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9章:大河を渡りて
3話:金色の狼(ラダ)
地下室は少しだけ静かになった。昨日出て行った護衛が戻らないから、上が少し騒がしい。それでもラダはなにひとつ心を痛めない。ルジェールというダークブラウンの髪の男はよくアルブレヒトを殴った。マルコフは見て見ぬふりをした。二人とも嫌いだ。
「アルブレヒト様」
食事から一時間程度がたち、彼は穏やかな息で眠っている。顔色もいくぶん良くなり、熱は下がりだした。そして、少しずつでも食事を食べるようになった。
そっと近づいたラダは寄り添うようにベッドに座り、柔らかな唇に自らの唇を重ねた。とても淡い恋心と同じように。
途端、体の力が抜けていく。一瞬意識が遠のきそうになって踏ん張った。
「……っ」
体が熱いのは興奮からではなく、純粋に熱があった。顔色は僅かに青くなっていく。息がなかなか整わず、ベッドの下にペタンと座り込んでしまった。
神は言った、弱っているのは体以上に魂だと。命でのみ、補えると。
ならばこの人を陵辱し、貪った奴等から奪えばいい。相応の報いだと思った。けれど、神はもっと違う事を言った。
この者を愛し、この者に愛され、心を許した者でなければ受け付けない。
そう言われて、ラダは躊躇わなかった。その条件に当てはまるのは今、ラダしかいなかった。
その肌に血が触れるだけでもいい。そこに命は宿る。けれど選んだのは、触れるだけのキス。これはラダの我が儘だ。幼いまでも憧れ、恋した人に少しだけでいい、触れてみたかった。
淡かった。そこに肉欲はないのだ。ただただ、祈りだけがあるのだ。アルブレヒトに生きてもらいたい、元気になってもらいたい。その純粋な思いだけだった。
「ラダ?」
不意に声が聞こえる。前よりもずっとはっきりとした強い声だ。
「アルブレヒト様、お加減は?」
誤魔化すように笑って立ち上がる。そうして見たアルブレヒトの表情は、とても痛そうだった。
「ラダ、もうやめなさい。私は貴方を犠牲にできない」
ゆっくりと上半身を起こしたアルブレヒトが、そっと頭を抱き寄せてくる。その温かな胸の中で瞳を閉じれば、確かな鼓動が聞こえてくる。生きている、元気になってきている、それを思わせるものだ。
「私はなにも」
「私に命を注いでいますね? 嘘はいけません」
「私にそんな力……」
「おおかた、神が何かをしたのです。我が子可愛さに他を犠牲にする道を選ぶなんて」
強くなる腕の力、それだけでも嬉しい。こんなふうに強く抱きしめられたのはどのくらいぶりだろう。もうずっと、アルブレヒトの体に力などなかった。弱くて、儚く消えてしまいそうだった。
「アルブレヒト様、私は止めません」
「ラダ、いけない。貴方はこれから沢山生きるのです。幸せな未来が」
「貴方なしに得た未来が幸せだなんて、そんな事ありません」
ラダは見上げて、首に腕を回して伸び上がり触れた。また力が抜ける。アルブレヒトは驚いてラダの体を離した。
「ラダ!」
「お慕い、しています。貴方が私を人にしてくれました。幸の薄い私を、人の優しさなど知らない私を、初めて人として扱ってくれました。貴方が私を人にしてくれたのです」
気付いた時には親などなかった。拾った人間はみな道具のように扱った。食べ物を必要とする分、道具ほどの価値もないと言われた。
教会が拾っても、あまり変わらなかった。その教会が最悪だったのだろう。結局食べ物なんてカスしかなくて、痩せ細っていった。
病気でもすれば助からない。飢えと恐怖しかなかった。この胸に恨みほどの強い感情もなかったけれど、温かなものもなかった。
「数年でも、お仕えできて嬉しかったですアルブレヒト様。もっと、穏やかな時代にお会いできていたら……それだけが悔しいです」
痩せ細り、顔色も悪いラダを初めて人の優しさで包んでくれた人。愛情をくれた人。この人がいて、温かなものを知って、強い感情も生まれた。
食べられるようにしてくれた。顔色が良くなって、肉付きがよくなって、「可愛いですよ」と笑ってくれた。そういう人はドンドン顔色が悪くなって、痩せていったのに。
人を恨み、憎み、悲しくて痛くてたまらなかった。この人を苦しめ、悲しめ、貶める人が全員憎くなった。醜い感情に自己嫌悪もした。「それを含め、人ですよ」と、彼は言ってくれた。
この人を救いたい。この人を自由に。いつの間にか、それが心からの願いになった。
神は言った。その心こそがアルブレヒトを救う為に必要なのだと。
他にも数名、適合する者がいる。けれど彼らはまだ交わらない。だからこそ、ラダが必要だと。
誰にも譲るつもりはない。この役目は無力な少女が得た最高のお役目だ。何も出来なかったラダが初めてアルブレヒトの為にできる事なのだ。
「今日で終わります。満月の夜、金色の狼が全てを終わらせてくれる。アルブレヒト様、私はこれから狼を探します」
「ラダ、いけません! 貴方の方が今は弱っています。お願い、いけない!」
「ごめんなさい。それだけは、きけません」
檻を開け、ラダは鍵をかけた。アルブレヒトは駆け出してその檻を握り片手を伸ばした。その手はほんの僅かの差でラダをつかまえられないまま空を切った。
「ラダ!」
足裏の感覚が少し掴めない。階段を上がるだけで息が上がる。心臓が、ドクドク音を立てている。
階段を上りきり、息を整えて、いつもと変わらないように装って背を伸ばした。手には水差しを持っている。鍵はこっそりとポケットに忍ばせた。ここに居る人はみなラダの行動を制限しない。こんな小娘に何ができるのか、そう高をくくっている。
「どうした、ラダ」
「水を汲みに行ってきます」
「そうか」
教会の扉が開く。水差しを持ったまま、ラダは離れた小川へと向かい歩き出した。決して悟られぬように、いつもと同じを装って。
森の中はとても静かだった。獣の気配もない。ただ空に綺麗な満月があるばかり。
「神様、金の狼はどこにいるの? 私の足でも辿り着ける? 私の体、前ほどの力が出ないの」
歩いているだけで足が重い。息が切れそうだ。苦しくてたまらない。
それでも頑張れるのは、この苦しみはアルブレヒトが感じたものだから。こんなに苦しかったんだ。それなのに、優しかった。自分ではなく常に他人の為に、名も顔も知らぬ人々の悲しみを憂いていた。
月の光が、スッと森に道を指し示す。川沿いをキラキラ光の道が敷かれていく。まるで金色の絨毯が敷かれたみたいで、綺麗で笑った。
川沿いを歩いていくと、少し遠くに人が見えた。こんな時間に大人数でこちらに来る、しかも男の人ばかりの集団に体が強ばった。アルブレヒトに乱暴をした男達を思いだしたのだ。
逃げたい。そんな思いに体が強張り動けなくなったラダは……だが、その先頭を歩く人を見て全ての恐怖が消えた。
月明かりの下、その月と同じく光る長い金髪の綺麗な人。夜空のように深い青い瞳が真っ直ぐにこちらを見る。凜々しくて、見つめた途端に一切の恐怖が消えて呆けてしまった。
金の、狼……
感じた途端、ラダは走り出していた。胸が締まって苦しくて痛かったけれど、その足を止める気持ちはない。まるで飛び込むように、ラダは金色の狼ランバートへと飛び込んでいた。
「え?」
「たす、けて! アルブレヒト、様を……助け……っ」
息が吸えない、ドクドク心臓の音が全身に響いてくる。体中が熱い。
「クリフ!」
崩れ落ちたラダを横抱きにしたランバートが木陰へと運び、柔らかな草地に寝かせる。その側に小柄な少年が来て、脈を測ったり体温を測ったりしていた。
「神子姫?」
少し癖のある黒髪の青年が驚いた顔をしていた。しなやかな体で側に座った彼に、なぜかラダは近しい感覚を覚える。この人は自分と同じだと。
「アルブレヒト様の、大事な人?」
「チェルル」
「迷い猫、さんだ」
嬉しくなる。アルブレヒトはとても気にしていた。一人で色んな事を背負い込む子だから心配だと。
嬉しい、やっと会わせてあげられる。やっと、大事な人に再会できる。
「どうしよう、衰弱が酷い。体の肉付きとかはちゃんとしてるのに、脈の乱れがなかなか整わない。虚弱体質という感じもしないのに、どうして」
戸惑うように側の少年、クリフが瞳を揺らす。心から心配しているんだとわかる様子にほっとする。
「水、とりあえず汲んできたよ」
「少し体を起こすから」
銀髪の青年、ハリーが水を。背後に回り体を起こしてくれたコンラッドが、優しく頭を撫でる。
温かい。この人達ならきっと大丈夫。全部を話てもきっと、大丈夫。アルブレヒトを、救ってくれる。
少しして、呼吸が少し楽になった。心臓も落ち着いた。そうしてから、ラダはアルブレヒトの話をした。転々と移動させられていたこと。見張りの兵士から暴力を受けていたこと。性的な慰み者になっていたこと。それは、対価だと言っていたこと。最近の体調のこと。
チェルルは青い顔をして聞いていた。苦しすぎて涙も出てこない様子のチェルルはブルブルと震える手で服を握り締めている。
同じ怒りを抱いた。ラダにはこの怒りをどうする力もなかったけれど、チェルルならきっとわかってくれる。だから、ラダはチェルルに牢の鍵を渡した。
「私は、無力です。でも、チェルルさんなら」
「俺も、無力でバカだった。無茶をして、死にかけて……アルブレヒト様が背負った対価の中には俺のもあるんだ……俺が、嬲られた方がずっと良かった」
苦しそうな表情を見て、ラダは首を横に振る。そして熱い手で頬に触れた。
「貴方が無事で良かったって、救われたって、アルブレヒト様は涙を流して嬉しそうに言っていました。他の人も、みんな。だから、責めないでください。アルブレヒト様が、悲しみます」
背負わせる事を嫌う人。自分は沢山の事を背負うのに、他人に負わせる事は嫌なんだ。
そんな人に、今から自分は背負わせる。この命も、魂も、あの人の一部になる。
「状況を聞くに、あまり悠長にはできないな」
「だね。早めの奪還」
「この子は俺が背負うよ」
コンラッドが軽々とラダを抱え上げる。それに慌てて、ラダは声を上げた。
「あの、私もお手伝いします!」
「でも……」
「ドアを開けさせる事くらいは、こんな私でもできます」
微笑んで言ったラダの言葉に騎士団一行は迷ったようだったが、やがて静かに頷いた。
「アルブレヒト様」
食事から一時間程度がたち、彼は穏やかな息で眠っている。顔色もいくぶん良くなり、熱は下がりだした。そして、少しずつでも食事を食べるようになった。
そっと近づいたラダは寄り添うようにベッドに座り、柔らかな唇に自らの唇を重ねた。とても淡い恋心と同じように。
途端、体の力が抜けていく。一瞬意識が遠のきそうになって踏ん張った。
「……っ」
体が熱いのは興奮からではなく、純粋に熱があった。顔色は僅かに青くなっていく。息がなかなか整わず、ベッドの下にペタンと座り込んでしまった。
神は言った、弱っているのは体以上に魂だと。命でのみ、補えると。
ならばこの人を陵辱し、貪った奴等から奪えばいい。相応の報いだと思った。けれど、神はもっと違う事を言った。
この者を愛し、この者に愛され、心を許した者でなければ受け付けない。
そう言われて、ラダは躊躇わなかった。その条件に当てはまるのは今、ラダしかいなかった。
その肌に血が触れるだけでもいい。そこに命は宿る。けれど選んだのは、触れるだけのキス。これはラダの我が儘だ。幼いまでも憧れ、恋した人に少しだけでいい、触れてみたかった。
淡かった。そこに肉欲はないのだ。ただただ、祈りだけがあるのだ。アルブレヒトに生きてもらいたい、元気になってもらいたい。その純粋な思いだけだった。
「ラダ?」
不意に声が聞こえる。前よりもずっとはっきりとした強い声だ。
「アルブレヒト様、お加減は?」
誤魔化すように笑って立ち上がる。そうして見たアルブレヒトの表情は、とても痛そうだった。
「ラダ、もうやめなさい。私は貴方を犠牲にできない」
ゆっくりと上半身を起こしたアルブレヒトが、そっと頭を抱き寄せてくる。その温かな胸の中で瞳を閉じれば、確かな鼓動が聞こえてくる。生きている、元気になってきている、それを思わせるものだ。
「私はなにも」
「私に命を注いでいますね? 嘘はいけません」
「私にそんな力……」
「おおかた、神が何かをしたのです。我が子可愛さに他を犠牲にする道を選ぶなんて」
強くなる腕の力、それだけでも嬉しい。こんなふうに強く抱きしめられたのはどのくらいぶりだろう。もうずっと、アルブレヒトの体に力などなかった。弱くて、儚く消えてしまいそうだった。
「アルブレヒト様、私は止めません」
「ラダ、いけない。貴方はこれから沢山生きるのです。幸せな未来が」
「貴方なしに得た未来が幸せだなんて、そんな事ありません」
ラダは見上げて、首に腕を回して伸び上がり触れた。また力が抜ける。アルブレヒトは驚いてラダの体を離した。
「ラダ!」
「お慕い、しています。貴方が私を人にしてくれました。幸の薄い私を、人の優しさなど知らない私を、初めて人として扱ってくれました。貴方が私を人にしてくれたのです」
気付いた時には親などなかった。拾った人間はみな道具のように扱った。食べ物を必要とする分、道具ほどの価値もないと言われた。
教会が拾っても、あまり変わらなかった。その教会が最悪だったのだろう。結局食べ物なんてカスしかなくて、痩せ細っていった。
病気でもすれば助からない。飢えと恐怖しかなかった。この胸に恨みほどの強い感情もなかったけれど、温かなものもなかった。
「数年でも、お仕えできて嬉しかったですアルブレヒト様。もっと、穏やかな時代にお会いできていたら……それだけが悔しいです」
痩せ細り、顔色も悪いラダを初めて人の優しさで包んでくれた人。愛情をくれた人。この人がいて、温かなものを知って、強い感情も生まれた。
食べられるようにしてくれた。顔色が良くなって、肉付きがよくなって、「可愛いですよ」と笑ってくれた。そういう人はドンドン顔色が悪くなって、痩せていったのに。
人を恨み、憎み、悲しくて痛くてたまらなかった。この人を苦しめ、悲しめ、貶める人が全員憎くなった。醜い感情に自己嫌悪もした。「それを含め、人ですよ」と、彼は言ってくれた。
この人を救いたい。この人を自由に。いつの間にか、それが心からの願いになった。
神は言った。その心こそがアルブレヒトを救う為に必要なのだと。
他にも数名、適合する者がいる。けれど彼らはまだ交わらない。だからこそ、ラダが必要だと。
誰にも譲るつもりはない。この役目は無力な少女が得た最高のお役目だ。何も出来なかったラダが初めてアルブレヒトの為にできる事なのだ。
「今日で終わります。満月の夜、金色の狼が全てを終わらせてくれる。アルブレヒト様、私はこれから狼を探します」
「ラダ、いけません! 貴方の方が今は弱っています。お願い、いけない!」
「ごめんなさい。それだけは、きけません」
檻を開け、ラダは鍵をかけた。アルブレヒトは駆け出してその檻を握り片手を伸ばした。その手はほんの僅かの差でラダをつかまえられないまま空を切った。
「ラダ!」
足裏の感覚が少し掴めない。階段を上がるだけで息が上がる。心臓が、ドクドク音を立てている。
階段を上りきり、息を整えて、いつもと変わらないように装って背を伸ばした。手には水差しを持っている。鍵はこっそりとポケットに忍ばせた。ここに居る人はみなラダの行動を制限しない。こんな小娘に何ができるのか、そう高をくくっている。
「どうした、ラダ」
「水を汲みに行ってきます」
「そうか」
教会の扉が開く。水差しを持ったまま、ラダは離れた小川へと向かい歩き出した。決して悟られぬように、いつもと同じを装って。
森の中はとても静かだった。獣の気配もない。ただ空に綺麗な満月があるばかり。
「神様、金の狼はどこにいるの? 私の足でも辿り着ける? 私の体、前ほどの力が出ないの」
歩いているだけで足が重い。息が切れそうだ。苦しくてたまらない。
それでも頑張れるのは、この苦しみはアルブレヒトが感じたものだから。こんなに苦しかったんだ。それなのに、優しかった。自分ではなく常に他人の為に、名も顔も知らぬ人々の悲しみを憂いていた。
月の光が、スッと森に道を指し示す。川沿いをキラキラ光の道が敷かれていく。まるで金色の絨毯が敷かれたみたいで、綺麗で笑った。
川沿いを歩いていくと、少し遠くに人が見えた。こんな時間に大人数でこちらに来る、しかも男の人ばかりの集団に体が強ばった。アルブレヒトに乱暴をした男達を思いだしたのだ。
逃げたい。そんな思いに体が強張り動けなくなったラダは……だが、その先頭を歩く人を見て全ての恐怖が消えた。
月明かりの下、その月と同じく光る長い金髪の綺麗な人。夜空のように深い青い瞳が真っ直ぐにこちらを見る。凜々しくて、見つめた途端に一切の恐怖が消えて呆けてしまった。
金の、狼……
感じた途端、ラダは走り出していた。胸が締まって苦しくて痛かったけれど、その足を止める気持ちはない。まるで飛び込むように、ラダは金色の狼ランバートへと飛び込んでいた。
「え?」
「たす、けて! アルブレヒト、様を……助け……っ」
息が吸えない、ドクドク心臓の音が全身に響いてくる。体中が熱い。
「クリフ!」
崩れ落ちたラダを横抱きにしたランバートが木陰へと運び、柔らかな草地に寝かせる。その側に小柄な少年が来て、脈を測ったり体温を測ったりしていた。
「神子姫?」
少し癖のある黒髪の青年が驚いた顔をしていた。しなやかな体で側に座った彼に、なぜかラダは近しい感覚を覚える。この人は自分と同じだと。
「アルブレヒト様の、大事な人?」
「チェルル」
「迷い猫、さんだ」
嬉しくなる。アルブレヒトはとても気にしていた。一人で色んな事を背負い込む子だから心配だと。
嬉しい、やっと会わせてあげられる。やっと、大事な人に再会できる。
「どうしよう、衰弱が酷い。体の肉付きとかはちゃんとしてるのに、脈の乱れがなかなか整わない。虚弱体質という感じもしないのに、どうして」
戸惑うように側の少年、クリフが瞳を揺らす。心から心配しているんだとわかる様子にほっとする。
「水、とりあえず汲んできたよ」
「少し体を起こすから」
銀髪の青年、ハリーが水を。背後に回り体を起こしてくれたコンラッドが、優しく頭を撫でる。
温かい。この人達ならきっと大丈夫。全部を話てもきっと、大丈夫。アルブレヒトを、救ってくれる。
少しして、呼吸が少し楽になった。心臓も落ち着いた。そうしてから、ラダはアルブレヒトの話をした。転々と移動させられていたこと。見張りの兵士から暴力を受けていたこと。性的な慰み者になっていたこと。それは、対価だと言っていたこと。最近の体調のこと。
チェルルは青い顔をして聞いていた。苦しすぎて涙も出てこない様子のチェルルはブルブルと震える手で服を握り締めている。
同じ怒りを抱いた。ラダにはこの怒りをどうする力もなかったけれど、チェルルならきっとわかってくれる。だから、ラダはチェルルに牢の鍵を渡した。
「私は、無力です。でも、チェルルさんなら」
「俺も、無力でバカだった。無茶をして、死にかけて……アルブレヒト様が背負った対価の中には俺のもあるんだ……俺が、嬲られた方がずっと良かった」
苦しそうな表情を見て、ラダは首を横に振る。そして熱い手で頬に触れた。
「貴方が無事で良かったって、救われたって、アルブレヒト様は涙を流して嬉しそうに言っていました。他の人も、みんな。だから、責めないでください。アルブレヒト様が、悲しみます」
背負わせる事を嫌う人。自分は沢山の事を背負うのに、他人に負わせる事は嫌なんだ。
そんな人に、今から自分は背負わせる。この命も、魂も、あの人の一部になる。
「状況を聞くに、あまり悠長にはできないな」
「だね。早めの奪還」
「この子は俺が背負うよ」
コンラッドが軽々とラダを抱え上げる。それに慌てて、ラダは声を上げた。
「あの、私もお手伝いします!」
「でも……」
「ドアを開けさせる事くらいは、こんな私でもできます」
微笑んで言ったラダの言葉に騎士団一行は迷ったようだったが、やがて静かに頷いた。
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