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1章:騎兵府襲撃事件
16話:嵐の後
心地よい眠りからゆっくりと覚醒していくにつれて、ランバートはいつもとは違う事に気づきだした。柔らかなベッドの感触、温かい体。それに人の気配を感じる。
ゆっくり目を開けるとすぐに人肌が見えた。規則正しい心音と、温かい熱。だがそれが誰か思い出せない。寝ぼけた頭で昨夜の事を思い出していると、不意に頭上から声が降りてきた。
「まだ時間が早い。もう少し眠れ」
低い声、ふわりと香る肌の匂いは知っている。恐る恐る見上げると、やっぱりという人の黒い瞳とぶつかった。
「あの……なんで」
「俺の部屋だ、当たり前だろ」
「いや、そこじゃなくて」
この状況になってようやく思い出した。お風呂に入れてもらったまでは記憶にあるが、そこから先がない。ファウストが運んでくれて、そのままこの部屋で眠ってしまったのだろう。
途端に気恥ずかしさがこみ上げてくる。とりあえず顔を隠すように布団を被ると、上から楽しそうな笑い声がした。
「動けるようなら自分の部屋に戻るか? 一応俺はここに部下を入れないようにしている。こんなのを見られたら、何を言われるか」
「どうして入れないのですか?」
不意に湧いた疑問をぶつけると、途端に困った顔をされる。だがすぐに、その答えを教えてくれた。
「線引きは必要だ。それに俺は、自分の部下を恋人にするつもりはない」
「恋人は作らないんですか?」
「どうだろうな。少なくとも、本気になれないならいらない。だが多分、そんな日はこないだろう」
「もったいない」と、ランバートは思うものの口にはしなかった。何か理由があるのだろうし、踏み込めるような関係ではない。あまり深追いすれば今の心地よい関係が壊れてしまう。そんな危機感もあった。
ランバートは起き上がり、早々に退散することにした。腕も上がるようになってきたし、熱は下がっている。
ファウストから二日間の休養を言い渡されて戻ったランバートは、扉を開けてすぐにぶつかるような衝撃を受けて驚いた。
「ランバート!」
「ラウル! 起きてたのか」
飛び出してきた友人は今にも泣き出しそうな顔をしている。心配してくれたのだと知ると、胸のあたりがじわりと熱くなった。
「ランバート、大丈夫? 体、どこも痛くない? 拷問とか、おかしな事されなかった?」
立て続けの質問攻めに笑ったランバートは首を横に振る。さすがに真実はいえない。これを口外するのは同時に、ファウストのプライドを傷つけかねない。
穏やかに笑い、ラウルの柔らかな髪を撫でるランバートはとりあえず部屋へと入った。
「寝てていいよ。時間になったらご飯持ってくるね」
「有難う」
体は動くが、昨日の事件はそれなりに大きい。不用意に外に出れば質問攻めにあいそうだ。さすがに精神的に今は避けたい。ここは優しい友人の言葉に甘えるのが一番だ。
「本当に大丈夫? 顔色も悪いよ」
「大したことはないんだ。ラウルも有難う。俺たちの為に動いてくれてたんだろ?」
「仕事だし、何より友達の為だもん。二人が無事に戻ってきてくれるなら、何だってするよ」
「有難う、心強いよ」
少し寝不足気味な顔をしているラウルに笑みを浮かべ、ランバートはベッドに潜り込む。倒れるように布団に入ると、ふわりとあの人の香りがした。
どのくらいから、抱きしめられるようにして眠っていたのだろうか。髪や肌から不意に香る匂いを感じるのは、案外心地よい。情など交わしていないが、そんな気分になる。
ありえない事を考えているな……。
そう思いながら、ランバートはまたゆるゆると眠りへと落ちていった。
◆◇◆
一方ファウストは着替えて執務室へ向かおうとした。だが階下へ降りる階段の手前で、二人の男に捕まった。待ち構えていたのだろう二人はファウストを見ると道を塞ぐように立ちはだかる。
「シウス、オスカル」
「今日はお前の仕事はなしじゃ。早々に部屋へ戻れ」
「そういうこと。今日の仕事はないから安心しなよ、ファウスト」
そう言うと二人は、ファウストを連れてもと来た道を押し戻していく。結局出発地点である自室へと戻されたファウストだが、予想通り二人も部屋に入ってきた。
「なんじゃお前、珍しくベッドもそのままかえ」
面倒で起きた時のままにしていたベッドに目を止めたシウスが口にする。オスカルもそれを見て、途端にニヤリと口元を笑みの形にした。
「ふーん、ランバートをここに泊めたんだ」
「それがどうした」
もう隠すつもりも無く開き直るようにファウストは言う。だがその反応に驚いたのは、むしろ二人のほうだった。特にシウスなどは目を丸くしている。
「お前、ここには部下を入れないと言うて師団長クラスしか入れた事がなかったであろ。それをあの坊やは、しかもベッドまでとは。とうとう堅物のお前も折れたかえ?」
「違う! あいつがまともに立てる状態じゃなかったから運んだだけだ。それに、そうなったのは俺の責任だ」
「どういうことか、是非とも話を聞きたいな」
すっかり話の種にしたがっているオスカルをきつく睨み付け、ファウストは溜息をつく。そして二人の悪友に「誰かに言ったら斬る」と前置きをして、昨晩の話をした。
話しを聞き終えた二人は様々な顔をしている。特にこうした話には初心なシウスは、話しの濃さにぐったりといった様子だ。
「言っておくが、報告書にも上げないからな」
「いや、上げなくていいよ。さすがにさ」
「お前が上げても私の所で突っ返すわ、ばか者め。それにしてもあの坊やは、一体頭の中はどうなっておるのか」
ファウストの為に自分を犠牲にしたというのが、シウスの捉え方だろう。ファウストも同じように思った。だがオスカルは深刻そうな顔をして、呟くように口を開いた。
「難しくなんてないよ、シウス。彼の中ではとても簡単な話だ。彼の頭の中には、天秤が一つあるだけなんだと思うよ」
「天秤?」
ファウストが問い返す。ファウストも知りたかった。ランバートは一体何を思ってあんなことが出来たのか。何が彼をそこまでさせたのか。
昨日話したままなら、自分の為にそうしたという言い方だったが、本当にそうなのか。信じるにはあまりにショッキングで、ファウストもなかなか納得できずにいた。
「ランバートがファウストに出した答えは、そのままが正解だと思う。目の前でファウストが拷問を受け、もしかしたらそれが原因で剣を握れなくなってしまう。その予想される未来と、自分を犠牲にして好機を待つ方法。この二つを天秤にかけて出た答えが、自分の犠牲だった。ただそれだけの単純な判断だよ」
とても簡単な事だと言わんばかりのオスカルの答えに、ファウストは軽い頭痛を感じる。何よりあれは拷問そのものだった。目の前であんなものを見せられるくらいなら、まだ爪を剥がされたほうがましだ。
「気を付けないとね、ファウスト。こういう子は、決めると早いよ」
「何がだ?」
「死ぬこと。特にランバートは自分をとても軽視してると思う。騎兵府に入った理由だってそうでしょ? 生きている実感を得るためになんて、普通の入団理由じゃない。そしてこんなふうに自分を犠牲にできる奴は大抵、誰かの為に死ねると思ったら本当に躊躇わない」
「あの坊やは決断も早そうじゃ。だがしかし、なぜそのように思えるのか疑問だ。私ならば這ってでも生き延びたいと思うが」
「難しいね。美学とか、生き様とか、色々あるから。まぁ、育ちもあるかもね。だからこそ、気を付けないと。ファウスト、あの子を簡単に死なせたら駄目だよ。ちゃんと見張っておかないと」
「勝手にそういう怖い事を言うな、お前たちは」
疲れたように言うファウストは、本当は考えていた。彼らの言う事は間違っていない。何でもない顔で無理をするランバートは、確かに危うい。
だが言った所で聞きはしないだろう。ならば面倒を見られる人間が必要だ。あれを留め、抑えられる者が。
そうなると、俺なんだろうな。
不意に自分の中から出てきた答えに驚きながらも、ファウストは飲みこむことに成功した。
「まぁ、そういうことだ。俺は全く無傷だから仕事くらいはする」
「でも疲れたでしょ。今は暗府待ちだし、休める時に休まないと」
「こういう時だからこそ俺が姿を見せなければならない。騎兵府のトールがあれしきの事で休んだとなれば士気が下がる。姿を見せて健在だと示すだけでも意味がある」
「まぁ、道理か。では、執務室にいるように。辛くなったら鍵でも掛けて休め。よいな?」
「わかった」
本当は体を動かしてこの気持ちを吹き飛ばしたいのだが、そうなると心配性のこいつらに煩く言われそうだ。もしも無視すれば「陛下の権限で」というおまけ付きの謹慎になりかねない。それだけは御免だ。
「まぁ、もう少しのんびりしてから降りておいでよ。騎兵府も昨日ので疲れてるから、集合を一時間遅らせるように通達したしね」
「そうだな。では、もう少しゆっくりしていこう」
出て行く背を見送るファウストに軽くヒラヒラと手を振って、二人は部屋を出て行った。
◆◇◆
随分のんびりと起き、ベッドの上で肩に上着を引っ掛けた状態で読書をしていたランバートは、不意にしたノックの音に視線を上げる。見れば時刻は遅い昼食時。
ベッドから抜け出して扉を開けたランバートは視線を低くしていた。だから、そこに立っていた相手をすぐには認識できなかった。
「ラウ……ル?」
「悪かったな、彼じゃなくて」
上からした声に視線を上げれば、少し高い位置に端整な顔がある。それを見て、ランバートは大いに驚いた。
「ファウスト様、なんで」
「昼食を届けるついでに、お前に知らせておきたい事があってな。入るぞ」
ファウストを招き入れ、とりあえずテーブルセットへと案内する。食事のトレーを置いて腰を下ろしたファウストの前に、ランバートもお茶を淹れて差し出した。
「腕はもう大丈夫そうだな」
「はい、おかげさまで。握力もだいぶ戻りましたし、腕も上がります。先ほどエリオット様がいらして、マッサージをしてくださいましたし」
「そうか」
安堵した表情のファウストなど久々に見たような気がする。その穏やかな様子に、ランバートも落ち着くものがあった。
「それで、俺に知らせたい事とはなんですか?」
「悪い知らせと良い知らせ、どちらを先に聞きたい?」
「悪いほうからで」
「サイラスが死んだ」
昼食を食べながら何気なく話を進めたが、これには流石に驚いて食事が喉に詰まりそうになる。慌てて水で流し込み、ファウストを見た。その表情に、嘘や冗談の影はない。
「武器などは全部取り上げたはずですが、なぜ」
「口の中に毒薬を入れたカプセルを仕込んでいたようだ。それを飲んだ」
これで重要な情報源を失った。騎士団にとって何よりの痛手。せっかく生かして捕らえたというのに、なんという失態だろう。こんなことになるなら、やられた分だけ痛めつけてやればよかった。
「だが、他に捕えた雑魚と奴に協力していた貴族連中から情報を聞きだせた。奴らは次の聖ユーミル祭で何かやるつもりらしい」
「聖ユーミル祭で?」
ランバートは怪訝な顔で考え込んだ。
帝国には神祭と呼ばれる神事が六つあり、その中でも大きなものが四つある。これは帝国の建国の王と、彼に力を貸し、導いた聖人を祭る大切な神事で、彼らは死後に神となったと言われている。
その四大神祭の一つが、聖ユーミル祭。彼は神託を王にもたらした神子であり、特に宗教関係者からの支持が強く、守護者となっている。
だがこれが、ランバートには引っかかっている。
「ルシオ派はこれまで神祭の時には動かなかったはずです。ましてそれを利用して陛下を攻撃するなんて、あるでしょうか? 奴らが本当にルシオ派の人間なのか疑問です。もしくは組織内で何か異変が起こり、考えを変えたのか」
「お前、どうして今回の事件がルシオ派の仕業だと知っている?」
凍るような冷たさのある声に、ランバートはハッとしてファウストを見る。怖いくらいの笑みがこちらを見るのは背筋が寒くなる思いだった。
「こんなの、誰だって知って……」
「馬鹿を言うな! これは団長クラスしか知らない事だぞ。持っていた不審なカードといい、靴といい、一体どこからそんなものを仕入れてきた」
完全にまずい事を口にした。そうは思っても出てしまったものは後の祭り。ランバートは言い訳を必死で考えるが、結局思い浮かばずにこってりと、ファウストに絞られることとなったのである。
ゆっくり目を開けるとすぐに人肌が見えた。規則正しい心音と、温かい熱。だがそれが誰か思い出せない。寝ぼけた頭で昨夜の事を思い出していると、不意に頭上から声が降りてきた。
「まだ時間が早い。もう少し眠れ」
低い声、ふわりと香る肌の匂いは知っている。恐る恐る見上げると、やっぱりという人の黒い瞳とぶつかった。
「あの……なんで」
「俺の部屋だ、当たり前だろ」
「いや、そこじゃなくて」
この状況になってようやく思い出した。お風呂に入れてもらったまでは記憶にあるが、そこから先がない。ファウストが運んでくれて、そのままこの部屋で眠ってしまったのだろう。
途端に気恥ずかしさがこみ上げてくる。とりあえず顔を隠すように布団を被ると、上から楽しそうな笑い声がした。
「動けるようなら自分の部屋に戻るか? 一応俺はここに部下を入れないようにしている。こんなのを見られたら、何を言われるか」
「どうして入れないのですか?」
不意に湧いた疑問をぶつけると、途端に困った顔をされる。だがすぐに、その答えを教えてくれた。
「線引きは必要だ。それに俺は、自分の部下を恋人にするつもりはない」
「恋人は作らないんですか?」
「どうだろうな。少なくとも、本気になれないならいらない。だが多分、そんな日はこないだろう」
「もったいない」と、ランバートは思うものの口にはしなかった。何か理由があるのだろうし、踏み込めるような関係ではない。あまり深追いすれば今の心地よい関係が壊れてしまう。そんな危機感もあった。
ランバートは起き上がり、早々に退散することにした。腕も上がるようになってきたし、熱は下がっている。
ファウストから二日間の休養を言い渡されて戻ったランバートは、扉を開けてすぐにぶつかるような衝撃を受けて驚いた。
「ランバート!」
「ラウル! 起きてたのか」
飛び出してきた友人は今にも泣き出しそうな顔をしている。心配してくれたのだと知ると、胸のあたりがじわりと熱くなった。
「ランバート、大丈夫? 体、どこも痛くない? 拷問とか、おかしな事されなかった?」
立て続けの質問攻めに笑ったランバートは首を横に振る。さすがに真実はいえない。これを口外するのは同時に、ファウストのプライドを傷つけかねない。
穏やかに笑い、ラウルの柔らかな髪を撫でるランバートはとりあえず部屋へと入った。
「寝てていいよ。時間になったらご飯持ってくるね」
「有難う」
体は動くが、昨日の事件はそれなりに大きい。不用意に外に出れば質問攻めにあいそうだ。さすがに精神的に今は避けたい。ここは優しい友人の言葉に甘えるのが一番だ。
「本当に大丈夫? 顔色も悪いよ」
「大したことはないんだ。ラウルも有難う。俺たちの為に動いてくれてたんだろ?」
「仕事だし、何より友達の為だもん。二人が無事に戻ってきてくれるなら、何だってするよ」
「有難う、心強いよ」
少し寝不足気味な顔をしているラウルに笑みを浮かべ、ランバートはベッドに潜り込む。倒れるように布団に入ると、ふわりとあの人の香りがした。
どのくらいから、抱きしめられるようにして眠っていたのだろうか。髪や肌から不意に香る匂いを感じるのは、案外心地よい。情など交わしていないが、そんな気分になる。
ありえない事を考えているな……。
そう思いながら、ランバートはまたゆるゆると眠りへと落ちていった。
◆◇◆
一方ファウストは着替えて執務室へ向かおうとした。だが階下へ降りる階段の手前で、二人の男に捕まった。待ち構えていたのだろう二人はファウストを見ると道を塞ぐように立ちはだかる。
「シウス、オスカル」
「今日はお前の仕事はなしじゃ。早々に部屋へ戻れ」
「そういうこと。今日の仕事はないから安心しなよ、ファウスト」
そう言うと二人は、ファウストを連れてもと来た道を押し戻していく。結局出発地点である自室へと戻されたファウストだが、予想通り二人も部屋に入ってきた。
「なんじゃお前、珍しくベッドもそのままかえ」
面倒で起きた時のままにしていたベッドに目を止めたシウスが口にする。オスカルもそれを見て、途端にニヤリと口元を笑みの形にした。
「ふーん、ランバートをここに泊めたんだ」
「それがどうした」
もう隠すつもりも無く開き直るようにファウストは言う。だがその反応に驚いたのは、むしろ二人のほうだった。特にシウスなどは目を丸くしている。
「お前、ここには部下を入れないと言うて師団長クラスしか入れた事がなかったであろ。それをあの坊やは、しかもベッドまでとは。とうとう堅物のお前も折れたかえ?」
「違う! あいつがまともに立てる状態じゃなかったから運んだだけだ。それに、そうなったのは俺の責任だ」
「どういうことか、是非とも話を聞きたいな」
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話しを聞き終えた二人は様々な顔をしている。特にこうした話には初心なシウスは、話しの濃さにぐったりといった様子だ。
「言っておくが、報告書にも上げないからな」
「いや、上げなくていいよ。さすがにさ」
「お前が上げても私の所で突っ返すわ、ばか者め。それにしてもあの坊やは、一体頭の中はどうなっておるのか」
ファウストの為に自分を犠牲にしたというのが、シウスの捉え方だろう。ファウストも同じように思った。だがオスカルは深刻そうな顔をして、呟くように口を開いた。
「難しくなんてないよ、シウス。彼の中ではとても簡単な話だ。彼の頭の中には、天秤が一つあるだけなんだと思うよ」
「天秤?」
ファウストが問い返す。ファウストも知りたかった。ランバートは一体何を思ってあんなことが出来たのか。何が彼をそこまでさせたのか。
昨日話したままなら、自分の為にそうしたという言い方だったが、本当にそうなのか。信じるにはあまりにショッキングで、ファウストもなかなか納得できずにいた。
「ランバートがファウストに出した答えは、そのままが正解だと思う。目の前でファウストが拷問を受け、もしかしたらそれが原因で剣を握れなくなってしまう。その予想される未来と、自分を犠牲にして好機を待つ方法。この二つを天秤にかけて出た答えが、自分の犠牲だった。ただそれだけの単純な判断だよ」
とても簡単な事だと言わんばかりのオスカルの答えに、ファウストは軽い頭痛を感じる。何よりあれは拷問そのものだった。目の前であんなものを見せられるくらいなら、まだ爪を剥がされたほうがましだ。
「気を付けないとね、ファウスト。こういう子は、決めると早いよ」
「何がだ?」
「死ぬこと。特にランバートは自分をとても軽視してると思う。騎兵府に入った理由だってそうでしょ? 生きている実感を得るためになんて、普通の入団理由じゃない。そしてこんなふうに自分を犠牲にできる奴は大抵、誰かの為に死ねると思ったら本当に躊躇わない」
「あの坊やは決断も早そうじゃ。だがしかし、なぜそのように思えるのか疑問だ。私ならば這ってでも生き延びたいと思うが」
「難しいね。美学とか、生き様とか、色々あるから。まぁ、育ちもあるかもね。だからこそ、気を付けないと。ファウスト、あの子を簡単に死なせたら駄目だよ。ちゃんと見張っておかないと」
「勝手にそういう怖い事を言うな、お前たちは」
疲れたように言うファウストは、本当は考えていた。彼らの言う事は間違っていない。何でもない顔で無理をするランバートは、確かに危うい。
だが言った所で聞きはしないだろう。ならば面倒を見られる人間が必要だ。あれを留め、抑えられる者が。
そうなると、俺なんだろうな。
不意に自分の中から出てきた答えに驚きながらも、ファウストは飲みこむことに成功した。
「まぁ、そういうことだ。俺は全く無傷だから仕事くらいはする」
「でも疲れたでしょ。今は暗府待ちだし、休める時に休まないと」
「こういう時だからこそ俺が姿を見せなければならない。騎兵府のトールがあれしきの事で休んだとなれば士気が下がる。姿を見せて健在だと示すだけでも意味がある」
「まぁ、道理か。では、執務室にいるように。辛くなったら鍵でも掛けて休め。よいな?」
「わかった」
本当は体を動かしてこの気持ちを吹き飛ばしたいのだが、そうなると心配性のこいつらに煩く言われそうだ。もしも無視すれば「陛下の権限で」というおまけ付きの謹慎になりかねない。それだけは御免だ。
「まぁ、もう少しのんびりしてから降りておいでよ。騎兵府も昨日ので疲れてるから、集合を一時間遅らせるように通達したしね」
「そうだな。では、もう少しゆっくりしていこう」
出て行く背を見送るファウストに軽くヒラヒラと手を振って、二人は部屋を出て行った。
◆◇◆
随分のんびりと起き、ベッドの上で肩に上着を引っ掛けた状態で読書をしていたランバートは、不意にしたノックの音に視線を上げる。見れば時刻は遅い昼食時。
ベッドから抜け出して扉を開けたランバートは視線を低くしていた。だから、そこに立っていた相手をすぐには認識できなかった。
「ラウ……ル?」
「悪かったな、彼じゃなくて」
上からした声に視線を上げれば、少し高い位置に端整な顔がある。それを見て、ランバートは大いに驚いた。
「ファウスト様、なんで」
「昼食を届けるついでに、お前に知らせておきたい事があってな。入るぞ」
ファウストを招き入れ、とりあえずテーブルセットへと案内する。食事のトレーを置いて腰を下ろしたファウストの前に、ランバートもお茶を淹れて差し出した。
「腕はもう大丈夫そうだな」
「はい、おかげさまで。握力もだいぶ戻りましたし、腕も上がります。先ほどエリオット様がいらして、マッサージをしてくださいましたし」
「そうか」
安堵した表情のファウストなど久々に見たような気がする。その穏やかな様子に、ランバートも落ち着くものがあった。
「それで、俺に知らせたい事とはなんですか?」
「悪い知らせと良い知らせ、どちらを先に聞きたい?」
「悪いほうからで」
「サイラスが死んだ」
昼食を食べながら何気なく話を進めたが、これには流石に驚いて食事が喉に詰まりそうになる。慌てて水で流し込み、ファウストを見た。その表情に、嘘や冗談の影はない。
「武器などは全部取り上げたはずですが、なぜ」
「口の中に毒薬を入れたカプセルを仕込んでいたようだ。それを飲んだ」
これで重要な情報源を失った。騎士団にとって何よりの痛手。せっかく生かして捕らえたというのに、なんという失態だろう。こんなことになるなら、やられた分だけ痛めつけてやればよかった。
「だが、他に捕えた雑魚と奴に協力していた貴族連中から情報を聞きだせた。奴らは次の聖ユーミル祭で何かやるつもりらしい」
「聖ユーミル祭で?」
ランバートは怪訝な顔で考え込んだ。
帝国には神祭と呼ばれる神事が六つあり、その中でも大きなものが四つある。これは帝国の建国の王と、彼に力を貸し、導いた聖人を祭る大切な神事で、彼らは死後に神となったと言われている。
その四大神祭の一つが、聖ユーミル祭。彼は神託を王にもたらした神子であり、特に宗教関係者からの支持が強く、守護者となっている。
だがこれが、ランバートには引っかかっている。
「ルシオ派はこれまで神祭の時には動かなかったはずです。ましてそれを利用して陛下を攻撃するなんて、あるでしょうか? 奴らが本当にルシオ派の人間なのか疑問です。もしくは組織内で何か異変が起こり、考えを変えたのか」
「お前、どうして今回の事件がルシオ派の仕業だと知っている?」
凍るような冷たさのある声に、ランバートはハッとしてファウストを見る。怖いくらいの笑みがこちらを見るのは背筋が寒くなる思いだった。
「こんなの、誰だって知って……」
「馬鹿を言うな! これは団長クラスしか知らない事だぞ。持っていた不審なカードといい、靴といい、一体どこからそんなものを仕入れてきた」
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✧毎日7時40分+17時40分に更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧