恋愛騎士物語3~最強騎士に愛されて~

凪瀬夜霧

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16章:戦後処理はあれこれです

2話:闇に生きる(ハムレット)

 実家から馬車を走らせ、ハムレットが向かったのは王都の外れ。そこにある屋敷に用事があった。

「あら、お珍しい客人だわね」
「ブラック、取引だ」
「あらあら、性急。なにか……」
「ブラック、二度は言わない。僕の求める情報をよこせ」

 出迎えた情報屋、シン・ブラックは暗いぶっ飛んだ目をしているハムレットを見て目を丸くし、次には鋭い目を向けた。

「こっちよ。ユアン、ハーブティでも出して頂戴。今日はもう店じまいよ」

 奥にいる側近のユアンも驚きながらバタバタ動き出す。屋敷に鍵をかけ、気持ちの落ち着くハーブティをハムレットに出した。

 だがハムレットの気配は決して緩む事はない。暗い闇を映すような瞳と底冷えするような冷気を感じて、二人はどうしたものかと怯えていた。

「ギネス大臣がうちに手を出している。詳しい情報が欲しい」
「ギネス? あぁ、確かジェームダルとのスパイスの取引に割り込もうとしたんだっけ。でも、そこは既にヒッテルスバッハの領域だからね。交渉自体が上手くいってないみたい。直接取引をしている商人の買収もしようとしたらしいけれど、バカよね」
「僕と、僕の大事な飼い猫の事をどこで知った」
「ランバートとここにきた黒猫くんね。別荘地で見たんじゃないかしら? あいつもあの別荘地に別宅があったはずだし。特に隠してなかったでしょ?」

 つまり、見ていたということか。何とも忌々しい。

 今頃、チェルルはどうなっているのだろうか。無体な事をされていなければいいけれど、取り調べとなるとどうなんだか。我慢するから、それでも言いたくない事は言わないだろう。
 怪我など、していないだろうか。辛い思いをしていないだろうか。早く、この腕に抱きたい。どうして無理に戻って来たんだ。危険なら、ハムレットのほうから国を出たのに。

 思わず手に力が入った。とにかく現状をどうにかしなければ。

「あいつが私情を挟んで、声高に城の貴族達を先導しようとしている」
「今朝の事ね。物々しい捕り物だったもの、話は入ってるわ」
「取りもどす」
「取引を持ち込まれたっていう商人が何人かいるはずだから、リストを渡すわ。あんたが相手なら、もっと早く話を出すわよ」
「お前の兵隊に集めさせろ」
「強引ね。まぁ、仕方ないか。あんたに恩を売っておくのは今後の為になるわ」

 ブラックが片手を上げると、丁寧に礼をしたユアンが下がっていく。コレで動き出すはずだ。

「欲しいのは奴が裁判に私情を挟んでいる事。更に言えば、うちに裏取引をさっさと持ち込んでくれれば奴の誠実さが崩れる」
「でも、事実は……」
「分かってる」

 相手の信用や誠実さを貶める事で黙らせ、火消しをする事は可能だ。だが、それでも事実は変わらない。帝国へのテロ行為や、カールへの暗殺未遂がある。最悪……

 考えると、寒気がした。思わず自分を抱きしめたハムレットを見て、ブラックは苦笑した。

「騎士団の宰相さんも動いてるらしいわ。あんたがいないと裏の仕事も無秩序になってやりづらいのよ。頑張ってちょうだいな」
「分かっている」

 絶対に取りもどす。それだけは絶対だと、ハムレットは睨み付けるように誓いを立てた。


 翌日の午前中には、取引を持ち込まれたヒッテルスバッハ傘下の商人達が集まってきて話をしていった。それによると金での買収や国の優遇などをほのめかしたらしいが、どれも現実的な話まではしていないらしい。
 当然だろう、ヒッテルスバッハに下る事は庇護も受けるが裏切りは死だ。それを知っている商人が、おいそれと話に乗ることはない。それだけ十分な生活も約束しているのだし。

「まぁ、予想通りくらいの情報ね。相手も大臣、大きくは出てこないか」
「確実な交渉ができるまでは現実的な事は提示しない。話が出ても『冗談です』と言い逃れが出来るレベルだ」

 貴族の戯れ、ほんの冗談で真に受けるなんて思っていない。そんな様子が見える会話内容だ。
 まぁ、だからこそ資金が焦げ付きこんな卑怯な方法を取ったのだろうが。

 それにしても、チェルルをダシに使ったのは許せない。あの子は無理を承知で、それでも決死の覚悟で戻ってきたのに。

 朝から何度目かの溜息をついたハムレットの元に、ユアンが控えめに戻ってきて来客を伝えたのは、丁度正午の事だった。

 来客の人物は赤毛のおさげ髪にそばかすのある、ライトブラウンの瞳の少女だ。
 だがその顔立ちは覚えがある。少女らしい佇まいと身のこなしではあるが、雰囲気には不遜さも見え隠れしている。ここだからあえて隠していないのだろうけれど。

「君にこの場所を教えた覚えはないんだけれどね、ラウル」
「ランバートに聞きました。僕が調べた事と宮中内部の事をお伝えしにきました、ハムレットさん」

 声まで少女のようだが、口調などは緊張感がある。これが帝国暗府の主力の力。
 そして、チェルルと同じほどの潜伏能力のある青年の力か。

 すぐに一室を用意してラウルの話を聞くことになった。そして、予想以上の情報に目を丸くした。

「これ、奴の裏帳簿じゃないか!」

 ラウルが出して来たのはここ数ヶ月分のギネスの裏帳簿。それによると、慣れない商売に手を出した結果かかなりの損失が出ている。それは日を増すごとに膨れ上がっていた。
 思わず立ち上がりテーブルの上を食い入るように見る。その様子に、ラウルは苦笑しながらも涼しいものだ。

「写しで申し訳ないのですが」
「いや、十分に奴を揺さぶる材料になる。けれど、どうしてここまで……」

 本来この能力は騎士団の、つまりは国の為に使われる。暗府がその能力を個人の為に使う事は危険として、禁止されているのだ。
 だがラウルの方はまったく気にしてもいない。もの凄く澄ました様子だ。

「クラウル様も今回の件は怒っていますし、シウス様にも止められていません」
「それは……」
「それに、僕はチェルルに幸せになって貰いたいんです」
「え?」
「僕と彼は、境遇みたいなものがどこか似ています。一緒にいるようになって、沢山話をしました。似ているし、それに僕は彼に助けて貰いました。今こうしていられるのは、チェルルのおかげです。だからこそ、今度は僕が力になりたいんです」

 真っ直ぐに見つめ、伝えられるラウルの言葉に胸が詰まる。そしてひっそりと、「良かった」と思うのだ。元テロリスト、国に弓を引いた彼は短い間に受け入れてもらえたようだった。

「宮中でもギネス大臣の突然のテロリスト撲滅宣言は白けた目で見られています。まるで新興宗教の勧誘のようだと。ただ、元々スピーチに定評のある方らしく引きつけられる人もいるとかで。陛下も困っていると、オスカル様から聞きました」
「陛下はどのように?」
「チェルルがした事は確かに罪だが、彼にはもうテロの意志はなく、そもそもの起こりも主を助けたいという純粋な忠誠心のため。その忠誠を帝国に誓ってくれるなら、彼の希望を叶える事も視野にいれていると」
「そうか……」

 どこかほっとする。思ったよりも宮中が冷静であること。そしてカールが味方についていることだ。
 ラウルが穏やかに頷き、そっと手を握る。そして力づけるように見つめた。

「騎士団でもチェルルのこれまでの貢献を報告書から拾って裁判に提出できるよう、文書を起こしています。マイナス部分を補えるだけのプラスはあると、シウス様は言っていました。どうか、気を落とさないでください」
「有り難う」

 ラウルは必要な報告を終えると一枚の手紙を手渡して去って行った。
 手紙を開くと、そこには硬い文字で住所と時間が書き出されていた。


 その夜、指定の時間に手紙の住所に向かうとほぼ廃墟みたいなものだった。
 一人闇に紛れてそこへと入り玄関を開けると簡単に開く。埃の溜まった部屋の隅に、蜘蛛の巣まである。
 だが、ここに指定されたのだから何かがある。そう思い奥へと向かうと、蝋燭の明かりが漏れた一室があった。

 押し開けて、そこに立つ黒衣を見て思わず身を硬くする。ファウストと並ぶような長身に全身黒ずくめの男は椅子に座る事もなく立っていて、ハムレットを見ると僅かに眉を寄せた。

「久しいな、ハムレット殿」
「クラウル殿」
「その節は世話になった。あの時の大恩、少しは返せるといいんだがな」

 厳しい表情ではあるものの空気を崩したクラウルは、手にした小さな紙片へと目を落とした。

「チェルルの裁判について、知り合いから少し話を仕入れられた。どうやら終戦くらいから突然騒ぎ立てる宮中関係者がいて、その代表が訴えたそうだ。重罪人を帝国に入れる事は新たなテロの可能性に繋がる。その人物が本当に今後帝国に牙を剥かないか、信用できないと」
「ギネスか」

 クラウルは大人しく頷いた。

「彼を知る身としては馬鹿げた話だが、高圧的に、そして声高に言われると不安も煽られる。そして一般的には危険人物であることは否めない。それで、裁判にてそこを判断する事となったそうだ」
「つまり?」
「チェルルが今後テロ行為を行う可能性が低いとなれば、自由に動ける可能性が高い。だが本人の口頭では無理だ。もっとはっきりとした事実を述べる必要がある。その為にシウスが提出書類を作っている。勿論、彼を助ける方向にだ」

 見えてきた。チェルル個人の意志でテロを行っていたわけではないのだし、現状その必要はもうなくなったのだ。

「だが、陛下の暗殺未遂や妃殿下の暗殺未遂がある。シウスの暗殺未遂もか。これについては厳しい目が向けられるだろう」
「正直な所、どのくらいの罪状が下ると思っている?」
「知り合いから言わせると、死罪はない。隣国との関係もあって、これに関しては間違いがない。だが、最悪国外追放。一番良いと、期間限定の観察処置」
「随分開くな」
「それだけ当日のチェルルの様子や、彼の行った事への客観資料が大事になるということだ」

 だが、命を取られる可能性がないのならいい。最悪、ハムレットがこの国を捨ててもいいのだ。

「ギネスの信用を貶める資料は揃ってきた。お宅のコウモリは優秀だね」
「お陰様だ。だがあれはシウスに預けたようなものだからな」
「宰相さんにも頭があがらないや」
「いいさ、持ちつ持たれつだ」

 くくっ、と笑うクラウルは雰囲気が柔らかくなった。きっと、恋人のおかげなんだろう。西の混乱時、大事に抱えてきた青年をずっと不安げに、声もなく側にいたのは印象的だった。幼馴染みの為に必死になっていた男は、それとは違う他人を見つけたのかと。

「それと、チェルルの様子も少し聞けた」
「どう、している?」

 不意の言葉に少しドキリとする。傷ついたり、辛い思いをしていないかが心配で、顔が見たくてたまらなかった。
 だがクラウルは穏やかな空気を出したままだ。それだけで、悪いものじゃないと思える。

「取り調べにも大人しく従い、罪状も事の経緯から丁寧に自分で話している。大人しく穏やかで、素直らしい。裁判所の取調官も拍子抜けらしくてな、待遇も心証もいい」
「そう、か」
「大事だぞ。もしかしたら付添人がいる前提で、裁判前に会えるかもしれない」
「本当に!」

 思わず身を乗り出すように声を上げると、クラウルはくくっと笑う。そして、穏やかに頷いた。

「決まりではないし、格子を挟んでの対面になるだろうが。それと同時に、裁判が早まりそうだ」
「分かった」
「筆頭裁判官はユリシーズという若い裁判官だが、誠実な男だ。頑固とも言われている。だが、この男から良い結果を引き出せれば今後も安心だ。買収などには絶対に応じない男でもあるからな」
「分かった、とりあえず引き続き頑張れって事だね」
「そういうことだ。こちらも出来うる限りはする」
「有り難う」

 素直にハムレットから出た言葉。だがそれに、クラウルの方は驚いた顔をする。ちょっとムッとすると、彼は苦笑して謝罪した。

「ヴィンの事で、他人を躊躇いもなく殺した頃を思うと随分変わったと思ったんだ。悪意じゃない」
「……そう、かもね」

 他人にお礼を言う事なんて、あまりなかった。でも、チェルルは屈託なくごく普通に感謝を口にする。だから自然と、自分もそうなっていった。

 会いたい。せめて一目でいいから、彼に会いたい。

 寂しさと切なさが胸に押し寄せる様で、ハムレットはギュッと自身の胸元を握った。
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