたものを、このままにしていいのか。自分は、責任を全うせずにいていいのかと。

「私亡き後、財産については騎士団に寄贈いたします。事業については私が生きている間に他へ売却し、運営を引き継いでもらえるよう手続きをいたしましょう。これで、どうかご勘弁頂けませんか」
「ファウストを後継としないのか」
「いたしません。ファウストは国の剣、国の至宝。彼がいればこの国は無駄な戦などせずとも平和を維持できましょう。そのような者を引退させ、落ち目の家を継がせるわけにはゆきません」

 もっともらしい言葉を使うが、おそらくランバートを気遣ってくれている。自分で出した条件を取っ払い、そのようにしてくれたのだろう。

「……ルカは」
「ルカは亡き妻と現マクファーレン領主との取り決めにより、彼の地を継ぐことが決まっております。これを覆せば、亡き妻に合わせる顔がございません」
「ルカの子に……」
「私も既に五十を超えております。いつ生まれるか分からない孫を待つ時間があるかどうか。何より新婚の二人にそのような責任を負わせるのは酷というものです」
「それまでの間はファウストに」
「陛下、お願いいたします」

 深々と頭を下げたアーサーに、カールすらも困った顔をする。どうにか動かしたいのだろうが、アーサーは頑固だ。

 その時、誰もが予想していない所から真っ直ぐに手が上がった。

「陛下、質問がございます。お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「アリア?」

 真っ直ぐに伸びた手、凜と通った声にアーサーですら驚いた顔をする。ファウストも驚き、不安な顔をした。

「許可する。なんだ?」
「爵位というものは、女性が継ぐことはできないのでしょうか?」
「え?」
「!」

 カールは虚を突かれたように目を丸くし、アーサーとファウストは驚き、ルカはにっこりと笑った。

「どうなんだ、コーネリウス」
「公爵家では前例はございませんが、他の貴族では稀にございます。女性が爵位を仮に継承し、後に婿をもらって夫へと爵位を渡す。こうした事例が過去に認められているならば、公爵家にも適用されると考えます」

 カールはニッと笑い、アーサーは焦ったようにアリアを見る。だがアリアも引き下がる気はないようで、頑固な目をしてアーサーを睨み付けた。

「それではその爵位、私が継承いたします」
「アリア!」
「幸い病は良い方向へと向かっております。動き回らなければならない事は無理でも、座って出来る仕事はできます。誰も継がないと言うのならば私がもらい受け、守ってゆきます。私も、シュトライザーの直系です」

 これにはアーサーが額を抑え、ジョシュアがにっこりと嬉しそうに笑い、コーネリウスはニヤニヤと楽しそうな顔をし、アラステアは口をあんぐりとしている。
 カールはもうこの案を採用するつもりだろう。とても嬉しそうに笑った。

「陛下!」
「果報者な娘を持って良かったではないか、アーサー。なかなかに肝が据わっている。彼女ならばシュトライザー家も安泰だろう」
「そのような勝手を……しばし家族で話がしたいのですが、構いませんか」
「あぁ、好きにするといい」

 一時休憩ということで、カールは裏へと引っ込んでしまう。それを待って席を立ったアーサーが、血相を変えてアリアの所へとやってきた。

「アリア!」
「父様、私絶対にこの意見を曲げません」
「ダメだ! お前にそんな事は」
「どうしてですか? 私も父様の娘です。シュトライザーの血を引く人間です。どうして私ばかり、何も負わせて下さらないのですか」

 非難めいた言葉と表情のアリアに、アーサーはとても困っている。ファウストとルカもアリアの側に来て、親子での会議がこんな場所で開けっぴろげに始まってしまった。

「アリア聞きなさい、普通の家とは違うんだ。あれこれと面倒な事を考え、決断していかなければならない。時に非情な事もあるんだ。そんな事をお前にさせられない」
「あら、私父様が思っているよりもずっと判断力はありますのよ」
「アリア!」
「……父様達が攫われた後、私ずっと考えていました。このまま父様達がいなくなってしまったら、どうなるのだろうと。何もできないと。無力がとても辛く、待つ時間が延々に思えました。私には何も守れないのかと、酷く惨めで悔しい思いをしておりました」

 アリアの強い目はアーサーへと向けられる。凜としたその表情は、最後の時にファウストを隠し部屋へと押しやった母の目にも似ていた。

「私にも、何かを負わせてください。自由は同時に何も持たないようで嫌です。私にも、大切な家族を守らせて」

 アーサーは酷く悩み、唸っている。
 ふと、アリアの視線がファウストへと向けられた。

「ファウスト兄様も、そんな顔をしないで。兄様はこの国と、ランバート義兄様を大切に守って欲しいの」
「だが、俺が継ぐのが筋だ」
「もう、父様と同じで頑固で意固地な考えですわ。それではランバート義兄様は悲しむのでしょ? 私、二人が不幸になるのだけは絶対に見たくありません。これまで兄様を支えてきた大切な方を悲しませるなんて、兄様男として最低ですわよ」

 実の妹にこのように言われ、ファウストは思わず押し黙ってしまった。

「だが、跡取りの問題はどうするつもりだアリア。お前の体では、子供は」

 酷だとは思ったが、言わないわけにはいかない。アリアは心臓が弱い。体力がつき、治療が順調で発作も治まっているとはいえ、子供までは望めないだろう。もしも子を産むとなれば、それこそアリアの命に関わってきてしまう。

 だがこれに答えを出したのは、ルカだった。

「僕の所に生まれる子を養子に出すよ」
「ルカ!」
「今お腹にいる子はマクファーレンの子として僕たちで育てるけれど、次の子はアリアに託す。メロディには僕から話をして、分かって貰えるようにお願いする。アリアならきっと幸せな子に育つと思うから」
「ルカ兄様」

 目を潤ませたアリアがルカの首に抱きついて「有難う」を繰り返す。まさか、跡取り問題まで道筋が出来てしまったのだ。

「父様、腹を括るのはこちらのようだが」
「ファウスト、お前はいいのか?」
「俺が継ぐのが本筋だとは思うが……ランバートをこれ以上悲しませたくはない。何より俺は騎士として以外の生き方を知らない。この年から父様の仕事を引き受けるには、力不足が否めない」
「ランバートに手伝わせればいい」
「それはもう、シュトライザーではなくなる」
「そうだよ、アーサー。うちに乗っ取られるからね、それ」

 事態を静観していたジョシュア達がいつの間にか側に来ていて、楽しそうに笑っている。悪戯したい顔のジョシュアに対し、アーサーは負けないように睨み付けた。

「家のアレ、なかなかに優秀だよ。あいつに仕事任せたらおそらく二年経たずに家を乗っ取られる。仕事熱心だからね。そしてお前も知っている通り、ランバートの考えは私の考えに近い。シュトライザー家のあり方とは異なってくるよ」
「いや、父様本当なんだ。あいつが補佐官になってから俺の事務仕事が半分以下になった。本当に優秀だ」

 身をもって知っているファウストには容易に家の事をやり、まじめに運営していくランバートが見える。

「いいと思うよ、アリアが当主」
「コーネリウス」
「なんの問題があるんだい? 今すぐ継ぐわけではないし、お前がしっかり教えていけばできるよ。それに、優秀な婿を迎えればいいしね。子はルカが請け負ってくれるなら血も繋がるよ。ほら、万々歳だ!」
「女性は劣るという偏見は、もはや捨てる方が良いかもしれないぞ。商業の世界でも女性が台頭してきている。帝国は昔から女性が強い国でもある。何よりお前の子供だぞ、言い出したら聞かないのはどいつも同じだろ」
「アラステア……はぁ……」

 溜息をついたアーサーが大きく頭を振る。そのアーサーを気遣うようにアリアが支えて、にっこりと笑った。

「私、聞き入れて頂くまで動きません。父様、ご教授いただけますよね?」
「……まったく、どいつもこいつもいらんところが似たものだ」
「父さんの子供だからね」

 ルカが苦笑し、ファウストを見る。それに困ったファウストもまた、頷くよりほかにない。

「……まずは、書類仕事からだ」
「! 父様大好き!!」

 結局折れたアーサーに、その場の全員が笑った。

◇◆◇

 宿舎に戻ってくると、不安そうな顔のランバートが出迎えてくれた。

「おかえり。どう、だった?」

 不安を隠すように穏やかな顔を作っているが、手は服を握っている。その様子を見て申し訳なく、ファウストは近づいて強く抱きしめた。

「ファウスト!」
「家の事は大丈夫だ。アリアが継ぐことになって、俺とルカも支えることになった。ルカの子をアリアが引き取り、次の当主として育ててくれる。メロディ嬢も快諾してくれた」
「それじゃ!」
「あぁ、今まで通りだ」

 伝えた途端、ランバートの手が背中に回りきつく抱きしめてくる。そして胸に顔を埋めて、小さく震えた。
 長く不安な思いをさせてしまった。こんなにも辛い時間を強いてしまった。けれどこれからは、ランバートの為だけに生きていこう。

「ランバート、父がお前に会いたいと言ってくれた。きてくれるか?」
「んっ、行く」
「それと、宝飾店にも行こう。一緒に指輪、選んでくれないか?」
「っ! あんまりいっぺんに言わないでくれ! 目、腫れるじゃないか」

 恨めしく声を上げるランバートの顔を覗き込むと、もう目が少し赤くなっている。笑って涙を指で拭って、まだムズムズしている唇にキスをする。腕の中、力が抜けていくランバートを愛しく抱きしめて、ファウストはようやく心から笑うことができた。
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