恋愛騎士物語3~最強騎士に愛されて~

凪瀬夜霧

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7章:クシュナート王国行軍記

9話:呵責の時間(襲撃)

 ニコラの命が下った二日後、絶好の機会が訪れた。騎士団と軋轢のある三人の古狸が再び城に押しかけ、しかも別館に泊まる事となった。

 数日のうちにあるだろうとは思ったが、思わぬ早さに運の巡りを感じる。奴等は散々アルヌールに苦言という名の鬱憤を吐き出し、恥ずかしげもなく城に泊まって飲み食いをする。
 まさに害虫、そいうやつだ。

 ニコラもこれを良しとは思っていなかった。フェオドールを玉座にあげた後は駆除するつもりでいたのだ。その予定が、多少早まっただけ。


 しかもそのタイミングで騎士団から離れて歩いていた小柄な者を拉致することに成功した。どうやら一人で水を汲みに出た所らしい。素早く後ろから猿ぐつわをして、黒い袋を被せて鳩尾の辺りを一発殴れば静かになった。
 あとは襲撃時にこいつを運び込み、凶器を側に置いておけばいい。唯一の生存者であり、犯人役だ。


 その夜、別館には明かりが灯されていた。手配できた確かな腕の者を二十人用意した従者の男は前に立って堂々、ドアをノックした。

「はい、どちら様でしょうか?」
「ニコラ様の遣いで参りました。皆様方にお酒と果物を」

 共につれて来た三人には、それぞれお酒と果物の入った籠を持たせた。勿論そこに武器も仕込んだ。残りは近くに潜ませている。

 中から出てきたのはきっちりと着込んだ若い男だった。薄茶色の髪に、薄茶色の瞳でわりと見目がいい。あまり知らない顔だが、不思議ではない。
 隣国ラン・カレイユの騒動を受けて、アルヌールは人を充実させ始めている。兵士は勿論、城勤めの者もだ。加えてあの王は見た目のいい者を好む。城に住み込むなら、このくらいの顔は必要だろう。

「どうぞ、中へお入りください」
「失礼する」

 従者含めお供三人も中に入れたドアマンはきっちりと礼をしてドアを閉める。慣れた館内を進み、少しして人の声がする食堂へと入っていった。

 古狸が三人、楽しそうに歓談中だ。恥じもない様子を見ると彼らの治世が終わった事は明白だ。この冬の季節に随分豪勢な食事をしている。
 まぁ、最後の晩餐というならば許せるだろう。

「おぉ、ギスランか」
「ご無沙汰しております。ニコラ様より、差し入れをお持ちいたしました」

 形だけ丁寧に頭を下げた従者ギスランは、素早く辺りを確認する。
 給仕が三名、ソムリエが一名の計四名。どれもきっちりと仕事をしている。さっきのドアマンと合わせても五名だ。これなら制圧は可能だ。

 素早く目配せをし、それぞれが古狸に近づいてワインを置き、果物の籠を置く。そして、油断して籠を覗き込んだ老人達の首に素早く隠し持っていたナイフを突きつけた。

「ひっ!」
「なっ、どういうことだ!」

 声を上げた老人達は青い顔をしてわななくが、素早く素手で拘束され、首にはナイフだ。動けない。
 そしてこれを見ていた給仕達もまた距離を置いて壁際へと後退っていく。
 可哀想だが、彼らもみな道連れだ。

「声を上げないでもらいたい。なに、騒がなければそれほど苦しくはありませんよ」

 取り押さえている者達にそのままで待機を命じ、ギスランは入口まで戻る。案外あっけない幕引きに拍子抜けしつつ、外に待機している者と攫った騎士団の少年を運び込む為にドアを開けさせた。

「っ!」

 ドアマンが一礼してドアを開けた、その先に広がっていたのは予想していない光景だった。
 潜ませていた者が全員縛りあげられ、捉えていたはずの少年が自由に活き活きとしている。
 やたらと体格のいい男や、小柄な黒髪の少年、そして見た事のある金髪の青年がこちらを見てニヤリと笑った。

「こんばんは、従者ギスラン殿。早速で申し訳ありませんが、貴方達を拘束いたします」

 謀られた。それを知るには遅すぎた。背後から羽交い締めにするドアマンの腕力は到底城勤めのそれではない。引き倒され、後ろ手に捻りあげられれば肩から先が痛み痺れて言う事を聞かなくなる。冷たい床に転がされ、捉えたはずの少年によって拘束されてしまった。

「流石に鳩尾の一発は、ちょっと痛かったかな。でも、これでお役目も終わり」
「くっ!! 殺せ!!!」

 精一杯の声で叫んだ。これが合図だ。拘束している老人達だけでも殺せれば良かったのだ。
 だがそれに対して返ってきたのは、同じように拘束され、伸び上がっている仲間三人だった。

「ふぅ、いっちょあがり」
「ハリー、レイバン、コンラッド、クリフ、ご苦労様」
「軽い運動だったよ」

 まだ暴れられますという様子のハリーとレイバンの後ろから、苦笑したコンラッドが三人の狸を連れてくる。
 本当になにも知らなかった様子の彼らは青い顔でガタガタと震え、今にも倒れてしまいそうだった。

 ランバートが前に出て、拘束されていない三人に向き直る。そして、静かな声で伝えた。

「アルヌール王からの伝言です。三名も取り調べを行う。平穏な老後を送りたければ包み隠さず話す事だ。さもなくば、一生冷たい床に粗末なベッド、美味くもない冷や飯を食べる事になるだろう。とのことです」
「…………」

 老人達の顔色は青から青白く変わり、ワナワナ震えながらへたり込んでいく。

 こうして老人達を襲った襲撃事件は現行犯であっけなく終わりを迎えるのだった。


▼ボリス

 外の捕り物、それに伴う騒ぎで奥院は意外と静かだ。
 否、アルヌールが意図的に人払いをしていた。

 ボリスは一人、フェオドールの部屋に向かっている。明かりが漏れるドアを無言のまま押し開けると部屋の主は一つ溜息をつき、立ち上がった。

「しくじりましたね、ギスラン」
「あんたは余裕だね。逃げられると思ってるの?」
「逃げるつもりはありませんよ。ですが、殺されないのも分かっています」

 ニヤリと笑う男の顔を、今すぐ二目と見られないようにしてやりたい。
 だが、こいつに用意したのはそんな優しい事じゃない。

「それにしても、騎士団が来るなんて。この国も府抜けですね」

 溜息をついたニコラは大人しく近づいてくる。ボリスも扉の前に立って逃がさないようにしている。
 無抵抗。そう見せているニコラの動きが一瞬変わった。懐に入れた手にはナイフがある。ボリスは素早く近づくと力任せの上段蹴りで腕ごと弾き飛ばしてやった。

「ぐっ!」

 床に倒れたニコラは睨み付けてくるが、構うものか。むしろ好都合だ。

 すかさず、ボリスは持っていた汚い布をニコラの口の中に押し込む。舌など噛まれてはたまらないし、口も塞いでおきたい。驚いたニコラが恐れたように見上げてくるが、その腹にドッカリ足を置いて、ボリスは凍るような視線を向けた。

「ねぇ、フェオドール様に何をしたの?」
「!」

 目を見開いた男は、プルプルと首を横に振る。その態度が気に入らない。今更しらばっくれようと言うのか。

 ボリスは床に仰向けに転がるニコラの股間を思いきり蹴り上げた。ブーツを履いた硬いつま先で、めり込む程の勢いだった。

「っっっ――――――!!」

 ビィィンと硬直した体、叫びは汚い布の中に吸い込まれ、涙が溢れるように流れ出て一気に顔色が悪くなる。体を丸めようとしてもボリスはそれを許さない。腹をグリグリと踏みつける。

「あの子、もの凄く傷ついてるんだけど、なにしたの?」

 答えられるわけがない。意識は飛んでなくても真っ当に声など上げられない。まぁ、反論なんて聞きたくないから口に布突っ込んだんだけど。

「なにしたのさ!」
「っっっ!!!!」

 容赦のない急所蹴りに、足がビクビク震えて綺麗な服の前がジワジワ濡れた。ピクピク体を震わせ、ふっふっふっと息をしている。もう、息止めればいいのに。

「好きでもない相手に処女散らされて! 脅されて! 真面目で素直な心踏みにじってさぁ!!」

 もう、反応がない。白目剥きながら蹴り上げる度にビクビクと痙攣しているだけ。足の先に感じる感触に、硬い感じがなくなった。それでも怒りは収まらない。

「歪まされた心の傷で! 誰も大事にできなくなったらさ! あんたどう責任取るつもりだよ! そういうの! 分かりもしないで傷つけるバカがさ! 俺は一番許せないんだよ!!」

 グチャグチャだけど更に蹴り上げる。泣いていたフェオドールの顔を思いだしたら、どうしようもない冷たい炎が腹の底から湧き出て滅茶苦茶に暴れていた。

「地獄で同じ目にあってこい!!!」

 踵で踏みつけて、やっと息ができる。荒く息を吐いて足をどけた先に、正常な形はない。ニコラは白目を剥いてビクッビクッと痙攣を起こし、口から泡を吹いていた。

「はぁ、はぁ……」

 初めてここまでやらかした。流石にちょっとエグかったが、一切の後悔も罪悪感もない。

 その時戸口で人の気配がして勢いよく振り向くと、アルヌールがたった一人で立っていた。

「ご苦労さん、終わったか……うおぉ!!」

 普通に近づいてきたのに、惨状を見てアルヌールは思わず自分の股間をギュウゥと握る。青い顔をしてやや前屈み。そして、引きつった顔をした。

「ざまぁ、とは言いたいが……男としてこれは……見てるだけで痛い!!」
「ごめん、ちょっとやりすぎた。グチャグチャに潰したから早く手術しないと死ぬよ」
「おっ、おう……俺、お前には逆らわないようにしとくわ」
「普通じゃこんな風にしないよ」

 ブーツの先にはネチャリと血がついている。蹴り上げすぎて袋まで破けたみたいだ。そこから血が溢れてくる。

「ほんと、最後まで不愉快な奴」

 ニコラのズボンで血を拭っていると、未だに前屈みなアルヌールが「お前、鬼だな」と呟いた。

 こうして黒幕ニコラも取り押さえられたが、それより前に緊急手術となった。医者は「どうしてこんな」と言ったがアルヌールが、「逃亡されそうになってトラブルが起こった」と言い含めた。
 そして完全にもみ消してしまったのだ。


 流石にそのままの服で会う気にはならなくて、給仕の服に着替えた。警備の兵士とはすっかり顔なじみになって、普通に奥に通してくれる。

 フェオドールはとても静かにベッドに座っていた。表情のない静かな瞳がこちらを見ている。

「終わったよ」
「え?」
「全部、終わった。君を傷つけた奴全部片付けたから、もう大丈夫だよ」

 苦笑して言えば、フェオドールは目を見開いたあとでふにゃりと歪ませる。泣きそうな顔で、口をへの字にしてプルプルした。

「もぉ、泣くなって言ってるのに」
「泣いてない!」

 グシグシ潤む瞳を擦る手を、近づいてそっと止めた。そして、腕の中に収めた。

 こんな事も、これでお終い。終わったんだし、この子に自分みたいなタイプは可哀想だ。普通の恋愛ができるし、ずっといい相手が現れる。幸せになってもらえればいい。

 背中に、おずおずと回された手が服を握る。胸に顔を押しつける様子がちょっと後ろ髪を引く。意地っ張りな目をして、泣かないって頑張っているのに溢れた涙が意地らしい。

 一つ笑って、ボリスはその鼻を軽く摘まんだ。

「っ! 何をする!」
「くくっ、間抜け面」
「貴様!!」
「あははははっ」

 笑って、殴りかかる手を逃れて戸口に。そして驚いているフェオドールを見て、後腐れなく笑った。

「じゃあ、バイバイ」
「え?」

 追いかけてきそうだった。だからその前に部屋を出てドアを閉めた。

 これ以上側にはいない。関わらない。鎖は切ったから、大丈夫。あの兄王もきっと、これからは側にいる。心の傷が癒えたら、可愛くて優しいお姫様でももらって、優しい時間を過ごせばいい。そうしたら、きっとこんな悪夢も消える。

 この日から、ボリスはフェオドールの前に出る事はしなかった。
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