恋愛騎士物語1~孤独な騎士の婚活日誌~

凪瀬夜霧

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1章:騎兵府襲撃事件

7話:夜の人

 翌朝はゆっくりと過ごし、昼を過ぎる頃に家を出て迎賓館へと向かった。懐には昨日のカードがあり、靴は昨日のものに替えた。手早く着替え、ミーティングを終えて、夜になれば華やかな宴が行われる。
 着飾った紳士淑女の仮面舞踏会だ。実際は仮面などつけてはいないが、その顔には何よりも厚い仮面がついているだろう。
 そういった人達の間を渡り歩くランバートもまた、幾つもの仮面を被る者の一人だった。ただ、この場所は居心地が悪い。

 同族嫌悪か?

 だが、考えてみればシウスもオスカルも似たようなものだ。だが、彼らの事は好きだ。仮面もつけているし、秘密も作るが、彼らは陰湿ではない。それに、何をしても揺るがない芯がある。
 あぁ、陰湿さや妬みがないからか。自分に自信を持って、それに揺らぎが無い人間だから、あの人達は好きなんだろう。
 どうやらランバートの根本は、ここにいる人間とは違うらしい。ランバートの独り言のような考えは、そんな意味のない場所へと向かって消えていく。

 そんな時間が過ぎて、今日もマークした人物の観察だけをそれとなくした後で、ランバートはアパートに戻ってくる。
 古いアパートの二階角部屋。今日もただ戻って寝るだけと扉の前に立ち、そこで手を止めた。
 人の気配がする。取られる物もないが、一応用心のために簡単な鍵はかけてある。扉を壊した形跡はないから、おそらく開けたのだ。ならば、頭の悪いチンピラではない。
 だが泥棒ならさっさと逃げているはずだ。この扉の向こうにいる相手は、まったく逃げる気配がない。
 緊張に手が止まる。ランバートは胸元に手をやり、昨日のカードを手で確認する。いざとなればいつでもこれを使えるように。
 そうして一気に扉を開けた。石造りの床に簡素なベッドとテーブルセットだけの殺風景な部屋。そこに色を添えたのは、夜だった。

「なん、で……」

 思わず素の自分が出た事に、ランバート自身が驚いた。だがそれ以上に驚いたのは、そこに居た人物だった。
 窓を開け放ち、長い黒髪を後ろで簡単に結んだだけの男は、そこに居るだけで空気を変える。いつもは髪で隠れている横顔が露わになると、本当に整った綺麗なラインをむすんでいるのが分かる。切れ長の黒い瞳が、雑然とした通りからランバートへと移った。

「いつもこんなに遅いのか?」
「あぁ、そうだけど……。って、だからなんで貴方がここにいるんです!」

 ランバートの狼狽に、ファウストは楽しげに笑った。形のよい薄い唇が笑みを形作るのは、見惚れる程に艶っぽい。
 簡素な服装はランバートと同じ、飾りのない機能性重視の古着。スラックスも質素なものだ。ただ、纏う空気と整った顔立ちが全てのマイナスを消して余りある。

「顔を見に来ただけだ。それにしても、もう少し物を置いたらどうだ? さすがにこれは殺風景すぎるだろ」
「いや、そんなのどうでもいいだろ。ってか、勘弁してください。顔を見に来ただけって、そんな理由で騎士団の要の人がふらふらと」

 扉を閉めて声を落とし、がっくりと疲れ切った顔をしたランバートに、ファウストは楽しげな表情を浮かべる。その顔があまりに俗っぽくて、ランバートもそれ以上は言わなかった。

「お前、普段はそんな話し方をするんだな」
「悪いですか?」
「いや、そっちのほうがお前の不敵さが出てらしいと思ってな。下町暮らしが続いて、切り替えがきかないか?」
「放っておいてください」

 ふてくされたランバートを更に笑った後で、ファウストの表情がふわりと柔らかなものになった。それを見ると、心配させていたのかと思える。この人は案外心配性なんだろう。

「それにしても、一瞬敵かと思って焦りました」
「敵だったら戦うか?」
「相手がそのつもりなら、とりあえずはそうするでしょう。別に殲滅しなくても隙が作れれば逃げられます」
「俺が敵でなくてよかったな。俺なら、絶対に逃がさない」
「貴方が敵なら間違いなく降参してます」

 ようやく表面だけは騎士団モードに切り替えたが、どうも表情や気分までは上手くいかない。おそらく、雑さが見えているだろう。それを証拠に、ファウストは随分楽しそうだ。
 窓際からテーブルセットへと移ったファウストが腰を下ろし、足を組む。だが長身のファウストには一般の尺は合わない。足が上手くテーブルの下に収まりきらず、持て余している。

「窮屈だな」
「ご自分の足の長さを考えれば分かるでしょ」

 そうは言うが、ランバートだって長身だ。並べば十センチは差があるが、それでもいつも足がおさまりきらない。
 溜息をついたランバートは素早く台所に立つと、ポットを火にかけてお湯を沸かす。茶葉を用意し、慣れた手つきでお茶を淹れると、それをファウストの前に出す。お茶うけは昨日買ったオレンジを櫛切りにした。

「慣れてるな」
「何なら今度、手料理も用意しましょうか? 貴方を相手になら、腕の振るいがいもあるってものです」

 ランバートの挑戦的な瞳を覗き込み、ファウストは薄く笑う。まるで子供を見るような余裕の表情に感情が揺れる。なんだか悔しいのだ。

「楽しみにしておこう。それにしても、お前は随分と多才だな」
「趣味が多い分だけ、出来ることが多いだけです。料理に薬学、医学に裁縫、絵画、音楽。学ぶ事は知的好奇心を満たし、一定の評価を得ることで自信を得る。けれど俺は、そこで終わりです。自分が満足してしまうとそれ以上の興味が生まれなくなってしまう。そして今、俺は未だに見えない満足感と知的好奇心を満たすために、騎士団にいるんですよ」

 ファウストがお茶を飲む手を止めた。夜のような黒い瞳が、心の底まで覗き込むように見ている。だからだろう。もう少しだけ話そうと思ったのは。

「俺にとって、俺ではない他人は常に興味の対象です。ただそれは普通の人ではない。毎日を安泰に、平和に暮らす幸せな人でも、私腹を肥やす醜い豚でも、外見を重視するあまり着飾り、身動きが取れなくなった憐れな貴族でもない。常に己の志を大切にし、その為に切磋琢磨する。そういう人の傍がいい。人の価値はその人が持っている強さと理想の高さ、そして願いの強さだと思っています。そういうものを持っている人が多い騎士団だからこそ、俺は興味があります」
「なぜ、騎兵府を選んだ」

 ファウストの真っ直ぐな瞳を見るランバートは、曖昧な表情を浮かべる。微笑む事すら若干失敗したみたいだ。

「何故と言われると困ります。怒られそうだ」
「俺の中だけで留める」
「……自分の価値って、なんなのでしょうね」

 ランバートは明確な答えの代わりに、そんな疑問を投げかけた。

「さっ、それを飲んだら帰ってください。この狭い部屋じゃ、貴方を泊めるわけにはゆきませんから」

 これ以上は話さないと、ランバートは一方的に話しを切り上げる。これ以上は困るのだ。本当に、怒られてしまいそうで。
 冷めてしまったお茶を飲み干して、ファウストは大人しく立ち上がり出て行く。窓からファウストが真っ直ぐに城へと帰る後ろ姿を見送って、ランバートはようやく一日を終えたのだった。
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