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2章:一家集団殺人事件
9話:思い出(シウス)
私がラウルと出会ったのは、丁度心が荒みだしていた頃だった。
良き主を得た。良き友を得た。やりがいのある仕事も得た。だが、その他多くの者の声に私は辟易としていた。
「宰相閣下、ご機嫌麗しくていらっしゃいますね」などと声をかけてくる宮中貴族達はその影で「見ろ、あの白い髪」「あぁ、恐ろしい」「人ならざる者と話すと言うぞ」「悪魔と契約でもしているのか」と口にする。
知らぬとでも思っているのか、バカめ。知らぬふりをしているに過ぎぬ。
エル。森の智者。人ならぬ者の声を聞く古い血族は建国記にすら登場する。祖先は神であったという。森に住まう清らかな乙女と、森を守る美しき神との間に生まれたのがエルである。
故に声を聞き、神を見る。時に神を下ろす者もあるが、あれは乙女と番った神であり、始祖の父とも言われている。
今では嫌われ者だ。茶や金の髪色の多い帝国で、白というのはあまりに目立った。神聖で、無垢の明かしとも言える汚れない色を拒むのだ。
見えぬ所で傷を負い、疲れ、心は尖っている。その最中、暗殺なんて話が舞い込んだのだ。
「よい、捨て置け」
情報を掴んだクラウルの忠告を、私は聞き入れようとは思わなかった。今更、一つ二つその手の話が増えたところで何ら関心がなかったのだ。
この時宰相府はよく狙われた。他の兵府に比べ、宰相府の者は内仕事で剣も立たぬ。普段は剣すらも持ち歩かない。そのような話がどこからか漏れた結果だった。
バカにしている。確かに普段剣を持ち歩かないが、それと剣が弱いは別の話。他の兵府と比べられれば立たぬが、そこらの傭兵などに負けるほど落ちぶれてはいない。
だがクラウルは渋面を作り、しつこく「護衛をつける」と言い張る。
分かっている。最近界隈を騒がせている暗殺騒動が原因だ。子供を暗殺者に仕立て、不要になれば殺す。金で請け負うそんな輩がいる。
「シウス、本気の話だ。この国にはお前が必要だ。外交を行うお前の手腕が必要なんだ。失う訳にはいかない」
「だからといって護衛をつけるのは嫌じゃ」
「何故だ」
「お前等のようなゴツくでデカイのが始終うろつくと集中できぬ。目障りじゃ」
暗府も騎兵府も何故無駄にデカイんだ。見ていて休まらぬ。
だが、その時ふと先日会った少年を思い出した。明るいライトブラウンの瞳をした、素直そうな子であった。アタフタして、まるで小さな動物のよう。
調べれば、私が王都を離れている間に入った民間出の子だと分かった。名はラウル。
ふと思いついた。あの子であれば邪魔にならぬ。なにより面白そうだ。まず私に再会して、どのような顔をするか。驚き慌てる様は実に可愛かった。
「クラウル、お前の所にラウルという隊員がいるな? 確か、まだ数ヶ月か」
「あぁ」
「あの子であれば護衛につけてもよいぞ」
「え! あっ、だがあの子は……」
「嫌ならこの話は平行線だな」
私は知らなかったのだ。この時ラウルは罪を償っていたことを。私の暗殺を請け負った者達との関係を。ほぼ当てつけのように、私はラウルを側に置く事を迫ったのだ。
クラウルをへし折って獲得した愛らしい護衛は、私の望むリアクションをくれた。驚き、慌て、「あの時はすみません!」と何度もお辞儀をした。
可愛い。見ていて飽きぬ。この子供、まだ本当に幼い。
だが予想外だったのは、ここからだった。
ラウルは素直で飲み込みが早く、「ついでだから手伝え」と言ってやらせた書類整理を完璧に覚えた。相当量あったのに、嫌な顔もせずに。
明るい子で、知りたがりで、人懐っこく私に話しかけては感心したり考えたり。
困らせてみたくて部屋に招き入れると赤くなり、「僕はここで!」と隅にいた。
なんて面白い。なんて愛らしい。なんて初心なのだ。
尖った心はラウルといる事で丸くなった。口汚い者達の声に最も怒ってくれたのは、ラウルだった。
小さな体で今にもくってかかりそうな彼を見ると、嬉しさがこみ上げてきた。
「シウス様は不気味なんかじゃありません。こんなに綺麗なのに、どうして皆酷い事を言うのですか? こんなの、間違いです」
憤慨するラウルの言葉があまりに嬉しくて、この時私は彼を抱きしめていた。
ありのままを受け入れてくれる。ラウルは私に要求をしない。与えると言っても「いらない」と言う。
そのうちに、私はこの子の関心が欲しくなった。物で引こうとしても駄目だった。「必要なら自分で買います」なんて、随分悲しい事を言う。
食べ物も、身の丈を超える店を拒んだ。不相応だと。
どうしたらあの子は私だけを見てくれる? どうしたら好きになってくれる? 護衛が終わったら、再び離れてしまうのか?
言いようのない不安や苛立ちがあった。
そんな時だ、一度目の襲撃があったのは。
少年数人に囲まれ、私は剣を抜くのを躊躇った。年端も行かない少年を斬り殺す事ができなかったのだ。
その時も、駆けつけたラウルが戦ってくれた。あの子の関心が引けず、苛立ち、一人で勝手に街に降りて来ていたのに。
「ご自分の事を大事にしてください!」
泣きながら怒るあの子の体を、私は抱きしめていた。
嬉しかった。傷つこうが、何をしようが誰も気にも留めぬと思っていた。呪われた一族がどうなろうが、知った事ではないのだと。
愛しい……
この言葉が自然と心を満たし、それ故に苛立ち、関心を欲したのだと素直に理解した。
同時に、友が同じように怒ってくれた事にも素直になれた。
陰口ばかりを追いかけていた荒みようはなりを潜め、好意を受け取る事もここからだった。案じてくれる事、向けられる笑み、それらを返すようになっていた。
あの日ラウルが叱ってくれなければ、私はまだ愚かだったかもしれない。自分の為に涙を流して心配したり、怒ってくれる存在などないと思っていたに違いない。
ここからだ、この感情の名前を知ったのは。私はあの子が「愛しい」のだ。他の誰にも分け与えたくない程に。
私への暗殺にアンドリューという男爵が絡んでいる。奴が金で請け負い、社会貢献などで受け入れた子供を使い暗殺をしている。
クラウルからその話を聞いた時に、早く終わらせなければと思った。
だからこそ、私は囮になった。子飼いの暗殺者の大半を私の方に向かわせ、無防備になったアンドリューを捕らえる作戦だ。
ラウルは最後まで反対したが、「共におれば問題ない」と言って押し切った。
そうして連れて行ったのは、歌劇だった。
高級で不相応だと言ったラウルも、これは仕事だと言えば承諾した。そして、私の隣で劇を食い入るように見て、歌を楽しみ、涙を流したり笑ったり。
素直な様子が手に取るように分かる。この子の心は綺麗な物を綺麗だと受け取る。同じ感性で、私を綺麗だと言ってくれる。
「また……今度はプライベートで誘いたい」
見終わった後、私はそう言って誘った。この子の関心事が分かったのだから当然だ。
ラウルは戸惑いながらも楽しかったのか、顔を真っ赤にして頷いた。
その帰り道でのことだ、暗殺者が大挙して押し寄せたのは。
私はそれに応戦した。ラウルは一年目、到底戦うは不得手と思っていた。だが実際は違う。あの子は私の前に立ち、猛然と少年達を倒していった。
この時、あの子はどんな気持ちだった? かつての仲間を自らの手で殺すのは、どんなにか悲しい事だろう。
知らなかった私はあの子を心配した。血を流すあの子の傷を心配したのだ。だが本当に気遣わねばならなかったのは、あの子の心が流す涙だったに違いない。
こうして事件は解決した。アンドリューの屋敷を抑えたクラウルはその後取り調べまで自身でやり、私はラウルと共に休暇を言い渡された。襲われたのだし、有給もある。ラウルも怪我があるからと。
普段は仕事が溜まるので急な休みは取らないのだが、この時は違った。ラウルを誘い、近くの温泉地へと赴き、そこでひたすらに口説いた。
「其方が好きだ、ラウル」
悩みに悩んだ告白は、結局いい事など何一つ言えなかった。緊張して、声も震えていた。
そんな私に、ラウルは酷く戸惑った顔をした。当然だ、罪を思えば恋愛など到底できるはずもなかったのだ。
知らない私は尚も彼を求めた。温泉では保留になり、寄宿舎に戻ってきては毎朝毎夜食事を共にした。
そのうちに部屋で開く酒宴にきてくれるようになった。私はベッタリとあの子の側にいて、話をした。
他愛ない事だ。最近の仕事の様子、何が好きか、何が嫌いか。食べ物の好き嫌い一つで二時間以上話す事ができた。
「ラウル、私は本気だ。本気で、其方を愛している。私の事が嫌いか?」
出会いから半年後、私は歌劇にラウルを誘い、ディナーをして、このように切り出した。
あの子は困って俯くが、首を横に振った。
「では、好いてくれるか?」
「でも、僕は……」
「難しい事などいらぬ。其方の心に問うておる。頼む、ラウル。其方の気持ちを聞かせておくれ」
たっぷりと悩んでいた。けれど私はこの時の悩みを身分の違いだと取った。貴族社会ではそれが一番のネックになるのだから。
だが、違ったんだ。あの子はもしかしたらこの時、言おうとしたのかもしれない。自らの事を、私に。
けれど言わせなくしてしまった。あの子の言葉を遮った。否定的な言葉を聞きたくなかったのだ。
「ラウル」
「好きです。僕は、シウス様がとても、好きです」
俯けた顔を上げ、頬をほんのりと染めたあの子は笑っていた。飲み込んだのだ、この時。飲み込ませてしまったんだ、私が……
そこからは、毎日が明るくなった。あの子は私を叱る、私を癒やす、辛くても笑みを取りもどさせてくれる。
エルであることを、受け入れてくれた。悩みに悩んだ苦しみから解放してくれた。
私の中であの子はあまりに大きい。共に笑い合った日々が宝物だ。
でも、その宝物は一方的なものになってしまった。あの子の心はひび割れて血を流し、あのままでは笑みの一つ浮かべる事ができなかったのだろう。
教会で抱いた、あの無機質な瞳が怖い。あの目に戻るなら、記憶はいらない。例え仲の良い友になってしまっても、例え他の誰かをあの子が愛しても……結果離れて生きる事になっても、私だけはあの子を覚えている。あの子を、想っている。
ふと、目が覚めた。長く寝ていたのか頭が痛い。体は重怠く、熱があると感じられる。そして、目が腫れぼったい気がした。
「シウス」
「ファウスト?」
「まったく、心配させるな」
やつれた笑みを浮かべたファウストを見上げている。安堵も多少している様に見える。
「どのくらい、私は眠ったのだ?」
「一日半といった所だ。もう少しで夕刻だ」
「そんなに?」
「心労が祟ったんだろう。まだ熱がある、数日休め」
「……すまぬ」
皆に迷惑をかけている。何処かで気持ちを切り替えなくてはならない。どこかで……決着をつけなければいけないのだろう。
いやだ……
「っ!」
鈍い痛みにこめかみを押さえたシウスを案じてファウストが額に手を当てる。そして誰かを呼ぼうと立ち上がった、その時にノックの音が響いた。
「誰だ?」
「ランバートです」
「……入れ」
ファウストの声に従って現れたランバートは、シウスを見て安堵したように笑う。ただ、困っている様子でもある。何かあったのか。
「どうした?」
「それが……シウス様に客が来ているのですが……」
「私に、客?」
誰だろうか? 重い体を起こし、上体を立てた。
ランバートはとても言いづらそうにして、シウスとファウストを見ている。だがやがて大きく息を吸い、静かに伝えた。
「教会の子供です。ラビと名乗りましたか……ラウルの様子がおかしいと、慌てた様子で」
「なに!」
様子がおかしい、とはどういう意味だ。何があった!
慌ててベッドから起き上がろうとして、目眩がして倒れそうになる。ファウストが支え、エリオットを呼ぼうとしたがシウスは止めた。この状態で奴が外出を許可するとは思えなかったのだ。
「シウス!」
「責めは私が受ける。ランバート、連れて行っておくれ」
「……馬車を用意します」
「そんな悠長な……」
「今の貴方では徒歩の方が時間がかかります。それに、俺がエリオット様に殺されます」
言うが早いか、ランバートは踵を返してしまう。ファウストが側に置いていた服を渡し、随分とデカイコートを貸してくれた。
程なくして粗末だが馬車が用意され、ラビとシウスがそれに乗り込む。御者をするランバートが手綱を握り、滑るように雪道を走り出していった。
「一体何があったのだ、ラビ。ラウルは……」
「俺にも分かんないんだ。ただ、シウス兄ちゃんが昨日も今日も来なかったから……」
俯き、戸惑うラビはそれしか言わない。眠っている間に何があったのだ。
この子は教会の中でも一番のリーダーで人懐っこい。そして、行動力のある子だ。きっとラウルを慕い、心配して駆けてきてくれたのだ。
「昨日、お医者先生が来てシウス兄ちゃん少し来れなくなるって話してて……その時は寂しそうだったけど、平気そうだった。でも今日になってずっと、泣いてるんだ」
「え?」
「ずっと。シスターも困っちゃって」
泣いて、いる? それは、期待しても良いのだろうか。自惚れても良いのだろうか。
馬車はあっという間に教会に到着する。ランバートが体を支えて教会に入り、シスタードロシアが驚きながらも案内をしてくれた。
扉の前、ドキドキしながら押し開けたその先で、ラウルはベッドに腰を下ろしたまま静かに泣き続けていた。
愛らしいライトブラウンの瞳を濡らした彼はシウスを見て驚き、そして更に涙をこぼしだした。
「ラウル」
「シウス、様……どうして……」
「様子が変だと聞いて。どうしたのだ」
近づいて膝をつき、そっと頬に手を添える。どれほど泣いたのか、瞳は赤く腫れてしまっている。それでもまだ足りないのか、クシャリと顔を歪ませた。
「わから、ないんです」
「分からない?」
「貴方が体調を崩したと聞いて、心配で……なのに、寂しくて仕方がないんです」
「ラウル……」
「寂しくて、会いたくて、胸の辺りがずっと苦しくてたまらないんです。声が聞きたくて、名前を呼んで欲しくてたまらないんです。会えないと思えば思う程息ができなくて……涙が、止まらないんです」
たまらず、シウスはラウルを抱きしめていた。頭を引き寄せ、強く胸にかき抱く。
やはり、愛しくてたまらない。側にいて、触れずに居られるわけがない。記憶などなくてもいい、無いならば最初から作ってゆくから、だから……。
「愛している……」
「え?」
「愛している、ラウル。私は其方が愛しい。其方を、忘れる事はできない」
苦しいものを吐き出すように、シウスは気持ちを伝えていた。
そっと、背中に手が触れてくる。戸惑いながら、それでも。
「不思議、です」
「ん?」
「何も覚えていないのに、この腕の中がとても安らげます。開いていた穴が、埋まるように」
「ラウル」
「僕も、シウス様が好きだったのでしょうか? 寂しいのも、苦しいのも、不思議と消えていきます。足りなかったものが、満たされるみたいです」
涙は自然と止まっていた。腫れぼったく赤くなった瞳で、それでもラウルは柔らかく微笑んでいる。
そっと額に、赤くなった目元に、そして唇にキスを落とす。ラウルは何も拒まず、どこかホッとした笑みを浮かべていた。
「帰ろう、ラウル。其方を思い手放すなど、逃げだった。其方の記憶は必ず取りもどしてみせる。いや、戻らぬならばここからまた、作って行けばよいことだ。其方の中に私を想う気持ちがあるならば、きっと」
「はい、シウス様」
自然と体は軽く感じる。差し伸べた手を握るラウルが、ほんのりと頬を染めている。多くなど望まない、だからどうか奪わないでもらいたい。
シウスは願い、教会を後にした。
良き主を得た。良き友を得た。やりがいのある仕事も得た。だが、その他多くの者の声に私は辟易としていた。
「宰相閣下、ご機嫌麗しくていらっしゃいますね」などと声をかけてくる宮中貴族達はその影で「見ろ、あの白い髪」「あぁ、恐ろしい」「人ならざる者と話すと言うぞ」「悪魔と契約でもしているのか」と口にする。
知らぬとでも思っているのか、バカめ。知らぬふりをしているに過ぎぬ。
エル。森の智者。人ならぬ者の声を聞く古い血族は建国記にすら登場する。祖先は神であったという。森に住まう清らかな乙女と、森を守る美しき神との間に生まれたのがエルである。
故に声を聞き、神を見る。時に神を下ろす者もあるが、あれは乙女と番った神であり、始祖の父とも言われている。
今では嫌われ者だ。茶や金の髪色の多い帝国で、白というのはあまりに目立った。神聖で、無垢の明かしとも言える汚れない色を拒むのだ。
見えぬ所で傷を負い、疲れ、心は尖っている。その最中、暗殺なんて話が舞い込んだのだ。
「よい、捨て置け」
情報を掴んだクラウルの忠告を、私は聞き入れようとは思わなかった。今更、一つ二つその手の話が増えたところで何ら関心がなかったのだ。
この時宰相府はよく狙われた。他の兵府に比べ、宰相府の者は内仕事で剣も立たぬ。普段は剣すらも持ち歩かない。そのような話がどこからか漏れた結果だった。
バカにしている。確かに普段剣を持ち歩かないが、それと剣が弱いは別の話。他の兵府と比べられれば立たぬが、そこらの傭兵などに負けるほど落ちぶれてはいない。
だがクラウルは渋面を作り、しつこく「護衛をつける」と言い張る。
分かっている。最近界隈を騒がせている暗殺騒動が原因だ。子供を暗殺者に仕立て、不要になれば殺す。金で請け負うそんな輩がいる。
「シウス、本気の話だ。この国にはお前が必要だ。外交を行うお前の手腕が必要なんだ。失う訳にはいかない」
「だからといって護衛をつけるのは嫌じゃ」
「何故だ」
「お前等のようなゴツくでデカイのが始終うろつくと集中できぬ。目障りじゃ」
暗府も騎兵府も何故無駄にデカイんだ。見ていて休まらぬ。
だが、その時ふと先日会った少年を思い出した。明るいライトブラウンの瞳をした、素直そうな子であった。アタフタして、まるで小さな動物のよう。
調べれば、私が王都を離れている間に入った民間出の子だと分かった。名はラウル。
ふと思いついた。あの子であれば邪魔にならぬ。なにより面白そうだ。まず私に再会して、どのような顔をするか。驚き慌てる様は実に可愛かった。
「クラウル、お前の所にラウルという隊員がいるな? 確か、まだ数ヶ月か」
「あぁ」
「あの子であれば護衛につけてもよいぞ」
「え! あっ、だがあの子は……」
「嫌ならこの話は平行線だな」
私は知らなかったのだ。この時ラウルは罪を償っていたことを。私の暗殺を請け負った者達との関係を。ほぼ当てつけのように、私はラウルを側に置く事を迫ったのだ。
クラウルをへし折って獲得した愛らしい護衛は、私の望むリアクションをくれた。驚き、慌て、「あの時はすみません!」と何度もお辞儀をした。
可愛い。見ていて飽きぬ。この子供、まだ本当に幼い。
だが予想外だったのは、ここからだった。
ラウルは素直で飲み込みが早く、「ついでだから手伝え」と言ってやらせた書類整理を完璧に覚えた。相当量あったのに、嫌な顔もせずに。
明るい子で、知りたがりで、人懐っこく私に話しかけては感心したり考えたり。
困らせてみたくて部屋に招き入れると赤くなり、「僕はここで!」と隅にいた。
なんて面白い。なんて愛らしい。なんて初心なのだ。
尖った心はラウルといる事で丸くなった。口汚い者達の声に最も怒ってくれたのは、ラウルだった。
小さな体で今にもくってかかりそうな彼を見ると、嬉しさがこみ上げてきた。
「シウス様は不気味なんかじゃありません。こんなに綺麗なのに、どうして皆酷い事を言うのですか? こんなの、間違いです」
憤慨するラウルの言葉があまりに嬉しくて、この時私は彼を抱きしめていた。
ありのままを受け入れてくれる。ラウルは私に要求をしない。与えると言っても「いらない」と言う。
そのうちに、私はこの子の関心が欲しくなった。物で引こうとしても駄目だった。「必要なら自分で買います」なんて、随分悲しい事を言う。
食べ物も、身の丈を超える店を拒んだ。不相応だと。
どうしたらあの子は私だけを見てくれる? どうしたら好きになってくれる? 護衛が終わったら、再び離れてしまうのか?
言いようのない不安や苛立ちがあった。
そんな時だ、一度目の襲撃があったのは。
少年数人に囲まれ、私は剣を抜くのを躊躇った。年端も行かない少年を斬り殺す事ができなかったのだ。
その時も、駆けつけたラウルが戦ってくれた。あの子の関心が引けず、苛立ち、一人で勝手に街に降りて来ていたのに。
「ご自分の事を大事にしてください!」
泣きながら怒るあの子の体を、私は抱きしめていた。
嬉しかった。傷つこうが、何をしようが誰も気にも留めぬと思っていた。呪われた一族がどうなろうが、知った事ではないのだと。
愛しい……
この言葉が自然と心を満たし、それ故に苛立ち、関心を欲したのだと素直に理解した。
同時に、友が同じように怒ってくれた事にも素直になれた。
陰口ばかりを追いかけていた荒みようはなりを潜め、好意を受け取る事もここからだった。案じてくれる事、向けられる笑み、それらを返すようになっていた。
あの日ラウルが叱ってくれなければ、私はまだ愚かだったかもしれない。自分の為に涙を流して心配したり、怒ってくれる存在などないと思っていたに違いない。
ここからだ、この感情の名前を知ったのは。私はあの子が「愛しい」のだ。他の誰にも分け与えたくない程に。
私への暗殺にアンドリューという男爵が絡んでいる。奴が金で請け負い、社会貢献などで受け入れた子供を使い暗殺をしている。
クラウルからその話を聞いた時に、早く終わらせなければと思った。
だからこそ、私は囮になった。子飼いの暗殺者の大半を私の方に向かわせ、無防備になったアンドリューを捕らえる作戦だ。
ラウルは最後まで反対したが、「共におれば問題ない」と言って押し切った。
そうして連れて行ったのは、歌劇だった。
高級で不相応だと言ったラウルも、これは仕事だと言えば承諾した。そして、私の隣で劇を食い入るように見て、歌を楽しみ、涙を流したり笑ったり。
素直な様子が手に取るように分かる。この子の心は綺麗な物を綺麗だと受け取る。同じ感性で、私を綺麗だと言ってくれる。
「また……今度はプライベートで誘いたい」
見終わった後、私はそう言って誘った。この子の関心事が分かったのだから当然だ。
ラウルは戸惑いながらも楽しかったのか、顔を真っ赤にして頷いた。
その帰り道でのことだ、暗殺者が大挙して押し寄せたのは。
私はそれに応戦した。ラウルは一年目、到底戦うは不得手と思っていた。だが実際は違う。あの子は私の前に立ち、猛然と少年達を倒していった。
この時、あの子はどんな気持ちだった? かつての仲間を自らの手で殺すのは、どんなにか悲しい事だろう。
知らなかった私はあの子を心配した。血を流すあの子の傷を心配したのだ。だが本当に気遣わねばならなかったのは、あの子の心が流す涙だったに違いない。
こうして事件は解決した。アンドリューの屋敷を抑えたクラウルはその後取り調べまで自身でやり、私はラウルと共に休暇を言い渡された。襲われたのだし、有給もある。ラウルも怪我があるからと。
普段は仕事が溜まるので急な休みは取らないのだが、この時は違った。ラウルを誘い、近くの温泉地へと赴き、そこでひたすらに口説いた。
「其方が好きだ、ラウル」
悩みに悩んだ告白は、結局いい事など何一つ言えなかった。緊張して、声も震えていた。
そんな私に、ラウルは酷く戸惑った顔をした。当然だ、罪を思えば恋愛など到底できるはずもなかったのだ。
知らない私は尚も彼を求めた。温泉では保留になり、寄宿舎に戻ってきては毎朝毎夜食事を共にした。
そのうちに部屋で開く酒宴にきてくれるようになった。私はベッタリとあの子の側にいて、話をした。
他愛ない事だ。最近の仕事の様子、何が好きか、何が嫌いか。食べ物の好き嫌い一つで二時間以上話す事ができた。
「ラウル、私は本気だ。本気で、其方を愛している。私の事が嫌いか?」
出会いから半年後、私は歌劇にラウルを誘い、ディナーをして、このように切り出した。
あの子は困って俯くが、首を横に振った。
「では、好いてくれるか?」
「でも、僕は……」
「難しい事などいらぬ。其方の心に問うておる。頼む、ラウル。其方の気持ちを聞かせておくれ」
たっぷりと悩んでいた。けれど私はこの時の悩みを身分の違いだと取った。貴族社会ではそれが一番のネックになるのだから。
だが、違ったんだ。あの子はもしかしたらこの時、言おうとしたのかもしれない。自らの事を、私に。
けれど言わせなくしてしまった。あの子の言葉を遮った。否定的な言葉を聞きたくなかったのだ。
「ラウル」
「好きです。僕は、シウス様がとても、好きです」
俯けた顔を上げ、頬をほんのりと染めたあの子は笑っていた。飲み込んだのだ、この時。飲み込ませてしまったんだ、私が……
そこからは、毎日が明るくなった。あの子は私を叱る、私を癒やす、辛くても笑みを取りもどさせてくれる。
エルであることを、受け入れてくれた。悩みに悩んだ苦しみから解放してくれた。
私の中であの子はあまりに大きい。共に笑い合った日々が宝物だ。
でも、その宝物は一方的なものになってしまった。あの子の心はひび割れて血を流し、あのままでは笑みの一つ浮かべる事ができなかったのだろう。
教会で抱いた、あの無機質な瞳が怖い。あの目に戻るなら、記憶はいらない。例え仲の良い友になってしまっても、例え他の誰かをあの子が愛しても……結果離れて生きる事になっても、私だけはあの子を覚えている。あの子を、想っている。
ふと、目が覚めた。長く寝ていたのか頭が痛い。体は重怠く、熱があると感じられる。そして、目が腫れぼったい気がした。
「シウス」
「ファウスト?」
「まったく、心配させるな」
やつれた笑みを浮かべたファウストを見上げている。安堵も多少している様に見える。
「どのくらい、私は眠ったのだ?」
「一日半といった所だ。もう少しで夕刻だ」
「そんなに?」
「心労が祟ったんだろう。まだ熱がある、数日休め」
「……すまぬ」
皆に迷惑をかけている。何処かで気持ちを切り替えなくてはならない。どこかで……決着をつけなければいけないのだろう。
いやだ……
「っ!」
鈍い痛みにこめかみを押さえたシウスを案じてファウストが額に手を当てる。そして誰かを呼ぼうと立ち上がった、その時にノックの音が響いた。
「誰だ?」
「ランバートです」
「……入れ」
ファウストの声に従って現れたランバートは、シウスを見て安堵したように笑う。ただ、困っている様子でもある。何かあったのか。
「どうした?」
「それが……シウス様に客が来ているのですが……」
「私に、客?」
誰だろうか? 重い体を起こし、上体を立てた。
ランバートはとても言いづらそうにして、シウスとファウストを見ている。だがやがて大きく息を吸い、静かに伝えた。
「教会の子供です。ラビと名乗りましたか……ラウルの様子がおかしいと、慌てた様子で」
「なに!」
様子がおかしい、とはどういう意味だ。何があった!
慌ててベッドから起き上がろうとして、目眩がして倒れそうになる。ファウストが支え、エリオットを呼ぼうとしたがシウスは止めた。この状態で奴が外出を許可するとは思えなかったのだ。
「シウス!」
「責めは私が受ける。ランバート、連れて行っておくれ」
「……馬車を用意します」
「そんな悠長な……」
「今の貴方では徒歩の方が時間がかかります。それに、俺がエリオット様に殺されます」
言うが早いか、ランバートは踵を返してしまう。ファウストが側に置いていた服を渡し、随分とデカイコートを貸してくれた。
程なくして粗末だが馬車が用意され、ラビとシウスがそれに乗り込む。御者をするランバートが手綱を握り、滑るように雪道を走り出していった。
「一体何があったのだ、ラビ。ラウルは……」
「俺にも分かんないんだ。ただ、シウス兄ちゃんが昨日も今日も来なかったから……」
俯き、戸惑うラビはそれしか言わない。眠っている間に何があったのだ。
この子は教会の中でも一番のリーダーで人懐っこい。そして、行動力のある子だ。きっとラウルを慕い、心配して駆けてきてくれたのだ。
「昨日、お医者先生が来てシウス兄ちゃん少し来れなくなるって話してて……その時は寂しそうだったけど、平気そうだった。でも今日になってずっと、泣いてるんだ」
「え?」
「ずっと。シスターも困っちゃって」
泣いて、いる? それは、期待しても良いのだろうか。自惚れても良いのだろうか。
馬車はあっという間に教会に到着する。ランバートが体を支えて教会に入り、シスタードロシアが驚きながらも案内をしてくれた。
扉の前、ドキドキしながら押し開けたその先で、ラウルはベッドに腰を下ろしたまま静かに泣き続けていた。
愛らしいライトブラウンの瞳を濡らした彼はシウスを見て驚き、そして更に涙をこぼしだした。
「ラウル」
「シウス、様……どうして……」
「様子が変だと聞いて。どうしたのだ」
近づいて膝をつき、そっと頬に手を添える。どれほど泣いたのか、瞳は赤く腫れてしまっている。それでもまだ足りないのか、クシャリと顔を歪ませた。
「わから、ないんです」
「分からない?」
「貴方が体調を崩したと聞いて、心配で……なのに、寂しくて仕方がないんです」
「ラウル……」
「寂しくて、会いたくて、胸の辺りがずっと苦しくてたまらないんです。声が聞きたくて、名前を呼んで欲しくてたまらないんです。会えないと思えば思う程息ができなくて……涙が、止まらないんです」
たまらず、シウスはラウルを抱きしめていた。頭を引き寄せ、強く胸にかき抱く。
やはり、愛しくてたまらない。側にいて、触れずに居られるわけがない。記憶などなくてもいい、無いならば最初から作ってゆくから、だから……。
「愛している……」
「え?」
「愛している、ラウル。私は其方が愛しい。其方を、忘れる事はできない」
苦しいものを吐き出すように、シウスは気持ちを伝えていた。
そっと、背中に手が触れてくる。戸惑いながら、それでも。
「不思議、です」
「ん?」
「何も覚えていないのに、この腕の中がとても安らげます。開いていた穴が、埋まるように」
「ラウル」
「僕も、シウス様が好きだったのでしょうか? 寂しいのも、苦しいのも、不思議と消えていきます。足りなかったものが、満たされるみたいです」
涙は自然と止まっていた。腫れぼったく赤くなった瞳で、それでもラウルは柔らかく微笑んでいる。
そっと額に、赤くなった目元に、そして唇にキスを落とす。ラウルは何も拒まず、どこかホッとした笑みを浮かべていた。
「帰ろう、ラウル。其方を思い手放すなど、逃げだった。其方の記憶は必ず取りもどしてみせる。いや、戻らぬならばここからまた、作って行けばよいことだ。其方の中に私を想う気持ちがあるならば、きっと」
「はい、シウス様」
自然と体は軽く感じる。差し伸べた手を握るラウルが、ほんのりと頬を染めている。多くなど望まない、だからどうか奪わないでもらいたい。
シウスは願い、教会を後にした。
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