恋愛騎士物語2~愛しい騎士の隣にいる為~

凪瀬夜霧

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26章:宣戦布告

7話:友へ(チェスター)

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 夕刻の道を馬で引き返すチェスターとレイバンの間に、珍しく会話はなかった。二人とも思い悩むように空気が重い。レイバンまでがこんな空気を出すのは意外な事だった。

「レイバン」
「あぁ、うん」
「……これが、戦争なんだな」
「かもね」

 言葉は少ない。互いに、思う所があってそれが重たいんだ。

「俺、もっと騎士団ってのは歓迎される正義だと思ってたのかもね」
「ん?」
「民の為に戦う正義って思いが、どっかにあったのかなって。だから西の反発が分からなかった。でもここは五年前までは他国で、戦争があって、この地の人はそれに巻き込まれたんだって、今更感じた」

 レイバンの珍しく真剣な言葉に驚きながらも、チェスターは頷く。思いだしていたのはスノーネルでの事件だった。

「俺さ、北に行ったじゃん」
「だね」
「あの時、町とかからは感じなかったんだけど……敵からは拒絶を感じた。でも」

 今は違う。あの時敵だった人々は今一緒に戦っている。触れてみると分かる事がある。それは、向こうも同じ事を言っていた。
 わかり合えないなんてことはない。ここでだって、きっと……。

 その時、前方に一人の老人が座っているのが見えた。薄汚れた白い旅装に、白い頭巾を被った背中が見える。彼は道の端にある石に腰を下ろし、背を小さく丸めていた。
 けれど、こんな時間にどうして一人でぽつんとしているのだろう。場所は既に境の町ルーフェンを越えてベルーニが近い。戦の気配を感じてか、既に町の門は閉じているのに。

「! チェスター頭下げろ!」
「!」

 レイバンの声に咄嗟に低く頭を下げたチェスターは、次には地面に転がった。何が起こったのか状況を見ると、乗っていた馬の首と足がない。そして、側の木から木へと血の滴るワイヤーが上下に張られていた。

「大丈夫か!」
「レイバンこそ!」

 見ればレイバンの馬も同じだ。それでも二人には傷はなく、共に老人を睨み付けた。

 ゆっくりと立ち上がる白装束の老人は背を伸ばす。そして、老人では無い事が正面で分かった。口元を覆う白い布と頭巾で目しかまともに見られない。
 そいつが手をスッと上げると、同じような格好の男が二十人近く、近くの森から出て来た。

「こいつら……」

 隙がない。刺すような無言の殺気が伝わってくる。
 チェスターもレイバンも剣を抜き、ジリジリとにじり寄る奴等と間を取った。

 その時、森の暗がりを行く黒い身なりの男達が見えた。同じように口に覆いをして、頭巾を被っている。その背には矢筒があり、弓が……。

「レイバン!」
「俺も見えた!」

 その方向には第五師団がいる。今頃野営地を探しているはずだ。そこを狙うに違いない。
 チェスターは剣を握り、通せんぼをする敵へと向かい走った。敵は構え、剣を一閃させる。早いが、見切ることは十分だ。
 だが、二人に対して二十人だ。剣を避けた横合いからも攻撃が迫る、左を避ければ右が、右を避ければ左が。

「くそ!」

 結局後ろへと避けるしかない。

 レイバンも同じ状態だが、あちらは身が軽い。軽やかなステップで避けつつ、得意の体術も使って敵を蹴り倒し、体勢が崩れた所を剣で仕留めている。

 チェスターを狙う敵が前方から三人走り寄る。場を整えたチェスターは構え、ぶつかった。スライディングのように低く足元を狙い、懐に入り込むとそのまま足を剣で払った。

「っ!」

 脛を切られた奴等が転び、そいつらを仕留める。数が減れば少しは楽が……だがまだそう言える程ではない。仲間が死んだ事にも何も感じていないのか、奴等は次々押し寄せる。背に痛みを感じるが、振り払うように剣を薙ぐ。違う奴が突き込んできた剣は避けられたが、薄く脇を掠めた。

 戦う事の意味を初めて実感した。殺し合いの意味を今感じている。訓練でも、捕縛でもない。殺さなければ殺される、それを全身で感じている。

「チェスター!」

 レイバンの声にチェスターは睨み付け、強く踏み出した。振り上げられた男の腕ごとぶった切る。骨の切れるような感触がした。
 不思議と痛みはあまりない。チェーンメイルにさらしもあるが、それでも強い攻撃は傷つける。チェスターの攻撃は早い。その足を狙い、奴等は動いている。

 一人と切り結んだその時、背後からの衝撃に膝が崩れる。倒したはずの奴がまだ生きていたのだ。太股に突き立ったナイフが熱く脈を打つ。崩れた所に上から剣が振り下ろされる。どうにか受け止めたが、踏ん張った途端に膝下が一気に濡れた。熱くて、力が抜ける。

「チェスター! この!」

 レイバンの方も苦戦している。こっちに手を回している余裕なんてない。
 震える膝をどうにか立てる。力は入らないが、それで諦めてたまるか。目の前の男の腹に力一杯剣を突き立て、次に襲う奴を地に転がって逃げた。

「チェスター逃げるよ!」
「バカ、追いつかれる!」

 数を減らしてどうにか背中合わせになったレイバンが腕を引く。だが、チェスターはそれを拒んだ。
 残りは八人。足を傷つけられた状態で、逃げ切るには多すぎる。

 そっと、チェスターは敵の前に進み出た。それを、レイバンが呆然と見ていた。

「何、してるの?」
「行くならレイバンだ。俺が足止めする」
「バカ言わないでよ!」
「どっちかが知らせに行かないとならないだろ!」

 この先の町は騎士団への協力を拒絶している。本隊にそれを知らせないと。しかも敵がそれを仕組んでいるかもしれない。森を抜けた奴等もいた。もしかしたら、第五師団にも何かあるかもしれない。

「俺は足、やられてる。レイバンは早いから、ここからならすぐだろ?」
「バカ言えよ!」
「真面目な話だよ」

 覚悟は決まったんだ、今ならやれる。怖く無いとは言わないけれど、精一杯やるんだ。

 迫る敵へと、チェスターは走った。感覚がもう分からない足を引きずるようにして切り結ぶ。左右からの攻撃も、もう避けたりはしない。避けられないから。

「チェスター!」
「いけったら!!」

 体が動かなくなる前に、早く……早くっ!

 剣が三本、迫った。一つをはじき出し、一つは掠め、一つは……。

「っ……」

 剣が肩を突き抜けて、剣が落ちた。痛みが……もう分からない……。

 レイバンが走ってくる。違う、そうじゃない。今なら隙を突ける。だから……。

 音がする。森の……黒い影がさす。これ以上はもう……。

「ぎゃぁぁ!」

 上がった声は仲間のものじゃない。今まさにチェスターにトドメを刺そうとしている男が倒れてくる。そればかりじゃない、残る奴等が倒れている。力の入らないままぼんやりと見た世界に、黒い騎士団の制服が二つあった。

「あ……」
「大丈夫か!」

 それは暗府のネイサンと、騎兵府のオーギュストだった。

 あっという間に片付けた二人が駆け寄ってくる。レイバンが足を、腕を強く縛って背負った。

「定期連絡が入らないから出て来たら……しっかりしろ!」
「何があった」

 二人に問われ、レイバンは簡単に状況を説明した。

「状況は分かった。レイバン、このままチェスターを砦に運ぶぞ」

 ネイサンとオーギュストもついて砦を目指しだすレイバンの背中で、チェスターは何処かホッとした。全部終わったような気がしていた。

「チェスターしっかり!」
「ん……」
「どうして一人で残るなんて言ったんだ」

 恨み言のような声に、チェスターは虚ろに笑った。

「レイバンは、帰らないとだろ?」
「お前もだろ」
「うん。でも……ジェイさん、悲しむし」

 思ったんだ。レイバンが大怪我したら……死んだら、ジェイクが悲しむと。出る時、朝食を食べた後で忙しい合間、ジェイクがレイバンを抱きしめているのを見ていた。本当ならこのまま、離したくないんだと伝わった。

「俺は、そんな人いないから……」
「お前に何かあったら俺達が悲しむだろうが!」
「ははっ、そっか……」

 そっか、悲しんでくれるんだ。それ、嬉しい。恋人なんていなくても、大切な仲間で友人が沢山、出来たんだ……。

「チェスター?」

 呼ばれてる? 何か、返さないと……心配される……。

「チェスター!」

 意識が薄れる。体が冷たい、感覚がない……ごめん、返したいのに上手く動かない。

 本当は、「有り難う。俺も、みんなが大好きだ」って言いたいんだけど……。


◆◇◆
▼エリオット

 定時連絡がこない。嫌な予感がしてネイサンとオーギュストに様子を窺うように頼んだのが、一時間以上前。その彼らが戻って来た時、エリオットは息を飲んだ。

「チェスター!」

 レイバンの背でぐったりと意識のないチェスターは冷たい汗を流し、唇は青くなっていた。そして、レイバンの服はぐっしょりと赤く濡れていた。

「直ぐに輸血の準備!」

 到着していた医療府の面々に声を投げ、エリオットは緩んだ止血の布を締め直した。それも、もう真っ赤に濡れてしまっていた。

「チェスター!」

 駆けつけたウェインが青い顔をした。

「ウェイン、B型の隊員を集めていつでも輸血できるようにしておきなさい!」

 出血が多すぎてショック状態になりかけている。直ぐにでも縫って、輸血と、血圧も安定させるように薬の投与。

 バタバタと動きながら、何があったのかエリオットは不安が隠せずにいた。


 手術を終え、輸血と投薬もあって落ち着いたのは空が暗くなり始めるころだった。
 その間に他の者がレイバンの治療も終えていた。彼も深い傷を負っていたが、命に関わるものではなかった。

「そうですか、町が拒否を……」

 聞いて、流石にショックだった。だが、それを責める事はできなかった。
 五年前、巻き込まれて多くの町が被害を受けた。民達もそれを忘れていないだろう。

「とにかく、応援を出しましょう。私も出ます」
「チェスターは?」
「行くのは私だけです。他の医療府の者に任せて大丈夫」

 安定したのだから、後は意識が戻るまでバイタルのチェックと状態の急激な変化を見逃さなければ回復する。

 方針が決まった、その時慌てた様に駆け込んできた兵がいた。

「報告します! カーナンの町が燃えています!」
「なに!!」

 全員が青い顔をして、バタバタと救助の部隊が動き始める。エリオットも多めに医薬品を持ってそちらへと向かった。



 カーナンの町は半焼した。町の人間に話を聞くと、突然火矢が放たれたのだと言う。それでも死者が出なかったのは幸いだった。
 ドゥーガルドは背に十本近い矢を受けていたが、深い傷は少なかった。日々の鍛錬による硬い筋肉が深手を避けたのと、革の防具を着けていたのが幸いした。それでも、これ以上の行軍に連れて行ける状態ではなかった。

「では、戦に巻き込まれたくなければ騎士団を町に入れるなと言われたのですね?」

 町の責任者が肩を落として頷いた。今はここ、ベルーニに人々を匿っている。みな、元気がなかった。

「五年前も、あの町は酷い被害を受けて……もう、これ以上は」
「その思いは、分かりますよ」

 五年、長いようで短い。人の感情が薄れるには短い時間だ。

 責任者を下がらせたエリオットはぐったりとソファーに座る。グリフィスが、ウェインが、同じく疲れた顔をしていた。

「第五師団の死者は十人強。敵はその倍以上です。怪我した敵兵に聞いたら、こんなの聞いていないと」
「おそらく、ルースがだまし討ちにしたのでしょう。敵も味方もなく殺すつもりだったに違いありません」

 どこまでも狡猾な奴のやりくちだ。このくらい、予想しておけたはずだ。

「兵糧も、医薬品も一気に減ったって。でも、今日にも船が着くはずだから医薬品は入ってくるかな」

 ウェインが報告をする。それは、出来るだけ早く欲しい備品だった。

 兵糧はまだなんとかなるが、医薬品は今回かなり使った。町の人間、味方、敵。彼らの数が多く、消耗が激しい。傷薬や消毒などは元々多く仕入れていたが、手術に必要な医薬品が少なくなった。血圧を上げる薬、麻酔、感染症予防の特殊な薬品。特に感染予防の薬は高価で扱う商人も少なく、精一杯集めても急には揃わなかった。だから王都を出る前に注文を入れて、出来るだけ集めたのだ。それが、今日到着する。

 はずだった……


「入らない! どうして!」

 荷を受け取りに行った兵が戸惑い気味に頷く。エリオットは戸惑いが大きくて、上手く頭が回らない気分だった。

「それが……商人が売れないと」
「なぜ」
「それを話さないらしく。薬もないと言って……」

 エリオットは焦りながらウロウロと歩く。今は足りている。でもこれは前哨戦で、その段階でこれだ。今後本隊が明日にでも到着する。そうしたら、この後の人達は……。

「王都に連絡! 何とかならないかお願いします!」
「分かりました!」

 兵が慌てた様子で出て行くのを見て、エリオットは歯を食いしばる。
 全てがルースの手の上のような具合の悪さに、ただ怒りを堪えるしかなかった。
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