恋愛騎士物語2~愛しい騎士の隣にいる為~

凪瀬夜霧

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12章:騎士の休息

8話:【レーティス編】踏みにじられる誇り

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 少し寒い潮風が髪を揺らす。進む船の縁から広がる海を見て、レーティスは遠い目をした。

「どうした、レーティス」

 背後から声がかかり、レーティスは視線を向けた。

「色々と」
「色々か」

 キフラスが隣に並び、同じように海を見る。それを感じながら、レーティスはふと視線を向けた。

「お手数かけました、キフラス」
「ん?」
「少し、油断をしたようです」
「あぁ」

 何でもない。そんな笑みを浮かべるキフラスの横顔を見て、その安らかさを見て、レーティスは懐かしくなった。こんな風に笑っている彼を見るのはどのくらいぶりか。

「あの騎士は、強かったか?」

 問われ、苦笑して頷く。それと同時に遠い目をした。

「強かったですよ」
「軍神の手ほどきだろうな」
「少しだけ、羨ましく思いました」

 静かなレーティスの声に、キフラスは僅かに視線を上げた。

「国の為、仲間の為、信念の為。騎士としての誇りを胸にした青臭い光がありました」

 そんなものが羨ましくてたまらない。レーティスはそんな光をとっくに失った。騎士としての誇りは恥辱にまみれ、テロリストに落ちてしまった。

「キフラス」
「なんだ?」
「我らの陛下は、いずこにいるのでしょうね」

 しばらく言わずにいた言葉が、不意に口をついて出た。後悔したが、出たものは戻りはしない。隣のキフラスも表情を落とし、黙り込んだ。

「本当に、生きておいでなのでしょうか。本当はもうとっくに死んでいて、私達は都合良く欺されて」
「レーティス!」

 強い言葉は拒絶だろう。不安を口にしながら、レーティスも口を閉ざした。


 ジェームダルの前王には、子が二人いた。そのうち、一人目の王子は前王がまだ王子時代に他国で生ませた子だった。
 国にはない美しい白髪、薄い紫の瞳の、とても優しい顔で笑う人だった。
 彼は生まれや身分で人を左右しない。キフラスも、レーティスも、他の仲間も彼に見出されて台頭した。
 このまま、この素晴らしき主の元で騎士として生きて行くのだと疑いもしなかった。

 だが、今から五年前にそれは突如覆った。前王が亡くなり、王位を継ごうというその時、突如姿を消した後に彼は死んだ。

 正確には、死んだ事にされた。

 義弟がキフラスや、その上司に伝えてきたのだ。
 「兄王子は生きて幽閉している。殺されたくなくば従え」と。


 それからずっと、恥ずかしい人生を送っている。
 他国を侵略し、罪のない人々まで切り捨て、奪い尽くして。高笑いする簒奪の王を、主としなければならない苦痛。
 そうして五年。本当の主の安否すら分からない。あの方がどこに幽閉されているのかも分からない。探しても見つけられないのだ。

「きっと陛下は、今の私達を見たら悲しまれますね。争いごとなどお嫌いな方ですもの」

 守る為に戦う事はあっても、奪う為に戦う事はしない人だった。前王と同じく、優しい気性の方だったから。
 不意に、肩に手が置かれた。見上げればキフラスも複雑な顔をしている。苦しげに歪むその表情を見上げながら、自分の言葉を後悔していた。

「生きている。俺達がそれを信じなければ、今までの事はどうなる。主の命の為だとしなければ、俺達はただの略奪者だ」
「……そう、ですね」

 主の為。主が殺されない為に手を尽くしている。理不尽な命令に従っている。あの方がいつか、生きて目の前に現れる日を願っている。その為に、今を堪えている。
 でもどこかで感じてもいるのだ。本当にその日は来るのかと。

 景色が流れる。向かうのは西の地。未だ騒がしい、混乱の地だった。
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