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夫の養女に転生した私はあなたの愛を知る

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私はリュシー、11歳。物心ついた時には孤児院にいたので姓はわからない。両親の顔も覚えていない。

そんな私はこの度遠い土地へ養子に行くことが決まった。孤児院はそんなに悪い所ではなかったし、兄弟姉妹みたいな仲間もいた。だから、養子になるのはあまり嬉しくなかった。

馬車で長いこと揺られ、これからお世話になる家までやってきた。不思議なことに、周辺の景色を見て私はなんだか懐かしいような気がした――海の見える景色なんて来たことはないはずなのに。 

到着したのは想像より大きなお屋敷で、自分なんかがこんな所に住むなんて信じられなかった。

「ここで働くことになるのかしら?」

そう思いながら、使用人に案内されて家主の書斎を訪れる。
書棚に囲まれた大きな机に向かっていたのは、初老の男性だ。その優しげな目で見つめられた途端、私の頭の中に突然様々な記憶が甦った。

――私はフィオナという大人の女性だった。そして、目の前の男性の妻だった……!

「初めまして。私が君を引き取ったエドマンド・ロビンソンだ。」
「あ……はい。私は……リュシーです」
「よろしくリュシー。今日から私が君の家族で、ここが君の家だ」

私はなんとか返事をして、自分のものとして与えられた可愛らしい壁紙の部屋に荷物を置いた。

「エドマンド……ロビンソン……」 

そう、エドマンド。私の記憶にある顔より少し歳をとっているけど本人に間違いはない。
――どういうわけか、私は前世の記憶を思い出したのね。

その記憶によると私――フィオナは伯爵家の次女で、大恋愛の末に夫のエドマンドと結婚した。彼は平民だったけど、フィオナは彼のことを愛していたし、始めたばかりの事業も応援していた。

結婚した後、フィオナはお金なんて無くても幸せだった。だけど、徐々にエドマンドはイライラするようになっていった。
貧乏な暮らしをする事にフィオナはなんの抵抗も無かった。だけど、エドマンドは他の家庭と比較して自分が稼げていない事をとても気に病んでいた。

そこまで過去を思い出してから私は部屋の中を見渡す。どの家具も高級品で、昔の記憶ではロビンソン夫婦が貧乏だったなんて信じられないほどだ。

「エドマンドはあの後事業に成功していたのね」

私はなんだか過去の記憶のせいで胸がずきずきした。
なぜなら、夫が仕事に明け暮れている間にフィオナは病に倒れ、そのまま命を落としたから――。

まさか養女として受け入れた少女に昔の妻の記憶が宿るなんて、彼は想像もしていないだろう。私だってここに来るまでこんなことになるとは思いもよらなかった。

――妻をないがしろにしてお金儲けをして、こんなに立派になったというわけね。

屋敷を訪れた初日に私が感じたのはそんな苦々しい気持ちだった。
だけどその後それが間違いだったと知ることになる。



屋敷の中に、「入ってはいけない」と言われた部屋があった。
エドマンドに不信感を抱いていた私は、彼が出掛けている日を狙ってその部屋に入った。入室を禁じられた割にドアに鍵がかかっていなかったから入るのは簡単だった。

そして部屋中を見渡す。
なんの変哲もない、だけどとても感じの良い部屋だった。私のような女から見て魅力的なアールヌーボー調の家具や壁紙。部屋の窓からは海が綺麗に見えていた。
――こんな所に住むなんて素敵よね。

エドマンドは50歳くらいに見えるけれど、妻はいない。私が死んだ後、こんなに立派な屋敷に住めるようになったのにどうして再婚しなかったのかしら?

そして私は室内の鏡台に置かれた写真立てに気づいた。
そこにはなんと、私――フィオナと元夫のエドマンドの結婚式の写真が飾られていた。

「どうしてこれが……?」

そして目の前の鏡を見ると、そこに映った反対側の壁に不自然なカーテンがかかっていることに気がついた。窓でもないのに、これは何?

そう思ってカーテンを開く。すると、そこには肖像画が一枚飾られていた。
そこに描かれた人物を見て思わず声を上げた。

「あっ! これは――私!?」

するとその時ドアが開いて部屋の中にエドマンドが入ってきた。

「リュシー、ここへは入るなと言ったはずだよ」
「エドマンド……あ、いえ……お父様。ごめんなさい。どうしても気になって……」

彼は肖像画を見てため息をついた。

「これは僕の大切な人なんだ。今はもう……天国に行ってしまった」
「お父様、この部屋は……?」
「僕はこの人と結婚して、良い家に住まわせてあげたいと思っていたんだ。だけど、その夢が叶う前に彼女は逝ってしまった。だからせめて、彼女の絵をここに飾って、海の見える景色を楽しんでもらえたらと思ったんだ」

――そんな、まさか。この屋敷は私のために――?

私の目からはとめどなく涙が溢れ出た。
それを見たエドマンドが微笑む。

「彼女のために泣いてくれるのか? リュシー、君は優しい子だな」

彼に抱きしめられ、私は何も言うことができずにただ泣いていた。
エドマンドの腕の中は、昔と変わらずに温かかった。

「彼女以外の人と結婚する気にはなれなくてね。それで、養子をもらうことにしたんだ。君みたいな優しい子がうちに来てくれて嬉しいよ」

フィオナの命が尽きるとき、私は自分がなんて不幸な女なんだろうと思った。
だけど違った――私は、夫に愛されてとても幸せな女だったのだ。


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