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6章:ぞれぞれの新年
9話:悔しい思いを胸に(エリオット編)
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新年明けて二日目、エリオットは剣を片手に屋内修練場へと足を向けた。オスカルは本格的にリハビリを開始し、腕の可動域を増やしたり木刀を握っての訓練をし始めた。その合間に来たのだ。
悔しかった……
建国祭での事件は、ただそれに尽きた。失うかもしれないという混乱からパニックになった。あの時ハムレットがいなければ冷静さを失ってしまってより危険だっただろう。そのくらいには出血が多かった。
そして冷静になった後は、ひたすら怒りがこみ上げた。他人に対してではない、自分に対してだ。
ナイフが迫るあの時に、身をかわす動きをどうにか取ればよかったのだ。もしくは、致命傷を避けて受ければよかった。恐怖に視線を逸らすなど、あってはならなかった。
弱くなったのだと感じた。修練は行っているが、騎兵府にいた時とは違い毎日ではない。医療府の手が空いた時、しかも一時間程度やれれば十分くらいだ。こんなの、温かったんだ。騎士である以上、自分の身くらいは守れなければならないというのに。
腰に差したレイピアを知らず弄っていた。そうして修練場の扉を開けると、意外な人物がそこに立っていた。
ピリピリとした空気の中に佇むシウスは、細い剣の上にリンゴを一つ乗せている。それを、切っ先で遊ぶように数度弾ませると、ほんの僅か宙に放った。
銀線が走るような動きだ。四方八方、リンゴは僅かに角度を変えても次の瞬間には軌道を修正され、まるで空中に静止しているかのごとく動かない。そのまま、高速で行き交う剣に皮を剥かれて、やがてまた切っ先の上に止まった。その時にはリンゴは綺麗に皮を剥かれた状態で乗っている。
「相変わらずですね、シウス」
拍手と共に賛辞を述べれば、シウスは苦笑してリンゴを放り、真っ二つにして手の平に乗せ、片方をエリオットへと投げた。
「珍しいの、エリオット。さては腹に据えかねたか?」
「お互い様だと思いますが?」
ニッコリと笑って、貰った物を胃におさめる。そうして、シウスの前に立った。
「貴方も随分、悔しい思いをなさったのでしょ?」
「左様じゃ。故にこうして剣を振るっておる」
「相変わらずのキレですよ。貴方の剣はとても速くて的確です。更に視野が広い。しっかり仕込んでいますよね?」
問えばニヤリと笑い、頷いた。
シウスという人は力こそ強くはない。だが、的確な判断力と広い視野を持ち、その切っ先は実に繊細だ。そして、自らの欠点をよく理解している。故に一撃必殺のような行動は取らない。相手を無力化する事を考えている。
戦場に直接出る事がなくなって数年になる。剣技もそこそこになったと言っていたが、昨年あったエルの襲撃事件は彼にとって自らを見直す切っ掛けとなったのだろう。往年の力を取り戻し始めたに違いない。
「エリオット、久々にやらぬか?」
問われ、エリオットも笑って頷く。ウォームアップをして、エリオットはシウスと向き合った。
エリオットも剣を握るのは久しぶりだった。本格的に体を元に戻す為に動き出したのは本当に数日前からなのだ。
「では、やろうか。怪我のないように頼む」
「平気ですよ。怪我をしたら治療してさしあげます」
「おや、それは私ばかりが怪我をするようないいようぞ。あまり見くびって貰ってはこまるのだぞ」
「ではとりあえず、私の剣を避けて下さいね」
にこりと笑ったエリオットは構え、シウスも構える。そうしてしばし、緊張した空気が走った。
僅かに空気が揺らぐ、その瞬間エリオットは前に出た。正確無比なレイピアの一撃は相手の肩を刺し貫く勢いと正確さがある。だが、シウスは完全に読んでいたのだろう、身を低く交わし逆に懐に入り込んでくる。
剣が横に薙ぐ前に、エリオットは後方へと飛んだ。だがその体めがけて紐のついた短刀が飛んでくる。これに捕まると面倒だ。弾き飛ばし逆に前へ。迫り、今度は胴を狙って突き入れる。だが、細剣がこれを受け止めた。
レイピアは無理をすれば折れる。弾かれれば力任せに攻める事はしない。体勢を整え場を整えて、更に数度。それを完璧にシウスは弾いている。
死角を取りたい所だ。エリオットは投げられた短刀を弾き、それを手にシウスへと投げ返す。思わぬ反撃に剣で短刀を弾いたそこがチャンスだ。レイピアの一撃がシウスの手首、剣を持つ腕を狙って突きこむ。
だがそれは飛んできたチャクラムの切っ先に弾かれてしまった。
「「!!」」
「はい、ストップ」
戸口で声がして、思わずシウスと顔を見合わせた。
「ラウル!」
「オスカル!」
戸口にいる二人は苦笑しながらも腕を組んでいて、ゆっくり近づいてくる。そして、それぞれのパートナーの側に立った。
「もぉ、あまり殺気立たないでよ。エリオット、お医者さんなんだよ」
「すみません」
「シウス様も、気を付けてください。もう少しで手首に穴が開きましたよ」
「すまぬラウル」
互いに怒られ、シュンとする。だが次には顔を見合わせて苦笑し、声を上げての笑みとなった。
「やはりエリオットの剣は恐ろしいの。正確無比で、尚且つ全てが急所を狙っておる。一撃で殺せる、無駄のない動きは健在か」
「シウスだってさすがですよ。剣と短刀、紐を使っての拘束など、やることが多才です。視野が広くないととても出来ません」
握手をして、互いをたたえ合う。そしてお互いに「やりづらい」という苦笑を見せた。
シウスとは昔から組んで修練を行っていた。だが、互いにやりづらい相手だ。どちらも技術派で、力はないが手数が多くどこから襲ってくるか分からない。そういうタイプだ。
これがファウストならばもう少し楽だ。明らかに勝てない。彼の剣はパワー型だがそのくせ速さもある。そもそもの間合いが違う。彼が好む長い剣はリーチが長く大ぶりだというのに速い。どうしてあの化け物を普通の剣と同じ速さで振れるのか、いっそ疑問だ。そして彼はとにかく頑丈だ。
「それにしても、どうして二人とも突然剣の修練なんて始めたわけ? 普段剣なんて持たないでしょ?」
未だ平時は腕を吊っているオスカルが、実に疑問そうに言う。その言葉にカチンと来たエリオットだが、どうやらそれはエリオットだけではなかったようだ。シウスも嫌な顔をして睨み付けている。
「騎士が剣の鍛錬をして、なんぞ問題があるのかえ?」
「え? ないけれど……」
「では、余計な事を言うでない」
不機嫌に言われ、オスカルは戸惑った顔をしてエリオットを見る。それに、エリオットもニッコリ笑った。
「以下同文、です」
「あぁ……はい」
大人しく引き下がったオスカルに、エリオットとシウスは笑った。
「エリオット、たまに相手をしてくれ。昔のようにの」
「構いません。私と貴方は決着がついていませんからね」
そう言って互いに笑い、健闘を称え、強さを称え。そしてまた少しずつ前へ。大切な人を、失わない為に。
悔しかった……
建国祭での事件は、ただそれに尽きた。失うかもしれないという混乱からパニックになった。あの時ハムレットがいなければ冷静さを失ってしまってより危険だっただろう。そのくらいには出血が多かった。
そして冷静になった後は、ひたすら怒りがこみ上げた。他人に対してではない、自分に対してだ。
ナイフが迫るあの時に、身をかわす動きをどうにか取ればよかったのだ。もしくは、致命傷を避けて受ければよかった。恐怖に視線を逸らすなど、あってはならなかった。
弱くなったのだと感じた。修練は行っているが、騎兵府にいた時とは違い毎日ではない。医療府の手が空いた時、しかも一時間程度やれれば十分くらいだ。こんなの、温かったんだ。騎士である以上、自分の身くらいは守れなければならないというのに。
腰に差したレイピアを知らず弄っていた。そうして修練場の扉を開けると、意外な人物がそこに立っていた。
ピリピリとした空気の中に佇むシウスは、細い剣の上にリンゴを一つ乗せている。それを、切っ先で遊ぶように数度弾ませると、ほんの僅か宙に放った。
銀線が走るような動きだ。四方八方、リンゴは僅かに角度を変えても次の瞬間には軌道を修正され、まるで空中に静止しているかのごとく動かない。そのまま、高速で行き交う剣に皮を剥かれて、やがてまた切っ先の上に止まった。その時にはリンゴは綺麗に皮を剥かれた状態で乗っている。
「相変わらずですね、シウス」
拍手と共に賛辞を述べれば、シウスは苦笑してリンゴを放り、真っ二つにして手の平に乗せ、片方をエリオットへと投げた。
「珍しいの、エリオット。さては腹に据えかねたか?」
「お互い様だと思いますが?」
ニッコリと笑って、貰った物を胃におさめる。そうして、シウスの前に立った。
「貴方も随分、悔しい思いをなさったのでしょ?」
「左様じゃ。故にこうして剣を振るっておる」
「相変わらずのキレですよ。貴方の剣はとても速くて的確です。更に視野が広い。しっかり仕込んでいますよね?」
問えばニヤリと笑い、頷いた。
シウスという人は力こそ強くはない。だが、的確な判断力と広い視野を持ち、その切っ先は実に繊細だ。そして、自らの欠点をよく理解している。故に一撃必殺のような行動は取らない。相手を無力化する事を考えている。
戦場に直接出る事がなくなって数年になる。剣技もそこそこになったと言っていたが、昨年あったエルの襲撃事件は彼にとって自らを見直す切っ掛けとなったのだろう。往年の力を取り戻し始めたに違いない。
「エリオット、久々にやらぬか?」
問われ、エリオットも笑って頷く。ウォームアップをして、エリオットはシウスと向き合った。
エリオットも剣を握るのは久しぶりだった。本格的に体を元に戻す為に動き出したのは本当に数日前からなのだ。
「では、やろうか。怪我のないように頼む」
「平気ですよ。怪我をしたら治療してさしあげます」
「おや、それは私ばかりが怪我をするようないいようぞ。あまり見くびって貰ってはこまるのだぞ」
「ではとりあえず、私の剣を避けて下さいね」
にこりと笑ったエリオットは構え、シウスも構える。そうしてしばし、緊張した空気が走った。
僅かに空気が揺らぐ、その瞬間エリオットは前に出た。正確無比なレイピアの一撃は相手の肩を刺し貫く勢いと正確さがある。だが、シウスは完全に読んでいたのだろう、身を低く交わし逆に懐に入り込んでくる。
剣が横に薙ぐ前に、エリオットは後方へと飛んだ。だがその体めがけて紐のついた短刀が飛んでくる。これに捕まると面倒だ。弾き飛ばし逆に前へ。迫り、今度は胴を狙って突き入れる。だが、細剣がこれを受け止めた。
レイピアは無理をすれば折れる。弾かれれば力任せに攻める事はしない。体勢を整え場を整えて、更に数度。それを完璧にシウスは弾いている。
死角を取りたい所だ。エリオットは投げられた短刀を弾き、それを手にシウスへと投げ返す。思わぬ反撃に剣で短刀を弾いたそこがチャンスだ。レイピアの一撃がシウスの手首、剣を持つ腕を狙って突きこむ。
だがそれは飛んできたチャクラムの切っ先に弾かれてしまった。
「「!!」」
「はい、ストップ」
戸口で声がして、思わずシウスと顔を見合わせた。
「ラウル!」
「オスカル!」
戸口にいる二人は苦笑しながらも腕を組んでいて、ゆっくり近づいてくる。そして、それぞれのパートナーの側に立った。
「もぉ、あまり殺気立たないでよ。エリオット、お医者さんなんだよ」
「すみません」
「シウス様も、気を付けてください。もう少しで手首に穴が開きましたよ」
「すまぬラウル」
互いに怒られ、シュンとする。だが次には顔を見合わせて苦笑し、声を上げての笑みとなった。
「やはりエリオットの剣は恐ろしいの。正確無比で、尚且つ全てが急所を狙っておる。一撃で殺せる、無駄のない動きは健在か」
「シウスだってさすがですよ。剣と短刀、紐を使っての拘束など、やることが多才です。視野が広くないととても出来ません」
握手をして、互いをたたえ合う。そしてお互いに「やりづらい」という苦笑を見せた。
シウスとは昔から組んで修練を行っていた。だが、互いにやりづらい相手だ。どちらも技術派で、力はないが手数が多くどこから襲ってくるか分からない。そういうタイプだ。
これがファウストならばもう少し楽だ。明らかに勝てない。彼の剣はパワー型だがそのくせ速さもある。そもそもの間合いが違う。彼が好む長い剣はリーチが長く大ぶりだというのに速い。どうしてあの化け物を普通の剣と同じ速さで振れるのか、いっそ疑問だ。そして彼はとにかく頑丈だ。
「それにしても、どうして二人とも突然剣の修練なんて始めたわけ? 普段剣なんて持たないでしょ?」
未だ平時は腕を吊っているオスカルが、実に疑問そうに言う。その言葉にカチンと来たエリオットだが、どうやらそれはエリオットだけではなかったようだ。シウスも嫌な顔をして睨み付けている。
「騎士が剣の鍛錬をして、なんぞ問題があるのかえ?」
「え? ないけれど……」
「では、余計な事を言うでない」
不機嫌に言われ、オスカルは戸惑った顔をしてエリオットを見る。それに、エリオットもニッコリ笑った。
「以下同文、です」
「あぁ……はい」
大人しく引き下がったオスカルに、エリオットとシウスは笑った。
「エリオット、たまに相手をしてくれ。昔のようにの」
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