恋愛騎士物語3~最強騎士に愛されて~

凪瀬夜霧

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8章:ジェームダル潜入

6話:神の告白(ラダ)

 ナハルにある森の中。その中に隠された古い教会で、神子姫ラダは適度に冷ました粥を持って地下へと降りていった。二重、三重の詰め所を経た深い地下には部屋が一つあるばかりだ。
 その階段を降りている間に、男の苛立った声が聞こえだした。

「さっさと予言しろって言ってるだろうが!」
「……」
「お前の気味の悪い能力とやらを使ってやろうっていうんだ! いい加減にしろ!」

 その声に、ラダは慌ててトレーを置き、部屋へと駆け出しドアを乱暴に開けた。

 教会の神父の姿をした暴漢がアルブレヒトの胸ぐらを掴んで揺さぶっている。白い肌は赤みを帯び、しっとりと汗で濡れている。けれどその瞳は開かずぐったりとしている。当然だ、この一ヶ月以上熱が下がらないんだ。

「止めてください!!」

 悲鳴を上げたラダは駆け出し、掴んでいる男の手を乱暴に振り払うとベッドに埋もれたアルブレヒトの前に立ちはだかって両手を広げた。

「乱暴な事をしないで! そもそも、この方がこんな風になってしまったのは貴方達が毎日のように乱暴したからじゃないですか!」
「なっ、小娘!!」
「殴りたければ殴ればいい! でも、この人を傷つけさせはしない! この人が死んだら困るのは貴方の上司ではないの!!」

 ラダの言葉に男は振り上げた拳を振り下ろせずに震え、やがて部屋にある物を乱暴に蹴り飛ばして外へと出て行った。

「……ラダ」
「アルブレヒト様!」

 弱い声が名を呼ぶ。それに振り向いたラダは熱い手を必死に握り絞めた。

 アルブレヒトの力は日に日に弱まっていった。本当はずっと体調が悪くて、移動も苦しそうだった。それに焦れた兵士の乱暴は日に日に酷くなり、ナハルの予言を最後に力尽きたように高熱を出して動けなくなってしまった。
 数度昏睡状態に陥ったが持ち直し、また深く眠って……その間も熱はなかなか下がらない。今は薬で熱を下げているが、それでも下がりきらない。

「食事、持ってきます。食べて少しでも力をつけてください」

 浮かび上がる涙を拭って笑い、ラダは置いた粥を取ってくる。そして少し匙に取り、上半身を起こさせたアルブレヒトの口に運んだ。

「んっ……っ」

 いつからか、苦しそうに食事をするようになった。それでも今日は食べられている。ゆっくり、冷めてしまった粥を運ぶ。だがそれも、三口も食べれば具合を悪くして体を折り曲げ、咽せるように咳き込んで吐き戻してしまう。
 もうこの状態が四日続いている。

「ほんの少しでもいいのです。お願いします、アルブレヒト様」

 泣きそうになる。この体はもう無理なんだと言われているみたいだ。食べずに持ちこたえるなんて、無理な話だ。

「ラダ、泣かないで……」

 熱い手が優しく頬を撫でる。優しい瞳が、自嘲気味に見つめている。

「すみません、もう少し頑張れると思っていたのですが……無理そうです」
「そんな! そんな事ありません!」

 そんな事は聞きたくない。ラダは嫌々と首を横に振り、手を握り絞めた。

 ラダは家族を知らない。ずっと酷い生活をしていた。泥水を啜るような生活をしていて、誰からも愛情を注いでももらえず、優しさも知らなかった。
 このまま死ぬのだと思っていた。それが、アルブレヒトに出会って変わったのだ。

 アルブレヒトは穏やかで、綺麗で、とても沢山の話をしてくれた。柔らかく微笑み、頭を撫でてくれて、「貴方は大切な子ですよ」と言ってくれた。
 優しさを、強さを、大切なものを教えてくれた人だ。

「よく聞きなさい、ラダ。私はきっと、そう長くない」
「アルブレヒト様!」
「この魂がそう生まれついているのです。私は、長く生きられない。だから聞きなさい。私が死ぬ前に、貴方はここから逃げなさい。ここに居てはいけない。貴方は長生きできます、幸せになってください」

 優しい手が頬を滑る。熱い息を吐き、細くなった手で……それでも愛おしそうに撫でるのだ。

 どうして神様は側にいるのに、この人を救ってくれないの。沢山の人を救うのに、この人を救ってくれないの? この人は沢山の人を救っているのに、その分苦しみを背負うなんて……こんなの間違っている。

「ラダ、お願いです。貴方の未来は明るい。とても長生きをします。沢山の子や、孫に囲まれて微笑んでいます」
「アルブレヒト様を置いて、無理です……」
「気に病まないで。これが、私という存在なのですから」

 そう呟いたアルブレヒトがベッドに倒れる。熱がまた上がっている。体を冷やしても楽になってくれない。

「あ……お医者、様……!」

 助けて欲しくて走り出そうとした。その手を、不意に強い力で掴まれて振り向いた。深い紫色の瞳がしっかりと開いている。熱に肌は上気していても、そこには満ちる生気を感じる。何より、今のアルブレヒトにこんな力は出ない。

「神、様?」
「娘、聞きなさい」

 静かな声だが、有無を言わせない。跪きたくなる声にラダは震えた。
 何度かこうしてアルブレヒトに降りてきた神と対話をした。決して長くはなかった。けれど、纏う空気は神々しくて苦しくなる。

「娘、このままではこの子の命は尽きます」
「!」

 神の言葉に声が出ない。ただただ涙が出て、どうしようもなかった。

「この子の魂は私の最初の子。不死の神と、人間の間に立つとても不安定な魂。だからこそ、この子の魂は死しても帰る場所を持てない」
「……それは、どういうことでしょうか?」
「この子は今世を全うしたら、消えてしまうかもしれないのです」

 ゾクリと、背を冷たいものが流れた。死ぬ事はとても悲しい。けれどその魂まで消えてしまうかもしれないのは、悲しいを通り越して恐怖だ。

 神は静かに瞳を閉じる。それはどこか人のような親しみがあり、苦悩しているようだった。

「人の魂はこの長い世界の中で、何百、何千と転生を繰り返しています。けれどこの子の魂はただの三度。最初のアム、そしてユーミル。アルブレヒトとなるまでには、途方もない時間がかかっています。次は、もう……」

 もう、ない。そう言われているようだ。

「どうして……」
「人であり、神である。人として生まれた魂は神には戻れない。けれどこの子の魂はいつの世も、その身を削り人々の贖罪をしている。災いを予見し、幸を分け、時に人の命を肩代わりして。そうして命を削る生き方をこの子は選んでいる」
「どうしてそんな生き方!」
「どうする事もできない。それがこの子という存在だから」

 神の表情も悲しげに歪む。だからこそ、これを誰もが望まないのだと知った。アルブレヒト以外は。

「助け、たい……」

 ラダは涙を流して訴えた。何を対価にしてもいい、こうして神と話せるのなら、救う方法を教えてほしい。

「……お前はこの子を慕っていますね」
「はい」
「……方法はあります。ただ、貴方の存在は消えます」

 神は多少躊躇ったように思う。どこか人に近い感情を持つ神。けれどこの神はその昔、人の女性を愛し、その間に子をもうけた神なのだ。人を、愛しているのかもしれない。

「人の魂に近づければこの子は人の輪に戻れます。けれどそれには、贄が必要です。この子を愛し、この子を慕う者が」

 怖く無いと言えば嘘かもしれない。けれど自分よりも、アルブレヒトの死が怖い。

 神は静かに瞳を閉じ、ラダに大事な事を伝えた。そして最後に、救いを口にした。

「次の満月の夜、金色の狼を見つけなさい。その者が、苦しみを終わらせてくれます」

 胸に大切な言葉を刻みつけ、ラダは静かに頷いた。
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