恋愛騎士物語3~最強騎士に愛されて~

凪瀬夜霧

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16章:戦後処理はあれこれです

4話:黒猫の決意(チェルル)

 城の一角にある裁判所は、重苦しくて冷たい印象がある。扇形の席の正面には黒いローブ姿の若い裁判長がいて、隣にはカールが座る。その両サイドには裁判に関わる人物なのだろう、難しい顔をした男達が列席している。
 扉の側には裁判所の役人なのだろう人物がついて、封鎖された。

「被告、チェルルの裁判を開始する。ここでの発言は公式な記録として残される。偽証は許されない」

 裁判長が宣言し、チェルルもそれを誓った。
 訴える側なのだろう、そこに座る四〇代らしい男が立ち上がり、声高に訴えた。

「この者はまごう事なきテロリストであります! こんな危険人物を帝国内部に入れる事は危険極まりない事。即刻処分を!」

 四〇代の小柄な男、ギネスはまるで演説でもしているような高圧的な声で言う。その隣にいる数人の若い男も腕を組んで頷いていた。

「異議あり」

 そう声を上げたのはギネスの対面の席にいつシウスだった。彼は静かに立ち上がると、紙面を読み上げた。

「確かにテロ行為はありましたが、それはやむにやまれぬ事情があってのこと。彼は主である現ジェームダル国王アルブレヒトを人質に取られ、キルヒアイスの命令に従わざるをえない状況にありました。行為自体、彼の意志ではありませぬ」
「今度はアルブレヒト王の命でこの国にスパイにきたに違いない」
「こんな分かりやすい潜伏などするか」

 鼻白むような声でシウスをバカにするギネスに、シウスは呆れた様子で答えている。

 やはり、一度失った信用を取りもどす事は難しいのか。どれだけ誠意を持って接しても、やった事は大きすぎる。国の王を、その王妃を殺そうとしたのだ。例え命令だとしても、事実は変わらないんだ。

「チェルル、お前は前ジェームダル国王キルヒアイスの命令でこの国に対するテロ行為を行っていた。そこに、間違いはないな」
「ありません」
「現国王アルブレヒトがもしも同じ事をお前に命じたとして、お前はそれに従うか」
「従いません。あの人がそんな事を俺に命じる事はないと思っていますし、例え命じられても俺は、もうこの国の人を傷つける事はできません」
「それは何故だ?」
「……俺は本当なら、とっくに死んでいてもおかしくはない状況でした。アルブレヒト様も、助けられなかった。そんな俺に……俺達に情けを掛けてくれたのはこの国の王であり、戦い続けていた騎士団でした。その恩義を、俺はずっと感じています」

 シウスが驚いた顔をしている。カールもニッコリと笑った。
 ずっと、思っていたことだった。殺されたって文句の言えないチェルル達を助けてくれた甘い、情け深い人達にどんな形で恩を返せるのだろうか。

「それだけじゃない。別荘地でハムレット先生と往診をしている時、俺に優しくしてくれた人達がいます。ニコニコしながらお菓子をくれたり、声をかけてくれたり。とても許されない事をしたのに、俺の事を助けてくれた人もいます。そんな人達をもう、俺は裏切れない」

 往診に行くと孫のように迎えてくれる老人達がいる。買い物に行く店の店主が、他愛ない会話をしておまけしてくれる。
 とても許される事じゃないのに、エルの人達が最後には助けてくれた。そして、もういいと言ってくれた。
 善人ばかりではないのは分かっている。でもチェルルは、側にあるこの笑顔を大事にしたい。大切なハムレットの側で、この人の輪の中で生きていきたくて戻ってきたのだから。

「口では何とでも言える!」

 ギネスは高圧的に言う。確かに、それも間違いじゃない。口では何とでも言えるし、嘘つきな人間は多い。
 では、どうしたら信じて貰えるのだろうか。どうしたらチェルルは危険ではないと証明できるのだろう。言葉も心も疑われているのなら、目に見える形で危険を取り除く他にないんじゃないか。

「相応の罪を負わせるべきです!」
「彼は帝国への貢献もしております!」
「……どうしたら、俺に帝国への敵意がないと証明できますか?」

 沈んだ声が割って入る。それはどんな声よりも響いて聞こえた。
 被告人席に立ったまま、チェルルは震えるように自らの手を握る。そしてそれを、スッと前に出した。

「俺は、この国に大切な人ができました。一生、その人の側にいたいんです。その為に戻ってきました。その人の事を、愛しています。離れる事は考えたくないんです。お願いです、俺に支払えるものなら何だって支払います。両腕を潰されても、足を切られても、その人の側にいられる為なら構いません。残りの時間をその人の側で過ごせるなら、何でも差し出します」

 これが、チェルルの覚悟だった。ハムレットの側にいたい。囚われるのではなく、ただ側に。彼は傷物でもいいと言ってくれた。それなら、怖くない。例え腕を取られても、一生歩けなくてももういいんだ。戦いは終わって、もう誰を殺める事もしなくていいんだから。

 場が、静まった。シウスが悲痛そうな顔でこちらを見て、ギネスすらも目を見開いている。カールは驚きながらも悲しそうに、こちらを見ていた。

「お願いします」

 深々と頭を下げた。その時、バンッと大きな音を立てて法廷の扉が開いた。

「そんな必要はないよ」

 声に、顔を上げた。そこにはハムレットが立っていて、側には見知らぬ男が縛られた状態で突き出される。それを見たギネスは明らかに狼狽した様子をみせた。

「その男がこの裁判を起こした本当の理由は、罪人の罪を問う為ではない。ヒッテルスバッハへの縁が深い者をダシに、当家に裏取引を持ちかける為に声高に訴えているに過ぎません」
「そんな事はございません!」
「では、この男が当家の商人達に何を交渉していたのか。当家にどんな取引をもちかけたのか、ここで特別な証人として話させましょうか」
「今はそんな事を問う場ではない!」
「いいや、関わりがある!」

 ハムレットの強い声に場が大きく揺らぐ。彼は歩み寄り、裁判長とカールに一礼して書面を提出した。

「……これは、どういう事だ」

 裁判長の鋭い視線がギネスを睨む。その間に、ハムレットは他の列席者にも同じ書面を配っていた。場が騒然として「まさか」とか「これは本当なのか」という疑念の声が沸いた。

「裁判を取り下げて欲しければ、ジェームダルとの取引を辞退しろ。さもなくば彼の国のテロリストを極刑に追いやってやる。そう言ってヒッテルスバッハ家へ圧力をかけたとあるが?」
「でたらめです!」
「随分、財産をつぎ込んだようじゃの。損失が大きい。陛下、これが本当だとすればそこの者を取り調べる必要性が出てくる事になりますが」
「そう、だな。裁判を起こした理由がそもそも不純なものであったとすれば、罪を問われるのはどちらか、はっきりさせなければならない」

 カールの言葉に、ギネスはビクリと震える。引き立てられた男は裁判所の役人が引っ張りあげて取調室へと連行されていった。そしてその場で、ギネスに対する家宅捜索も許可が下りたのだ。

「さて、チェルルの処分だが」

 裁判長が腰を折られたと言わんばかりの様子で溜息をつく。チェルルはそれにビクリと体を震わせて視線を上げた。

「裁判については改めてやり直す事となるだろう。だが、牢を出る事を許可する。判決は……陛下、如何致しましょうか?」
「一週間後くらいでいいかな。私としては今後生まれる我が子の恩赦を早めに彼に与えてもいいと思っている。シウス、彼は信用できるかい?」
「勿論です。アルブレヒト王奪還は彼なくしては時間がかかった事でしょう。そればかりではない。ルースの乱で商人達の家族が囚われた際も、彼が動いて無事に人質を解放できたからこそ、戦場への医薬品流通が戻りました。これによって多くの民と兵士が助かりました。この功績は忘れてはなりません。他にも東砦をターゲットにした水源汚染を阻止したのも彼だと報告を受けております。十分な貢献かと」

 それらの調書は既に裁判官の手元にあるようで、彼も深く頷いた。

「判決までの時間、指定された家での生活を命じる。裁判所の役人を常に配置する事になるが、騎士団の人間と申請のある者の面会を許可する。逃げれば罪を逃れられない事を念頭に過ごしなさい」

 それを告げると、裁判長は木槌を打って閉廷を宣言する。
 ギネスは役人につれていかれ、チェルルの側にはハムレットがきて、ギュッと強く抱きしめられた。

「先生……」
「バカ猫。君の腕や足がなくなったら、僕はどれだけ苦しいか分かってるのかい? どれだけ悔いたって、戻ってこないんだよ? そんな事になるくらいなら、僕がこの国を捨てる」
「ダメだよ!」
「ダメじゃない! 君が傷つくくらいなら、僕は今の生活なんて簡単に捨てられる。幸い、医者なんてのはどこでだって引く手数多なんだからね」

 抱きしめる腕が微かに震えて、苦しそうな声で伝えられる言葉が落ちてくる。チェルルは素直にその胸に顔を埋めて、頷いた。

「おかえり、チェルル」
「ただいま、ハムレット」

 小さく互いに告げた言葉が、ようやくチェルルの胸に安堵を与えたのだった。
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