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15章:王弟の落日
10話:沙汰は下って(イシュクイナ)
首謀者の裁判が終わって、戦後処理も粛々と行われている。国王アルブレヒトが落ち着いてからは更に安定して、国を挙げての慰霊祭も各地で行われた。
それと同時にキルヒアイスの処刑の準備も進んでいて、後一週間もすれば王都を出発、公開処刑となっている。
イシュクイナも立ち会うかを問われ、一応砦の一室から見る事にした。
戦場で人が死ぬ事には抵抗があまりない。当然悲しいとか、憤りはあるが、互いに事情があってぶつかり合っているのだから一方が無傷とはいかないわけだし。
ただ、処刑となるとあまり気が進まない。罪を問われ、相応の処罰を受けるのだけれど、それを見世物として晒す行為は好まないのが正直な所だ。
それでも立ち会うのは、自国を滅ぼした男の最後を王族として見届ける事が最後の勤めと思ったからだ。
父や兄達、姪っ子や甥っ子の仇を! なんて感情は正直薄い。父や兄達に関しては自業自得という感情も強い。巻き込まれた子供達に対してはもう、冥福を祈ってやる事しかできない。
見届けるのは、犠牲になった多くの民の為。生き残った姫として、これで終わったんだと区切りを付けるためだった。
現在イシュクイナはちょっと困った顔で夜の庭園にいる。そこにある東屋にいるのだ。そしてその隣には同じく……イシュクイナよりも困った顔をしているダンがいる。
「まぁ、なんだ。陛下もお人が悪いわね」
「人が悪いというか……嫌がらせかと思うぞ」
「あら、随分な言いようね。私が妻では不服かしら?」
わざと睨むように言ったら、隣の大柄さんはビクリと体を震わせて、首をブンブン横に振る。戦場ではあれだけ雄々しいのに、今は赤い熊みたいだ。
思わず笑ってしまう。声を上げてやや腹を抱えると、男らしい顔を僅かに恥ずかしげに染めて更に困り顔をするのだ。
イシュクイナの今後についてはずっと宙ぶらりんのままだった。それというのも、イシュクイナにこれという強い希望がなく、アルブレヒトに下心がなかったからだ。
普通、亡国の姫ともなれば利用価値は高い。大概の為政者は征服した国の姫を妻に娶る。これには当然利益があるのだ。一つに、統一が容易になる。戦争をして勝ち取った国は情勢が不安定だが、王族の姫が輿入れとなれば理由がつくのだ。
それに、言ってはなんだがイシュクイナは自分を不美人とは思っていない。趣味とかはあるだろうし、姫らしいかと言われると「否」なのだが、それでも見た目はそれなりだ。
それでもアルブレヒトはイシュクイナを妻とはしなかった。理由は一つ、彼に子種がなく、男女の関係が結べない事だった。
そうはっきりと、家臣達の前でも彼は言って次の王位はキルヒアイスの子の誰かに継がせると宣言してしまった。綺麗な顔をして、案外男らしい部分のある王様だ。
けれどそれだけじゃないように思う。
奥院の中庭、その木立の下にある真新しい墓を彼はほぼ毎日、ほんの少しの時間でも訪れて何かを語りかけている。あの宰相の墓だ。
ここの執事に聞けば、二人は道が分かれるまでは親友……いや、兄弟のような関係だったのだという。
けれどイシュクイナはもっと深い感情があったのではないかと思っている。それだけ、語りかけるアルブレヒトの瞳は柔らかく寂しげで、時に泣いてしまいそうな切なさがあるのだ。
そんな事で宙に浮いていたイシュクイナの処遇は、思わぬ所に飛び火していった。
今日の日中、多くの家臣が集まる只中に呼ばれたイシュクイナとダンは、お互いに驚いたまま口をあんぐりと開けて、暫く声がなかった。
「私が、ダンの奥方ですか?」
下った沙汰を聞いて、思わず問い直してしまう。隣の巨体は未だに衝撃から戻ってきていないのか無反応のままだ。
その前でアルブレヒトが穏やかな笑みで頷く。何を企んでいるのか、さっぱり分からない様子だ。
「ダンは今後、この国の重役を務める男です。軍事においてトップに立ち、乱れてしまった国を整える柱となってもらわねばなりません。そういう者に良き妻がつくと、私としても安心できます」
「それは分かりますが……」
「嫌ですか?」
そう問われると困る。正直、イシュクイナはこの男を嫌っていないし、好ましいとも思っている。
女として扱われる事は少し苦手なのだが、ダンはまるでそこを意識しないように接している。だが、適度な気遣いはしてくれる。話しやすく、下世話な話も笑って出来る気持ちのいい男だ。
そして、とても頼もしく強い。自分よりもナヨナヨとした頼りない男に付いていく気はあまりなかったが、この男になら任せて良い気がしている。男気もある。
更に言えば優しい。何でも故郷には孤児が多く、いざこざに巻き込まれて犠牲になることが多かったのだという。それ故に、子供が犠牲になることが我慢ならないのだと。
そして、弱い女性を食いものにするようなゲス男が死ぬほど許せないらしかった。
こんな男だ、嫌いにはならない。だが、なんだか戦友というか……友人のような間柄に思えている相手を今から夫として見ろと言われると……不可能ではないのだろうが、違和感があるのも確かだった。
「ちょっと待ってくれ、陛下!」
ようやく戻って来たらしいダンが声を上げる。顔を真っ赤にした男は面白いくらいに慌てふためいている。
「姫の意志を無視してそんな勝手に俺に下賜するなんて!」
「姫はお嫌ですか? 相性は良いと思うのですが」
確かに相性の良さは感じている。気持ちに無理がないし、遠慮もない。この男の事だ、貞淑な妻など求めてはこないだろう。
さて、そうなると困った。案外悪い話に思えてこない。下手な相手の妻になるよりはずっといいように思えてきた。
考えて、何より慌てふためく男を見て、イシュクイナは吹き出すように笑ってしまった。
「私は嫌というわけではないわよ」
「なぬぅ!!」
「あら、失礼な男。いいわ、陛下。私はウルズを側に置いて、独り立ちするまで見守ってあげられればそれ以上の希望はないもの。騎士団長ダンクラートへ下賜されましょう」
「よろしくお願いしますね、イシュナ」
「お任せあれ」
「俺の意見は無視なのかよ!!」
隣で吠える赤獅子を笑い飛ばして、何とも簡単にイシュクイナはその後の人生をダンに委ねる事に決めたのだった。
そうして今、二人の間にはなんだか微妙な空気が流れている。
分かっている、照れが大きい事は。ダンから拒む様子はないのだし。
「そんなに嫌だったかしら?」
思わず問いかけてしまう。それに驚いたダンは否定の言葉をあれこれ並べては失敗し、最後には溜息をついた。
「お前さんが嫌いなんて事はない。言っちまえば、過ぎた妻すぎて落ち着かねぇ」
「なによそれ」
「あのなぁ……。俺は田舎の兵隊上がりで、学も品も地位もない成り上がりなんだよ。戦う事は知っていても、城の中の事なんざからっきしだ。そんな俺に王族の奥方だぞ? 身分違い過ぎて悩むだろうよ」
ガックリ肩を落としたダンが小さく見える。イシュクイナは笑い、肩を叩いた。
「そう硬くなるな、旦那様。私相手に気を使う必要なんてないわよ。大抵の事は出来るつもりでいるわよ」
「逞しすぎるだろ」
「男社会に土足で殴り込んだ女騎士を甘く見ないでちょうだい。度胸と根性と厚かましさでは負けないわよ」
「ほんと、逞しい限りだよ」
チラリとこちらを見る赤い瞳。それが、僅かに緩まった。
戦う事ばかりだった男の無骨な手が伸びて、頬に触れる。ゴツくて、所々が硬くなっていて、節があって、大きい。これが嫌いじゃないのだ。戦う男の手は、大切そうに触れてくるのだから。
「アンタは俺でいいのかよ。俺、美形とかじゃないぞ」
「熊ね」
「お前な……」
「あら、可愛いじゃない。私好きよ」
落胆するダンをクスクス笑い、手を伸ばして頬に触れてみる。
イシュクイナだって剣を握るのだ、手の平はそれなりに硬くて所々剣タコができている。節もあるし。姫らしい、柔らかい手はしていない。
「貴方こそ、私みたいな女でいいの? こんな、硬い手でもいいわけ? 柔らかい体なんてしてないし、多少腹筋割れてたり、腕が太かったり、太股逞しいわよ?」
自分で言ってみて苦笑が漏れる。筋肉質な体はスレンダーではあるが、女性らしい曲線的な柔らかさには欠ける。男とは違うからゴツくはなくても、触れた皮膚の下に確かな筋肉は感じるだろう。正直、女性らしいとは言いがたい。
けれどダンはそれに苦笑して、自分の腕をまくり上げる。太く逞しい腕には力こぶがあり、筋肉が盛り上がってゴツゴツしている。
「これよりお前の腕が太いとドン引きだがな」
「流石にそれはないわね」
「だろ? それなら、なんでもないさ」
「大雑把」
「お前に言われたくない」
互いに言い合って、次には吹き出した。そうして触れあって、抱きしめ合った。
自分よりも高い体温に、逞しい腕に男を感じる。どれだけぶつかってもびくともしないだろう相手は、全てを受け止めてくれる安堵感がある。
うん、大丈夫だ。私はこいつを男として見られる。そんな、妙な確信があった。
「頼むよ、旦那様。私みたいなじゃじゃ馬、乗りこなすにはアンタくらい逞しくないとダメらしい」
「こちらこそ頼むよ、奥様。俺みたいな無骨者を選んだ豪胆な女は、あんたくらいだ」
「似た者同士で上手く行くわよ」
「ダメなら?」
「喧嘩しましょう。ため込むよりは喧嘩しながら進んでもいいじゃない」
「剣はなしな」
「拳はありよ?」
「俺は拳もなしにしておく」
「あら、奥様思いね」
冗談みたいに言い合って、笑って、互いに額を合わせて近くで見る。赤い瞳が綺麗なルビーみたいに見える。案外、綺麗だ。
「綺麗な目ね。ルビーみたい」
「アンタの目だって、なんかの宝石みたいだ」
「なんか、照れるわ」
「ははっ、案外可愛いじゃねーか」
近い距離でそんな風に言って、互いに唇を交わしてみる。カサついて、厚い唇が触れるだけ。それでも十分、身を委ねていられる。
安心した。女としてもこの男に拒否感はないんだ。友と夫では好意の種類が違うから、少し心配だったがこれなら平気だ。
それどころか、少しドキドキしている。戦場ばかりで、男に負けるかと気を張っていたイシュクイナの、それは間違い無く女性としての反応だった。
唇が離れて、互いに少し照れくさくて顔を赤くして離れた。けれど自然と重ねた手は、そのままだ。
「ダン」
「なんだ?」
「私、子供は何人いてもいいわよ」
「流石に早すぎるぞ!!」
真っ赤になった赤毛熊が可愛くて、イシュクイナは楽しくてクスクス笑うのだった。
それと同時にキルヒアイスの処刑の準備も進んでいて、後一週間もすれば王都を出発、公開処刑となっている。
イシュクイナも立ち会うかを問われ、一応砦の一室から見る事にした。
戦場で人が死ぬ事には抵抗があまりない。当然悲しいとか、憤りはあるが、互いに事情があってぶつかり合っているのだから一方が無傷とはいかないわけだし。
ただ、処刑となるとあまり気が進まない。罪を問われ、相応の処罰を受けるのだけれど、それを見世物として晒す行為は好まないのが正直な所だ。
それでも立ち会うのは、自国を滅ぼした男の最後を王族として見届ける事が最後の勤めと思ったからだ。
父や兄達、姪っ子や甥っ子の仇を! なんて感情は正直薄い。父や兄達に関しては自業自得という感情も強い。巻き込まれた子供達に対してはもう、冥福を祈ってやる事しかできない。
見届けるのは、犠牲になった多くの民の為。生き残った姫として、これで終わったんだと区切りを付けるためだった。
現在イシュクイナはちょっと困った顔で夜の庭園にいる。そこにある東屋にいるのだ。そしてその隣には同じく……イシュクイナよりも困った顔をしているダンがいる。
「まぁ、なんだ。陛下もお人が悪いわね」
「人が悪いというか……嫌がらせかと思うぞ」
「あら、随分な言いようね。私が妻では不服かしら?」
わざと睨むように言ったら、隣の大柄さんはビクリと体を震わせて、首をブンブン横に振る。戦場ではあれだけ雄々しいのに、今は赤い熊みたいだ。
思わず笑ってしまう。声を上げてやや腹を抱えると、男らしい顔を僅かに恥ずかしげに染めて更に困り顔をするのだ。
イシュクイナの今後についてはずっと宙ぶらりんのままだった。それというのも、イシュクイナにこれという強い希望がなく、アルブレヒトに下心がなかったからだ。
普通、亡国の姫ともなれば利用価値は高い。大概の為政者は征服した国の姫を妻に娶る。これには当然利益があるのだ。一つに、統一が容易になる。戦争をして勝ち取った国は情勢が不安定だが、王族の姫が輿入れとなれば理由がつくのだ。
それに、言ってはなんだがイシュクイナは自分を不美人とは思っていない。趣味とかはあるだろうし、姫らしいかと言われると「否」なのだが、それでも見た目はそれなりだ。
それでもアルブレヒトはイシュクイナを妻とはしなかった。理由は一つ、彼に子種がなく、男女の関係が結べない事だった。
そうはっきりと、家臣達の前でも彼は言って次の王位はキルヒアイスの子の誰かに継がせると宣言してしまった。綺麗な顔をして、案外男らしい部分のある王様だ。
けれどそれだけじゃないように思う。
奥院の中庭、その木立の下にある真新しい墓を彼はほぼ毎日、ほんの少しの時間でも訪れて何かを語りかけている。あの宰相の墓だ。
ここの執事に聞けば、二人は道が分かれるまでは親友……いや、兄弟のような関係だったのだという。
けれどイシュクイナはもっと深い感情があったのではないかと思っている。それだけ、語りかけるアルブレヒトの瞳は柔らかく寂しげで、時に泣いてしまいそうな切なさがあるのだ。
そんな事で宙に浮いていたイシュクイナの処遇は、思わぬ所に飛び火していった。
今日の日中、多くの家臣が集まる只中に呼ばれたイシュクイナとダンは、お互いに驚いたまま口をあんぐりと開けて、暫く声がなかった。
「私が、ダンの奥方ですか?」
下った沙汰を聞いて、思わず問い直してしまう。隣の巨体は未だに衝撃から戻ってきていないのか無反応のままだ。
その前でアルブレヒトが穏やかな笑みで頷く。何を企んでいるのか、さっぱり分からない様子だ。
「ダンは今後、この国の重役を務める男です。軍事においてトップに立ち、乱れてしまった国を整える柱となってもらわねばなりません。そういう者に良き妻がつくと、私としても安心できます」
「それは分かりますが……」
「嫌ですか?」
そう問われると困る。正直、イシュクイナはこの男を嫌っていないし、好ましいとも思っている。
女として扱われる事は少し苦手なのだが、ダンはまるでそこを意識しないように接している。だが、適度な気遣いはしてくれる。話しやすく、下世話な話も笑って出来る気持ちのいい男だ。
そして、とても頼もしく強い。自分よりもナヨナヨとした頼りない男に付いていく気はあまりなかったが、この男になら任せて良い気がしている。男気もある。
更に言えば優しい。何でも故郷には孤児が多く、いざこざに巻き込まれて犠牲になることが多かったのだという。それ故に、子供が犠牲になることが我慢ならないのだと。
そして、弱い女性を食いものにするようなゲス男が死ぬほど許せないらしかった。
こんな男だ、嫌いにはならない。だが、なんだか戦友というか……友人のような間柄に思えている相手を今から夫として見ろと言われると……不可能ではないのだろうが、違和感があるのも確かだった。
「ちょっと待ってくれ、陛下!」
ようやく戻って来たらしいダンが声を上げる。顔を真っ赤にした男は面白いくらいに慌てふためいている。
「姫の意志を無視してそんな勝手に俺に下賜するなんて!」
「姫はお嫌ですか? 相性は良いと思うのですが」
確かに相性の良さは感じている。気持ちに無理がないし、遠慮もない。この男の事だ、貞淑な妻など求めてはこないだろう。
さて、そうなると困った。案外悪い話に思えてこない。下手な相手の妻になるよりはずっといいように思えてきた。
考えて、何より慌てふためく男を見て、イシュクイナは吹き出すように笑ってしまった。
「私は嫌というわけではないわよ」
「なぬぅ!!」
「あら、失礼な男。いいわ、陛下。私はウルズを側に置いて、独り立ちするまで見守ってあげられればそれ以上の希望はないもの。騎士団長ダンクラートへ下賜されましょう」
「よろしくお願いしますね、イシュナ」
「お任せあれ」
「俺の意見は無視なのかよ!!」
隣で吠える赤獅子を笑い飛ばして、何とも簡単にイシュクイナはその後の人生をダンに委ねる事に決めたのだった。
そうして今、二人の間にはなんだか微妙な空気が流れている。
分かっている、照れが大きい事は。ダンから拒む様子はないのだし。
「そんなに嫌だったかしら?」
思わず問いかけてしまう。それに驚いたダンは否定の言葉をあれこれ並べては失敗し、最後には溜息をついた。
「お前さんが嫌いなんて事はない。言っちまえば、過ぎた妻すぎて落ち着かねぇ」
「なによそれ」
「あのなぁ……。俺は田舎の兵隊上がりで、学も品も地位もない成り上がりなんだよ。戦う事は知っていても、城の中の事なんざからっきしだ。そんな俺に王族の奥方だぞ? 身分違い過ぎて悩むだろうよ」
ガックリ肩を落としたダンが小さく見える。イシュクイナは笑い、肩を叩いた。
「そう硬くなるな、旦那様。私相手に気を使う必要なんてないわよ。大抵の事は出来るつもりでいるわよ」
「逞しすぎるだろ」
「男社会に土足で殴り込んだ女騎士を甘く見ないでちょうだい。度胸と根性と厚かましさでは負けないわよ」
「ほんと、逞しい限りだよ」
チラリとこちらを見る赤い瞳。それが、僅かに緩まった。
戦う事ばかりだった男の無骨な手が伸びて、頬に触れる。ゴツくて、所々が硬くなっていて、節があって、大きい。これが嫌いじゃないのだ。戦う男の手は、大切そうに触れてくるのだから。
「アンタは俺でいいのかよ。俺、美形とかじゃないぞ」
「熊ね」
「お前な……」
「あら、可愛いじゃない。私好きよ」
落胆するダンをクスクス笑い、手を伸ばして頬に触れてみる。
イシュクイナだって剣を握るのだ、手の平はそれなりに硬くて所々剣タコができている。節もあるし。姫らしい、柔らかい手はしていない。
「貴方こそ、私みたいな女でいいの? こんな、硬い手でもいいわけ? 柔らかい体なんてしてないし、多少腹筋割れてたり、腕が太かったり、太股逞しいわよ?」
自分で言ってみて苦笑が漏れる。筋肉質な体はスレンダーではあるが、女性らしい曲線的な柔らかさには欠ける。男とは違うからゴツくはなくても、触れた皮膚の下に確かな筋肉は感じるだろう。正直、女性らしいとは言いがたい。
けれどダンはそれに苦笑して、自分の腕をまくり上げる。太く逞しい腕には力こぶがあり、筋肉が盛り上がってゴツゴツしている。
「これよりお前の腕が太いとドン引きだがな」
「流石にそれはないわね」
「だろ? それなら、なんでもないさ」
「大雑把」
「お前に言われたくない」
互いに言い合って、次には吹き出した。そうして触れあって、抱きしめ合った。
自分よりも高い体温に、逞しい腕に男を感じる。どれだけぶつかってもびくともしないだろう相手は、全てを受け止めてくれる安堵感がある。
うん、大丈夫だ。私はこいつを男として見られる。そんな、妙な確信があった。
「頼むよ、旦那様。私みたいなじゃじゃ馬、乗りこなすにはアンタくらい逞しくないとダメらしい」
「こちらこそ頼むよ、奥様。俺みたいな無骨者を選んだ豪胆な女は、あんたくらいだ」
「似た者同士で上手く行くわよ」
「ダメなら?」
「喧嘩しましょう。ため込むよりは喧嘩しながら進んでもいいじゃない」
「剣はなしな」
「拳はありよ?」
「俺は拳もなしにしておく」
「あら、奥様思いね」
冗談みたいに言い合って、笑って、互いに額を合わせて近くで見る。赤い瞳が綺麗なルビーみたいに見える。案外、綺麗だ。
「綺麗な目ね。ルビーみたい」
「アンタの目だって、なんかの宝石みたいだ」
「なんか、照れるわ」
「ははっ、案外可愛いじゃねーか」
近い距離でそんな風に言って、互いに唇を交わしてみる。カサついて、厚い唇が触れるだけ。それでも十分、身を委ねていられる。
安心した。女としてもこの男に拒否感はないんだ。友と夫では好意の種類が違うから、少し心配だったがこれなら平気だ。
それどころか、少しドキドキしている。戦場ばかりで、男に負けるかと気を張っていたイシュクイナの、それは間違い無く女性としての反応だった。
唇が離れて、互いに少し照れくさくて顔を赤くして離れた。けれど自然と重ねた手は、そのままだ。
「ダン」
「なんだ?」
「私、子供は何人いてもいいわよ」
「流石に早すぎるぞ!!」
真っ赤になった赤毛熊が可愛くて、イシュクイナは楽しくてクスクス笑うのだった。
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