57 / 137
7章:クシュナート王国行軍記
4話:暗い影
アルヌールの怪我は幸い命に関わるものではなく、毒などもなかった。
だが、深夜の騒動はそれなりに城を緊張させている。その一部は、客人である騎士団への疑いも含んでいた。
「騒がせて悪いな、ランバート」
「いいえ、致し方のない状況です。お加減はいかがでしょうか?」
翌日の午前中、落ち着いたということで招かれたランバートと対するアルヌールはベッドに上半身を起こした状態で、刺された左肩は下がっていた。
「問題無い。と、格好をつけたいんだがな。ものすごく痛い! あと痺れる」
「ご無理をなさいませんように」
「お前、淡々としているな……」
「それだけ元気であれば回復も早いかと。あと、油断すると貴方は手が早そうなので」
「ちっ、美人だが油断ならんな。まぁ、半分は冗談だ。この痛みでは流石に手を出す気も失せる。アレも勃ちはしない」
「養生なさってください」
ニッコリと返したランバートだが、内心ではどう扱っていいものか。相手が他国の王でなければもっと雑な扱いをするのだが。
「妻には心配をかけるし、息子は泣くしで朝から散々だ。俺は動き回ってなければ死んでしまうぞ」
「正直に申しまして、多少自由すぎるように思いますが。そもそも、奥方がいるのに男遊びなんていいのですか?」
「ん? 最初に宣言したからな」
「……は?」
「結婚する前に性癖おっぴろげに、そして赤裸々に一晩語った。そうしたら『あらあら、大変ですわ。私がお相手できなくなったら、誰がお慰めすればよろしいのでしょう?』と。あの瞬間、この女しかいないと思った」
「多少自重しろ、下半身」
「ほぉ、お前の素が見えた気がする」
ごく当たり前の顔で言いきった目の前の男を正直に「クズ」とは思うのだが……憎めない部分も多々あるのが困る。そこを含めて魅力だろう。
「まぁ、何だかんだで愛している。実際女は妻だけだし、愛を囁くのも妻だけだ。子を宿さない間は求めるのは彼女だけだしな」
「一応、愛していらっしゃるのですね」
「俺は下半身クズだが、不誠実じゃない。他の女に子種を注ぐ事もしないし、男と遊ぶ時も愛は囁かない。正々堂々正面切って『一晩遊ばせてください』と俺自身が頼む」
「充分クズですが、いっそ清々しいですね」
「うん、俺も自覚がある。それでもいいという奴しか俺は相手にしていない」
本当に、良くも悪くも正直で気持ちがいいな。周囲にはいない感じだ。
と、冗談のようなやりとりをしていたが不意にアルヌールの表情が引き締まる。空気も一緒に緊張した。こうした瞬間は上に立つ者の風格を感じる。身近で言えばアレクシスが、遠くではカールがこのような一瞬の緊張を生む。
「さて、昨夜の事だが。ジョルジュに聞いたがお前達を疑う者がいるそうだな?」
「そのようです」
「バカな事だ。俺は寸前までお前達と飲んでいた。離れていた二名……ボリスとチェスターか。あいつらも事が起こった時にはフェオドールと一緒だった。冷静に考えて不可能だろうに」
「そのように思わせたい者がいる。ということでしょう」
「そうだな」
「陛下は、誰か当たりをつけているのでしょうか?」
問えば人懐っこい瞳が細められる。言うのを多少躊躇うが、やがて息を吐いてその思いを消した。
「フェオドールの側近達だな」
「王位争いがあると?」
「フェオドール本人にはそのような気はないだろう。あの通り反抗期だが、玉座に執着があるようには思えない。どちらかと言えばその周囲が、あいつを王に立たせたいのさ」
なんとなく理解はできた。アルヌールは型破りな部分のある人だが、王としては優秀な部類だ。それは城を見ていれば分かる。今国政を担っている家臣達はみな、アルヌールが怪我をしたと聞いて動揺し、案じていた。慕われている王なのだ。
「我が国では王に子があったとしても、その子が十歳に満たない場合は継承権を持たない。王に他の直系親族がない場合は特例が認められるが、そうでなければ継承権は血の近い所からだ」
「つまり、現在五歳のリシャール王子には継承権がなく、第一継承権は弟のフェオドール様だと?」
「そうなる。俺に他の兄弟はないからな。リシャールが十歳になれば継承権は一位だが、成人する十七歳までは玉座に座れない。短いかもしれないが、それまではフェオドールが王だ」
なかなか珍しいが、国が正常に運営されていくための仕組みなのだろう。確かに幼い王を玉座にあげての傀儡政治などはよく聞く。それをさせない為なのだろう。
「フェオドールの側近に、ニコラという男がいる。こいつが厄介でな」
「離そうとはしなかったのですか?」
「したさ。だがフェオドールが言う事を聞かない。あいつはフェオドールに甘言ばかりを囁き、俺がフェオドールを下に見ていると言い続けた。そのせいか、あいつはどんどん俺から離れて今はこんなだ。何度か無理に離したが、そうすると手がつけられなくてな」
態度は尊大だったが、兄であるアルヌールを慕っていないわけじゃない。叱られる時、ビクリと肩が震え傷ついた顔をしていた。襲われて倒れた時、著しく顔色が悪く目に見えて震えていた。
態度と心が一致していないが、反抗期とはそういうものだろう。思ってもみない事を言ったり行ったりするものだ。
彼はきっと、なにも知らない。自分が知らず黒い陰謀に巻き込まれている事も知らず、周囲に引きずられて落ちていくのを待つばかりだ。
「……陛下、宜しければ今回の件、我々にもお手伝いさせていただけませんか?」
「ん?」
ランバートの申し出にアルヌールは顔を上げる。驚いたような表情に、この人もこんな顔をするかと笑みが浮かんだ。
「誰が味方で、誰が敵か。それもはっきりとしない状況だと頼れるのはジョルジュ将軍なのでしょうが、彼は目立つ」
「潜むということができないからな、あれは。だが、それを申し出てお前達に得はないぞ? 疑われている以上、俺は堂々とお前達にこの一件を任せる事はできない。気取られれば立場を悪くするが」
アルヌールの懸念は理解している。そもそも他国の騒動に首を突っ込むのは得策ではない。
だが相手は狡猾そうだ。そしてこれが解決しなければこちらも動けない。それは困る。
「気取られてつるし上げられた時には知らぬ存ぜぬで結構です。ただ、我等はこれから敵国に潜伏し、職務を行う特別部隊。潜む事、探る事にはそれなりに自信があります。動けなくなるのは困りますから、できるだけ早い解決を望みます」
「……なるほど」
やや考えたアルヌールは、やがて真っ直ぐにランバートを見た。
「いいだろう、動く事を許す。だが、これを知っているのは俺とお前達、そしてジョルジュだけだ。他に知られて勘ぐられれば庇えない。それは理解してくれ」
「充分です。それでは、早速探らせてみます」
丁寧に一礼したランバートはそのまま、部屋を後にした。
▼レイバン
レイバンとハリーは何気ない様子でメイド達の控え室に来ていた。
女性達は「甘い物ありません?」なんて言って訪ねて来た二人を見て顔を赤らめ、ごく自然にクッキーやら焼き菓子やらを出してくれた。
「美味しい! やっぱ引きこもりなら甘い物が欲しくなるよね」
クッキーをポリポリしながらレイバンの頬は自然と綻ぶ。クッキーにジャムを乗せたものは、帝国ではあまりみかけない。
「この紅茶も、もしかしてジャム入ってる? 甘い」
「本当に!」
ハリーの言葉を聞いてお茶を飲んだレイバンは、そこでも幸せな顔をした。
「甘味、最高」
「甘味大王だもんね、レイバン」
呆れながらもハリーだってまんざらでもない様子だ。
「あの、良ければこっちのも」
「え? いいの? でも、俺達ばかりが食べたらせっかくのお菓子がなくなるよ。君たち、休憩でしょ? 一緒しない?」
「でも、私達……」
「かったいこと言わないでさ」
ハリーがニッコリ笑うとメイド達も悪い気はしないのだろう。戸惑いながらも席についた。
「この辺寒いのに、お菓子って貴重なんじゃないの?」
「えぇ、まぁ。でも、帝国と同盟を結んでからは入ってくるんですよ。おかげで国民の生活も楽になって」
「そうなの?」
メイド達もクッキーを摘まんでいる。甘い物と話し上手な騎士二人。自然とメイド達もあれこれ話すようになってきた。
「アルヌール王って、やっぱ有能なんだね」
「当然ですよ! 帝国とパイプを作って早々に同盟も結んで。おかげで国民は飢えることもなくなりましたし」
「結構型破りな王様だよね。俺、昨日誘われたんだけど」
「まぁ、下半身は……。でも、愛妻家でもあるんですよ?」
「……男誘うのに?」
「女性は王妃様だけですし、男遊びも昔に比べたら。王妃様が元気な時はずっとベッタリ王妃様ばかりで、お酒を飲んでは妻自慢するのでジョルジュ様が疲れておりますわ」
「そうなんだ……」
なのに、男は誘うのか。完全に遊びだな。
「王妃様も、とてもおっとりとなさった方でして。王子殿下は絶対に王妃様に似ましたわね」
「そうね。私達使用人にもとても優しくて。誕生日やお祝いの時には必ず声をかけてくれて、お茶に誘ってくれるのですわ」
「いい人だね」
天使だなと、レイバンとハリーは思った。
「陛下も性欲旺盛ですが、そもそもが「遊ばせて」と男の方を誘いますし、引き際も綺麗なのでトラブルはないのですよ。むしろ誘われた男達がある意味信者のように仕事に励むので、より結束が強いというか」
「……ろくでもなくない?」
「一度相手をした方に聞いたのですが、とても優しいのだと言っていましたわ。乱暴にされる事なんて一度もないし、そこであれこれ悩みも聞いてくれて心が軽くなったとか」
「どこ使って国政してるんだろう、あの人……」
ハリーが呆れ、レイバンは笑った。まぁ、王ともなれば雲上の人。そんな人が心を砕き、優しく触れて心を解す。そこで男惚れするというのは、分からないではないが。
「勿論そんな事ばかりじゃありませんよ。飄々と外交を行いますし、信頼には信頼で返しますわ。城の者もあの方を嫌う方なんて」
「なのに昨夜、あんな事があって私達も不安で……」
メイド達が不安な顔をする。本当に予想していない事だったのだろう。困惑が広がっていく。
「俺達も驚いたよ。まさかお邪魔した日にこんな事になるなんてさ」
「なんか、俺達がやったなんて言われてもいるのが不満。俺達そんな事しないのにね」
わざとらしい困惑顔だが、これで充分だっただろう。メイド達は堰を切ったように不満を言い始めた。
「私達、昨日談話室に料理やお酒を運んでいましたから言えますわ。皆さんはあそこで陛下と楽しくご歓談なさってましたもの」
「そうですわ! あれはきっとフェオドール様の」
「あぁ、こら!」
名前が出て来た。そして慌てて止めた。どうやら使用人達の間まで、二人の不仲は有名らしい。
「昨日絡んできた、王弟殿下?」
「……昔はこんな事はなかったのですが……陛下は良くも悪くも型破りな王様ですし、フェオドール様は旧体制の人達に囲まれていて、いつしか合わなくなってしまって」
「本当に、昔は兄王様が大好きな素直ないい子だったんですよ。陛下が自由すぎて、フェオドール様は雁字搦めで。そのうちにすれ違ってしまって」
どうやら、お兄ちゃん大好きを拗らせたうえに他力がねじ曲げたっぽい。そうなると面倒だ。まずは分離が大事になってくる。
「今回の犯人、フェオドール様だと思う?」
「そうは思わないけれど……。フェオドール様、なんだかんだで今も陛下の事お好きですし……隠してるつもりみたいですけれど」
「あの方にこんな事はできませんよ。けっこう単純ですもの」
褒めているのか貶しているのか、微妙なラインになってきた。
だが大きく言える事は、使用人達もフェオドールが画策した事ではないと思っている事だ。これは大きい。
やはり、ニコラという側近の仕業か。だがそうなると証拠が欲しい。疑いだけで動くわけにはいかない。
そうなるとやはり、別働隊の動きが気になる所だった。
だが、深夜の騒動はそれなりに城を緊張させている。その一部は、客人である騎士団への疑いも含んでいた。
「騒がせて悪いな、ランバート」
「いいえ、致し方のない状況です。お加減はいかがでしょうか?」
翌日の午前中、落ち着いたということで招かれたランバートと対するアルヌールはベッドに上半身を起こした状態で、刺された左肩は下がっていた。
「問題無い。と、格好をつけたいんだがな。ものすごく痛い! あと痺れる」
「ご無理をなさいませんように」
「お前、淡々としているな……」
「それだけ元気であれば回復も早いかと。あと、油断すると貴方は手が早そうなので」
「ちっ、美人だが油断ならんな。まぁ、半分は冗談だ。この痛みでは流石に手を出す気も失せる。アレも勃ちはしない」
「養生なさってください」
ニッコリと返したランバートだが、内心ではどう扱っていいものか。相手が他国の王でなければもっと雑な扱いをするのだが。
「妻には心配をかけるし、息子は泣くしで朝から散々だ。俺は動き回ってなければ死んでしまうぞ」
「正直に申しまして、多少自由すぎるように思いますが。そもそも、奥方がいるのに男遊びなんていいのですか?」
「ん? 最初に宣言したからな」
「……は?」
「結婚する前に性癖おっぴろげに、そして赤裸々に一晩語った。そうしたら『あらあら、大変ですわ。私がお相手できなくなったら、誰がお慰めすればよろしいのでしょう?』と。あの瞬間、この女しかいないと思った」
「多少自重しろ、下半身」
「ほぉ、お前の素が見えた気がする」
ごく当たり前の顔で言いきった目の前の男を正直に「クズ」とは思うのだが……憎めない部分も多々あるのが困る。そこを含めて魅力だろう。
「まぁ、何だかんだで愛している。実際女は妻だけだし、愛を囁くのも妻だけだ。子を宿さない間は求めるのは彼女だけだしな」
「一応、愛していらっしゃるのですね」
「俺は下半身クズだが、不誠実じゃない。他の女に子種を注ぐ事もしないし、男と遊ぶ時も愛は囁かない。正々堂々正面切って『一晩遊ばせてください』と俺自身が頼む」
「充分クズですが、いっそ清々しいですね」
「うん、俺も自覚がある。それでもいいという奴しか俺は相手にしていない」
本当に、良くも悪くも正直で気持ちがいいな。周囲にはいない感じだ。
と、冗談のようなやりとりをしていたが不意にアルヌールの表情が引き締まる。空気も一緒に緊張した。こうした瞬間は上に立つ者の風格を感じる。身近で言えばアレクシスが、遠くではカールがこのような一瞬の緊張を生む。
「さて、昨夜の事だが。ジョルジュに聞いたがお前達を疑う者がいるそうだな?」
「そのようです」
「バカな事だ。俺は寸前までお前達と飲んでいた。離れていた二名……ボリスとチェスターか。あいつらも事が起こった時にはフェオドールと一緒だった。冷静に考えて不可能だろうに」
「そのように思わせたい者がいる。ということでしょう」
「そうだな」
「陛下は、誰か当たりをつけているのでしょうか?」
問えば人懐っこい瞳が細められる。言うのを多少躊躇うが、やがて息を吐いてその思いを消した。
「フェオドールの側近達だな」
「王位争いがあると?」
「フェオドール本人にはそのような気はないだろう。あの通り反抗期だが、玉座に執着があるようには思えない。どちらかと言えばその周囲が、あいつを王に立たせたいのさ」
なんとなく理解はできた。アルヌールは型破りな部分のある人だが、王としては優秀な部類だ。それは城を見ていれば分かる。今国政を担っている家臣達はみな、アルヌールが怪我をしたと聞いて動揺し、案じていた。慕われている王なのだ。
「我が国では王に子があったとしても、その子が十歳に満たない場合は継承権を持たない。王に他の直系親族がない場合は特例が認められるが、そうでなければ継承権は血の近い所からだ」
「つまり、現在五歳のリシャール王子には継承権がなく、第一継承権は弟のフェオドール様だと?」
「そうなる。俺に他の兄弟はないからな。リシャールが十歳になれば継承権は一位だが、成人する十七歳までは玉座に座れない。短いかもしれないが、それまではフェオドールが王だ」
なかなか珍しいが、国が正常に運営されていくための仕組みなのだろう。確かに幼い王を玉座にあげての傀儡政治などはよく聞く。それをさせない為なのだろう。
「フェオドールの側近に、ニコラという男がいる。こいつが厄介でな」
「離そうとはしなかったのですか?」
「したさ。だがフェオドールが言う事を聞かない。あいつはフェオドールに甘言ばかりを囁き、俺がフェオドールを下に見ていると言い続けた。そのせいか、あいつはどんどん俺から離れて今はこんなだ。何度か無理に離したが、そうすると手がつけられなくてな」
態度は尊大だったが、兄であるアルヌールを慕っていないわけじゃない。叱られる時、ビクリと肩が震え傷ついた顔をしていた。襲われて倒れた時、著しく顔色が悪く目に見えて震えていた。
態度と心が一致していないが、反抗期とはそういうものだろう。思ってもみない事を言ったり行ったりするものだ。
彼はきっと、なにも知らない。自分が知らず黒い陰謀に巻き込まれている事も知らず、周囲に引きずられて落ちていくのを待つばかりだ。
「……陛下、宜しければ今回の件、我々にもお手伝いさせていただけませんか?」
「ん?」
ランバートの申し出にアルヌールは顔を上げる。驚いたような表情に、この人もこんな顔をするかと笑みが浮かんだ。
「誰が味方で、誰が敵か。それもはっきりとしない状況だと頼れるのはジョルジュ将軍なのでしょうが、彼は目立つ」
「潜むということができないからな、あれは。だが、それを申し出てお前達に得はないぞ? 疑われている以上、俺は堂々とお前達にこの一件を任せる事はできない。気取られれば立場を悪くするが」
アルヌールの懸念は理解している。そもそも他国の騒動に首を突っ込むのは得策ではない。
だが相手は狡猾そうだ。そしてこれが解決しなければこちらも動けない。それは困る。
「気取られてつるし上げられた時には知らぬ存ぜぬで結構です。ただ、我等はこれから敵国に潜伏し、職務を行う特別部隊。潜む事、探る事にはそれなりに自信があります。動けなくなるのは困りますから、できるだけ早い解決を望みます」
「……なるほど」
やや考えたアルヌールは、やがて真っ直ぐにランバートを見た。
「いいだろう、動く事を許す。だが、これを知っているのは俺とお前達、そしてジョルジュだけだ。他に知られて勘ぐられれば庇えない。それは理解してくれ」
「充分です。それでは、早速探らせてみます」
丁寧に一礼したランバートはそのまま、部屋を後にした。
▼レイバン
レイバンとハリーは何気ない様子でメイド達の控え室に来ていた。
女性達は「甘い物ありません?」なんて言って訪ねて来た二人を見て顔を赤らめ、ごく自然にクッキーやら焼き菓子やらを出してくれた。
「美味しい! やっぱ引きこもりなら甘い物が欲しくなるよね」
クッキーをポリポリしながらレイバンの頬は自然と綻ぶ。クッキーにジャムを乗せたものは、帝国ではあまりみかけない。
「この紅茶も、もしかしてジャム入ってる? 甘い」
「本当に!」
ハリーの言葉を聞いてお茶を飲んだレイバンは、そこでも幸せな顔をした。
「甘味、最高」
「甘味大王だもんね、レイバン」
呆れながらもハリーだってまんざらでもない様子だ。
「あの、良ければこっちのも」
「え? いいの? でも、俺達ばかりが食べたらせっかくのお菓子がなくなるよ。君たち、休憩でしょ? 一緒しない?」
「でも、私達……」
「かったいこと言わないでさ」
ハリーがニッコリ笑うとメイド達も悪い気はしないのだろう。戸惑いながらも席についた。
「この辺寒いのに、お菓子って貴重なんじゃないの?」
「えぇ、まぁ。でも、帝国と同盟を結んでからは入ってくるんですよ。おかげで国民の生活も楽になって」
「そうなの?」
メイド達もクッキーを摘まんでいる。甘い物と話し上手な騎士二人。自然とメイド達もあれこれ話すようになってきた。
「アルヌール王って、やっぱ有能なんだね」
「当然ですよ! 帝国とパイプを作って早々に同盟も結んで。おかげで国民は飢えることもなくなりましたし」
「結構型破りな王様だよね。俺、昨日誘われたんだけど」
「まぁ、下半身は……。でも、愛妻家でもあるんですよ?」
「……男誘うのに?」
「女性は王妃様だけですし、男遊びも昔に比べたら。王妃様が元気な時はずっとベッタリ王妃様ばかりで、お酒を飲んでは妻自慢するのでジョルジュ様が疲れておりますわ」
「そうなんだ……」
なのに、男は誘うのか。完全に遊びだな。
「王妃様も、とてもおっとりとなさった方でして。王子殿下は絶対に王妃様に似ましたわね」
「そうね。私達使用人にもとても優しくて。誕生日やお祝いの時には必ず声をかけてくれて、お茶に誘ってくれるのですわ」
「いい人だね」
天使だなと、レイバンとハリーは思った。
「陛下も性欲旺盛ですが、そもそもが「遊ばせて」と男の方を誘いますし、引き際も綺麗なのでトラブルはないのですよ。むしろ誘われた男達がある意味信者のように仕事に励むので、より結束が強いというか」
「……ろくでもなくない?」
「一度相手をした方に聞いたのですが、とても優しいのだと言っていましたわ。乱暴にされる事なんて一度もないし、そこであれこれ悩みも聞いてくれて心が軽くなったとか」
「どこ使って国政してるんだろう、あの人……」
ハリーが呆れ、レイバンは笑った。まぁ、王ともなれば雲上の人。そんな人が心を砕き、優しく触れて心を解す。そこで男惚れするというのは、分からないではないが。
「勿論そんな事ばかりじゃありませんよ。飄々と外交を行いますし、信頼には信頼で返しますわ。城の者もあの方を嫌う方なんて」
「なのに昨夜、あんな事があって私達も不安で……」
メイド達が不安な顔をする。本当に予想していない事だったのだろう。困惑が広がっていく。
「俺達も驚いたよ。まさかお邪魔した日にこんな事になるなんてさ」
「なんか、俺達がやったなんて言われてもいるのが不満。俺達そんな事しないのにね」
わざとらしい困惑顔だが、これで充分だっただろう。メイド達は堰を切ったように不満を言い始めた。
「私達、昨日談話室に料理やお酒を運んでいましたから言えますわ。皆さんはあそこで陛下と楽しくご歓談なさってましたもの」
「そうですわ! あれはきっとフェオドール様の」
「あぁ、こら!」
名前が出て来た。そして慌てて止めた。どうやら使用人達の間まで、二人の不仲は有名らしい。
「昨日絡んできた、王弟殿下?」
「……昔はこんな事はなかったのですが……陛下は良くも悪くも型破りな王様ですし、フェオドール様は旧体制の人達に囲まれていて、いつしか合わなくなってしまって」
「本当に、昔は兄王様が大好きな素直ないい子だったんですよ。陛下が自由すぎて、フェオドール様は雁字搦めで。そのうちにすれ違ってしまって」
どうやら、お兄ちゃん大好きを拗らせたうえに他力がねじ曲げたっぽい。そうなると面倒だ。まずは分離が大事になってくる。
「今回の犯人、フェオドール様だと思う?」
「そうは思わないけれど……。フェオドール様、なんだかんだで今も陛下の事お好きですし……隠してるつもりみたいですけれど」
「あの方にこんな事はできませんよ。けっこう単純ですもの」
褒めているのか貶しているのか、微妙なラインになってきた。
だが大きく言える事は、使用人達もフェオドールが画策した事ではないと思っている事だ。これは大きい。
やはり、ニコラという側近の仕業か。だがそうなると証拠が欲しい。疑いだけで動くわけにはいかない。
そうなるとやはり、別働隊の動きが気になる所だった。
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。