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7章:クシュナート王国行軍記
3話:蠢く夜
その夜、晩餐はとても和やかに行われた。妊娠中だという王妃は同じ敷地内の小さめの屋敷にいるそうだが、五歳になるリシャール王子とは挨拶ができた。
アルヌールとは違いおっとりとした様子で、少し恥ずかしそうにする様子に皆が癒やされた。
アルヌールとジョルジュ、他にも数人帝国との関係が深い人物と楽しげに会話をしながら食事をしたが、そこにフェオドールの姿はない。一応用意されていた席は座るもののないままだった。
その夜、一同にあてがわれた談話室には何故かジョルジュとアルヌールの姿がある。もの凄く格好も砕けたアルヌールに最初こそ困惑した一同だが、何故か馴染みが早くあっという間に全員がいつもの感じを取りもどした。
「それにしても、ファウストばかりじゃなくクラウルとシウスにも恋人とはな。しかもシウスは結婚したとか! だーれが、その相手かな?」
緑色の瞳を鋭くさせたアルヌールが、ニヤリと一同を見る。その中でラウルは顔を真っ赤にさせてモジモジした。当然、バレるわけだ。
「ほぉ、可愛いのを選んだなあの男! なんだ、少年趣味だったか変態め」
「あの、そんな! シウスは別に少年趣味じゃないと……思います、けど……」
言っていて確実に自信がなくなったのだろう。見る間に萎れるラウルを笑って、アルヌールはご機嫌に酒を飲んでいる。
「恥ずかしがる姿もまた可愛いな。なるほど、初心なのが好きだったかムッツリめ」
「そんな事ないですよぉ」
「あー、ラウル殿、これがこの方の酔い癖みたいなもんだから真っ当に相手なさるな。どうにも絡み酒でな」
「煩いぞじぃ。いいじゃないか、次にあいつに会うときが楽しみになったんだから」
なるほど、騎士団にも数十人単位でいる感じの人だ。全員が覚悟する事になった。
「まぁ、シウスは以前から恋人がいることを匂わせていたからいいとして……問題はファウストとクラウルだ! 特にクラウル! あの堅物無愛想が恋愛とか、想像つかん!」
「……」
ゼロスが無表情で黙り込む。賢いようで、実は如実に対応が変わるのは挙手と同じだ。そしてアルヌールはやはり王だ。こうした細かな反応をよく見ている。
「ほぉ。あいつは自分とさして変わらんのを選んだな」
「!」
「なぁ、あの男はお前とどんな日を過ごすんだ? 若い頃からよく知っているが、無愛想だろ。正直一生独身だと賭けていたんだが」
「……無愛想ではありません。むしろ少し……ウザい」
「なに!! そんなに構いたがるのか! しかも今気付いたがこれ見よがしなカフスなんてつけて、マーキングか! あぁ、くそ! 今度絶対に帝国行ってあいつをつつき倒す!」
「それは止めてください!!」
ゼロスが赤い顔をするのにランバートやレイバン、ラウルは笑うのだが……チェスターやドゥーガルドは真っ赤になって「クラウル様って、そうなの……」と小声で言っている。
「なんだか余裕の顔をしているな、ランバート。俺はお前にも聞きたいぞ」
「何を聞きたいのですか?」
「ファウストも堅物だろ。よく落としたものだ。あいつは相当遊んでいたようだが、団長になってからはぱったりだと聞いていたが」
「そのようです」
「どうなんだ? あれも仕事が私生活みたいな奴で正直想像がつかんな。やっぱり、大人気取ってエスコートするのか?」
「いいえ、とても可愛いですよ」
「可愛い!! あのでかいのが可愛いのか!」
目を丸くするアルヌールは腕を組んで「むぅぅ」と唸っている。まぁ、気持ちは分からないではない。大抵が最初そんな顔をする。
「ファウスト様は本当に、ランバートにべったりだよね」
ラウルが苦笑するが、それを言えばシウスだってべったりだ。シウスの方が強引さがないというだけだ。
「確かにべったりだな。一週間放置したら暴れるんだ、あの人」
「お前それで、時々腰が立たないもんな」
「ゼロス、お前だって安息日明けに腰を摩ってるだろ」
「それは!!」
「俺を突くとやぶ蛇だぞ」
ニヤリと笑うとゼロスが「ぐぬぬっ」と唸る。そしてそれを聞くアルヌールがずっとにやにやしている。
「意外なあいつ等の顔が見られて楽しいな。そうか、双方意外と独占欲が強いか」
「……まぁ、独占欲と言うならかなりのものです」
ランバートは溜息をついたが、ふと離れている人を思い出して微笑んだ。今頃何をしているものか。不機嫌になっていなければいいが。そんな事を思うのだ。
「ほぉ、お前も随分奴の事が好きだと見える。その顔、なかなかそそるな」
「ファウスト様に挑みますか?」
「男の象徴切られちゃかなわん。俺は妻のいる身だが、男もやぶさかではない。だが、火傷するような相手は選ばん主義だ」
「賢明です。ちなみにここにいる者のほぼ全員が相手のいる身なので、お手を触れないようにお願いします」
「なに!! くそ、騎士団はいつから花園状態なんだ。あそこの騎士団は顔面レベルだってかなり高いってのに。そこの褐色のもか?」
「人妻で新婚なのでご勘弁ください」
「なに!!! くそ、けっこう好みだったから口説こうかと思っていたのに」
「奥様大事になさってください」
ランバートが苦笑し、レイバンはニヤリと笑う。これが酒の席での冗談なのか本気なのかは、あえて聞かないようにしていた。
その後、部屋に一度戻るというボリスとチェスターが退室し、少ししてアルヌールもトイレに席を立った。
まさかそこで事件が起こるなど、この時誰が思っただろうか。
▼ボリス
ボリスはチェスターと同室ということで、一度部屋に戻った。後は少し飲みすぎてタガがハズレそうになったからだ。アルヌールは良くも悪くも気のいい人で本当に気さくだ。全員の側に寄っていって自ら酌をして、色んな事を話して笑って。
一国の王という立場を考えれば堅苦しいものを考えていたが、まるで騎士団の中にいるようで気が緩む。
いや、これが外交というならとんだ狐かもしれない。気を許してあれこれ話したが最後、情報をかなり握られるだろう。
「なーんか、王様って感じのしない人だったな」
「まぁ、そうだね」
部屋で気の抜けた様子のチェスターが着替えを用意してベッドに置く。一応王城ということで今も騎士団の制服は着たままだが、流石に寝る時にこれは苦しい。こういうものを用意しにきたのだ。
「俺達の陛下も、あんな感じの人なのかな?」
「ランバートの話だと、個人的にはそうみたいだね。王様と私人と、使い分けが大変そうだよね」
更に言えばそんなプライベートまで知ってるランバートのツテが怖い気もするが、あれは悪用とかしないからいいのだろう。
そうして準備をして部屋を出ると、少し先に人影があった。不機嫌な様子が遠くからも分かるその影は、ズンズンとこちらへ近づいてくる。
「うわぁ……」
言って、チェスターは卑怯にもボリスの影に隠れた。
「本当に図々しく王の住居に上がり込むとはな。礼儀知らずめ」
銀髪を靡かせるフェオドールが睨み付けてくる。相変わらず可愛くない言い方だ。
「こんな所で何をしている。勝手にフラフラと歩き回るな」
「お言葉ですが、我々は与えられた範囲内で動いているにすぎませんよ」
「兄上がザルなのをいい事に。いったい何を考えている。侵略者め」
その言葉に、ボリスは多少カチンときた。
確かに侵略の歴史はある。帝国を名乗るのだからそれは否定できない。だが、今現在は違うのだ。
酒の勢いもあるだろう。そこで腹の立つことを……国を貶めるような事を言われたのはイライラを増幅させる。ボリスの目が確実に吊り上がった。
「なんだその顔は」
「言っとくけど、一応は俺達国賓なんだけど? 王の弟だかなんだか知らないけれど、国の客人に対する口の利き方も知らずに王族なんて、随分怠慢なんじゃないの?」
「な!」
怒ったようにカッと顔を赤くするフェオドールをボリスは鼻で笑う。ムクムクと苛めてやりたい衝動が沸き上がり、口の端が上がった。
「怒る前にさ、自分の態度見つめ直してみたら? いい年して反抗期って、かっこ悪いにも程があるよ。ラウル先輩やランバートも年変わらないのに、随分違って見えるよね」
「ちょっ、ボリス!」
「アンタの態度って、そのまま『甘やかされて育ちました』って感じがするよ。何を勘違いしてるか知らないけれど、偉いのはアンタじゃなくて血筋だけじゃないの? 兄王様は随分と強かで立派な王様なのに、残念な弟だな」
「貴様!」
顔を真っ赤にしたフェオドールが怒鳴り散らし、ボリスの胸ぐらを掴む。だが身長的にボリスが高い。ちっとも怖くはない。
「殴る? 国際問題かもね」
「!」
胸ぐらを掴む手がブルブル震えている。背後ではチェスターがオロオロしている。こいつもこういう事に慣れない奴だ。
その時、一階の方で大きな音がした。咄嗟に窓辺に駆け寄った三人は、闇に紛れて逃げる人影を見た。腕を庇いながら何処かへと向かって行く。
だがその後に出てきた影が、雪の中にドサリと倒れた。月明かりの中に浮かぶその姿に、三人全員が目を見張った。
「兄上!」
「チェスター、ランバート達に知らせて!」
「分かった!」
ボリスはそのまま二階から一階へと階段を駆け下りていく。それを追うように足音がついてくる。多分、フェオドールだろう。
ここに来てまずは自分達の泊まる場所の見取り図は頭に入れた。これは癖のようなものだ。だからアルヌールの倒れた場所までも迷いはなかった。
アルヌールは厠のすぐ近くに倒れていた。その肩口には短剣が深く刺さったままで、白い雪が血に濡れていた。
「アルヌール様!」
声をかけ、傷に触れないように抱き上げると薄らと緑色の瞳が開き、口元には薄い笑みが浮かんだ。
「いや、油断した……一撃浴びせたのだが……用足しも満足にできんとは、参った……」
「それだけ話せるなら頑張れるでしょ」
焦っているから敬語も捨てて、ボリスは着ている上着を丸めて傷を押さえた。深いだけあって血は止まらないが、傷はここ一カ所だ。
「兄上!」
「フェオドール? なぜ、お前が……」
「廊下で偶然会ったんだよ」
「そう、か……っ!」
「すぐに人が来るから、動かないで」
止血なんかはできるが、この傷は明らかに縫合が必要だ。そうなるとボリスにできるのは止血しかない。手の全体で圧迫しつつ、指で止血点を押しはしているが止まる気配はない。
「だれが、こんな……」
「悪いな、顔が見えなかった。夜で暗いし、顔を隠していたからな」
「上からも顔までは見えなかったから、分からないけれど」
そうこうしている間に騒がしくなり、談話室にいた面々が駆けつけてきた。クリフは薬箱を持っていて、すぐにボリスに代わり応急処置をしてくれる。聞けば城の侍医をラウルとチェルルが呼びに行っているし、ゼロスとランバートは既に現場付近を検分している。コンラッドとハリーが血痕を追っていき、ドゥーガルドがアルヌールの体を抱き上げた。
突然の国王襲撃。これは騎士団にとっても思わぬ展開となった。
この事件が落ち着くまで、城から出られなくなってしまったのだ。
アルヌールとは違いおっとりとした様子で、少し恥ずかしそうにする様子に皆が癒やされた。
アルヌールとジョルジュ、他にも数人帝国との関係が深い人物と楽しげに会話をしながら食事をしたが、そこにフェオドールの姿はない。一応用意されていた席は座るもののないままだった。
その夜、一同にあてがわれた談話室には何故かジョルジュとアルヌールの姿がある。もの凄く格好も砕けたアルヌールに最初こそ困惑した一同だが、何故か馴染みが早くあっという間に全員がいつもの感じを取りもどした。
「それにしても、ファウストばかりじゃなくクラウルとシウスにも恋人とはな。しかもシウスは結婚したとか! だーれが、その相手かな?」
緑色の瞳を鋭くさせたアルヌールが、ニヤリと一同を見る。その中でラウルは顔を真っ赤にさせてモジモジした。当然、バレるわけだ。
「ほぉ、可愛いのを選んだなあの男! なんだ、少年趣味だったか変態め」
「あの、そんな! シウスは別に少年趣味じゃないと……思います、けど……」
言っていて確実に自信がなくなったのだろう。見る間に萎れるラウルを笑って、アルヌールはご機嫌に酒を飲んでいる。
「恥ずかしがる姿もまた可愛いな。なるほど、初心なのが好きだったかムッツリめ」
「そんな事ないですよぉ」
「あー、ラウル殿、これがこの方の酔い癖みたいなもんだから真っ当に相手なさるな。どうにも絡み酒でな」
「煩いぞじぃ。いいじゃないか、次にあいつに会うときが楽しみになったんだから」
なるほど、騎士団にも数十人単位でいる感じの人だ。全員が覚悟する事になった。
「まぁ、シウスは以前から恋人がいることを匂わせていたからいいとして……問題はファウストとクラウルだ! 特にクラウル! あの堅物無愛想が恋愛とか、想像つかん!」
「……」
ゼロスが無表情で黙り込む。賢いようで、実は如実に対応が変わるのは挙手と同じだ。そしてアルヌールはやはり王だ。こうした細かな反応をよく見ている。
「ほぉ。あいつは自分とさして変わらんのを選んだな」
「!」
「なぁ、あの男はお前とどんな日を過ごすんだ? 若い頃からよく知っているが、無愛想だろ。正直一生独身だと賭けていたんだが」
「……無愛想ではありません。むしろ少し……ウザい」
「なに!! そんなに構いたがるのか! しかも今気付いたがこれ見よがしなカフスなんてつけて、マーキングか! あぁ、くそ! 今度絶対に帝国行ってあいつをつつき倒す!」
「それは止めてください!!」
ゼロスが赤い顔をするのにランバートやレイバン、ラウルは笑うのだが……チェスターやドゥーガルドは真っ赤になって「クラウル様って、そうなの……」と小声で言っている。
「なんだか余裕の顔をしているな、ランバート。俺はお前にも聞きたいぞ」
「何を聞きたいのですか?」
「ファウストも堅物だろ。よく落としたものだ。あいつは相当遊んでいたようだが、団長になってからはぱったりだと聞いていたが」
「そのようです」
「どうなんだ? あれも仕事が私生活みたいな奴で正直想像がつかんな。やっぱり、大人気取ってエスコートするのか?」
「いいえ、とても可愛いですよ」
「可愛い!! あのでかいのが可愛いのか!」
目を丸くするアルヌールは腕を組んで「むぅぅ」と唸っている。まぁ、気持ちは分からないではない。大抵が最初そんな顔をする。
「ファウスト様は本当に、ランバートにべったりだよね」
ラウルが苦笑するが、それを言えばシウスだってべったりだ。シウスの方が強引さがないというだけだ。
「確かにべったりだな。一週間放置したら暴れるんだ、あの人」
「お前それで、時々腰が立たないもんな」
「ゼロス、お前だって安息日明けに腰を摩ってるだろ」
「それは!!」
「俺を突くとやぶ蛇だぞ」
ニヤリと笑うとゼロスが「ぐぬぬっ」と唸る。そしてそれを聞くアルヌールがずっとにやにやしている。
「意外なあいつ等の顔が見られて楽しいな。そうか、双方意外と独占欲が強いか」
「……まぁ、独占欲と言うならかなりのものです」
ランバートは溜息をついたが、ふと離れている人を思い出して微笑んだ。今頃何をしているものか。不機嫌になっていなければいいが。そんな事を思うのだ。
「ほぉ、お前も随分奴の事が好きだと見える。その顔、なかなかそそるな」
「ファウスト様に挑みますか?」
「男の象徴切られちゃかなわん。俺は妻のいる身だが、男もやぶさかではない。だが、火傷するような相手は選ばん主義だ」
「賢明です。ちなみにここにいる者のほぼ全員が相手のいる身なので、お手を触れないようにお願いします」
「なに!! くそ、騎士団はいつから花園状態なんだ。あそこの騎士団は顔面レベルだってかなり高いってのに。そこの褐色のもか?」
「人妻で新婚なのでご勘弁ください」
「なに!!! くそ、けっこう好みだったから口説こうかと思っていたのに」
「奥様大事になさってください」
ランバートが苦笑し、レイバンはニヤリと笑う。これが酒の席での冗談なのか本気なのかは、あえて聞かないようにしていた。
その後、部屋に一度戻るというボリスとチェスターが退室し、少ししてアルヌールもトイレに席を立った。
まさかそこで事件が起こるなど、この時誰が思っただろうか。
▼ボリス
ボリスはチェスターと同室ということで、一度部屋に戻った。後は少し飲みすぎてタガがハズレそうになったからだ。アルヌールは良くも悪くも気のいい人で本当に気さくだ。全員の側に寄っていって自ら酌をして、色んな事を話して笑って。
一国の王という立場を考えれば堅苦しいものを考えていたが、まるで騎士団の中にいるようで気が緩む。
いや、これが外交というならとんだ狐かもしれない。気を許してあれこれ話したが最後、情報をかなり握られるだろう。
「なーんか、王様って感じのしない人だったな」
「まぁ、そうだね」
部屋で気の抜けた様子のチェスターが着替えを用意してベッドに置く。一応王城ということで今も騎士団の制服は着たままだが、流石に寝る時にこれは苦しい。こういうものを用意しにきたのだ。
「俺達の陛下も、あんな感じの人なのかな?」
「ランバートの話だと、個人的にはそうみたいだね。王様と私人と、使い分けが大変そうだよね」
更に言えばそんなプライベートまで知ってるランバートのツテが怖い気もするが、あれは悪用とかしないからいいのだろう。
そうして準備をして部屋を出ると、少し先に人影があった。不機嫌な様子が遠くからも分かるその影は、ズンズンとこちらへ近づいてくる。
「うわぁ……」
言って、チェスターは卑怯にもボリスの影に隠れた。
「本当に図々しく王の住居に上がり込むとはな。礼儀知らずめ」
銀髪を靡かせるフェオドールが睨み付けてくる。相変わらず可愛くない言い方だ。
「こんな所で何をしている。勝手にフラフラと歩き回るな」
「お言葉ですが、我々は与えられた範囲内で動いているにすぎませんよ」
「兄上がザルなのをいい事に。いったい何を考えている。侵略者め」
その言葉に、ボリスは多少カチンときた。
確かに侵略の歴史はある。帝国を名乗るのだからそれは否定できない。だが、今現在は違うのだ。
酒の勢いもあるだろう。そこで腹の立つことを……国を貶めるような事を言われたのはイライラを増幅させる。ボリスの目が確実に吊り上がった。
「なんだその顔は」
「言っとくけど、一応は俺達国賓なんだけど? 王の弟だかなんだか知らないけれど、国の客人に対する口の利き方も知らずに王族なんて、随分怠慢なんじゃないの?」
「な!」
怒ったようにカッと顔を赤くするフェオドールをボリスは鼻で笑う。ムクムクと苛めてやりたい衝動が沸き上がり、口の端が上がった。
「怒る前にさ、自分の態度見つめ直してみたら? いい年して反抗期って、かっこ悪いにも程があるよ。ラウル先輩やランバートも年変わらないのに、随分違って見えるよね」
「ちょっ、ボリス!」
「アンタの態度って、そのまま『甘やかされて育ちました』って感じがするよ。何を勘違いしてるか知らないけれど、偉いのはアンタじゃなくて血筋だけじゃないの? 兄王様は随分と強かで立派な王様なのに、残念な弟だな」
「貴様!」
顔を真っ赤にしたフェオドールが怒鳴り散らし、ボリスの胸ぐらを掴む。だが身長的にボリスが高い。ちっとも怖くはない。
「殴る? 国際問題かもね」
「!」
胸ぐらを掴む手がブルブル震えている。背後ではチェスターがオロオロしている。こいつもこういう事に慣れない奴だ。
その時、一階の方で大きな音がした。咄嗟に窓辺に駆け寄った三人は、闇に紛れて逃げる人影を見た。腕を庇いながら何処かへと向かって行く。
だがその後に出てきた影が、雪の中にドサリと倒れた。月明かりの中に浮かぶその姿に、三人全員が目を見張った。
「兄上!」
「チェスター、ランバート達に知らせて!」
「分かった!」
ボリスはそのまま二階から一階へと階段を駆け下りていく。それを追うように足音がついてくる。多分、フェオドールだろう。
ここに来てまずは自分達の泊まる場所の見取り図は頭に入れた。これは癖のようなものだ。だからアルヌールの倒れた場所までも迷いはなかった。
アルヌールは厠のすぐ近くに倒れていた。その肩口には短剣が深く刺さったままで、白い雪が血に濡れていた。
「アルヌール様!」
声をかけ、傷に触れないように抱き上げると薄らと緑色の瞳が開き、口元には薄い笑みが浮かんだ。
「いや、油断した……一撃浴びせたのだが……用足しも満足にできんとは、参った……」
「それだけ話せるなら頑張れるでしょ」
焦っているから敬語も捨てて、ボリスは着ている上着を丸めて傷を押さえた。深いだけあって血は止まらないが、傷はここ一カ所だ。
「兄上!」
「フェオドール? なぜ、お前が……」
「廊下で偶然会ったんだよ」
「そう、か……っ!」
「すぐに人が来るから、動かないで」
止血なんかはできるが、この傷は明らかに縫合が必要だ。そうなるとボリスにできるのは止血しかない。手の全体で圧迫しつつ、指で止血点を押しはしているが止まる気配はない。
「だれが、こんな……」
「悪いな、顔が見えなかった。夜で暗いし、顔を隠していたからな」
「上からも顔までは見えなかったから、分からないけれど」
そうこうしている間に騒がしくなり、談話室にいた面々が駆けつけてきた。クリフは薬箱を持っていて、すぐにボリスに代わり応急処置をしてくれる。聞けば城の侍医をラウルとチェルルが呼びに行っているし、ゼロスとランバートは既に現場付近を検分している。コンラッドとハリーが血痕を追っていき、ドゥーガルドがアルヌールの体を抱き上げた。
突然の国王襲撃。これは騎士団にとっても思わぬ展開となった。
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表紙は、ぱくたそ様よりsr-karubi様の写真をお借りしました。ありがとうございます!