恋愛騎士物語2~愛しい騎士の隣にいる為~

凪瀬夜霧

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11章:バロッサ盗賊捕縛作戦

11話:見えた影(クラウル)

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 バロッサからの急使が駆け込んできて三十分後、宿舎に馬車が到着した。同行のゼロスは苦笑し、エドワードが頭を下げる。
 宿舎内部に負傷した容疑者を運び込み、クラウルは早速仕事にかかった。

 クラウルの仕事は情報を集め不穏分子をあぶり出したり、経過観察をして順序立てて討伐作戦を行う、その順序立てに必要だ。
 それと同時に、容疑者を喋らせる事が一つある。

 目の前の男は傷の手当てもそこそこに椅子に括り付けられている。睨み付ける目は不満がある。だが、それほど強い意志はない。少なくとも、死んでも話さないという様子はなかった。

「さて、始めるか。名は?」

 問いかけにも答えは返ってこない。睨み付け、視線を外す。
 こういう人間をひとまず聞けるようにする方法は知っている。クラウルは傷ついて縛っている部分を、軽く押した。

「!」
「名は?」

 痛みに体を大きく震わせた男の目に、怯えが見える。
 上々だ、物わかりがいい。正直に話すならそれが一番だ。
 傷から手をどけ、正面に立った。

「お前、傭兵だな」
「なっ!」
「鍛えてはいるが、そこまでだ」

 声が聞こえた。これなら話すだろう。静かに問いかけつつも男から視線は外さない。
 男はプライドを刺激されたのか、恨みがましい目をしている。

「仕事にあぶれて同職を襲ったのか?」
「そんな事するか!」
「ほぉ? 俺の目にはそのようにしか映らない。あの男から金品でも巻き上げてやろうと」
「そんなのあのカスが持ってるかよ! あいつが余計な事を!」

 言いかけて、口をつぐむ。言ってはいけない事を口にした、その恐れ。顔色が変わり、様子がそわそわと落ち着きがない。目が泳ぎ、途端に静かになった。

「余計な事?」
「……」

 追求するように視線を合わせても、男はそらす。見えるのは仲間意識ではなく、恐怖。言うことで自らにかかる恐ろしい事を想像し、口をつぐんでいる。
 なんて簡単な。クラウルは口の端を上げた。そして、誘惑を囁いた。

「大人しく話すなら、事件解決に協力したということで罪を軽くする事もできるぞ?」
「……え?」

 頼りない目は縋るものだ。こちらに希望を見た、そういう顔だ。呆け、そして考える。だが知っている。これだけの誘惑で表情を変える人間は、簡単に乗ってくる。

「お前に命じた者の正体を、知っている事を話せば協力的な態度を加味して裁判を行う。お前が望むなら、命じた奴らから隔離してやろう。どうだ?」
「それは」

 単純な、そして忠実な脳みそで考えろ。何が得なのかを。庇うものの価値の低さを。答えは簡単なはずだ。

「名前は?」

 クラウルの問いかけに、男はしばらく無言の後に口を開いた。

◆◇◆

 取り調べは三十分とかからずに終了した。自らの名を口にした男はそこからスルスルと話し出した。心に守るべきものを持たない相手はこんなにも簡単だ。そもそもの仲間意識も薄いのだから。

 シウスの執務室には既にファウストとゼロス、そして協力者のエドワードがいる。そこに入っていき、クラウルもソファーに座った。

「どうであった?」

 シウスの静かな問いかけに、クラウルは頷いた。

「今回の盗賊事件の背景に、傭兵ギルドがいるのは間違いがない」

 この言葉に衝撃を受けたのはバロッサに住むエドワードだ。悪い噂を聞くとは言っていたが、予想以上の腐敗状況だったのだろう。

「どうやらギルドには、流れの傭兵と常駐の傭兵がいるようだ。今回の事件で襲撃を行っているのは常駐の傭兵。それらを指示しているのは、バロッサ傭兵ギルドのマスターだ」

 これにはさすがに、ファウストも眉根を寄せる。
 だが意外にもゼロスは表情を変えなかった。捜査をしている段階で何かを疑っていたのだろう。

「傭兵ギルド単独の事件か」

 ファウストの問いは硬い。クラウルは首を横に振った。

「捕まえた男も下っ端で、詳しくは知らないらしい。だが、耳ざとい男だった。これは、傭兵ギルドのギルドマスターへ直々に申し込まれた依頼だ」
「依頼かえ?」
「あぁ。商人からのな」

 シウスの瞳が鋭くなり、尖るような鋭い気配が流れる。それはファウストも同じだろう。
 ゼロスだけは凪いでいる。むしろ、繋がったことに納得している。
 そしてエドワードは、顔色を青くした。

「ランバートの仮説が当たったか」

 腕を組んだファウストは、明らかに動きたい顔をしている。案じているのだろう。

「報酬は何だと言っておったのだ?」
「奪った荷。上質ではなくてもそれなりの価値だから高く売れた。依頼もなくて困窮している奴らには十分すぎる報酬だ」
「上手く考えたものぞ。商人は代行業者を欺して上質な品と保険金を受け取り、品はブラックマーケットに。傭兵は奪った品を報酬として、他へ売りさばく。結果、品物は双方の手元には残らず、証明は難しい」

 全てに旨味があり、行いたい理由がある。
 だがこの件はそれを証明する事が難しい。現行犯、もしくは品物が手元にあって追求できなければ困難だろう。書類にはおかしな点はなく、証言のみでは覆る可能性がある。

「ブラックマーケットは、どうなっている?」
「商業ギルドのミネルヴァ殿とフォックス殿の協力で話を掴んだ。三日後の夜だ」
「三日後、バロッサから王都に向けて代行業者の馬車が走ります」

 ゼロスの言葉に全員が頷く。どうやら、叩くならそこだ。

「一斉検挙じゃの」
「あぁ」

 ファウストの目も光を増す。そして、具体的な話を始めた。

「チームは四つ。王都ブラックマーケット、盗賊、ギルドマスター捕縛、商人達の証拠上げじゃ」
「ブラックマーケット、盗賊捕縛は腕に自信のある者を少し多めに取る。バロッサ内部はどうする?」
「人をそれとなく入れる。盗賊の捕縛は悟られるとまずい。逃げられないようにしなければならないだろう」
「当日の馬車の護衛はコンラッド達が行う事が決まっているそうです。実質、バロッサ内部に残れるのは俺とランバート、エドワードさんの三人のみです」
「少ないの。商人の検挙は宰相府も加勢しよう。品の目利きも必要じゃ。それに、奴らは逃走さえさせねば危険は少ない」

 見えてきた。そうなるとバロッサ内部で危険なのは、ギルドマスターの捕縛だ。

「事前に森に部隊を潜ませておく。馬車を囮に傭兵達が現れて囲んだ所を更に外側から包囲する」

 ファウストの指示は的確だろう。他にも、マーケットを潰して貰わなければならない。

「宰相府の人間はそれとなく一般人の格好で町に向かわせる。三日あれば、それなりの人を入れられるであろう」
「暗府からも人を出そう。商人に逃げられた時、追尾させる」
「俺とランバートはギルドマスターの捕縛でいいのでしょうか?」

 ゼロスの静かな声に、周囲から視線が向かう。その中で堂々、ゼロスは皆を見回した。

「ここまできて、抜け者は納得しません。最後まで仕事をさせてください」
「だが」
「俺もランバートも騎士です。傭兵に負けたりはしません」

 堂に入った声と表情は手柄を横取りするなと言わんばかりだ。
 同じ事を感じたのだろう、シウスもファウストも目を見合わせ、次に場違いに笑った。

「よい目じゃ、ゼロス。あぁ、頼む。そちらをまかせるぞえ」
「町に被害のないように、逃走されないように気を付けろ。責任ある仕事だ」
「勿論です」

 ニッと笑うゼロスの視線が、一瞬クラウルを捕らえる。光るような視線にクラウルも苦笑しつつ手を上げた。

「俺もバロッサに入る」
「「は?」」

 シウス、ファウスト、ゼロス。三方からの視線にクラウルの方が驚く。別におかしな事を言った覚えはないのだが。

「事件は王都とバロッサ、両方で起こっている。王都側の指揮と責任はファウストとして、バロッサの方はどうする。俺が行くのが妥当じゃないのか?」
「それは……そうかもしれぬが」

 しばし考えた後、シウスも決めたように顔を上げる。

「クラウル、バロッサを頼む。ゼロス、有事の際にはクラウルの指示を仰げ。よいな」
「はい、畏まりました」

 丁寧に体を折って対応したゼロスだが、その視線の鋭さはどこかクラウルを責めている。そんな感じがあり、クラウルは内心苦笑した。


 解散後、一旦暗府の執務室に戻ってから自室へと上がって行く。その途中、階段の脇にゼロスが立っていた。

「お前」
「少しだけ、よろしいでしょうか?」

 いつも通りの声。だが明らかに不機嫌だ。ある程度の予想もしているのでクラウルは苦笑して頷き、そのまま自室へとゼロスを招いた。

 ここにファウスト達以外を招いたのは初めてだ。ゼロスは落ち着いた様子で室内を見回している。その側に立てば、やはり睨まれた。

「無用の気遣いです」

 色々な情報の欠如した言葉。だが、さっきの今だ、言いたい事は分かる。苦笑すれば更にきつい視線がクラウルを射た。

「貴方に責任を負わせるつもりなどありません」
「分かっている。だが、今回の事は既にお前達に任せる規模を越えている。本来三年目だって、これほど規模の大きな事件を扱わない。それでもシウス達がお前達を主として解決させたいのは、ここまでの功績と期待があるからだ。俺はそれに保険をかけただけだ」

 側にいれば最悪、現場の指揮を執れる。
 なにより、もしも最後の詰めで何かしらの失敗をすれば一番の責任はリーダーであるゼロスへと行く。減俸、降格、謹慎。一般人への被害なども予想される町中での捕り物は様々な事が考えられる。その全てをゼロスに負わせるのは酷だった。

「……貴方にだって、責任など負わせられません」

 僅かに俯いて呟く言葉に、クラウルは瞳を緩め距離を縮める。そしてそっと顔を上げさせて、口づけた。
 甘く腰に響くように、ゆっくり時間をかけて味わっていけば最初は硬い様子のゼロスも委ねるように力が抜ける。

「いきなり何するんですか」
「健気で可愛かったものだから」
「俺が可愛い?」

 目を丸くするゼロスを笑う。何を今更そこで驚くんだ。思わず破顔してしまった。

「健気というのは十分に可愛くないか?」
「俺はそれほど健気ではありません。貴方が俺の尻拭いをして、何かしらの処分を受けたら申し訳ないと思うから言うのです」

 そういう気遣いを健気と言うように思うのだが。だが、この際ゼロスの気持ちにどんな言葉がついてもそこはどうでもいい。大事なのは、今はこのまま側にいたいと思う気持ちのほうだ。

「俺がしくじると思うのか? それに、心配もしていない。お前もランバートも、ここでしくじるような事はしないだろ?」

 問えば薄茶の瞳が見上げてくる。そして次にはなんとも鋭い笑みが返ってきた。

「勿論です」

 そう、自信たっぷりに言うゼロスに笑い、クラウルはもう一度だけキスをした。
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