恋愛騎士物語3~最強騎士に愛されて~

凪瀬夜霧

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16章:戦後処理はあれこれです

3話:ほんの僅かな逢瀬でも(ハムレット)

 クラウルの予想は見事に当たった。裁判は早まり、その一日前の夜にチェルルとの面会が叶った。警備の近衛府と、裁判所の役人が同行する事になったけれど、それでも彼に会えるのは嬉しい。

 地下牢はとても無機質で、少し肌寒い。その中でも手前の牢で、彼は簡易ベッドに腰を下ろしてハムレットを見ると驚いた顔で駆け寄って来た。

「先生! どうして……」

 戸惑いながらも嬉しそうにするチェルルの目には薄ら涙がある。それでも健気に笑う姿が、酷く胸に痛くて苦しい。邪魔な格子から腕を差し入れて抱きしめたハムレットは、こみ上げるような衝動にどうにもならず涙が出そうになった。

「先生、力強い!」
「猫くん……」
「うわぁ! 先生泣かないでよ」
「気のせいだよ」

 終戦を聞いて、会えると思っていた。何かしらあるのは覚悟していたけれど、こんなに突然、一目会うこともできないまま離されるなんて思っていなかった。抱きしめて、無事を確認して、甘やかす一夜くらいあると思っていたのだ。

「チェルル……」

 耳元で囁いて、手や体で体温を感じて。
 そうするうちに背に控えめな手が触れた。

「大丈夫、絶対に戻るから。信じて、待っててよ」
「うん」
「ご飯、食べなきゃだめだよ。あと、寝てる? 疲れた顔してる」
「君を抱っこして寝るからいい」
「いつになるか分からないのに」
「そんな事させない」

 あいつを追い落とす事はもう出来る。それは必ずやる。けれどチェルルの処遇はそことは関わらないから。
 本当に、いつになるか分からなかったらどうしよう。半年? 一年? まさか一生なんてことないと信じたい。待ち続けるつもりはあるけれど、この思いはいつまで持ち続ければいいの。

「先生……」

 チェルルの手が頬を撫でる。濡れているのは自覚している。

「大丈夫だから、待っててね」

 首に手を回したチェルルが、触れるだけのキスをしてくる。間にある物がとても邪魔だ。こんな物を取っ払って、今すぐにでも直接体に触れ、温かな場所で離れた時間を埋めたい。抱きしめて、愛したい。

「先生、泣いちゃだめだって」
「煩いな、猫くん。誰がこんな……」
「俺も我慢してるんだから……ずるいよ」

 膨れて言ったチェルルの目にも、薄ら溜まっていた涙が落ちる。それを唇を寄せて舐めとって、真っ黒い髪を撫でた。

「絶対にここから出してあげるから待ってるんだよ」
「先生、無理しないで」
「僕の黒猫を迎えにくるのに、無理もなにもないよ」

 やっぱり、絶対に離しがたい。彼がいないと世界は全部がモノクロに見える。つまらなくて、誰かの幸せを羨むなんてまっぴらだ。

「そろそろ時間です」

 遠慮がちに声がかけられて、それを「うざい」と思ってしまった。それでもハムレットがチェルルの印象を落としてはいけない。手を離し、後ろ髪を引かれながらも牢を出た。

「兄上」
「ランバート」

 牢を出て少しで、心配そうにランバートが待っていた。その瞳は気遣わしげだ。
 昔なら、愛しい弟のこんな珍しい表情に悶え苦しんでとりあえず抱きしめていた。けれど今は、そんな事思わない。腕の中にまだ感じる温もりが愛しくて、離さなければならない今を悔いている。

「大丈夫か、兄上」
「うん……ダメかも」

 動けないままのハムレットに歩み寄ったランバートが、そっと肩を貸してくれる。こんなレアケース、絶対悶えるはずなのに。

「情けない顔するなよ、兄上。大丈夫、絶対に助け出すから」
「うん……ごめん、なんか……どうしようもなくて」
「……兄上も、変わったんだな」

 そうかもしれない。基本は変わらないと思っていたのに、今はこんなに弱い。こんなに、どうしようもない。

「ランバート、ギュッとして慰めてもいいよ」
「なんだよ、その言い方。弱ってるだろうから心配してきたのに」
「……猫くん」
「……助けるったら」

 背中を撫でるランバートの手が、今をほんの少し癒やしてくれている気がした。


 その帰り道、わざと馬車は使わなかった。ずっと視線を感じている、その正体を確かめようと思って人目のない道を選んでいる。
 すると単純に、十数人の男達がここぞとばかりにハムレットを囲った。

「単純。まぁ、助かるけれどね」

 むしゃくしゃしているから丁度いいかもしれない。何よりこちらは攻撃を受けた方で、殺さなければ自己防衛でいけるはずだ。
 持っていた杖で軽く地面を叩く。そして、取り押さえようと乱暴に近づいてきた男の顔面に硬い持ち手部分を埋めた。

「ぐはぁ!」
「これ、自己防衛だから悪く思わないでよね」

 それを合図に次々とゴロつきのような男がハムレットに殴りかかり、時に剣を抜いたがハムレットはそれを上手く避けていく。
 これで帝国の闇を統べると言われる一族だ。ランバートほど腕は立たなくても、こんな奴等に好きにされるほど落ちぶれてもいない。

 かっこつけだとか、オシャレで杖を持っているんじゃない。ハムレットの杖は持ち手部分がタガヤサンという非常に硬い材質でできている。強く打ち込めば骨にヒビを入れる事も可能だ。

「こいつ、弱くないじゃないか!」

 黒いマントのようなコートを纏うハムレットはニヤリと笑う。そして、逃げようとする男の足を杖の部分で殴る。足を押さえて転がった奴は転がしたままに、次へと向かって行く。
 三〇分もしたら、その場に立つのはハムレットだけとなり男達の呻き声が煩かった。

「さて、誰の差し金かな? なんて、今更聞くまでもないかもね」

 側に転がっている男の腹を蹴って仰向けにしたハムレットは、その首筋にステッキの先を押し当てた。

「ギネスの差し金だよね?」

 青い瞳が見下ろす。その冴え冴えとした光に怯えきった男は無言のままに頷いた。

「素直なのはいい事だね、これ以上痛い思いをしなくてすむ。それじゃ、後は騎士団に任せようかな」

 スッと瞳を向ける先に人の気配がして、スッと消える。知っている気配だから、後はそこに任せる事にした。

「それにしても、僕まで監視付けるなんて酷いよね、団長さん」

 呟くもののそう恨んだ様子もなく、ハムレットはコートの裾を翻す。そして、暗い王都を颯爽と歩き去ったのだった。
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