【完結】顔だけと言われた騎士は大成を誓う

凪瀬夜霧

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1章

3話 パーティー潜入(5)

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◇◆◇

 人狼は全部で五体いた。
 黒ローブと戦った後、ルークが向かったのは王太子の方だった。
 ウィルフリード自身も相当腕が立つが、彼を護るのは近衛騎士だ。彼らはハーマンがあまり鍛えもせずにいたから弱すぎる。クリス一人で二十人は余裕で倒せるだろう練度だ。そんな奴等に何が出来る。

 向かう途中でも気配がある。悲鳴も聞こえてきて、部屋の前に到着すると三体の人狼がまさに近衛騎士を襲っている最中だった。
 情けない。此奴らはこの場でも護衛として帯剣が許されているのに、腰が引けて何の役にも立っていない。あんなんじゃゴブリン一匹殺せやしない!

 側の近衛騎士から剣を奪い、三体の人狼を屠ったルークは中のウィルフリードに声を掛けてから舞踏会場へと走った。
 あの悲鳴が人狼であれば、クリスでも苦戦する。剣もない状況ではあの爪を防ぐことすら辛い。奴等は早いし、爪は一発で人の肉など簡単に裂く。牙は頭を噛み砕く。

「頼む、生きていろよ」

 願いが口を突いて……そんな自分に気付いて奥歯を噛む。こんなに必死になっている自分を『らしくない』と思う半面、それどころじゃないのも理解している。
 アレが死んだら……きっと、酷く苦しいだろう。そんな予感がする。
 不意に掠める悔しそうな顔と、稀に見せる楽しげな笑み。それらを感じ、ルークは全力で走った。

 やがて見える舞踏会場の手前、扉の前に二十人近い近衛騎士が見えて、ルークは足を止める。彼らは扉を開けることも出来ず、蹲って震えているのだ。

「お前達、何をしている。中の人を避難誘導し、加勢するんじゃないのか」
「あ……」

 厳しい声に彼らは震えながらもこちらを見る。その目を見て、ダメだと分かる。戦う前から彼らの心は折れたんだ。
 苛立ちが募る。邪魔な奴等を蹴散らしドアを開けたルークは……広がる地獄に息を飲んだ。
 一体の人狼は既に死んでいる。だがもう一体がクリスを掴み、今まさに食おうとしている。
 ボロボロだった。胸には三本の深い爪痕。掴まれた細い体にも爪が食い込み、目の光りは揺らいでいる。
 それでも諦めていない。食われるなんて恐ろしい瞬間を見ているなんて、騎士だってできない。目を瞑り、神に祈っていておかしくない状況だ。

 死なせない。疲れも痺れもどこかへ消えて、ルークは強く地を踏んで飛び上がると怒りのままに剣を一閃させた。
 バターのように首が落ちる。だがクリスを掴んだ腕はそのまま。そこも切り離し、クリスを抱えたルークは必死に名を呼んだ。
 出血が多すぎる。息をするたび、くぐもった水音が聞こえる。吐き出した血で口元が赤く染まる。

 ダメだ、死なせない。息がある内なら助けられる!

「しっかりしろクリス! 救護班早くしろ!」

 外に声を掛けても動けない奴等に舌打ちをすると、ウィルフリード付きの上級神官が駆け込んできて回復魔法を掛けてくれた。
 ゆっくりと傷が癒えて、妙な音もしなくなる。表情も徐々に楽になっていくのを見て、ルークは心底ほっとした。

 褒めて、やらないと。こいつは認められたがっている。それは直ぐに分かった。負けん気が強くて、努力家で。
 血で汚れてごわついた頭を、撫でた。途端、彼は嬉しそうに目を細めた。

「遅くなって悪かった」

 もう少し早く辿り着けていれば、これほどの傷を負わせずに済んだ。守ろうと思っていたのに、情けない。

「よく頑張った」

 逃げても良かったんだ。どうしたって武器もなく、一人で戦える相手じゃない。折れて落ちた燭台を見る。こんなもので戦ったんだ。
 でもきっと、こいつに逃げろは屈辱だろう。どうして戦った! なんて、言う方がバカだ。
 ただ、信頼に応えたんだ。己を犠牲にしてまで。

 ウトウトと、眠そうな顔をする。こうすると少し幼いな。とげとげしさも減る。

「あとは眠れ。もう、何も心配しなくていい」

 後は全てこちらでやっておく。もう何も心配せず、体を休める事だけを考えてくれ。

 腕の中ですよすよと眠ったクリスを抱き上げて、ルークは役立たずの近衛兵を睨み付けた。

「後のことはお前達に任せる。後日、報告書と始末書を書いてこい」

 それだけを伝え、ルークは用意された馬車に乗って第三宿舎へと戻っていった。


 宿舎に戻ってハロルドにも回復を掛けてもらったが、傷はもう大丈夫だと言われた。問題は出血量だと言われて、造血のポーションを渡されてそのまま部屋に戻ってきた。

 服を脱がせ、持ってきた湯で丁寧に拭いていく。拭う度にタオルが血で汚れて、洗うと桶の中が真っ赤になる。それを見るのが、酷く苦しく思えた。

「悪かった」

 少し、信じすぎた。信頼に応える奴だと思ったから……だからって、こんなになるまで頑張れって意味じゃない。
 口元も拭い、髪を洗って……こんなに、後悔するものか。

 多少、可愛いとは思った。リアクションが大きいのと、必死な部分が。叩くだけ応えようとする度胸が気に入っていた。物怖じしない部分も、小憎たらしい感じも。

「いつの間に、こんなに可愛く思っていたんだろうな」

 いつもより白い頬を撫でて……ふと、ポーションに目をやって栓を開ける。それを一口含み、そっと唇に流し込んだ。

「んっ」
「相変わらず酷い味だな」

 美味しくないで有名な造血ポーションをもう一口、同じように。ゆっくりと嚥下するのも確認している。
 そうして全てを飲ませた頃には、大分呼吸は楽そうだった。

 拭いて、着替えさせて。普段こいつが甲斐甲斐しくしていることを返して、ベッドに入れた。

 らしくない。だが、悪いとも思わない。
 そんなスッキリとしない思いは案外胸の深くに刺さっているらしい。認めれば楽だろうが、それはしたくない。守るものを個人的に抱えるのは怖くもある。
 だからもう少しこのまま、様子をみよう。何よりこいつの気持ちだってあるだろう。

 そう言い訳して、ルークも布団に潜り込むのだった。
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