恋愛騎士物語アフター!

凪瀬夜霧

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帝国海軍海上訓練事件

5話:波間に消ゆ

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 外海というものを目視したのは初めてだった。いや、ここから先が外海だと言われなければ分からないけれど。
 見渡す限りの海が広がる。ただほんの少し強い風が吹いているように思えた。

「砲弾用意! 撃て!」

 射撃訓練の時、あまりに大きな音がして驚いて腰が抜けそうだった。反動で揺れた船にそのまま尻餅をついたクリフをピアースが後ろから抱えてくれて、安全な場所まで連れて行ってくれた。

「驚いたか?」
「凄い音と振動」
「二十もある大砲が一気に砲撃するからな。それでもトレヴァーの操船なら危険な程は揺れてない」

 舵を握るトレヴァーは反動を考えてか細かく舵を動かしている。それに風を読んでいるのか、少ない人でも安定した航行を行っている。
 第三は地味だ、なんて言う人がいる。でも、そんな事全然ない。海の上の彼らは、とても格好いい。

 砲撃訓練はトビー監修の元、滞りなく行われた。そしてそろそろ王都へ帰港する事となった。

「今日は一番後方なんだね」

 夜になり、海上をゆっくりと進む船の甲板で、クリフはぼんやりとピアースに聞いた。

「ガレオンは新人と二年目、三年目で構成されている。後方で何かあれば経験不足でやられるからな。外海側を守る奴もいるんだよ」
「頼りにされてるんだね」
「くすぐったいよな」

 なんて、嬉しそうな顔で笑うピアースがとても格好いい。彼を見つめ、クリフも柔らかく微笑んだ。

「ピアース、格好いいね」
「え?」
「僕、この訓練に参加できてよかった。ピアースの素敵な姿を沢山見られて良かったよ」

 伝えたら、ピアースは少し恥ずかしそうな顔をする。日に焼けた肌がほんのりと色づいて、視線が泳いで。でも次にはこちらを見てお日様みたいな笑顔をくれる。昔と変わらない、勇気をもらえる笑顔だ。

「これから王都に戻るの?」
「あぁ。今もゆっくりと戻ってる。前はジェームダルの沿岸を航行していたけれど帰りは早い。ここからルテア島の沖合を横切って直進だ」

 残り日程は数日だけれど大丈夫らしい。まぁ、数日遅れても誤差の範囲らしかった。
 穏やかな夜風がそよぐ。そのせいか、船の進みはゆっくり。今はトレヴァーが舵を取り、ピアースが甲板に留まっている。トビーは寝ているだろう。
 とても静かな夜。そこに突如警戒の声が走った。

「伝令! 左舷に所属不明のガレオン船が二隻!」
「!」

 一番高いマストの上で見張りをしている隊員の声にピアースが素早く反応し、トレヴァーも緊張する。クリフの側を離れたピアースは伝令へと声をかけた。

「国旗は!」
「ありません!」
「武装は!」
「この暗がりでは……待ってください! 砲門が!」

 そう慌てて声を上げた直後だった。

 ドォォォォン!

 という腹の底に響くような轟音の後、激しい水柱が幾筋も上がり大きく船が傾く。その揺れは訓練時の比ではなく、船縁から少し離れていたクリフは大きく体が左に傾き滑っていくのを感じて焦った。
 向いた左側は海に近い。どうにか踏ん張るうちに右側へと今度は傾いて足を取られて甲板を滑る。声を上げ、マストの根元に体を打ち付け痛みに耐える間に再びあの轟音と水柱。再度左側へと傾くのに、もう抵抗もできなかった。
 滑っていく。このままでは投げ出される! 恐怖に身がすくむ。声も上げられない。クリフ自身は有益にはなったものの強くなったわけじゃない。逃げる事に特化はしても握力が強くなったわけじゃない。
 それでももがくように何か掴もうと手を伸ばした。がむしゃらに。落ちたら死ぬのだと分かっていて、何もしないではいられない。大切な人と離ればなれなんて嫌だ!

 ロープが見える。必死に手を伸ばして掴んだ。手の平がロープに擦れて熱くて痛い。皮は擦りむけ血の臭いがする。それでも離せない。離したら終わる。必死だ。
 でも、引っ張られる力には敵わなかった。
 自重を支えられない手が離れる。足下はもう海だ。暗い夜の海が大きな口を開けて飲み込もうとしている。それをただ、待つしかないのかと目を瞑った。

 その時、ロープではないものがクリフの腕を掴んだ。温かく、確かな肉の感触。必死に掴んでくれる強い力。

「クリフ!」
「ピアース!」

 ロープを片手に、今にも落ちそうなクリフの腕をピアースは掴んでいた。離さないとする力強い腕が引き寄せる。クリフも力を振り絞ってその腕につかまった。

「よし!」

 反動で再び右側へと傾き始める。宙に浮くような感覚で今度は右に。そして、掴んでいるピアースの腕の中へと飛び込んだ。
 しっかりと受け止めてくれる強い腕。かき抱くような手が少し震えたまま背中へと回っている。こんな状況なのに、それが酷く安心した。

「敵船視認! 砲門開放! 装填!」
「装填了解! 狙い、敵ガレオン船! 撃て!」

 ズドォォォンという腹に響く音が再びする。だがそれは自分達の足下。寝ていたのだろうトビー達が飛び起きて、砲撃を開始したようだ。
 気づけば太鼓の音がしている。救援を求めるものだ。同時に信号用のランプを持った隊員が敵船へと向かい何やら信号を送っている。だが、相手方から返ってくる様子はない。

 激しい水柱を双方が上げている。揺れる甲板では不慣れなクリフなど動けない。それは恐らく一年目の隊員も同じだ。これが遠洋での航海初経験、敵からの攻撃など本来は想定していないものだ。

「クリフは下に! 一年目も下に行って砲撃に参加しろ! 経験のある奴を上に頼む!」
「はい!」

 ほんの少し攻撃が止んで安定した瞬間を狙い、クリフと一年目の隊員は甲板の下へと転がり込んだ。そこも大騒動ではある。敵船へと向かっている大砲には隊員がつき、玉を込めたり火薬を装填していたりだ。

「クリフ無事か!」
「トビー!」

 寝ていたまま飛び起きてきたのだろう崩れた服のまま、トビーは忙しく隊員に声をかけている。早く鋭く遠くまで飛ぶ砲弾が敵船へとめり込み、小さな穴を開ける。だが位置が高いのか転覆には至らないようだ。

「経験の豊富な人に上にきてほしいそうです」
「分かった。数人行ってやれ! 一年目、打ち手やれ!」
「ですが、俺達じゃ」
「四の五の言っている間に沈められるぞ! 経験は今だ! ここを生き残れなければ全員海の藻屑なんだぞ!」
「はい!」

 怒鳴られ、慌てて一年目が大砲の前に行く。そして様子を見ている隊員の合図で導火線に火を付ける。発射の反動で大きく下がる大砲にぶつかりよろめく人もいる。相手方の攻撃で大きく傾くのに足を取られる人もいる。経験の浅い人は足が震えている。
 この場面を、クリフは何度も目にした。陸でも同じだ。経験の浅い隊員は目の前で起こる事に尻込みし、足は震え引きつった顔をする。怖いんだ、全てが。命を奪う覚悟も、奪われる覚悟もできていない。それどころか誰かを傷つける覚悟もない。
 分かる、クリフも同じだったんだ。
 でも今は、違うんだ。

「皆さん、大丈夫です! 僕が全力で皆さんを助けます! 怪我をしたなら僕がいます! 絶対に誰も、失わせたりしませんから!」

 クリフに出来るのはそれだけ。戦場から医療府まで、現場で命を繋ぐ役割。例え無理だったとしても、一人では死なせない。それだけが唯一なんだ。

 隊員達が驚いた顔をする。けれど次には、グッと腹に力が入ったのを感じた。

「俺達、死にませんか?」
「はい」
「……頑張ります!」

 目に必死さが宿った。そして、足の震えが止まった。
 現場にいる事を選ぶクリフの頭を、トビーが撫でて笑う。ニッと、明るいものだ。

「よし、気合い入った。ありがとな、クリフ」
「いいえ。僕は僕の使命を果たします」
「おう!」

 ニッカと笑うトビーに笑い返し、クリフは強い目で辺りを見回した。

 その時、一人の隊員が慌てて中へと駆け込んできた。

「報告! ピアース先輩が負傷! トビー先輩、甲板をお願いします!」
「ピアースが!」

 驚いたトビーが飛び出していく。クリフも血の気が引け、追いかけて上へと向かう。するとピアースが甲板に倒れているのを見た。

「ピアース!」
「どうした!」
「見張りが落ちたのを助けようとしたんだ。直撃じゃないが巻き込まれた」

 トレヴァーの言葉にクリフが飛び出し、伸びている見張りとピアースを甲板下へと引っ張っていく。そうして診察室へと放り込んで具合を診た。
 幸い二人ともちゃんと息をしている。目撃した隊員の話を聞き、触診をすると見張りの隊員は指の骨が折れていた。

「どうしてこんな」
「余っている帆を張って受け止めたんですが、揺れて。ピアース先輩は最後まで布を張るようにしていたんですが、無理があって受け止めた時の衝撃で倒されてしまって」
「下敷きになったわけじゃ?」
「恐らく大丈夫だと。ただ、激しく打ち付けたのは確かです。あと、腕も負傷しているかもしれません」

 恐らく腕はクリフを引き寄せた時だ。あの時、ピアースは腕一本で掴んでいた。それで筋を痛めたのかもしれない。
 幸い脳しんとうだろう。外ではまだ激しい戦闘が続いている。二人を治療し、クリフは早くこの事態が終わるよう願う他になかった。

▼トビー

 突然の敵襲が経験の浅い隊員の動きを混乱に落とし込んでいる。普段ならこんなことにはならない。いつも船に乗るメンバーは同じだ、本来は。
 ピアースの代わりに甲板に出たトビーは初めてしっかりと現場を目視した。左側から二艘のガレオン船がこちらへ向かい攻撃をしている。横っ腹を突かれる形だ。それに対してこちらは後手に回っている。
 風は外海から帝国側へと弱い追い風。だが潮は帝国側から外海へと向かっている。現在、潮の流れの方がやや優勢で速度が出ない。このまま帝国側へと向かって行っても速度に乗れない。

 一応、寝ていた隊員を叩き起こして三層目に向かわせオールを持たせ漕ぐように言っている。だがそれでもほんの少しの助けでしかない。風の力があればマシだが、今はそれも期待できない。
 このままじゃ間違いなく劣勢を覆せない。大砲の飛距離はあっても長時間はもたない。何より訓練後で砲弾の数も減っている。部下の練度も甘く心がへし折れる。

 どうすべきか考える。そこに、相棒の声が聞こえた。

「トビー!」
「!」

 操舵用の高い位置にいるトレヴァーの声に顔を上げたトビーに、彼はニッと笑う。不適に、挑戦的に。つまりこのまま逃げなど考えていない。むしろ、既に少しずつ動いている。その思惑を読んだ。

「帆を畳め! 左舷オール調整、右舷頑張れ! 大砲、左舷側に集中しろ!」

 トビーの声に隊員が慌てて動く。ささやか程度の風に頼る事を止め、船は大きく左側へと回ろうとしている。逃げるのではなく迎え撃つのだ。

 それを感じたのか、敵船も同じように逃げを打とうとするがそれを許しはしない。大砲が火を噴き幾つかが大きく揺れて船体に穴を開ける。やや沈みかけている状況でようやく船は旗を揚げた。
 黒地に髑髏、海賊旗だ。
 だが、誰がそれを信じる。白々しい嘘などついてもバレバレなんだ。ルアテ島の海賊達がそうバンバン大砲を撃ち込めるはずがない。しかもこの精度の大砲を持てるわけがない。日々生きる事に一杯の奴らは最新の大砲など買わない。そんなものに金を使うなら少しでも多くの食べ物を、薬を求めるんだ。
 何より、商船に偽装した武装ガレオン船なんて奴らは考えはしないんだよ。

「ウェールズの船による領海侵犯だ! 一切の容赦は不要!」

 トレヴァーの言葉に隊員も声を上げてそれぞれの仕事をする。逃げの手を打ったガレオン船が逃げようとするが、穴を開けられた船はバランスが崩れた所に急角度での旋回が仇となったのだろう。見る間に船は傾き横転した。
 その横をトビー達が通り過ぎ、逃げる船に追いつき砲撃をしかける。相手側も応戦してくるが明らかに勢いがそげた。

「トレヴァー、白鯨戦に切り替えろ!」
「接近用意! 標的は敵ガレオン船!」

 トレヴァーが少しずつ相手側へと船を寄せていく。左舷がドンッと相手の船に当たりそうになる。相手に対してこちらは大きく安定している。当たり負けはあっちだ。
 衝撃と木の軋む音がする中、トビーは真っ先に相手方へと乗り移り甲板の上にいる奴らへと仕掛けた。

「お前達は帝国の領海を侵している。大人しく降伏するのなら捕縛する。抵抗するなら容赦はしない!」

 甲板にいた数人が慌てた顔をしたが、それで言うことを聞くような奴らじゃない。一斉に剣を抜くのを見てトビーも剣を握った。
 船上の戦いは足場の悪さもあってどっしり踏ん張る重い感じではいられない。常に感覚でバランスを取る必要がある。ある意味遠距離攻撃の方が適しているとも言える。
 槍を使うウルバスやトレヴァーに対し、トビーは剣の方が馴染んだ。

 突進するような奴の足をひっかけて転倒させ、他からの奴は横一線の斬撃で剣を飛ばす。その後素早く沈み込み足を払えばこちらも転ぶ。

「野郎!」

 重い棘のついた鉄球に鎖のついた武器。モーニングスターと呼ばれる凶悪なものだ。こんなのが直撃したら骨が砕ける。それを仲間もいる中で振り回す馬鹿を、トビーは冷静に見ていた。
 こいつは振り回した遠心力も使って横合いから敵を打ち付ける。だが同時に先端の鉄球は重く繊細な動きはできない。結果、攻撃は単調で一度放てば手元に戻すのに隙が出来る。それを見切ればいいだけだ。
 凶悪な鉄球がトビー目指して投げられる。狙いは悪くないが、こちらは鬼上司ウルバスと軍神ファウストの手ほどきを受けているんだ。こんなもの、当たるわけがない!
 鉄球がトビーの所へ到達するよりも先にトビーは踏み込んだ。脇を棘のついた鉄球が通り過ぎていく。素早い動きは鉄球を戻すよりも速く敵へと到達し、鋭い切っ先は男の筋を綺麗に切った。

「ぎゃぁぁぁぁ!」

 悲鳴を上げてのたうつ巨漢を足蹴に、トビーは更に甲板を駆ける。第二には劣るがこれでも素早い。間を抜いて、その間に武器を弾き飛ばして。
 そのうちに帝国側から更に増援が駆けつけ、船は早々に制圧できた。

 安心して息を吐き、腕や首を回して自身の船へと戻ってきたトビーにトレヴァーが笑ってハイタッチをする。そうして一息ついたと思った矢先、背後で隊員の悲鳴にも似た怒号が起こった。

「トビー先輩!」
「!」

 声に気づいて振り向くのと、巨漢が全力で体当たりしたのは同時だった。
 船縁だったのも悪かったし、何より相手は己の保身など考えていなかった。体は弾き飛ばされるように縁を越えて暗い海へ。巨漢の男も腕に縄を掛けられたまま一緒に落ちていく。
 衝撃と、痛みと、冷たい水。真っ逆さまに落ちたトビーは全身に感じる痛みから、完全に気を失ってしまった。
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