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9章:大河を渡りて
6話:敵船強奪作戦
アルブレヒトの助言によって進路を予定よりやや左側の水路に取った。この先にリッツがいるのか多少の不安はあったが、元々あいつが来なければ別の事も考えていた。
だが、やはりあの人の先見というのは凄いのだろう。予定通り目的のポイント付近に到着すると、そこにリッツが小型船で待っていた。
「ランバート!」
「リッツ、良かった」
「良くないっての! もう、予想外の事が多すぎててんてこ舞いだ。これが取引なら絶対マッチングミスって成立しない」
いや、見事に出会えているからマッチングはむしろ成功なんだが。
だが、リッツの言葉は少し気になる。状況が変化しているようだし、アルブレヒトも中央の水路、つまり国境水門付近を警戒していた。
「何かあったのか?」
「何かあったのか? じゃねーだろ、ランバート。お前、一般人巻き込んでんじゃねーぞ!」
「……げ」
小型の船からのっそりと顔を覗かせた人物を見て、ランバートだけじゃなくドゥーガルドとレイバンも固まった。
丈夫さが取り柄といった感じの七分丈のズボンに、胸筋や上腕の筋肉が隠しきれない白の汚れたチュニックを窮屈そうに着たグリフィスが腕を組んでいる。その状態で睨み下ろすのだ、迫力が凄い。
「リッツ……」
ジロリと友人を睨んだが、リッツの方はちょっと涙目で逆に訴えてきた。
「仕方ないじゃないか、俺だって抵抗したんだよ! でも、あんな……あんな激しい射精管理で尋問されて、飴と鞭使い分けられたらもう墜ちるしかないじゃんか!」
「……射精管理?」
「「ほぉぉぉぉ」」
叫ぶようなリッツの訴えは当然のように辺りにも聞こえるわけで、それを聞いたレイバンやハリー、ゼロス、ボリスあたりはジト目をしている。ちなみにドゥーガルドは呆気に取られてリッツとグリフィスの顔を交互に見ている。
「いつからだよ」
「アレックスさんの結婚式から」
「グリフィス様、俺の友人美味しくお持ち帰りしたんですね」
「ぐふっ!」
ランバートまでジト目でリッツの肩を叩いて抱きしめて慰めている。流石にこうなるとグリフィスも後ろめたさがあり、怒りは不完全燃焼のまま萎れた。
「可哀想に、大将のアレでかいのに、こんな小柄な相手にぶち込むなんて鬼だね」
「レイバン!」
「後ろゆるゆるになってない? 辛いなら、お薬あるよ?」
「クリフ、お前まで!」
「いや、あの……むしろそのデカイのが美味しいというか……あの巨根にガンガン突っ込まれたらもうやみつきで、それ以下は全部ふにゃチンに思えてきちゃって」
「リッツ……」
ポッと頬を赤らめるリッツに対して、グリフィスは完全にノックアウトされたのだった。
そんなこんなでお叱りは曖昧になり、この様子を影ながら微笑ましく見ていてアルブレヒトとも挨拶を終えて、現在はフリュウの船で現状報告状態だ。
「では、水門辺りの兵が増援されて監視が厳しくなり、中型船ではここまで来られなかったと?」
状況を聞いたランバートに、リッツとグリフィスは頷いた。
リッツを巻き込んだ事がシウスにバレ、何だかんだと予定より少し遅れて出発した。同行を願い出たグリフィスと共に中型船で途中まで来たのだが、普段よりも警備が強化されており近づく事ができなくなった。
しかたなくリッツとグリフィスのみが小型の船を使って水門を通らない枝道を進みここに辿り着いたのだという。
「正直あの小型船じゃ一回に運べるのは二人程度。往復に二日はかかる」
「時間的にそんなに掛けているのは危険だな。水門にジェームダル兵が集まってるなら、周辺の巡回や偵察もしている可能性がある。見つかれば総攻撃を受けかねない」
「水門にいるのは精々二百人ってところだ。やれねーことはないが、騒ぎが大きくなるのは間違いないな」
グリフィスも腕を組んで考え込んでいる。
確かに二百人程度ならこの面子で片付けられる。こちらに護衛を置いてもどうにかなる。ただ、事態が大きくはなるだろう。より警戒されて兵を置かれると困る。
その時、話しを聞いていたアルブレヒトが手を上げた。
「急がば回れ。この中型船に皆が乗り込み、来た道を戻るのです」
「ジェームダル方面へってことかい?」
「そこに、宝がありますよ」
ニッコリと笑うアルブレヒトをグリフィスは呆然と見ていたが、一緒に旅をしてきた面々は直ぐさま動いて進路を逆走しはじめる。
全員が、アルブレヒトの先見を信じている証だった。
主水路との合流地点で身を隠していると、一艘の船がゆっくりと通りがかった。水門の方へと向かうらしい。
堂々とジェームダルの国旗を掲げた船だ。
「あれ、もらえませんかね?」
「え?」
同じく見ていたアルブレヒトが、さも当然のように言う。だが、航行中の船なのだが。
「そろそろ夜だな。流石に夜は停泊しなきゃ船底が見えない。ここいらで一泊するだろうよ」
リッツが船の大きさを見て言う。その横でフリュウも頷いた。
「この川は底に砂や岩が堆積していて、不意に浅くなっている部分があるんだ。夜じゃそれが見えない。俺達が乗ってきたのだと心配するほど船底深くないけど、あの船は道を選ばないと下手すりゃ座礁する」
「そういうこと。ボチボチ泊まるはずだ。様子から見ても急ぎって感じはしないからな」
船乗り二人の意見はどうやら正しかったようだ。程なく船は碇を下ろし、完全に停泊した。
「何用の船だろう?」
ラウルが不思議そうに首を傾げる。普通に考えれば水門への増援だ。だがそれにしては乗っている奴の数が少ない。アルブレヒトに追っ手がかかったとも時間的に考えがたい。ナハルから教会本部までは片道でも五日。そこから伝令でも、まだここまで届いていないはずだ。
「徒歩で近づくぞ。上手くいけばあの船奪ってあいつらの身ぐるみ剥がす。喋らせるのはその後でいいだろ」
「それじゃ、俺はついていこうかな。喋らせるの上手いんですよ、グリフィス隊長」
「そうなのか? おう、頼りにしてるぞ!」
「「…………」」
知らぬが仏とはこの事をいうのだろう。乗り気なボリスを信頼しているグリフィスを全員が魂のこもらない目で見ている。そして、一言伝えたい。
そいつの喋らせ方、味方への被害も甚大だから!
何にしても乗り込んでぶんどろうという事に決まった。
グリフィスを先頭に気力と体力の余っているドゥーガルドとレイバン、ボリス、チェスター、ラウル、ランバートが乗り込む事になった。
それというのもリッツの話では、あの大きさの船なら精々乗っていて五十人程度だろうという事だ。それならこの人数でいい。
残りは船に残ってアルブレヒトと、その他一般人二名の護衛となった。
夜、闇に紛れたメンバーはそっと船に近づいた。船の上では楽しげな音が聞こえ、船首の方は明かりが灯っている。だが、船尾側は暗いまま。暫く様子を見ていたが、特に見張りがいる感じもない。
油断しきっているのだろう。自分達のテリトリーにまさか敵が紛れ込んでいるとは思わないものだ。
周囲を気にしながらも川の浅瀬、船尾側にいるグリフィスが手で合図をし、全員が素早く側に寄る。ちょうど、船の暗がりで上からは死角になっている。
「かぎ爪あるか?」
「あります。俺が先に行きます」
「お前が? 俺が……」
「グリフィス様じゃ大きすぎてバレます。俺が先に行って登る用のロープ用意します」
重量級は存在感が半端ない。ラウルも苦笑して頷き、ランバートに鉤手のついたロープを渡した。
放り投げると鉤手は上手く船縁にひっかかった。数度引き、しっかりと噛んでいる事を確認してランバートは登り始めた。身を隠せる場所から顔の半分だけを出して伺ったが人の姿はない。大抵の船員は船首側で楽しく飲み食いをしているようだ。
素早く乗り込み、かぎ爪を外してロープを結わえ付ける。他にも余っているロープを見つけ、それも二カ所結びつけた。
あっという間に船尾にメンバーが乗り込むが、やはりグリフィスとドゥーガルドは重い。軽量級のラウルの倍は時間がかかる。
それでも無事に乗り込むと、全員が物陰に隠れて様子を窺った。
「それにしても、チョロい仕事だよなぁ」
「あぁ、まったくだぜ。なんせそこらの村からガキ攫って帝国に売れば金が入る。何だかんだお綺麗な事を言ってもこれだからな」
下卑た声に目を釣り上げたのは他ならぬ騎士達だった。
帝国では奴隷、人身売買を禁じている。奉公という名目での人道に反する扱いも禁じている。
だがその前の時代はそうじゃない。取り締まりが完全ではない。地方ではまだ残っているとも言われている。
それでも減ってきたはずだ。なのに……
「ちっ、胸くそのわりぃ」
グリフィスが低く怒気を孕む声で言い捨て、全員に目配せをする。そして全員が一切の躊躇いを持たない目で頷いた。
そこからは圧倒的な制圧だった。
先頭を走ったグリフィスに驚いた奴等が腰を抜かしている間に、鞘に入ったままの剣で兵士の顎を砕き、逃げ腰の兵士を背中から踏んづける。潰れたカエルみたいな声をあげた兵士の背中をもう一度踏みつけたグリフィスの目は冷たくなっている。
「抵抗するならぶっ殺す。嫌なら手ぇ上げろ」
突然の乱入者相手に、既に地に四つん這いになって頭を覆う奴等も少なくない。そういう奴等をランバート達が手際よく縛りあげていった。
制圧作戦はものの三十分もかからなかった。桟橋を下ろし留守番組を招き入れると、初めて兵士達は目を丸くして戦き、声にならない声を上げた。
「まったく、嘆かわしいものです。民を守る兵が自ら民を傷つけるなんて」
「ア、アァァ、アルブレヒト殿下!」
「腐れば腐るものですね。父の時代はもう少し、軍部も利口だったのに」
そう言って見下すアルブレヒトの目に温かさはない。冴え冴えと恐ろしく、底冷えのする冷たさがあるばかりだ。
「囚われていたのはどれも十代前半の子供達です。お会いになりますか?」
「えぇ、勿論。グリフィス隊長、こいつらの処分はご自由に。こんな汚らわしい者、自国の民とも思っておりませんので」
「いや、流石にそこは連れてって捕虜ですよ。何かと役立つかもしれねーんで」
「お優しい事です」
ニッコリと微笑んだアルブレヒトだったが、その目の冷たさが緩む事はない。凍土のような静けさに全員の気が引き締まるのを感じた。
「ありゃ、ファウスト様以上に俺は苦手だ」
グリフィスの言葉に全員が無言のまま肯定した。
船倉の小さな一室にその子達は閉じ込められていた。最初にここに来たクリフが子供達全員の戒めを解いて簡単な診察をしている。
「どうですか?」
「体はどこも悪くありませんが、怯えていて」
「そうですか」
暗がりに固まっている子供達は怯えている。そこに歩み寄ったアルブレヒトは膝をついて、子供達に向かって両手を広げる。途端、その場に柔らかな光が差したように温かくなっていく。
怯えていた子供達も戸惑うように互いを見合わせ、そろそろと近づいていった。
「怖い思いをしましたね。でも、もう大丈夫。貴方達を親元に帰します」
「本当に、帰れるの?」
「えぇ、勿論」
ニッコリと微笑んだアルブレヒトに、子供達の顔は笑顔になっていく。涙ぐんで喜ぶ子供もいる。
「でもその前に、少し食べていくのがいい。食材はこの船にあるから大丈夫。すぐに用意するよ」
「食べて、いいの?」
「勿論」
自由になった子供達は互いに抱き合って喜び、ランバートは上に戻ってコンラッドにも頼んで食事の準備をする。捉えられた兵士全員が見事に身ぐるみ剥がされ縛りあげられていたが、自業自得だ。
温かなスープには野菜やお肉も入れて、パンも一緒に持っていく。明るくなった船倉に戻るとアルブレヒトはすっかり子供達に囲まれている。先程上で見た人物と同一とは思えない柔らかな様子だ。
「あの人の二面性って、凄いな」
コンラッドが思わず呟いた言葉に、ランバートも苦笑して頷いた。
何にしても子供達の腹も満たされ、身柄はフリュウが預かってこれまで乗ってきた船に移した。ここから戻って子供達をそれぞれの町に戻すそうだ。
ランバート達はジェームダル兵の姿をして彼らの軍船に乗り込み、堂々と翌朝出発した。
そして翌日の早いうちに水門へと到達した。
「おーい、開けてくれー!」
ジェームダル兵の姿でゼロスが声をかけると、同じような格好をした兵士が顔をだしてニヤリと笑った。
「おう、ご苦労。今回もガキか?」
「それもあるが、何人か成人が欲しいそうでな。それも積んでる」
「労働力か? 何にしてもご苦労さん」
容易に水門が開き、帝国への道が開かれる。そこへ漕ぎ出す船はしばらくは緊張状態だった。
だが水門を越えてゆき、リッツの乗ってきた船が見えた頃でようやく全員が息を吐いた。
「無事帰還」
「マジしんどい……」
口々に全員がそんな事を言うが、その後は自然と落ち着いた笑みが浮かぶ。そして無言のまま、周囲の者達とハイタッチをした。
こうして二ヶ月少々に及ぶ他国潜入ミッションは当初の目的を達成し、ここに終わりを迎えたのだった。
だが、やはりあの人の先見というのは凄いのだろう。予定通り目的のポイント付近に到着すると、そこにリッツが小型船で待っていた。
「ランバート!」
「リッツ、良かった」
「良くないっての! もう、予想外の事が多すぎててんてこ舞いだ。これが取引なら絶対マッチングミスって成立しない」
いや、見事に出会えているからマッチングはむしろ成功なんだが。
だが、リッツの言葉は少し気になる。状況が変化しているようだし、アルブレヒトも中央の水路、つまり国境水門付近を警戒していた。
「何かあったのか?」
「何かあったのか? じゃねーだろ、ランバート。お前、一般人巻き込んでんじゃねーぞ!」
「……げ」
小型の船からのっそりと顔を覗かせた人物を見て、ランバートだけじゃなくドゥーガルドとレイバンも固まった。
丈夫さが取り柄といった感じの七分丈のズボンに、胸筋や上腕の筋肉が隠しきれない白の汚れたチュニックを窮屈そうに着たグリフィスが腕を組んでいる。その状態で睨み下ろすのだ、迫力が凄い。
「リッツ……」
ジロリと友人を睨んだが、リッツの方はちょっと涙目で逆に訴えてきた。
「仕方ないじゃないか、俺だって抵抗したんだよ! でも、あんな……あんな激しい射精管理で尋問されて、飴と鞭使い分けられたらもう墜ちるしかないじゃんか!」
「……射精管理?」
「「ほぉぉぉぉ」」
叫ぶようなリッツの訴えは当然のように辺りにも聞こえるわけで、それを聞いたレイバンやハリー、ゼロス、ボリスあたりはジト目をしている。ちなみにドゥーガルドは呆気に取られてリッツとグリフィスの顔を交互に見ている。
「いつからだよ」
「アレックスさんの結婚式から」
「グリフィス様、俺の友人美味しくお持ち帰りしたんですね」
「ぐふっ!」
ランバートまでジト目でリッツの肩を叩いて抱きしめて慰めている。流石にこうなるとグリフィスも後ろめたさがあり、怒りは不完全燃焼のまま萎れた。
「可哀想に、大将のアレでかいのに、こんな小柄な相手にぶち込むなんて鬼だね」
「レイバン!」
「後ろゆるゆるになってない? 辛いなら、お薬あるよ?」
「クリフ、お前まで!」
「いや、あの……むしろそのデカイのが美味しいというか……あの巨根にガンガン突っ込まれたらもうやみつきで、それ以下は全部ふにゃチンに思えてきちゃって」
「リッツ……」
ポッと頬を赤らめるリッツに対して、グリフィスは完全にノックアウトされたのだった。
そんなこんなでお叱りは曖昧になり、この様子を影ながら微笑ましく見ていてアルブレヒトとも挨拶を終えて、現在はフリュウの船で現状報告状態だ。
「では、水門辺りの兵が増援されて監視が厳しくなり、中型船ではここまで来られなかったと?」
状況を聞いたランバートに、リッツとグリフィスは頷いた。
リッツを巻き込んだ事がシウスにバレ、何だかんだと予定より少し遅れて出発した。同行を願い出たグリフィスと共に中型船で途中まで来たのだが、普段よりも警備が強化されており近づく事ができなくなった。
しかたなくリッツとグリフィスのみが小型の船を使って水門を通らない枝道を進みここに辿り着いたのだという。
「正直あの小型船じゃ一回に運べるのは二人程度。往復に二日はかかる」
「時間的にそんなに掛けているのは危険だな。水門にジェームダル兵が集まってるなら、周辺の巡回や偵察もしている可能性がある。見つかれば総攻撃を受けかねない」
「水門にいるのは精々二百人ってところだ。やれねーことはないが、騒ぎが大きくなるのは間違いないな」
グリフィスも腕を組んで考え込んでいる。
確かに二百人程度ならこの面子で片付けられる。こちらに護衛を置いてもどうにかなる。ただ、事態が大きくはなるだろう。より警戒されて兵を置かれると困る。
その時、話しを聞いていたアルブレヒトが手を上げた。
「急がば回れ。この中型船に皆が乗り込み、来た道を戻るのです」
「ジェームダル方面へってことかい?」
「そこに、宝がありますよ」
ニッコリと笑うアルブレヒトをグリフィスは呆然と見ていたが、一緒に旅をしてきた面々は直ぐさま動いて進路を逆走しはじめる。
全員が、アルブレヒトの先見を信じている証だった。
主水路との合流地点で身を隠していると、一艘の船がゆっくりと通りがかった。水門の方へと向かうらしい。
堂々とジェームダルの国旗を掲げた船だ。
「あれ、もらえませんかね?」
「え?」
同じく見ていたアルブレヒトが、さも当然のように言う。だが、航行中の船なのだが。
「そろそろ夜だな。流石に夜は停泊しなきゃ船底が見えない。ここいらで一泊するだろうよ」
リッツが船の大きさを見て言う。その横でフリュウも頷いた。
「この川は底に砂や岩が堆積していて、不意に浅くなっている部分があるんだ。夜じゃそれが見えない。俺達が乗ってきたのだと心配するほど船底深くないけど、あの船は道を選ばないと下手すりゃ座礁する」
「そういうこと。ボチボチ泊まるはずだ。様子から見ても急ぎって感じはしないからな」
船乗り二人の意見はどうやら正しかったようだ。程なく船は碇を下ろし、完全に停泊した。
「何用の船だろう?」
ラウルが不思議そうに首を傾げる。普通に考えれば水門への増援だ。だがそれにしては乗っている奴の数が少ない。アルブレヒトに追っ手がかかったとも時間的に考えがたい。ナハルから教会本部までは片道でも五日。そこから伝令でも、まだここまで届いていないはずだ。
「徒歩で近づくぞ。上手くいけばあの船奪ってあいつらの身ぐるみ剥がす。喋らせるのはその後でいいだろ」
「それじゃ、俺はついていこうかな。喋らせるの上手いんですよ、グリフィス隊長」
「そうなのか? おう、頼りにしてるぞ!」
「「…………」」
知らぬが仏とはこの事をいうのだろう。乗り気なボリスを信頼しているグリフィスを全員が魂のこもらない目で見ている。そして、一言伝えたい。
そいつの喋らせ方、味方への被害も甚大だから!
何にしても乗り込んでぶんどろうという事に決まった。
グリフィスを先頭に気力と体力の余っているドゥーガルドとレイバン、ボリス、チェスター、ラウル、ランバートが乗り込む事になった。
それというのもリッツの話では、あの大きさの船なら精々乗っていて五十人程度だろうという事だ。それならこの人数でいい。
残りは船に残ってアルブレヒトと、その他一般人二名の護衛となった。
夜、闇に紛れたメンバーはそっと船に近づいた。船の上では楽しげな音が聞こえ、船首の方は明かりが灯っている。だが、船尾側は暗いまま。暫く様子を見ていたが、特に見張りがいる感じもない。
油断しきっているのだろう。自分達のテリトリーにまさか敵が紛れ込んでいるとは思わないものだ。
周囲を気にしながらも川の浅瀬、船尾側にいるグリフィスが手で合図をし、全員が素早く側に寄る。ちょうど、船の暗がりで上からは死角になっている。
「かぎ爪あるか?」
「あります。俺が先に行きます」
「お前が? 俺が……」
「グリフィス様じゃ大きすぎてバレます。俺が先に行って登る用のロープ用意します」
重量級は存在感が半端ない。ラウルも苦笑して頷き、ランバートに鉤手のついたロープを渡した。
放り投げると鉤手は上手く船縁にひっかかった。数度引き、しっかりと噛んでいる事を確認してランバートは登り始めた。身を隠せる場所から顔の半分だけを出して伺ったが人の姿はない。大抵の船員は船首側で楽しく飲み食いをしているようだ。
素早く乗り込み、かぎ爪を外してロープを結わえ付ける。他にも余っているロープを見つけ、それも二カ所結びつけた。
あっという間に船尾にメンバーが乗り込むが、やはりグリフィスとドゥーガルドは重い。軽量級のラウルの倍は時間がかかる。
それでも無事に乗り込むと、全員が物陰に隠れて様子を窺った。
「それにしても、チョロい仕事だよなぁ」
「あぁ、まったくだぜ。なんせそこらの村からガキ攫って帝国に売れば金が入る。何だかんだお綺麗な事を言ってもこれだからな」
下卑た声に目を釣り上げたのは他ならぬ騎士達だった。
帝国では奴隷、人身売買を禁じている。奉公という名目での人道に反する扱いも禁じている。
だがその前の時代はそうじゃない。取り締まりが完全ではない。地方ではまだ残っているとも言われている。
それでも減ってきたはずだ。なのに……
「ちっ、胸くそのわりぃ」
グリフィスが低く怒気を孕む声で言い捨て、全員に目配せをする。そして全員が一切の躊躇いを持たない目で頷いた。
そこからは圧倒的な制圧だった。
先頭を走ったグリフィスに驚いた奴等が腰を抜かしている間に、鞘に入ったままの剣で兵士の顎を砕き、逃げ腰の兵士を背中から踏んづける。潰れたカエルみたいな声をあげた兵士の背中をもう一度踏みつけたグリフィスの目は冷たくなっている。
「抵抗するならぶっ殺す。嫌なら手ぇ上げろ」
突然の乱入者相手に、既に地に四つん這いになって頭を覆う奴等も少なくない。そういう奴等をランバート達が手際よく縛りあげていった。
制圧作戦はものの三十分もかからなかった。桟橋を下ろし留守番組を招き入れると、初めて兵士達は目を丸くして戦き、声にならない声を上げた。
「まったく、嘆かわしいものです。民を守る兵が自ら民を傷つけるなんて」
「ア、アァァ、アルブレヒト殿下!」
「腐れば腐るものですね。父の時代はもう少し、軍部も利口だったのに」
そう言って見下すアルブレヒトの目に温かさはない。冴え冴えと恐ろしく、底冷えのする冷たさがあるばかりだ。
「囚われていたのはどれも十代前半の子供達です。お会いになりますか?」
「えぇ、勿論。グリフィス隊長、こいつらの処分はご自由に。こんな汚らわしい者、自国の民とも思っておりませんので」
「いや、流石にそこは連れてって捕虜ですよ。何かと役立つかもしれねーんで」
「お優しい事です」
ニッコリと微笑んだアルブレヒトだったが、その目の冷たさが緩む事はない。凍土のような静けさに全員の気が引き締まるのを感じた。
「ありゃ、ファウスト様以上に俺は苦手だ」
グリフィスの言葉に全員が無言のまま肯定した。
船倉の小さな一室にその子達は閉じ込められていた。最初にここに来たクリフが子供達全員の戒めを解いて簡単な診察をしている。
「どうですか?」
「体はどこも悪くありませんが、怯えていて」
「そうですか」
暗がりに固まっている子供達は怯えている。そこに歩み寄ったアルブレヒトは膝をついて、子供達に向かって両手を広げる。途端、その場に柔らかな光が差したように温かくなっていく。
怯えていた子供達も戸惑うように互いを見合わせ、そろそろと近づいていった。
「怖い思いをしましたね。でも、もう大丈夫。貴方達を親元に帰します」
「本当に、帰れるの?」
「えぇ、勿論」
ニッコリと微笑んだアルブレヒトに、子供達の顔は笑顔になっていく。涙ぐんで喜ぶ子供もいる。
「でもその前に、少し食べていくのがいい。食材はこの船にあるから大丈夫。すぐに用意するよ」
「食べて、いいの?」
「勿論」
自由になった子供達は互いに抱き合って喜び、ランバートは上に戻ってコンラッドにも頼んで食事の準備をする。捉えられた兵士全員が見事に身ぐるみ剥がされ縛りあげられていたが、自業自得だ。
温かなスープには野菜やお肉も入れて、パンも一緒に持っていく。明るくなった船倉に戻るとアルブレヒトはすっかり子供達に囲まれている。先程上で見た人物と同一とは思えない柔らかな様子だ。
「あの人の二面性って、凄いな」
コンラッドが思わず呟いた言葉に、ランバートも苦笑して頷いた。
何にしても子供達の腹も満たされ、身柄はフリュウが預かってこれまで乗ってきた船に移した。ここから戻って子供達をそれぞれの町に戻すそうだ。
ランバート達はジェームダル兵の姿をして彼らの軍船に乗り込み、堂々と翌朝出発した。
そして翌日の早いうちに水門へと到達した。
「おーい、開けてくれー!」
ジェームダル兵の姿でゼロスが声をかけると、同じような格好をした兵士が顔をだしてニヤリと笑った。
「おう、ご苦労。今回もガキか?」
「それもあるが、何人か成人が欲しいそうでな。それも積んでる」
「労働力か? 何にしてもご苦労さん」
容易に水門が開き、帝国への道が開かれる。そこへ漕ぎ出す船はしばらくは緊張状態だった。
だが水門を越えてゆき、リッツの乗ってきた船が見えた頃でようやく全員が息を吐いた。
「無事帰還」
「マジしんどい……」
口々に全員がそんな事を言うが、その後は自然と落ち着いた笑みが浮かぶ。そして無言のまま、周囲の者達とハイタッチをした。
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