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12章:騎士の休息
6話:【ゼロス編】秘密基地の夜
変わらない平日の夕方、ゼロスは手に袋を抱えて家路を急いだ。
向かったのはクラウルの秘密基地、休暇を過ごす場所だった。
バロッサの事件後、ゼロスはランバートの落ち込みようを見て何があったのかを直接聞いた。だが、彼が話てくれる事はなかった。
聞いたのはクラウルからだった。単独行動について、責めを受けた事を。
止めなかったのはゼロスだった。もう少しだけ時間をもらい、レイバンかボリス、チェスターを一人つければ良かった。
思っても後の祭りだ。それと同時に、リーダーというものの難しさと重責を知った。今回はファウストが間に合ったからよかった。けれどもし誰もランバートを助けにいかなければ、今頃ランバートは敵の手に落ちているか、命を落としていたかもしれない。
その可能性に思い至った瞬間に、背が冷たくなった。判断一つで仲間が死ぬ事がある。その想像に、重責に震えた。
幸いにしてシウスからは作戦の概ね成功と、ランバートの単独行動への処罰はない事を伝えられた。もしもランバートが何かしらの処分を受けるなら、ゼロスも処分を願い出るつもりでいた。
任されたのはゼロスで、あの場で許可を出したのもゼロスなのだから、ランバートだけが責めを受けるのは間違っている。彼よりも重い罰を受けるのは当然と思っていた。
だが、そうはならなかった。たった一言「休暇が終わったら報告を兼ねて反省会をせよ」との事だった。
何にしても、休暇となった。ゼロスは攫われるようにクラウルの秘密基地につれてこられ、ここで三日を過ごす約束をした。
とは言え、クラウルは普通に仕事をしている。日中はわりと暇で、本を読んだりゴロゴロしたり。体中についた傷が未だに少し痛む事もあって、温かな部屋でのんびりと過ごしている。
傷は幸い縫うようなものはなかった。ただ、数は思いのほか多かった。薬を塗って、ガーゼを当てて軽く止めている。日に二度、そうして傷に薬を塗ってくれるのはクラウルだったりする。
距離はより近づいた。触れる事など叶わないと思っていた時から考えれば、もう吐息を感じる距離に。唇が触れ、体温を感じ、心音に身を預ける程に。
そんな事を考えてふと苦笑して、ゼロスは部屋の鍵を開けて中へと入った。そして、申し訳程度のキッチンに荷物を置いた。
今日の夕食は鮭のムニエルとポトフ、パンを買ってきた。ムニエルは惣菜などを量り売りしている下町で、味見をして買ってきた。
戻ってきて、今朝からこっそりと用意していた鍋に再び火を入れる。料理などあまり経験はないが、これなら簡単だった。タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、セロリ、カブといった野菜に、ウィンナーを入れてコトコトと煮込んでいる。味を軽く調えればどうにか格好がついた。
「まぁ、及第点だな」
味見をして、ゼロスはフッと笑った。喜んで貰えればいいが。そんな事を思う。
外食でも構わないのだが、何かを返せればと思ってしまった。それに、ゆっくりとした時間を過ごしたいとも。明日は安息日だし、休みは明日まで。明後日からは仕事に復帰する。その前には、少しのんびりと。
そうしていると鍵の開く音がする。そして、私服に着替えて帰ってきたクラウルが、少し驚いた様子でキッチンに立つゼロスを見た。
「お帰りなさい」
「あぁ、ただいま。料理か?」
「えぇ、まぁ」
ゼロスの隣に並んだクラウルが、鍋の中を見て微笑む。温かなその笑みだけで、この努力が報われた気がした。
「まずは風呂に行こう。食事はその後でもいいか?」
「はい、構いません」
火を止め、簡単な入浴道具を持って部屋を出る。そうして、そう離れていない大衆浴場へと早い時間に向かっていった。
湯をもらって帰ってきても、まだ空は完全な闇に覆われたりはしなかった。暮色の下、まだ冷える空気に襟元を寄せれば、隣の人が視線を向ける。
「寒いか?」
「それほどは。でも、まだ季節的には冷えますね」
「あぁ。後少しすれば、雪も溶け始めるんだがな」
湯に火照った体が徐々に落ち着いて行く頃に、ゼロスは秘密基地へと帰ってきた。
鍋に再び火を入れ、ムニエルを温め直す。その間にクラウルは暖炉に火を入れた。
「手伝うか?」
「では、テーブルを拭いてパンを切って頂けますか?」
「あぁ」
テーブルを丁寧に拭き、買ってあったパンを切る。それをバケットに入れて真ん中に置き、ワイングラスを二つ用意している。
その間に料理も温まり、それらを器に盛り付けるとすかさずなくなっていく。クラウルはキビキビとテーブルにそれらを並べていく。
そうして対面に座り、夕食が始まった。
「どうですか?」
気にしていない様子で問いかければ、穏やかな笑みで「美味いよ」と返ってくる。何気ないこのやりとりを嬉しいと思えるくらいには満足だ。
「そう言えば、その後どうですか?」
食べながら問えば、クラウルは多少仕事の顔をして頷いた。
「まだ取り調べの段階ではあるが、商人達はしばらく商売ができないだろうな。傭兵ギルドの面々は実刑になる。シーザー・バインズは長く出ては来られないだろうが、生きている間には出られるだろう。バインズ家には咎めは行かないが、当主はかなり責任を感じていたな」
「そうですか」
一番罪の重いレーティスは逃げたままだ。それが一番気にはかかる。それでも、今はもうどうしようもない。
「それと、森に住んでいた子供達だが」
「どうなります?」
今回何かが救われたなら、一番はこの子供達だろう。彼らはその後騎士団によって保護された。そこまでは知っていたのだ。
「国として、難民申請をした。背中の焼き印については潰したんだが、刺青はな」
「ですよね」
刺青を消すには皮膚の移植という、とても大変な手術を受けなければならない。費用も莫大になるし、そこから感染症など起こせば命の危険も出てくる。現状、どうしようもないのだろう。
「だが、今後の生活と教育、仕事は確保できた」
「え?」
「クレミー・バインズが、せめてもの償いにと少年達全員を雇い入れた」
「え!」
これには少し驚いてしまった。確かに彼は事情を知っているし、少年達に同情的だ。しかも誠実であり、社会貢献などにも積極的な人物だったが。
「帝国の言葉を勉強させ、家や商売の手伝いをするかわりに衣食住と給金を払うそうだ。確かに商人であるあの男なら、ラン・カレイユの言葉も話せる。それに、彼らの家族の消息についても仕事の合間で構わないなら探してみるそうだ」
「そうですか」
よかった。とりあえずこれ以上苦しい思いはしないだろう。国の言葉が話せないのでは孤児院などにも入れない。それを思うと、どうなるのか心配だったんだ。
「安心したか?」
「はい。お手数をお掛けします」
「いや、当然のことだから気にするな」
そう言って、穏やかに微笑むクラウルを見つめる。とても優しい目をした人が、今回はとても大きく映った。
食事も終えて、ラグに腰を下ろしてのんびりとした時間を過ごしている。隣にはクラウルがいて、同じように寛いでいる。
仕事を一緒にして、分かった事があった。ここでゼロスと過ごす時間、彼は本当にリラックスしているのだということ。仕事の合間、穏やかにしていてもどこか空気に張りがあった。何かがあれば瞬時に動ける程度には。だが今は、本当にこの場の空気に委ねるように気を張っていない。
「落ち着きますか?」
「あぁ」
「今襲われたら出遅れますね」
「そうかもしれないな」
愉快そうに笑ったクラウルを見上げる。こんな事を言いながらも、この人はそんなヘマをしないだろう。
「そう言えば、ランバートの居場所が分かった」
「え?」
「ヴィンセントの所だ」
「……なぜ?」
皇帝カール四世の側近であるヴィンセントとランバートに、一体何の接点があるのか。疑問に首を傾げれば、クラウルはワインを飲みながら頷いた。
「ヴィンセントの奥方とランバートは旧知の仲だ。奥方が下町の出身だからな」
「そうなんですか!」
知らなかった。ということは、ランバートは感情を持て余して下町にでもいたのだろう。そこを拾われたか、お節介な仲間達が適任者に任せたか。
「ファウストが迎えに行った。ついでにしばらく休みを取るそうだ」
「上手く捕まえればいいですが」
「平気だ。あそこは互いに唯一無二になっている。今更忘れる事も、離れる事もできない。もしそれを選んだら、双方共に壊れていくだろう」
「いい事ではないように思いますが」
溜息をつけば、クラウルが隣で笑う。そんな日は来ないと確信しているように。
「平気だ、少し会話の時間が不足していただけだろう。じっくり話し合えば、互いの思いを知るだろう」
「そう願います」
ランバートには幸せになってもらいたい。それは、本心から思える。
多分状況が似ているからだ。とんでもない思い人を得て、そこに追いつきたくて互いにもがいているからこそ、同志のような気持ちがある。
「俺は最近、ランバートの気持ちが良くわかります」
「ん?」
「貴方に追いつきたい。認めてもらいたい。俺は男なので、貴方にしな垂れて生きる道は選べません。だからこそ、少しでもいいので近づきたいと思うのです」
昔は無謀だと思っていた。ランバートがどれだけ強くても、ファウストは更に上を行く。そこに追いつこうなんて、体を壊すだろうと思えた。
だが、今は分かる。追いつけなくても、多少は認めてもらいたい。こんな感覚は初めてだ。そして、これが男に恋をする厄介な部分なのだと知った。
クラウルは驚いたように目を丸くし、次には少し苦しそうに笑う。手が頭を撫でるのは反発があるのに嫌ではない。甘やかされているのを自覚して「俺は男だ」と思う反面、この大きな手に撫でられる事に従う心地よさも知っている。なんて厄介なんだ。
「俺は最近、ファウストの気持ちが分かるようになった」
「え?」
「頼もしくも思っているし、決して下に見ているわけでもない。それでも身を案じてしまう。遠く見えない場所で何かあれば。思えば痛むし、手放したくなくなる。お前がそれを嫌うと分かっていても、手を出したくなる。もしも傷を負ったと知れば、俺は駆け出すのだろうな」
弱い目が自嘲気味に笑い、触れる手がより柔らかくなる。気遣うような指の動きが、確かめるように触れてくる。
「ギルドでお前が倒れたとき、珍しく焦った。出血や痛み、精神的な疲労や終わった事への安堵からだと分かっていても、命の危険などないと分かっていても、胸が痛んだ。ファウストの事を笑えない。俺もよほど過保護だ」
自嘲気味な笑みが見下ろしてきて、柔らかく口づけられる。それを受け入れて、ゾクリと背に痺れが走るのを感じる。
「俺の中にはとっくに、お前が住んでいるのだろうな」
柔らかく、緩く、弱い目がそんな風に言って笑うのは反則だろうと思う。
ゼロスの中でもカッと熱が生まれてくるのだ。その熱は確実に心拍数を上げる。音が伝わってしまいそうなほど、強く早く。
「クラウル様」
「ん?」
「今夜俺を、もらってくれませんか?」
問えば、クラウルは驚いた顔をした。一瞬体も逃げる。だがゼロスは逃がさないようにその腕を捕まえた。
「嫌ならいいですが」
「いや……」
戸惑いながら、それでもクラウルは体をこちらに向けて見つめる。手が、触れる。確かめるように。
「いいのか?」
「時間をかけても踏ん切りがつきませんので、今がいいです。その気にはなりませんか?」
戸惑いが徐々に落ち着いて、色香のある男の顔になる。触れている手に引き寄せられ、深く口づけた。絡まる舌が、弄られる口腔だけで熱くなる。これ一つで、官能に火がつく。
「その気になったら、止められないぞ」
「勿論です。前回のような情けはいりません」
「……いいんだな?」
この期に及んでその確認は不要だ。それを示すように、ゼロスはシャツを脱ぎ始める。そして、傷の残る体を晒した。
「どうぞ」
色気のない誘い文句。だが、クラウルはそれを承知で乗ってくれた。
向かったのはクラウルの秘密基地、休暇を過ごす場所だった。
バロッサの事件後、ゼロスはランバートの落ち込みようを見て何があったのかを直接聞いた。だが、彼が話てくれる事はなかった。
聞いたのはクラウルからだった。単独行動について、責めを受けた事を。
止めなかったのはゼロスだった。もう少しだけ時間をもらい、レイバンかボリス、チェスターを一人つければ良かった。
思っても後の祭りだ。それと同時に、リーダーというものの難しさと重責を知った。今回はファウストが間に合ったからよかった。けれどもし誰もランバートを助けにいかなければ、今頃ランバートは敵の手に落ちているか、命を落としていたかもしれない。
その可能性に思い至った瞬間に、背が冷たくなった。判断一つで仲間が死ぬ事がある。その想像に、重責に震えた。
幸いにしてシウスからは作戦の概ね成功と、ランバートの単独行動への処罰はない事を伝えられた。もしもランバートが何かしらの処分を受けるなら、ゼロスも処分を願い出るつもりでいた。
任されたのはゼロスで、あの場で許可を出したのもゼロスなのだから、ランバートだけが責めを受けるのは間違っている。彼よりも重い罰を受けるのは当然と思っていた。
だが、そうはならなかった。たった一言「休暇が終わったら報告を兼ねて反省会をせよ」との事だった。
何にしても、休暇となった。ゼロスは攫われるようにクラウルの秘密基地につれてこられ、ここで三日を過ごす約束をした。
とは言え、クラウルは普通に仕事をしている。日中はわりと暇で、本を読んだりゴロゴロしたり。体中についた傷が未だに少し痛む事もあって、温かな部屋でのんびりと過ごしている。
傷は幸い縫うようなものはなかった。ただ、数は思いのほか多かった。薬を塗って、ガーゼを当てて軽く止めている。日に二度、そうして傷に薬を塗ってくれるのはクラウルだったりする。
距離はより近づいた。触れる事など叶わないと思っていた時から考えれば、もう吐息を感じる距離に。唇が触れ、体温を感じ、心音に身を預ける程に。
そんな事を考えてふと苦笑して、ゼロスは部屋の鍵を開けて中へと入った。そして、申し訳程度のキッチンに荷物を置いた。
今日の夕食は鮭のムニエルとポトフ、パンを買ってきた。ムニエルは惣菜などを量り売りしている下町で、味見をして買ってきた。
戻ってきて、今朝からこっそりと用意していた鍋に再び火を入れる。料理などあまり経験はないが、これなら簡単だった。タマネギ、ニンジン、ジャガイモ、セロリ、カブといった野菜に、ウィンナーを入れてコトコトと煮込んでいる。味を軽く調えればどうにか格好がついた。
「まぁ、及第点だな」
味見をして、ゼロスはフッと笑った。喜んで貰えればいいが。そんな事を思う。
外食でも構わないのだが、何かを返せればと思ってしまった。それに、ゆっくりとした時間を過ごしたいとも。明日は安息日だし、休みは明日まで。明後日からは仕事に復帰する。その前には、少しのんびりと。
そうしていると鍵の開く音がする。そして、私服に着替えて帰ってきたクラウルが、少し驚いた様子でキッチンに立つゼロスを見た。
「お帰りなさい」
「あぁ、ただいま。料理か?」
「えぇ、まぁ」
ゼロスの隣に並んだクラウルが、鍋の中を見て微笑む。温かなその笑みだけで、この努力が報われた気がした。
「まずは風呂に行こう。食事はその後でもいいか?」
「はい、構いません」
火を止め、簡単な入浴道具を持って部屋を出る。そうして、そう離れていない大衆浴場へと早い時間に向かっていった。
湯をもらって帰ってきても、まだ空は完全な闇に覆われたりはしなかった。暮色の下、まだ冷える空気に襟元を寄せれば、隣の人が視線を向ける。
「寒いか?」
「それほどは。でも、まだ季節的には冷えますね」
「あぁ。後少しすれば、雪も溶け始めるんだがな」
湯に火照った体が徐々に落ち着いて行く頃に、ゼロスは秘密基地へと帰ってきた。
鍋に再び火を入れ、ムニエルを温め直す。その間にクラウルは暖炉に火を入れた。
「手伝うか?」
「では、テーブルを拭いてパンを切って頂けますか?」
「あぁ」
テーブルを丁寧に拭き、買ってあったパンを切る。それをバケットに入れて真ん中に置き、ワイングラスを二つ用意している。
その間に料理も温まり、それらを器に盛り付けるとすかさずなくなっていく。クラウルはキビキビとテーブルにそれらを並べていく。
そうして対面に座り、夕食が始まった。
「どうですか?」
気にしていない様子で問いかければ、穏やかな笑みで「美味いよ」と返ってくる。何気ないこのやりとりを嬉しいと思えるくらいには満足だ。
「そう言えば、その後どうですか?」
食べながら問えば、クラウルは多少仕事の顔をして頷いた。
「まだ取り調べの段階ではあるが、商人達はしばらく商売ができないだろうな。傭兵ギルドの面々は実刑になる。シーザー・バインズは長く出ては来られないだろうが、生きている間には出られるだろう。バインズ家には咎めは行かないが、当主はかなり責任を感じていたな」
「そうですか」
一番罪の重いレーティスは逃げたままだ。それが一番気にはかかる。それでも、今はもうどうしようもない。
「それと、森に住んでいた子供達だが」
「どうなります?」
今回何かが救われたなら、一番はこの子供達だろう。彼らはその後騎士団によって保護された。そこまでは知っていたのだ。
「国として、難民申請をした。背中の焼き印については潰したんだが、刺青はな」
「ですよね」
刺青を消すには皮膚の移植という、とても大変な手術を受けなければならない。費用も莫大になるし、そこから感染症など起こせば命の危険も出てくる。現状、どうしようもないのだろう。
「だが、今後の生活と教育、仕事は確保できた」
「え?」
「クレミー・バインズが、せめてもの償いにと少年達全員を雇い入れた」
「え!」
これには少し驚いてしまった。確かに彼は事情を知っているし、少年達に同情的だ。しかも誠実であり、社会貢献などにも積極的な人物だったが。
「帝国の言葉を勉強させ、家や商売の手伝いをするかわりに衣食住と給金を払うそうだ。確かに商人であるあの男なら、ラン・カレイユの言葉も話せる。それに、彼らの家族の消息についても仕事の合間で構わないなら探してみるそうだ」
「そうですか」
よかった。とりあえずこれ以上苦しい思いはしないだろう。国の言葉が話せないのでは孤児院などにも入れない。それを思うと、どうなるのか心配だったんだ。
「安心したか?」
「はい。お手数をお掛けします」
「いや、当然のことだから気にするな」
そう言って、穏やかに微笑むクラウルを見つめる。とても優しい目をした人が、今回はとても大きく映った。
食事も終えて、ラグに腰を下ろしてのんびりとした時間を過ごしている。隣にはクラウルがいて、同じように寛いでいる。
仕事を一緒にして、分かった事があった。ここでゼロスと過ごす時間、彼は本当にリラックスしているのだということ。仕事の合間、穏やかにしていてもどこか空気に張りがあった。何かがあれば瞬時に動ける程度には。だが今は、本当にこの場の空気に委ねるように気を張っていない。
「落ち着きますか?」
「あぁ」
「今襲われたら出遅れますね」
「そうかもしれないな」
愉快そうに笑ったクラウルを見上げる。こんな事を言いながらも、この人はそんなヘマをしないだろう。
「そう言えば、ランバートの居場所が分かった」
「え?」
「ヴィンセントの所だ」
「……なぜ?」
皇帝カール四世の側近であるヴィンセントとランバートに、一体何の接点があるのか。疑問に首を傾げれば、クラウルはワインを飲みながら頷いた。
「ヴィンセントの奥方とランバートは旧知の仲だ。奥方が下町の出身だからな」
「そうなんですか!」
知らなかった。ということは、ランバートは感情を持て余して下町にでもいたのだろう。そこを拾われたか、お節介な仲間達が適任者に任せたか。
「ファウストが迎えに行った。ついでにしばらく休みを取るそうだ」
「上手く捕まえればいいですが」
「平気だ。あそこは互いに唯一無二になっている。今更忘れる事も、離れる事もできない。もしそれを選んだら、双方共に壊れていくだろう」
「いい事ではないように思いますが」
溜息をつけば、クラウルが隣で笑う。そんな日は来ないと確信しているように。
「平気だ、少し会話の時間が不足していただけだろう。じっくり話し合えば、互いの思いを知るだろう」
「そう願います」
ランバートには幸せになってもらいたい。それは、本心から思える。
多分状況が似ているからだ。とんでもない思い人を得て、そこに追いつきたくて互いにもがいているからこそ、同志のような気持ちがある。
「俺は最近、ランバートの気持ちが良くわかります」
「ん?」
「貴方に追いつきたい。認めてもらいたい。俺は男なので、貴方にしな垂れて生きる道は選べません。だからこそ、少しでもいいので近づきたいと思うのです」
昔は無謀だと思っていた。ランバートがどれだけ強くても、ファウストは更に上を行く。そこに追いつこうなんて、体を壊すだろうと思えた。
だが、今は分かる。追いつけなくても、多少は認めてもらいたい。こんな感覚は初めてだ。そして、これが男に恋をする厄介な部分なのだと知った。
クラウルは驚いたように目を丸くし、次には少し苦しそうに笑う。手が頭を撫でるのは反発があるのに嫌ではない。甘やかされているのを自覚して「俺は男だ」と思う反面、この大きな手に撫でられる事に従う心地よさも知っている。なんて厄介なんだ。
「俺は最近、ファウストの気持ちが分かるようになった」
「え?」
「頼もしくも思っているし、決して下に見ているわけでもない。それでも身を案じてしまう。遠く見えない場所で何かあれば。思えば痛むし、手放したくなくなる。お前がそれを嫌うと分かっていても、手を出したくなる。もしも傷を負ったと知れば、俺は駆け出すのだろうな」
弱い目が自嘲気味に笑い、触れる手がより柔らかくなる。気遣うような指の動きが、確かめるように触れてくる。
「ギルドでお前が倒れたとき、珍しく焦った。出血や痛み、精神的な疲労や終わった事への安堵からだと分かっていても、命の危険などないと分かっていても、胸が痛んだ。ファウストの事を笑えない。俺もよほど過保護だ」
自嘲気味な笑みが見下ろしてきて、柔らかく口づけられる。それを受け入れて、ゾクリと背に痺れが走るのを感じる。
「俺の中にはとっくに、お前が住んでいるのだろうな」
柔らかく、緩く、弱い目がそんな風に言って笑うのは反則だろうと思う。
ゼロスの中でもカッと熱が生まれてくるのだ。その熱は確実に心拍数を上げる。音が伝わってしまいそうなほど、強く早く。
「クラウル様」
「ん?」
「今夜俺を、もらってくれませんか?」
問えば、クラウルは驚いた顔をした。一瞬体も逃げる。だがゼロスは逃がさないようにその腕を捕まえた。
「嫌ならいいですが」
「いや……」
戸惑いながら、それでもクラウルは体をこちらに向けて見つめる。手が、触れる。確かめるように。
「いいのか?」
「時間をかけても踏ん切りがつきませんので、今がいいです。その気にはなりませんか?」
戸惑いが徐々に落ち着いて、色香のある男の顔になる。触れている手に引き寄せられ、深く口づけた。絡まる舌が、弄られる口腔だけで熱くなる。これ一つで、官能に火がつく。
「その気になったら、止められないぞ」
「勿論です。前回のような情けはいりません」
「……いいんだな?」
この期に及んでその確認は不要だ。それを示すように、ゼロスはシャツを脱ぎ始める。そして、傷の残る体を晒した。
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