恋愛騎士物語3~最強騎士に愛されて~

凪瀬夜霧

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8章:ジェームダル潜入

1話:近況(フェオドール)

 四月になった。北の地はまだ残雪もあるが、帝国に入ればそれもなくなった。

「凄い、これが帝国なんだ……」

 思わず東の森を出てそんな事を言うと、荷物を運んでくれた護衛の二人が笑っていた。

 東の砦で手配していた馬車に乗り、王都に着いたのは数日後。初めて見る帝国の王都は荘厳で雄大。圧倒される空気に気圧されながらも、フェオドールは身支度をしっかり整えてカールとの謁見に臨んだ。

 カールとは実は初対面ではない。クシュナートにカールが留学していた時、一年程一緒だった。とはいえ、フェオドールはアルヌールの影に隠れていたかんじだったが。
 覚えていないだろう。思っていたが、謁見の間にはカールともう一人知っているクラウルがいるばかりで、他は人払いがされていた。

「フェオドール、久しぶり。なんだか逞しくなったね」
「え? あの……」
「まぁ、硬くならないで。先の書簡である程度の事は知っている。辛い事もあったみたいだね」

 とても親しげな語り口と視線に、思わずうるっとくる。でも約束したから、泣かずにグッと堪えた。

「本日は騎士団の者達の報告を兼ね、お願いに参りました」
「……留学の件だね?」
「はい」
「許可できない。と言えば、お前はどうする?」
「柱に囓りついても残ります」
「くくっ、根性だね」
「それだけ、惚れた相手がいます」

 ボリスをこの国で待ちたい。だから、この国にいたい。
 勿論勉強もする。この国の事や、国の運営については勉強しておきたい。文化にも興味があるし、できれば服飾も学びたい。これには興味がある。クシュナートは服飾や織物で成り立っている。新たなヒントがあれば持ち帰りたい。

 カールは楽しそうに笑う。そしてその後、真面目な顔で言った。

「身の保証はできない。あと、こちらの指示には従ってもらう。これが条件」
「指示というのは、具体的には?」
「王都が危ない時には疎開してもらう。それでも、帝国内で愛しい騎士を待てるよ」
「! あの、いいのですか!」
「アルヌールから、心底惚れてて言う事聞かないから、できれば頼むと言われてしまったしね。それに、私もこんなにフェオドールが真剣なの、見た事がないし」

 クスクスと笑うカールに、フェオドールは目を輝かせて思いきり頭を下げた。

「ありがとございます!」
「そのかわり、危なくなったら疎開させる。どうしてもまずそうな時は国に帰す。いい?」
「……分かりました」

 国には帰りたくない。けれど、国に戻るような事にはならない。騎士団を信じている。ボリスを、信じているから。


 そこから先は軍事にも関わるという事で、円卓会議に招かれた……のだが、威圧感が凄い。
 カールの隣りに座るクラウルだけでかなりの圧がある。昔、子供の頃に見た彼は厳しそうではあったけれどこんなに威圧的ではなかったのに。
 カールの逆隣りには白髪の青年が座る。静かで綺麗な仕草の人はシウスと名乗った。エルの出なのは容易に分かる。表だった威圧感はないものの、研ぎ澄ましたものは感じた。
 何より一番威圧感を纏っているのはファウストという黒髪長髪の人物だ。長身で、黒い隊服も相まって凄い。端正な顔立ちをしているのに、空気感が凄かった。

「大丈夫、そんなにビビらないでよ」
「え? あぁ、はい」

 隣りに座るオスカルという人物だけは、ふわっと軽い空気を纏っている。気遣いもされて、だからこそこの場から逃げずにいられる感じがした。

「もぉ、皆怖い顔して。恋人達が心配なのは分かるけれどさ、お客さん怖がらせてどうするのさ」

 ……ん? 恋人?

「そういう訳ではない。現状の報告ということで、多少落ち着かぬだけぞ」

 シウスが静かな声で言ったが、明らかに落ち着きはない。さっきからチラチラとフェオドールを見ている。

「まぁ、それもそうだ。フェオドール、すまないけれど先に報告をしてくれるかい?」
「あっ、はい!」

 カールに促され、フェオドールは立ち上がる。一度深呼吸をして、しっかりとした声で報告をした。

「クシュナートを出た騎士団一行と行動を共にしていた商隊からの報告です。商隊は無事にラン・カレイユへと入り、四月上旬、予定しておりました商業区ル・ネーブへと到着。ここで騎士団とは別れました」
「順調にそこまでは行けたのかえ?」
「特に大きな問題も諍いもなかったと報告されています」
「そうかえ」

 途端、シウスは安心したように表情を緩める。ふわりとした雰囲気に、何となく気持ちも穏やかになった。

「ただ、楽観できない状況なのだそうです」
「と、言うと?」
「ラン・カレイユは既にジェームダルの属国となり、国内をジェームダル軍が闊歩している状況だと聞きました」

 これに厳しい顔をしたのはクラウルとファウストだ。勿論、シウスの表情も引き締まっていく。それだけ、見過ごせない状況なのだろう。

「商隊の者が聞いた話では、王家が落ちた後にジェームダルの宰相という男が入城し、あっという間に掌握したそうです」
「その宰相の事、もう少し分からぬか?」
「残念ながら。かなり用心深い人物で、似せ絵はおろか名前すらも隠し、移動の際には頭から頭巾を被って顔を見られないようにしているとのことです。薄気味悪いと、住民も話していたと聞きました」
「暗殺回避、もしくは自由に動くためと考えるなら賢いな。だが、面倒だ」

 クラウルは腕を組み項垂れる。こんな顔を見たことがないから、深刻なんだと分かった。

「騎士団の者達はどうやってジェームダルに入ると言っていた?」

 ファウストからの質問に、フェオドールは困った顔で首を横に振る。これは本当に秘密になっていて分からなかった。

「詳しくは語られませんでした。状況が良ければ旅の傭兵と思っていたようですが、疑われない為にもう一段階安全な方法を取ると話していたそうです」
「具体的には分からないか」
「残念ながら。ただ、商隊の荷に彼らの荷物も紛れ込ませていました。中身は身なりのいい男性服がいくつかですが、他は女性物のドレスやカツラ、化粧品だそうです」
「……はぁ?」

 思わず素っ頓狂な声を上げるファウストの目が丸くなる。これはクラウルも同じだ。
 正直に言えばフェオドールもこんなもの、何に使うのかと疑ったのだ。

 だが、シウスは何か物知り顔で頷いている。どうやら何か思い当たるらしい。

「確か、ラン・カレイユから子供や女性を攫い、ジェームダル教会で奴隷取引をしているのだったな」
「なにそれ!」

 思わず素の声が出てしまった。その位には衝撃的だった。
 視線が集まり、赤くなって小さくなってしまう。だが、誰も咎めはなかった。

「まぁ、その位には衝撃的だよね。この辺じゃ奴隷取引は違法って国が多いから」
「だが、これは本当だ。ジェームダルも表だった取引はしていない。だが、国が率先しての事だからな。潰しようがない」

 そこまで腐っていたのか。思うと怖くなる。そんな国がもし、自国に侵攻してきたら。

「それを逆手に取るつもりじゃ。女装に堪えない者は御者や奴隷商人、護衛に扮し、女装に違和感のない者は良いドレスを着て攫われた子女にでもなるのだろう。貴族の娘という出で立ちならば多少多くの護衛がついても商品価値に見合うだろうし、教会の荷に悪戯をする門番もない。非公式な取引商品だからな、詮索もさほどされまい」

 シウスの言う事には説得力がある。確かに、最善の策に思えるのだが……。

 ボリスは、どっちなのだろう?

 ふと思い、女装はないだろうなと思い込む事にしたフェオドールだった。

「それで行くと、ランバートとラウルはきっと女装組だよねー」
「「!」」

 シウスとファウストの肩が揺れる。それをニマニマとオスカルが見ていた。

「見たかったんじゃない、お二人さん?」
「……別に」

 そう言うファウストは、だが耳は多少赤い気がする。

「本当に?」
「させたかったら帰ってからいくらでもさせられる」
「うわ、問題発言……。そしてシウス、顔真っ赤」
「べっ、別に何でもない! 見たいなんて、そんな事……ある……」
「こっちは素直だったね」

 ニヤリと笑うオスカルと、他の団長の反応から何となく察した。

「フェオドール、驚いてるみたいだから言うけれど、ファウストの恋人がランバートで、シウスの妻がラウルだよ」
「……妻?」
「騎士団入ってると同性の婚姻が認められるんだよ」
「何それ!!」

 騎士団に入れて貰う事はできないだろうか。今から鍛えて……ダメかな? なんなら帰依してもいいのに。
 ちょっと悩ましいフェオドールだった。

「まぁ、何にしても皆息災か」
「それは勿論です」
「それなら安心だ。他に、気になる話はあるか?」
「……確信のある話ではないのですが。どうやら宰相はラン・カレイユ攻略に尽力した将軍と部隊を国に帰したそうです。代わりに、いかにもゲスなのが国に溢れてやりたい放題で困ると聞いています」
「いよいよ、始まるかえ」

 シウスが目を閉じ、疲れたように息を吐く。

 まさにその時、廊下から慌ただしい足音がして前触れなくドアが開いた。

「緊急報告! ジェームダル国境にて兵が集まり始めています!!」

 全速力だったのだろう人物は青い顔でそれだけを叫ぶと、戸に掴まってズルズル崩れた。

 一瞬の緊張。だがその後は、とても静かだった。

「出ます」
「編成は?」
「俺が国境に赴きます。同行は第一師団。第四は手前の町にて待機。第三は予定通り王都警備、第五は何かあった時の予備隊として王都に残す」
「分かった」

 ファウストが立ち上がり、一礼して出て行く。シウスは真剣な目をして、同じく立ち上がった。

「暗府も動きます。ラン・カレイユ側からの侵攻も視野に入れます」
「頼んだよ、クラウル。オスカル、女性や子供、老人を中心に疎開先の融通を一応つけておいて。一部高官の子女や新生児を連れた女性、妊婦、重度の病を患っている者は先に出す」
「畏まりました」
「フェオドール」
「はい」
「どうする?」
「……まだ、残らせてください」

 まさか到着した日にこんな事になるとは思わなかった。けれど、気持ちは決まっている。ギリギリまでここに残るのだ。
 カールは苦笑して、ただ一つ頷いてくれた。
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