恋愛騎士物語3~最強騎士に愛されて~

凪瀬夜霧

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14章:王の戴冠

7話:王の戴冠(アルブレヒト)

 戴冠式への準備は順調過ぎるくらいだった。おそらく家臣達は打診した時点で「否」と言わせないつもりだったのだろう。あらかたの準備を整え、後はこちらのOK待ちということだ。何とも出来た人達で安心する。

 その間のアルブレヒトはやるべき事を急速に整えた。
 国内にいるラン・カレイユの人々に届け出ることを伝え、臨時で設けた部署で受け入れと戸籍を与えた。同時に働き口のない者への職業斡旋、故郷で人を探したい者の捜索依頼も受け付けた。こちらは順繰りとだが、やっていく。

 シウスはとっくの昔に自国へ向けて報告の兵を送ったらしく、そろそろ戻る頃だという。
 戴冠が終わればすぐにでも、キルヒアイスを捕らえに行く。
 そしてナルサッハと、向き合う事になる……。

「ふぅ……」

 思えば多少溜息も出る。こんなにも気が重い事もない。アルブレヒトは彼の処遇を決めかねていた。

 元を正せばラン・カレイユ、そしてジェームダルが彼を狂わせた。家族を壊したラン・カレイユという国を憎み、ナルサッハはあの国を滅ぼしたのだろう。
 そしてジェームダルで心を壊したのだ。五年の間、この仕打ちが彼の差し金だと知って思った事もある。「これが、彼の味わった地獄なのか」と。
 確かに狂いそうだった。毎日、昼も夜も分からない程の地下で男共に散々に抱かれ、まるでそうした道具のような扱いを受けて。
 いや、狂ったのはそうなのだろう。未だに体の疼きを強く感じ、どうにもならない夜がある。以前では考えられない事だ。自分で慰めても体が「そこじゃないだろ?」と訴えるように奥底の熱を感じる。
 五年、犯され続けた体が男に犯される事を求めているのだ。

「ナル……」

 これを、分かって欲しかったのですか? 拒むお前を強引にでも、私は引き寄せれば良かった? 心の傷を目で訴えるお前に触れる事が怖くて、償いばかりを考えた私を恨んだのですか?

 今なら分かる。五年の歳月が変えた体と、ラダの魂が交わって得た人の感情の強さが今を作り上げているから。
 私はお前を強引にでも引き寄せて、体に触れて、心に触れて、全てでお前の大切さを伝えれば良かったのだ。どれほどの罵詈雑言を浴びようとも、拒絶を受けようとも、時に肉体の苦痛を感じても、この手を離さなければお前は闇に落ちずに済んだのですか?

 でも、もう遅い。彼のした事はあまりに重罪だ。個人の感情で許されるレベルの事じゃない。新王誕生の恩赦などでは減刑出来ない程の罪人だ。もう、キルヒアイス共々処刑する以外の道はない。

「ナル、失うと分かってからでは遅いのですね。私は今……今ほど神に傅いて願う事はない。どんな形でも、お前に生きて欲しいと願ってしまう」

 この城はあまりに幼い思い出が多い。サロンや、私室や、ダイニング。庭に、修練場に、書庫まで。お前の影が多い。
 この城にこれからも住むのかと思えば、苦しくもある。だが捨てる事もできない。なくなれば余計に、苦しくなる思い出もあるのだ。

「もう少しで、お前に会いに行きます。お前の願いを叶えましょう」

 終わりを望むのならば、この手で。それがお前が望む私への罰ならば、甘んじて受ける。そして私は、お前を生涯忘れる事はない。きっと何度でも、思い出すのだから。

◇◆◇

 戴冠の日は、祝福の晴天。
 アルブレヒトは城の前庭まで人々を引き入れ、家臣達を玉座の前に迎えた。
 警備は帝国の者と、この国の者とが受けてくれた。地方から来た者達も嬉しそうにしてくれる。
 近習はダンクラートとランバートに頼んだ。思えばこの二人がなければ、今この場に立つ事はなかった。ダンクラートが帝国へ申し出て、動いてくれるように働きかけなければ。ランバートが危険を承知で来なければ。

「肩が凝るぜ、まったく」
「文句を言うなよ、戴冠式だぞ」

 控えの間にいる二人はこんな話をしている。着替えを手伝っているレーティスとシウスが、その様子を楽しげに見ている。

 レーティスはどうにか持ち直したようだった。これも、オーギュストという人物のおかげだろう。まだ辛そうだが、笑えるようになった。
 精神的に細い部分があるレーティスがセシリアの事を知って、耐えられるかは不安だった。それでも言ったのは、側にある存在も感じたから。まだ確かな絆はないが、オーギュストの包むような大きな愛情を見る事が出来たから。

「お前達、大事な儀式の前ぞ」
「申し訳ありません、シウス様」
「んな事言ったってよぉ。俺は苦手なんだって」
「ダン、お前はこれから筆頭騎士ぞ。このような場で兄の側に付くことも多くなる。今のうちに慣れよ」
「んな事言ったってよぉ」

 困ったように頭をかいたダンは、居心地悪くアルブレヒトを見る。それに笑い、「似合っていますよ」と付け加えた。

「こういうのは、ベリアンスの役目だったのによぉ」
「……」

 ダンの一言に、レーティスとアルブレヒトは表情を沈ませた。

 ベリアンスの傷はとりあえず癒えはした。だが、やはり後遺症は残ったのだ。
 エリオットは「リハビリがこれからなので」と言っていたが、本人はすっかり落ち込み、塞ぎ込んでいる。他が思うよりも自分で感じる症状が重いものに感じるのだろう。
 ベリアンスの腕は肩から上に上がらず、長時間使えば痺れを感じて物を落としてしまう。利き手ではないだけマシなのだろうが、それは他が言う気休めだ。この手では、剣は握れない。
 騎士の誇りも失い、剣まで折られ、唯一の肉親であるセシリアまでもがまだ不幸の中だ。このまま全てを失えば彼はどうなってしまうのか……。

「生真面目すぎるんだよ、あいつは。生きてんだ、どうにかなる」
「それ、本人に言うなよ」
「もう言った」
「デリカシーがないんだよダン! もう少し気遣いを……」
「んな仲じゃねーんだよ、ランバート。気休め言って何になる。できねーことを「できる」と言って、あいつに希望が生まれんのか? それこそ、無責任だろうがよ」

 睨み付けるランバートを逆に睨むダンの、燃えるような瞳を見てアルブレヒトも苦しくなる。彼のように強く相手を信じて、辛い事も言って、気休めではない心でぶつかっていけば今頃側にナルサッハはいたのだろうか。

「あいつが出来ない事は俺が引き受ける。なにも力仕事ばかりが仕事じゃねぇ。あいつは元々頭もいいんだ、そっちができる。マーロウ見てみろ。騎士なんておこがましいくらい何にもできねぇが、騎士の誇りを持って出来る仕事を最大限してやがる」
「あの人は特例中の特例だ」
「お主ら、うちのマーロウに失礼ではないかえ?」

 シウスが苦笑し、そっと背に触れる。無言のまま「大丈夫」と励まされた気がして、アルブレヒトは頷いた。

「さて、時間になる。二人とも、頼むぞえ」
「「はっ」」

 アルブレヒトの後ろに二人の騎士がつく。背を守る存在を感じ、同時に更に後ろに控える人々を背負う事を覚悟して、アルブレヒトは静かに玉座へと向かう。

 もう、私人ではいられない。王となり、この国を背負う。ここに生きる人々を、身命を賭して救い上げるのだ。それが、犠牲になった人々と、犠牲にした人々への弔いになるのであれば。


 家臣の代表から王家のマントを着せかけられ、教会の大司祭から杖を受け取る。本来は続いて代々受け継がれた王冠を受け取るが、それはない。キルヒアイスが持ち逃げした。
 本来は戴冠後に返却されるものを、あいつは「気に入った」と言ってそのまま持ち続けたらしい。そして当時の大司祭もそれを容認したのだ。

 だが、それなりに形は整っただろう。アルブレヒトはそのまま、前庭に張り出したテラスへと向かった。
 前庭は民で一杯になっている。一目見ようと押しかけた人々の姿を見るとこみ上げる感情と、それ以上の責任、そして緊張が走って一度は止まってしまいそうになった。
 だが、それはできない。息を吸って、一度吐き出した。

 ふと、カーライルを思いだした。彼はこんな緊張と責任を背負い続けている。本当に頭が上がらない。同時に、器の違いも感じた。彼は王として生まれ、王として振る舞う器があるのだ。

 負けられない。帝国が彼の手によって変わっていくのなら、アルブレヒトもまた同じようにする。良き隣人、良き友として、そして国を背負う者として、よく学んでいかなければ。

「アルブレヒト様!!」
「新王陛下に万歳!!」

 待ち望む声に微笑み、アルブレヒトは手を上げる。途端、晴天にも関わらず僅かに雨が降り始め、優しく地上を潤していく。

「太陽と、雨だ……」
「天の恵みだ。神の祝福だ!」

 人々が沸き上がり、濡れているのに声を上げる。
 古来荒れ地も多いこの国では、雨は恵み。そして神は太陽の神が最も尊いとされている。故に、太陽と雨に祝福される王は神の恵みがあると言われている。

 父なる神よ、見守っていてください。貴方の手を離れた私に何ができるか、私は今からその道を歩み始める。

「皆、苦しい時代を生き抜き、我慢を重ねた者達に祝福を。これより先、この国に多くの幸福を約束しよう! まだ苦しい時は多いだろう。傷ついた部分を癒やす為、一丸となって挑まなければならない課題も山のようにある。だが私は、この国の民ならば出来ると信じている! 今まで耐えてきた皆の力を、私は信じている! 若輩の王だが、絞れる力の全てを使い私も今を乗り越えて行こう。その先に、必ず笑顔溢れるジェームダルを作り上げる!」

 王一人が成し遂げられる事は少ない。だからこそ民の力が大事だ。家臣の力が大事だ。その全てで、ここから新しく始めていく。

 アルブレヒトが手を振り、民が声を上げ、雨が柔らかく降り続く。そうして止んだ青空に、大きく見事な虹がかかる。それを見上げる人々が祈りを捧げ、国はお祭りのような騒ぎになった。


 戴冠の宴が二日間にわたって行われ、落ち着いた頃。シウスの元に使いに出していた者が転がり込むように入ってきた。

「緊急事態です! 王都海上が占拠され、バロッサ及び周辺の港も船の往来が出来ない状態です!」
「なに!」

 報告を受けたシウス、ファウスト、ランバート、クラウルが途端に緊張した顔をする。
 アルブレヒトもまた緊張した。なぜならこれからキルヒアイス討伐の兵を起こそうという話をしている時だったのだ。

「状況を詳しく話せ」
「はい。陸側は包囲されていないものの、海上封鎖が行われ緊張が続いている状態です。アシュレー様、ウェイン様にも報告を致した所、王都へと帰還するとのことです。近隣の港なども緊張が走っております」
「まだ、攻撃は加わっていないのかえ?」
「はい。ですが、それもいつのことか……」

 シウスは困ったようだった。だが、やがて顔を上げて頷いた。

「王都の事は王都に任せる。我等はこのまま、キルヒアイス討伐を優先する」
「え?」

 これに驚いたのは、むしろアルブレヒトの方だった。普通自国の王都が攻められていると聞いて、これを放置するのは無謀だ。

「シウス、軍を返しなさい! 国が……」
「この程度で落ちるような温い者などおらぬ。しかも海戦じゃ」
「ナルサッハは暗殺部隊を作っていました! その数もかなりいるでしょう。そんなのが混乱の最中に潜入していたら!」
「城の中は近衛府がやる。緊急事態宣言も出ておるであろう。街は第三が守る」
「だからって!」

 帝国に海戦を得意とする部隊があるとは聞いた事がない。王都に軍港があるのは知っているが。

 ファウストも穏やかに頷いた。焦っている様子はない。

「俺達が第一の次に第三に重きを置いて人員を割いた理由が、これだ。我が帝国に海戦を挑もうなど、歴史を知らない愚行だ」
「その通りぞ、兄。なぜ近年帝国に海戦を挑む者がないか、その理由は簡単じゃ」

 シウスの瞳が知らない光を宿す。戦う者の強い目だ。

「過去、我が帝国に海戦で勝てた国はおらぬ」

 シウスの言葉に、ファウストも頷いた。

「今は一刻も早く終わらせる。陛下の事も、王都の事も残した者に託してきた。俺達がやるべき事をやらなければ、戦いは終わらない」

 呆然とこれらを受け入れたアルブレヒトは、彼らからも大いに学ぶ事がある。王と、軍の信頼関係。彼らを見ていると、それを強く感じる。
 やらなければ、彼らを手本に、よく考えて、自分なりに。それが王となったアルブレヒトに求められる、王の役割なのだ。
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