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26章:宣戦布告
2話:宣戦布告(リオガン)
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「リオガン、見てみてあっち! リスとかいるよ! 王都近郊って、案外自然多いよね!」
窓からの景色を身を少し乗り出すようにして見ているハクインは子供みたいで可愛い。窓の近くにある枝にリスが寄ってきたのを見つけて嬉しそうにしている。
車椅子に座ったままその様子を見ていたリオガンは笑っている。とても楽しそうに笑うハクインがやっぱり好きだ。
リオガンの傷が回復し、車椅子を条件に移動が可能となって王都近郊のこの場所にきた。その際、とても面白い経験をした。
「それにしてもさ、まさか葬送馬車に乗るとは思わなかったよね。しかも寝る場所が棺桶の中なんて、縁起でもない」
「? 面白かった」
「リオガン……」
少しむくれたように言うハクインとは違い、リオガンはこの経験が楽しかった。
ルース側に感づかれると困る。だから葬儀屋の黒塗り馬車に棺桶を乗せ、二人はそれの中に入って馬車へ。勿論棺桶の中には身を守る剣があった。そうして、ここまで来たのである。
「いい気分しないじゃん」
「でも、生きてる。死んで入るんじゃない、から」
入っていてもおかしくはなかった。覚悟したんだ。あのまま、もう会えない事を。
ハクインは途端に泣きそうな顔をして駆け寄ってくる。そして、ギュッとリオガンの頭を抱き寄せた。
「死なせないから、絶対! だからそんな悲しい事言わないで」
「ハクイン」
「リオガンを一人で死なせたりしないよ!」
リオガンの頭を抱きしめているハクインは分からないと思うが、待ち人が丁度入ってきたのだ。そして、体をくの字にして笑っている。恥ずかしくていたたまれない。
「仲良しだね、二人とも」
「!!」
「なーんか妬けちゃうなぁ。僕の恋人は遠くベルーニ」
「オスカル、からかうな」
オスカルの後から入って来たファウストとクラウルが呆れた顔をしている。
一方のハクインは恥ずかしげに顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。リオガンは頭をなでなでして、オスカルへと向き直った。
何を言ったらいいのだろうか。この人を殺そうとしたのはリオガンだ。あの男が所望したエルの女性をチェルル達が連れてこられなかった。怒ったあの男が癇癪を起こしてレーティスに暴力を振るって、それを収めるのに何か事を起こさないとと思ったんだ。
それでハクインと二人、王都に入って事を起こした。建国の祭事を穢した事を、あの男はバカみたいに喜んでいた。
リオガンの前に立ったオスカルが苦笑する。目を合わせるのは気まずいけれど、逸らす事もいけない気がする。責められて、怒られて、殴られたりしても文句は言えない。それ以上の事をしてしまったんだから。
「やぁ、改めて会うのは初めてだね。あの時はちょっと痛かった」
「あ、の……」
「リオガンは悪くない! あれは俺の指示で!」
ハクインが焦った様に言って前に出ようとする。庇おうとしている。でも、それよりも前にオスカルの手がリオガンの頭に触れて……
ワシワシワシワシワシ!
「!」
グチャグチャにするように髪をかき混ぜられ、硬い銀の髪があっちこっちに跳ねた。呆然としていると、目の前のオスカルはおかしそうに体をくの字にして笑っていた。
この人、謎だ。
「おっかしぃ!」
「オスカル!」
「いいじゃん、これで帳消しにしてあげる。正直、あまり怒る気も無かったんだけど反省待ちの犬みたいな顔してるんだもん」
怒って、いないの?
乱れた髪を撫でて整えて、頼りなく見上げた。それに気付いたオスカルが、ぽんぽんと頭を撫でる。
「過ぎた事だしね。それに、主に仕える人間として君たちの不幸は同情する。僕もきっと同じ状況に立たされたら、苦しむと思う」
優しい眼差しだと思った。温かい心が伝わるような笑顔だった。こういう優しさに、久しぶりに触れた気がした。
「まぁ、二度目は許さないからよろしく。エリオットに手を出したら、今度こそ僕は君たちを殺すから」
……前言、訂正。優しいかもしれないけれど、怖い人だ。
「纏まったか?」
見ていたクラウルが様子を見計らって声をかけてくる。オスカルは振り返って頷き、ハクインはリオガンの車椅子を押してソファーセットの方へと向かってくれた。
改めて、こんな形で向き合う事を想像していなかった。リオガンの隣りに座るハクインは緊張に震えていた。でも、強い目をしている。
大丈夫、ハクインはちゃんと思う所を言える。口下手なリオガンを小さな時、いつも助けて庇ってくれたのはハクインだった。なにも言わない事で誤解の多いリオガンを助けてくれたのは、ハクインなんだ。
そっと、手に触れた。驚いたようなハクインがこちらを見たから、頷いた。大丈夫、できるって気持ちを込めて。そうしたら、手の震えは消えた。
「さて、改めて。ハクイン、リオガン、お前達の立場は帝国に弓引く犯罪者だ。身柄は騎士団預かりとなる」
「はい」
「だが、エリオットからも多少聞いたかもしれないが、お前達の事情はダンから陛下へも報告され、陛下も気に病んでいた。そこで、取引をする事で減刑とする」
「取引?」
「こちらに協力し、アルブレヒト王太子奪還の為に力を貸してもらう」
それは、願ったり叶ったりなのだが……。
「どう、して?」
「ん?」
「どうして、そこまで手を貸してくれるのか、分からない。いい事は、ないんじゃ」
こちらのメリットはとても大きい。でも、騎士団は? 帝国は? そんな事をして、いい事はあるの?
クラウルは頷く。そして、騎士団の考えを明かしてくれた。
「どのみちここまで干渉するなら、ジェームダルは遅かれ早かれ帝国への侵攻を開始すると考えている。お前達はその先鋒、もしくは斥候のようなものだろ?」
リオガンは頷いた。先に帝国に潜入し、町の様子や争いの種を集め、内部抗争などを引き起こしておく。国内で疲弊した所をジェームダルが攻め入れば、楽に戦えるということだ。
この手でラン・カレイユの陥落は楽になった。あの国は王族の中で二派あり、劣勢の方に肩入れをした。唆し、同時に村や町で子供を攫うよう人買いを手引きし、これは主流派の力が足りないからだと風潮してまわった。
国民の支持を失った主流派はどんどん力を落とし、劣勢だった方は力を増し、内部で争い互いを削った。そこに、圧倒的な武でベリアンスが攻め入って両派を一気に叩いた。
今も抵抗はしているだろうが、それも後少しの事だろう。
「それなら、迎え撃つ準備をしておく。アルブレヒト太子を助けるのは彼の王子に政権を奪取してもらい、その後、和平同盟と国交を結ぶ狙いがある。尚且つ、国同士の争いよりはジェームダルのお家騒動に帝国が後ろ盾につく。この方が対外的にも侵略戦争より見栄えがいい」
「利害はあるってことだね」
ハクインも納得したらしく頷いた。そして、リオガンもこれで安心できた。タダより高い物は無い。こうした時、親切を振りかざして近づいてくる奴は危ない。それよりはしっかりした交渉である方がいい。
「安心したかい?」
「うん」
オスカルがからかう様にリオガンを見るから、素直に頷く。
それが面白いのか、オスカルは楽しそうにしている。何だろう、嫌じゃないけれど……遊ばれている感じがする。
「ただこちらも、国内が落ち着かないまま動く事はできない。幸い、国内のテロリストは大方駆逐され、ルースを残すばかりだ」
「それについては全面的に協力するよ。だから、レーティスとキフラスを助けて。二人は……本当はそんな、悪い人達じゃない」
「分かっている。ダンからも陳情があった。頭など下げてこなかっただろう奴が土下座までするんだからな」
「ダンクラート隊長……」
ハクインの手に力が入る。ちょっとだけ、嬉しそうだ。
ダンクラート隊長は強く隊を率いてくれる隊長だった。どんな時も希望を捨てない人だった。その隣にはベリアンス様がいて、冷静に隊長の無茶を叶える作戦を考えたりしていた。実働はキフラスが、後方をレーティスが、先鋒をリオガン、ハクインが、そして諜報をチェルルが。
懐かしくて、泣きたくなる。途端に寂しくて会いたくなった。
「前線は何か変化はあったか?」
「兵が動いてるみたいだって、出る間際に報告入った。ルースの拠点はジュゼット領リリー。そこから、兵が出て行くのを確認したって」
「リリーか」
「流石に領都では活動できないからね」
ジュゼット領の領都よりは帝国寄り。この王都からだと、一週間と少しだろうと思う。
「ファウスト、動けるか」
「とりあえずベルーニまで人を動かす、陸路と海路の両面で人を運ぼう」
「分かった。お前達は暫くこの屋敷で過ごしてくれ。ここはとある医者の私邸で、了承は取っている。リオガンの傷の手当てもしてくれる」
「俺は手を貸す! って言っても、情報収集くらいしか出来ないけれど。でも、出来るだけ早く精算しておかないと、後々間に合わなくなるし」
「分かった」
ハクインは動くらしい。少し心配だけれど、無理はしないと言ってくれたから信じる。
「さて、とりあえず今はここまでか。ハクイン、動く前にここの家主に言ってからだ。そこから騎士団に連絡が来る事になっている。それと、無理はするな」
「分かった」
「じゃ、引き上げかな。お二人さん、ここの家主によろしくね」
三人は腰を上げる。そうして出て行く三人と入れ違いに、一人の青年が入ってきた。
淡い栗色の髪に、緑色の瞳をしたその人は後ろに人を連れていた。
「あ……」
呟いたハクインの目に、見る間に涙が浮かぶ。そしてリオガンも、嬉しくて思わず立ち上がりそうになった。
「ハクイン、リオガン」
「チェルル!!」
泣きながら駆け寄ったハクインをチェルルは受け止めた。よかった、顔色が前よりもいいと思う。元気そうだ。
「チェルルぅ」
「もぉ、そんなに泣かないでよ。なんか……そんおかしそうに見ないでよ、先生」
「いや、だってさ。黒猫くん、慕われてるね」
家主らしい栗色の髪の人が笑っている。なんだかとても仲よさそうだ。
「さて、僕の屋敷にようこそ二人とも。僕はハムレット・ヒッテルスバッハ。ここに居る間は僕のいうことを聞くように。特にリオガン、君はまだ怪我人だからね」
「先生?」
「医者だよ」
緑色の瞳がこちらを見る。なんだか……エリオット先生の優しさが恋しくなってきた。
「リオガン、怪我したんだって? 大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「先生、容赦ないから言うこときけよ」
「黒猫くん、君もまだ人の事言えないでしょ。美味しくない料理、追加しておくね」
「えぇぇ!」
嫌そうな顔をするチェルルは、それでも観念したようにしている。それを見るハムレットは楽しそうだ。
「仲、良さそう」
ふと呟いた言葉は、多分気のせいではないだろう。
ジュゼット領主、アドルフ・コルネリウスが誘拐されたという知らせが入ったのは、この翌日の事だった。
窓からの景色を身を少し乗り出すようにして見ているハクインは子供みたいで可愛い。窓の近くにある枝にリスが寄ってきたのを見つけて嬉しそうにしている。
車椅子に座ったままその様子を見ていたリオガンは笑っている。とても楽しそうに笑うハクインがやっぱり好きだ。
リオガンの傷が回復し、車椅子を条件に移動が可能となって王都近郊のこの場所にきた。その際、とても面白い経験をした。
「それにしてもさ、まさか葬送馬車に乗るとは思わなかったよね。しかも寝る場所が棺桶の中なんて、縁起でもない」
「? 面白かった」
「リオガン……」
少しむくれたように言うハクインとは違い、リオガンはこの経験が楽しかった。
ルース側に感づかれると困る。だから葬儀屋の黒塗り馬車に棺桶を乗せ、二人はそれの中に入って馬車へ。勿論棺桶の中には身を守る剣があった。そうして、ここまで来たのである。
「いい気分しないじゃん」
「でも、生きてる。死んで入るんじゃない、から」
入っていてもおかしくはなかった。覚悟したんだ。あのまま、もう会えない事を。
ハクインは途端に泣きそうな顔をして駆け寄ってくる。そして、ギュッとリオガンの頭を抱き寄せた。
「死なせないから、絶対! だからそんな悲しい事言わないで」
「ハクイン」
「リオガンを一人で死なせたりしないよ!」
リオガンの頭を抱きしめているハクインは分からないと思うが、待ち人が丁度入ってきたのだ。そして、体をくの字にして笑っている。恥ずかしくていたたまれない。
「仲良しだね、二人とも」
「!!」
「なーんか妬けちゃうなぁ。僕の恋人は遠くベルーニ」
「オスカル、からかうな」
オスカルの後から入って来たファウストとクラウルが呆れた顔をしている。
一方のハクインは恥ずかしげに顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。リオガンは頭をなでなでして、オスカルへと向き直った。
何を言ったらいいのだろうか。この人を殺そうとしたのはリオガンだ。あの男が所望したエルの女性をチェルル達が連れてこられなかった。怒ったあの男が癇癪を起こしてレーティスに暴力を振るって、それを収めるのに何か事を起こさないとと思ったんだ。
それでハクインと二人、王都に入って事を起こした。建国の祭事を穢した事を、あの男はバカみたいに喜んでいた。
リオガンの前に立ったオスカルが苦笑する。目を合わせるのは気まずいけれど、逸らす事もいけない気がする。責められて、怒られて、殴られたりしても文句は言えない。それ以上の事をしてしまったんだから。
「やぁ、改めて会うのは初めてだね。あの時はちょっと痛かった」
「あ、の……」
「リオガンは悪くない! あれは俺の指示で!」
ハクインが焦った様に言って前に出ようとする。庇おうとしている。でも、それよりも前にオスカルの手がリオガンの頭に触れて……
ワシワシワシワシワシ!
「!」
グチャグチャにするように髪をかき混ぜられ、硬い銀の髪があっちこっちに跳ねた。呆然としていると、目の前のオスカルはおかしそうに体をくの字にして笑っていた。
この人、謎だ。
「おっかしぃ!」
「オスカル!」
「いいじゃん、これで帳消しにしてあげる。正直、あまり怒る気も無かったんだけど反省待ちの犬みたいな顔してるんだもん」
怒って、いないの?
乱れた髪を撫でて整えて、頼りなく見上げた。それに気付いたオスカルが、ぽんぽんと頭を撫でる。
「過ぎた事だしね。それに、主に仕える人間として君たちの不幸は同情する。僕もきっと同じ状況に立たされたら、苦しむと思う」
優しい眼差しだと思った。温かい心が伝わるような笑顔だった。こういう優しさに、久しぶりに触れた気がした。
「まぁ、二度目は許さないからよろしく。エリオットに手を出したら、今度こそ僕は君たちを殺すから」
……前言、訂正。優しいかもしれないけれど、怖い人だ。
「纏まったか?」
見ていたクラウルが様子を見計らって声をかけてくる。オスカルは振り返って頷き、ハクインはリオガンの車椅子を押してソファーセットの方へと向かってくれた。
改めて、こんな形で向き合う事を想像していなかった。リオガンの隣りに座るハクインは緊張に震えていた。でも、強い目をしている。
大丈夫、ハクインはちゃんと思う所を言える。口下手なリオガンを小さな時、いつも助けて庇ってくれたのはハクインだった。なにも言わない事で誤解の多いリオガンを助けてくれたのは、ハクインなんだ。
そっと、手に触れた。驚いたようなハクインがこちらを見たから、頷いた。大丈夫、できるって気持ちを込めて。そうしたら、手の震えは消えた。
「さて、改めて。ハクイン、リオガン、お前達の立場は帝国に弓引く犯罪者だ。身柄は騎士団預かりとなる」
「はい」
「だが、エリオットからも多少聞いたかもしれないが、お前達の事情はダンから陛下へも報告され、陛下も気に病んでいた。そこで、取引をする事で減刑とする」
「取引?」
「こちらに協力し、アルブレヒト王太子奪還の為に力を貸してもらう」
それは、願ったり叶ったりなのだが……。
「どう、して?」
「ん?」
「どうして、そこまで手を貸してくれるのか、分からない。いい事は、ないんじゃ」
こちらのメリットはとても大きい。でも、騎士団は? 帝国は? そんな事をして、いい事はあるの?
クラウルは頷く。そして、騎士団の考えを明かしてくれた。
「どのみちここまで干渉するなら、ジェームダルは遅かれ早かれ帝国への侵攻を開始すると考えている。お前達はその先鋒、もしくは斥候のようなものだろ?」
リオガンは頷いた。先に帝国に潜入し、町の様子や争いの種を集め、内部抗争などを引き起こしておく。国内で疲弊した所をジェームダルが攻め入れば、楽に戦えるということだ。
この手でラン・カレイユの陥落は楽になった。あの国は王族の中で二派あり、劣勢の方に肩入れをした。唆し、同時に村や町で子供を攫うよう人買いを手引きし、これは主流派の力が足りないからだと風潮してまわった。
国民の支持を失った主流派はどんどん力を落とし、劣勢だった方は力を増し、内部で争い互いを削った。そこに、圧倒的な武でベリアンスが攻め入って両派を一気に叩いた。
今も抵抗はしているだろうが、それも後少しの事だろう。
「それなら、迎え撃つ準備をしておく。アルブレヒト太子を助けるのは彼の王子に政権を奪取してもらい、その後、和平同盟と国交を結ぶ狙いがある。尚且つ、国同士の争いよりはジェームダルのお家騒動に帝国が後ろ盾につく。この方が対外的にも侵略戦争より見栄えがいい」
「利害はあるってことだね」
ハクインも納得したらしく頷いた。そして、リオガンもこれで安心できた。タダより高い物は無い。こうした時、親切を振りかざして近づいてくる奴は危ない。それよりはしっかりした交渉である方がいい。
「安心したかい?」
「うん」
オスカルがからかう様にリオガンを見るから、素直に頷く。
それが面白いのか、オスカルは楽しそうにしている。何だろう、嫌じゃないけれど……遊ばれている感じがする。
「ただこちらも、国内が落ち着かないまま動く事はできない。幸い、国内のテロリストは大方駆逐され、ルースを残すばかりだ」
「それについては全面的に協力するよ。だから、レーティスとキフラスを助けて。二人は……本当はそんな、悪い人達じゃない」
「分かっている。ダンからも陳情があった。頭など下げてこなかっただろう奴が土下座までするんだからな」
「ダンクラート隊長……」
ハクインの手に力が入る。ちょっとだけ、嬉しそうだ。
ダンクラート隊長は強く隊を率いてくれる隊長だった。どんな時も希望を捨てない人だった。その隣にはベリアンス様がいて、冷静に隊長の無茶を叶える作戦を考えたりしていた。実働はキフラスが、後方をレーティスが、先鋒をリオガン、ハクインが、そして諜報をチェルルが。
懐かしくて、泣きたくなる。途端に寂しくて会いたくなった。
「前線は何か変化はあったか?」
「兵が動いてるみたいだって、出る間際に報告入った。ルースの拠点はジュゼット領リリー。そこから、兵が出て行くのを確認したって」
「リリーか」
「流石に領都では活動できないからね」
ジュゼット領の領都よりは帝国寄り。この王都からだと、一週間と少しだろうと思う。
「ファウスト、動けるか」
「とりあえずベルーニまで人を動かす、陸路と海路の両面で人を運ぼう」
「分かった。お前達は暫くこの屋敷で過ごしてくれ。ここはとある医者の私邸で、了承は取っている。リオガンの傷の手当てもしてくれる」
「俺は手を貸す! って言っても、情報収集くらいしか出来ないけれど。でも、出来るだけ早く精算しておかないと、後々間に合わなくなるし」
「分かった」
ハクインは動くらしい。少し心配だけれど、無理はしないと言ってくれたから信じる。
「さて、とりあえず今はここまでか。ハクイン、動く前にここの家主に言ってからだ。そこから騎士団に連絡が来る事になっている。それと、無理はするな」
「分かった」
「じゃ、引き上げかな。お二人さん、ここの家主によろしくね」
三人は腰を上げる。そうして出て行く三人と入れ違いに、一人の青年が入ってきた。
淡い栗色の髪に、緑色の瞳をしたその人は後ろに人を連れていた。
「あ……」
呟いたハクインの目に、見る間に涙が浮かぶ。そしてリオガンも、嬉しくて思わず立ち上がりそうになった。
「ハクイン、リオガン」
「チェルル!!」
泣きながら駆け寄ったハクインをチェルルは受け止めた。よかった、顔色が前よりもいいと思う。元気そうだ。
「チェルルぅ」
「もぉ、そんなに泣かないでよ。なんか……そんおかしそうに見ないでよ、先生」
「いや、だってさ。黒猫くん、慕われてるね」
家主らしい栗色の髪の人が笑っている。なんだかとても仲よさそうだ。
「さて、僕の屋敷にようこそ二人とも。僕はハムレット・ヒッテルスバッハ。ここに居る間は僕のいうことを聞くように。特にリオガン、君はまだ怪我人だからね」
「先生?」
「医者だよ」
緑色の瞳がこちらを見る。なんだか……エリオット先生の優しさが恋しくなってきた。
「リオガン、怪我したんだって? 大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
「先生、容赦ないから言うこときけよ」
「黒猫くん、君もまだ人の事言えないでしょ。美味しくない料理、追加しておくね」
「えぇぇ!」
嫌そうな顔をするチェルルは、それでも観念したようにしている。それを見るハムレットは楽しそうだ。
「仲、良さそう」
ふと呟いた言葉は、多分気のせいではないだろう。
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2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
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【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
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