恋愛騎士物語2~愛しい騎士の隣にいる為~

凪瀬夜霧

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32章:シヴの誕生

3話:幸せな家族絵

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 何だかんだと慌ただしく翌朝を迎えた。明日の昼過ぎにはここを去る予定なのだが、なんだかそんな気がしない。

 あの後、ファウストは落ち着いた様子だった。それは見せかけではなく、心から。最初緊張していたメロディも徐々にそれを感じたのだろう。最後にはとても穏やかに微笑んでいた。

 ランバートは朝からアリアのアトリエでキャンパスに筆を走らせていた。それは、アリアの為でもあった。
 明日の昼には去る事を知ったアリアはとても寂しそうな顔をしていた。それでも健気に笑う彼女の笑顔が酷く心に刺さった。
 だからこそ、昨日からランバートはあちこちでスケッチをした。ファウストやルカ、メロディ、勿論アリアを。そしてファウストに少し無理を言って、昨晩遅くまで自室にキャンパスを持ち込んで絵を描いていた。

「随分進んだな」

 背後で声がして振り向けば、ファウストが穏やかに微笑んでいる。近づいて、少しずつ着色された絵を見て感心したように息をついた。

「昨日の今日でここまでできるのか」
「準備が出来ているキャンパスがあるからだよ。それに水彩画だから厚みはない。その分透明感はあるけれどね」

 最近王都で出回り始めた水彩絵具は油絵と違って手軽だ。高価ではあるが、アリアは絵を描いていて小さいながらもそれを仕事としている。画材などは十分揃っていた。

「昨日も思ったが、本当に上手いな」
「趣味が役立って俺も嬉しいよ」

 心から笑って、絵具を溶いて色を塗る。これを見れば寂しくなくなるように。そう願って。

「昔、一度嫌になった趣味が嫌いじゃなくなった。喜んでもらえる事がまた純粋に嬉しいんだ。だからかな、あまり疲れない」

 昨日はほぼ寝ていないけれど不思議と体は動いた。小さな頃、夢中になって色んな事をしていたのを思い出す。

 不意にファウストの手が頬に触れ、指の腹が目の下を撫でる。見上げると、苦笑が漏れていた。

「目の下に隈が出来ているぞ」
「あぁ、うん。大丈夫、もう少しで出来るからそうしたら寝るよ」

 基本の色は既に乗って、陰影もついてきた。色を重ね、影をつけ、記憶を思い出しながらも色をつけていく。
 ファウストは部屋の中にある長椅子に座って、出来上がりを見ながら手元の本に視線を移していた。

 そうして三時間、そろそろお昼というころにようやくランバートは筆を置いて、それを窓際に置いた。

「綺麗だな」

 背後に近づいたファウストが手を肩に乗せる。ランバートも仕上がった絵を見て、にっこりと笑みを浮かべた。

「アリアちゃん、喜んでくれるかな」
「あぁ、きっと」

 ランバートなりに、和気あいあいとした穏やかな時間を描き取ったつもりだ。

 流石に疲れたのか、ふと体の力が抜ける。その背を支える力強い腕があるから、なんの心配もなかった。

「少し寝るぞ」
「んっ。ファウストは皆といなよ」
「お前といたいんだ」

 ふわりと抱き上げられる事に、いつしか羞恥よりも安堵を感じる様になった。甘えて、擦り寄るようにして温もりに甘える。この心地よさはもう、手放す事はできない。
 安堵のままにまどろみ、ランバートはいつしか心地よく眠ってしまっていた。


 その日の夕食後、談話室に集まった全員の注目が一つの絵に注がれた。イーゼルに置かれた布を被った絵の側にアリアがいる。ドキドキしたような表情を浮かべた彼女は、ランバートを何度も見ていた。

「あの、私へのプレゼントって……」
「急ごしらえで申し訳ないんだけれどね」
「そんな! あの、見てもいいですか?」
「どうぞ」

 恐る恐る布を取ったアリアが、「あっ」と声を上げる。そしてルカやメロディも嬉しそうに笑った。

 キャンパスの中には、柔らかな草地に腰を下ろしている皆の姿がある。アリアの隣りにはメロディがいて、花冠を作って笑い合う。それを見つめるファウストとルカは穏やかに微笑んでいた。

「素敵」
「凄いよランバートさん」

 水彩で描かれた画面の中には幸せな家族の景色がある。そしてその中に、ランバートも少しだけ参加した。ファウストの隣で手を繋ぐ自分の背中を描かせてもらったのだ。

「アリアちゃんが寂しくないように。また、来るからね」

 震えるようなアリアの背中に声を投げる。アリアは何度も頷いているけれど、こちらに振り向いたりはしない。
 ファウストが立ち上がり、そっと抱き寄せる。その腕の中で、アリアは震えながら泣いていた。


 その夜、ランバートは少し遅くまで皆と話していた。内容は他愛ないもので、メロディがランバートとファウストの事を聞きたがり、恥ずかしながらも少しだけ馴れ初めを話したり。それにアリアが「素敵!」と赤くなりながらも笑っていたり。
 その側でファウストは恥ずかしそうにそっぽを向き、ルカが茶化して、側に控えていたヨシュアがニヤリと笑っていたりした。

「ファウスト、まだ恥ずかしいのか?」
「お前はよく平気だな」

 未だに耳が多少赤いままのファウストを見てランバートは笑う。
 まったく恥ずかしくないかと言われれば違うが、それ以上に歩んできた道を思い出すようで感慨深かった。

 思えば最初は、興味深い人だった。強くて弱い、そんな人といるのが妙に心地よかった。
 距離が近くなった。自然と、側にいて触れているのが当たり前のようになっていった。
 春の日に、触れられた時にはもうこの人を求めていたのだ。誰か一人を求めた事がなかったから感じ取る事は出来なかったけれど。
 過去を知られ、あんなに後悔したことはなかった。自分の過去なのだから、選び取った事なのだからいいんだと思っていたはずなのに、苦しくてたまらなかった。
 恋人となった事件は、今思いだしても多少胸が痛む。あの時初めて、自分の中に捨てられない感情を見つけた。諦める事ができると思っていたのに、それができなかった。
 もしもあの時ファウストを諦めていたら。ふと思ったけれど、何度考えてもその未来を選べない。そして、もがいても選んだ自分を今でも褒めている。

 喧嘩もしたし、思い違いもした。あまりに遠い背中に追いつきたくて無理をして、そのせいで心配をさせて。仲直りの仕方が分からなくて戸惑いもした。
 そうしてようやく、その背に触れた気がする。デイジー襲撃事件から、ランバートは自然とその背に触れていられたと思う。
 対等とはいかない。武力において他の師団長にはまだ及ばない。けれど何かを見つけた。それはランバートなりの支え方。ファウストの背を守るということ。

「ファウスト、俺は背中を守れるかな?」

 ふと問いかけた。その瞳が、甘く緩まっていく。嬉しそうに微笑むからもう答えはいらない。十分だ。

「お前だから、任せられる」

 黒い瞳に優しい光が宿り、目が細くなる。手が頬に触れ、ランバートは上向いて瞳を閉じた。
 触れあったのは久しぶりな気がする。長らく互いに我慢していて、最近ではキス一つで気持ちが流れるからとそれも我慢していた。

「んっ……」

 最初から受け入れて、絡まる舌にゾクゾクと背が甘く痺れてくる。匂いを、熱を感じて体が反応している。思い知らされる、この体も心もこの人のものなのだと。

「お許しは出たな?」
「出たよ」
「欲しい」
「俺もだよ」

 間近で見る濡れた瞳は鋭さよりも柔らかさがある。最初の頃とは違い奪うような交わりは感じさせない。けれど、深く深く触れてくる。それは感じさせた。

 最初から衣服の全てを脱ぎ捨ててベッドへと横たわる。耳を、首筋を滑るファウストの唇にゾクゾクと追い立てられていく。
 甘い息を吐き、小さく襲う痺れに喘ぐ。手が、唇が、吐息が、肌の上を滑っていく。

「久しぶりすぎて、声だけで興奮する」

 過分に熱を持つ声が嬉しそうに言うものだから、恥ずかしいやら嬉しいやらだ。

 ファウストの指が確かめるように肌を撫で、傷にも触れる。
 少し怖かった。傷だらけになる体に、いつか触れてくれなくなるのでは。ないと言い聞かせながらも、今回なかなか触れてくれなかったから不安になっていた。

「どうした?」
「あ……傷に触れてくれたから……」
「痛むか?」
「痛まないけど……綺麗じゃなくなるなって」

 言った途端ファウストは驚いて、次には唇で傷に触れる。ゾワリとして、思わず声が上がる。とても丁寧に愛でるように触れてくれるから、安心と嬉しさがこみ上げる。

「どれほど傷を負っても、お前は綺麗だ」
「んぅ! 擽ったい……」
「どんどん綺麗になっていて俺は困る。取られやしないかと」
「そんっ、はぁぁ!」

 ランバートこそ困る。どれだけ追いかけても油断したらその背に追いつけない。触れていたくて、側にいたくて、近くに感じるだけで嬉しいのだ。その為に、自分を磨き続けている。

「ランバート、側にいてくれ」
「勿論、いるよ」
「情けない俺も、団長としての俺も、お前にだけは全てを見せられる」
「うん、ちゃんと支えるからっ」
「俺の全てを任せられるのは、お前だけだ」

 今日はどうしたのだろう、嬉しい言葉ばかりをくれる。これに甘えていいのだろうか?

 いつもと何処か違う感じを受けているのに、与えられる刺激に流されてしまう。前を撫でられ、触れられて、刺激もそこそこに溢してしまっている。久しぶり過ぎて体が従順過ぎるくらいに従っている。

「反応が早いな」
「ファウストだって……当たってる」

 硬く立ち上がったファウストの熱が内股を滑る。それに気付いていないとでも思ったのか。

「バレたか?」

 なんて、おかしそうに笑われて困る。バレるだろう、普通は。

「欲しい?」
「あぁ、勿論」
「俺も欲しい」

 おねだりが躊躇い無く出てくる。それは、叶えてくれる人だから。

 指が後ろに触れて、押し込まれる。香油を纏わせた指を簡単に飲み込み、久しぶりに感じる異物感に息が漏れる。
 期待に下肢が痺れてくる。ジンジンと感じる程に望んでいる。絡まるように指を締め付けながら、進んで来るのを感じている。

「熱烈だな」
「あっ、もっと奥……」
「イクだろ」
「もっ、イキたいっ」

 自然と腰が揺れて誘う。浅ましいかと思う反面、それだけ求めているのだと言える。そしてこうしても、ファウストは嫌う事はない。
 指が増えて、奥に触れずに入口を解していく。捻られて、押し込まれて、柔らかく口を開けていく。

「指三本、楽に入るようになったな」
「あっ!」

 ズルリと抜けるのを感じ、ピッタリと熱いものが当てられるのを感じる。ズルリと滑るように入り込む熱を、この体はもう拒みはしない。

「はぁぁ!」
「くっ」

 ぽたりと汗が落ちる肌に手を這わせ、しがみつくように触れている。求めた部分に触れてくれる熱が馴染んでいく。抉られるように中へ、その全てを感じて揺さぶられながら、ランバートは深く愛しくキスをする。

 クチュリと音がしそうなほど絡めた舌に吸い付いてしまう。応じるファウストもまた、同じように触れてくれる。
 中を穿つ交わりが深く強く、求めてくれる事に目眩がしている。
 涙目になって、虚ろに何度も彼の名を呼んだ。「愛している」を沢山込めて。

「あぁ! はっ……ファウスト、もうダメだ!」
「あぁ、分かっている。俺も、そろそろだ」

 それも感じている。中を穿つその深さが、締め付けているその形が、ファウストの限界を感じ取ってキュウキュウと締め付けて中へと誘い込んでいく。貪欲に、もっと深く、もっと欲しいと強請っているように思う。

「んっ、ふぁ! あっ、あぁぁぁぁ!」
「くっ!」

 ドクッドクッと心臓が鳴るのと一緒に、突き抜けた甘美な痺れに全身を犯されながら白濁が肌を汚していく。
 引き込むように絞られて、ファウストもまた最奥に熱を放っていく。久しぶりに感じる感覚が、生々しく全身に響いていく。
 しっとりと汗をかいた肌を抱きしめ合いながらキスをして、貪るように求めていく。
 すると当然のように、ランバートの中のファウストは元気を取り戻してしまう。

「あ……」
「ははっ」

 赤面して、バツの悪い顔をするファウストに手を伸ばして、ランバートはやんわりとキスを返す。それは、もう一度いいよのサイン。

「明日の昼には出るんだぞ」
「平気、それよりも欲しいんだ。我慢していた時間の分、ファウストを感じていたい」

 明日が辛いのは分かっているが、今の気持ちを捨てられない。
 お願いは簡単に叶えられ、限界まで抜け落ちた楔が一気に中を埋めていく。その衝撃に震えながらも、ランバートは幸せに満たされていくのを感じる。

 満ちるような夜は日付が変わり夜が更けてもなお、二人を甘く包んでいた。
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