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第二章
第二章-02-
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解散後、まだ夕食を食べていなかった輝斗と幸弘は約束していたチェーン店のカレー屋へ足を運んだものの、中で食事をする気になれなかったのでテイクアウトすることにした。
「一応レンジで温め直したけど、どう?」
「充分だ」
テーブルの上には、プラスチック製の器に盛られたカレーとライス。トッピングの唐揚げとサラダが置かれている。
「良かった。それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
輝斗と幸弘は、一緒に暮らしていた。ふたりの住んでいる家は、天々来から歩いて十五分くらい先にあるマンションだ。卒業試験に合格した後、指定された配属先が政宗が指揮する部隊で、同じ配属先なこともありルームシェアをすることにした。
寝室兼プライベートスペースとして個室が二部屋。その他は共同スペースにしている。リビングには二人掛けのソファーと大型液晶テレビが置かれている。ふたりとも特にこだわりがあるわけではないが、なんとなく大きい画面の方が観やすいだろうという理由で折半して購入した。
勤務時間も同じなので、食事を摂る時間も一緒だ。今も仲良く並んで座り、買ってきたカレーを食べている。
「……」
「北都市のことを考えてるの?」
輝斗の表情が心なしか暗いことに気づいた幸弘が声を掛ける。他の者だったら、いつもと同じ無表情だと思うだろうが、幸弘は些細な変化も見逃さない。
「ああ……」
黙々とカレーを口にしているが、視線はニュースに注がれている。零さないで食べられるのが不思議なくらいテレビに集中していた。
「北都市との境界にある最北区域から中継です。現在、巨大な化け物が暴れ回っているため、向こうへ渡ることが出来ません。また、こちらへ被害が及ばないよう結界が強化されているので、東都市の皆様は引き続き……」
ニュースキャスターは、緊張した面持ちで状況を報じている。電波状況が悪いのか映像が乱れているが、衛星を通して映し出された北都市の様子は悲惨だ。至る所で立ち上る黒煙と赤い炎、その中で巨大な黒い影が咆哮をあげながら破壊の限りを尽くしている。時折、稲光が発せられ、爆発音が轟く。その度にキャスターが悲鳴を上げた。
東都市の結界外から中継しているとはいえ、衝撃と轟音がカメラを通して伝わってくる。
「こうして食事をしているのが申し訳なくなるね」
今も檮杌に怯え絶望し、多くの死がもたらされているのに、自分たちはカレーを食べている。
「それでも食べないと戦えない」
「北都市へ行くのはダメだからね」
目を離した隙に飛び出してしまいそうで不安を覚える。
「分かってる」
「輝斗」
幸弘はスプーンを置き、輝斗に向き直る。そっと両手を伸ばすと顔を包んだ。
「……幸弘?」
至近距離で見つめられ、輝斗は不思議そうに瞬きを繰り返しているが、手を払おうとはしなかった。
ふたりのパーソナルスペースはとても狭く、こうして幸弘が触れても輝斗は嫌な顔ひとつしない。
「オレたちは特別な力を持ってるけど、生身の人間だ。任務を遂行するためにも、自分自身の命を守ることが大切だよ」
言いながら、更に距離を詰める。やがて輝斗の額に自分の額をくっつけた。
「輝斗は、自分を大切にしないから心配だよ」
今日の任務でも悪魔と交戦中に水中へ引きずり込まれ、危ない目に遭っている。忍が救出してくれたから事なきを得たが、下手したら溺死していた。
輝斗は己の命など二の次だと思っている。失敗したらそれまでだと割り切っていた。幸弘を始め、仲間たちが無鉄砲とも思える行動に每回ヒヤヒヤさせられるのを本人は気づいていない。否、気づいていても自分を優先しないのだ。彼の中にあるのは悪魔を倒すこと。それが生きる糧になっている。故に周囲が心配しても心に響かない。
そうなってしまった理由を幸弘は知っている。だからこそ、命を粗末してほしくない。
「輝斗を失いたくないんだ。あの時のように、輝斗までいなくなったらオレは……」
その先を言葉にするのが怖い。
「幸弘……」
輝斗はスプーンを置き、微かに震えている幸弘の手の上に自身の手を重ねた。
「俺は強くなると八年前に誓った。この命ある限り悪魔と戦い続ける。そう決めたんだ」
「……輝斗は強いな」
予想通りの答えだ。輝斗の決意は揺るがない。ずっとそうだった。これからも変わらない。
「本当に……輝斗は強いよ」
目を伏せ、幸弘は小さく息を吐いた。
迷いのない澄んだ色の瞳に、いくら必死に呼びかけても自分の言葉は届かない。悪魔を倒すことが輝斗の生きる理由であることを理解している。それでも胸の奥がキリキリと痛んで切ない。
八年前の出来事を境に、幸弘は弱さを知った。輝斗の真っ直ぐな心が羨ましい。
ふたりは同じ心の傷を負っているが、強さと弱さ――進んだ先は異なっていた。
「大丈夫か?」
「どうして?」
目を開けると、輝斗が心配そうに覗き込んでいる。
「悲しそうな顔をしている」
「……気のせいだよ。オレはいつも通りだよ」
「でも……」
「大丈夫だから。輝斗が気にするようなことは何もないよ」
輝斗が心配するようなことではない。自分が勝手に落ち込んでいるだけだ。
「明日も仕事だし、早く食べて休もう」
苦笑を漏らし、輝斗から離れる。それからスプーンを持ち、食べかけのカレーを口に運ぶ。その様子を眺めていた輝斗も食事を再開した。
× × ×
食後、たまには湯船に浸かろうと、幸弘は浴槽にお湯を張った。輝斗は天々来でシャワーを浴びていたが、戦闘で疲れているはずだ。ゆっくり浸かってリフレッシュしてほしい、とゆずの入浴剤も入れておいた。一番風呂を輝斗に譲り、交代で幸弘が浸かった。
「ふぅ……」
風呂上がりの幸弘がドライヤーで濡れた髪を乾かしてからリビングへ戻ると――。
「輝斗?」
てっきり自室で休んでいると思っていたが、輝斗はソファーから足を投げ出して横になっている。
「すー……」
近づくと規則正しい寝息が聞こえる。
「ちゃんとベッドで休まないと風邪引くよ。仕方ないな……よっと」
眠る輝斗を抱き上げ、寝室まで運ぶ。
輝斗が寝落ちるのは、いつものことだ。こうして運ぶのも慣れたものである。布団をかけ終え、幸弘は息をつく。
「ひとりでいるのが寂しいからって、オレが出てくるまで待たなくていいのに」
孤独を好むように思われるが、実は寂しがり屋だ。ひとりでいるより、誰かが近くにいる方が安心するらしい。家でも自室よりリビングにいることが多かった。
「少しでも長くオレといたいって思ってるのなら、嬉しいんだけど」
輝斗から離れることなどありはしない。何があっても傍にいると誓っている。むしろ、輝斗の方が自分から離れていくのではないかと不安を抱いていた。
「オレは臆病だから踏み出す勇気はない。そうしている間も、輝斗はどんどん先へ行ってしまう」
眠る輝斗の頬を優しく撫でながら、幸弘は深いため息を吐く。
「いつまで輝斗の傍にいられるのかな」
胸の内にある想いは友情とは異なるかもしれない。けれど、友人という立ち位置から踏み出すことはしたくない。これまでの関係を壊してしまうのではないか。
それなのに――。
「…………」
幸弘の目が虚ろになる。人命救助とはいえ、忍が輝斗に人工呼吸をしたのがショックだった。
奪われた――そう感じてしまった自分が嫌になる。
「輝斗は誰のものでもないのに……」
緩く頭を振り、自嘲する。誰よりも理解し、また助けるのは自分だけだと思うのは間違っている。救助してくれた忍に感謝すべきだ。
キスしたことを輝斗自身は何とも思っておらず、忍も人命救助だと割り切っている。幸弘個人の感情など、どうでもいい。
「親友でいようって決めてるのに、御堂さんに嫉妬するなんて……。オレはどうかしてる」
輝斗を誰にも渡したくない。
誰も輝斗を理解しないでほしい。
輝斗の心は、オレだけのもの。
「……オレの心の中は、歪なものでいっぱいだ」
自分でも呆れるくらい独占欲の塊だ。
「輝斗……」
触れる手が頬から唇へと移動する。親指でそっと唇の輪郭をなぞり、幸弘は切なげに名前を呼ぶ。そして、両膝をついて身を乗り出した。しかし、眠る輝斗の顔に被さるように自身の顔を近づけるが唇を重ねることなく、すぐに体を離した。
「何やってるんだ、オレは……」
自嘲気味に呟き、幸弘は目を伏せる。
――今までの関係を壊すつもりなのか?
頭の中で警鐘が鳴り響く。ここで唇を重ねたら、きっと歯止めが利かなくなる。それ以上のことを求めてしまう。それは輝斗を傷つけることになる。最低な奴だと軽蔑され、もう親友ではいられない。
「そんなの絶対にダメだ。輝斗の傍にいられなくなる」
――ならば、この想いを伝えるな。
「分かってる……。分かってるさ……」
こうして、先へ進むことを躊躇い続ける。眠る輝斗に触れることさえ叶わない。
「想いを伝えるのは怖いんだ」
せめてこれだけは許してほしい、と懺悔を乞うように輝斗の手を取る。指先に口づけを落とすのが精一杯だった。
「ん……」
「っ!」
眉を寄せて呻いたため、反射的に手を離す。
「すー……」
起こしてしまったのかと焦ったが、単に寝返りを打っただけのようだ。
「おやすみ」
そろそろ退出しようと立ち上がる。すると、おもむろに輝斗の口が開いた。
「聖……」
「――っ」
その名前を耳にした瞬間、表情が凍りつく。
寝言だと分かっているが、ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。
「……輝斗の心の中には、今もひとりしかいないんだね」
今、自分はどんな顔をしているだろう。笑っているのか、泣いているのか……。
誰よりも傍にいるのに、輝斗の一番になれないオレ。
いなくなってもなお輝斗の一番で居続ける彼。
八年前から立ち位置は変わらない。
幸弘は常に“二番目”だ。
「一応レンジで温め直したけど、どう?」
「充分だ」
テーブルの上には、プラスチック製の器に盛られたカレーとライス。トッピングの唐揚げとサラダが置かれている。
「良かった。それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
輝斗と幸弘は、一緒に暮らしていた。ふたりの住んでいる家は、天々来から歩いて十五分くらい先にあるマンションだ。卒業試験に合格した後、指定された配属先が政宗が指揮する部隊で、同じ配属先なこともありルームシェアをすることにした。
寝室兼プライベートスペースとして個室が二部屋。その他は共同スペースにしている。リビングには二人掛けのソファーと大型液晶テレビが置かれている。ふたりとも特にこだわりがあるわけではないが、なんとなく大きい画面の方が観やすいだろうという理由で折半して購入した。
勤務時間も同じなので、食事を摂る時間も一緒だ。今も仲良く並んで座り、買ってきたカレーを食べている。
「……」
「北都市のことを考えてるの?」
輝斗の表情が心なしか暗いことに気づいた幸弘が声を掛ける。他の者だったら、いつもと同じ無表情だと思うだろうが、幸弘は些細な変化も見逃さない。
「ああ……」
黙々とカレーを口にしているが、視線はニュースに注がれている。零さないで食べられるのが不思議なくらいテレビに集中していた。
「北都市との境界にある最北区域から中継です。現在、巨大な化け物が暴れ回っているため、向こうへ渡ることが出来ません。また、こちらへ被害が及ばないよう結界が強化されているので、東都市の皆様は引き続き……」
ニュースキャスターは、緊張した面持ちで状況を報じている。電波状況が悪いのか映像が乱れているが、衛星を通して映し出された北都市の様子は悲惨だ。至る所で立ち上る黒煙と赤い炎、その中で巨大な黒い影が咆哮をあげながら破壊の限りを尽くしている。時折、稲光が発せられ、爆発音が轟く。その度にキャスターが悲鳴を上げた。
東都市の結界外から中継しているとはいえ、衝撃と轟音がカメラを通して伝わってくる。
「こうして食事をしているのが申し訳なくなるね」
今も檮杌に怯え絶望し、多くの死がもたらされているのに、自分たちはカレーを食べている。
「それでも食べないと戦えない」
「北都市へ行くのはダメだからね」
目を離した隙に飛び出してしまいそうで不安を覚える。
「分かってる」
「輝斗」
幸弘はスプーンを置き、輝斗に向き直る。そっと両手を伸ばすと顔を包んだ。
「……幸弘?」
至近距離で見つめられ、輝斗は不思議そうに瞬きを繰り返しているが、手を払おうとはしなかった。
ふたりのパーソナルスペースはとても狭く、こうして幸弘が触れても輝斗は嫌な顔ひとつしない。
「オレたちは特別な力を持ってるけど、生身の人間だ。任務を遂行するためにも、自分自身の命を守ることが大切だよ」
言いながら、更に距離を詰める。やがて輝斗の額に自分の額をくっつけた。
「輝斗は、自分を大切にしないから心配だよ」
今日の任務でも悪魔と交戦中に水中へ引きずり込まれ、危ない目に遭っている。忍が救出してくれたから事なきを得たが、下手したら溺死していた。
輝斗は己の命など二の次だと思っている。失敗したらそれまでだと割り切っていた。幸弘を始め、仲間たちが無鉄砲とも思える行動に每回ヒヤヒヤさせられるのを本人は気づいていない。否、気づいていても自分を優先しないのだ。彼の中にあるのは悪魔を倒すこと。それが生きる糧になっている。故に周囲が心配しても心に響かない。
そうなってしまった理由を幸弘は知っている。だからこそ、命を粗末してほしくない。
「輝斗を失いたくないんだ。あの時のように、輝斗までいなくなったらオレは……」
その先を言葉にするのが怖い。
「幸弘……」
輝斗はスプーンを置き、微かに震えている幸弘の手の上に自身の手を重ねた。
「俺は強くなると八年前に誓った。この命ある限り悪魔と戦い続ける。そう決めたんだ」
「……輝斗は強いな」
予想通りの答えだ。輝斗の決意は揺るがない。ずっとそうだった。これからも変わらない。
「本当に……輝斗は強いよ」
目を伏せ、幸弘は小さく息を吐いた。
迷いのない澄んだ色の瞳に、いくら必死に呼びかけても自分の言葉は届かない。悪魔を倒すことが輝斗の生きる理由であることを理解している。それでも胸の奥がキリキリと痛んで切ない。
八年前の出来事を境に、幸弘は弱さを知った。輝斗の真っ直ぐな心が羨ましい。
ふたりは同じ心の傷を負っているが、強さと弱さ――進んだ先は異なっていた。
「大丈夫か?」
「どうして?」
目を開けると、輝斗が心配そうに覗き込んでいる。
「悲しそうな顔をしている」
「……気のせいだよ。オレはいつも通りだよ」
「でも……」
「大丈夫だから。輝斗が気にするようなことは何もないよ」
輝斗が心配するようなことではない。自分が勝手に落ち込んでいるだけだ。
「明日も仕事だし、早く食べて休もう」
苦笑を漏らし、輝斗から離れる。それからスプーンを持ち、食べかけのカレーを口に運ぶ。その様子を眺めていた輝斗も食事を再開した。
× × ×
食後、たまには湯船に浸かろうと、幸弘は浴槽にお湯を張った。輝斗は天々来でシャワーを浴びていたが、戦闘で疲れているはずだ。ゆっくり浸かってリフレッシュしてほしい、とゆずの入浴剤も入れておいた。一番風呂を輝斗に譲り、交代で幸弘が浸かった。
「ふぅ……」
風呂上がりの幸弘がドライヤーで濡れた髪を乾かしてからリビングへ戻ると――。
「輝斗?」
てっきり自室で休んでいると思っていたが、輝斗はソファーから足を投げ出して横になっている。
「すー……」
近づくと規則正しい寝息が聞こえる。
「ちゃんとベッドで休まないと風邪引くよ。仕方ないな……よっと」
眠る輝斗を抱き上げ、寝室まで運ぶ。
輝斗が寝落ちるのは、いつものことだ。こうして運ぶのも慣れたものである。布団をかけ終え、幸弘は息をつく。
「ひとりでいるのが寂しいからって、オレが出てくるまで待たなくていいのに」
孤独を好むように思われるが、実は寂しがり屋だ。ひとりでいるより、誰かが近くにいる方が安心するらしい。家でも自室よりリビングにいることが多かった。
「少しでも長くオレといたいって思ってるのなら、嬉しいんだけど」
輝斗から離れることなどありはしない。何があっても傍にいると誓っている。むしろ、輝斗の方が自分から離れていくのではないかと不安を抱いていた。
「オレは臆病だから踏み出す勇気はない。そうしている間も、輝斗はどんどん先へ行ってしまう」
眠る輝斗の頬を優しく撫でながら、幸弘は深いため息を吐く。
「いつまで輝斗の傍にいられるのかな」
胸の内にある想いは友情とは異なるかもしれない。けれど、友人という立ち位置から踏み出すことはしたくない。これまでの関係を壊してしまうのではないか。
それなのに――。
「…………」
幸弘の目が虚ろになる。人命救助とはいえ、忍が輝斗に人工呼吸をしたのがショックだった。
奪われた――そう感じてしまった自分が嫌になる。
「輝斗は誰のものでもないのに……」
緩く頭を振り、自嘲する。誰よりも理解し、また助けるのは自分だけだと思うのは間違っている。救助してくれた忍に感謝すべきだ。
キスしたことを輝斗自身は何とも思っておらず、忍も人命救助だと割り切っている。幸弘個人の感情など、どうでもいい。
「親友でいようって決めてるのに、御堂さんに嫉妬するなんて……。オレはどうかしてる」
輝斗を誰にも渡したくない。
誰も輝斗を理解しないでほしい。
輝斗の心は、オレだけのもの。
「……オレの心の中は、歪なものでいっぱいだ」
自分でも呆れるくらい独占欲の塊だ。
「輝斗……」
触れる手が頬から唇へと移動する。親指でそっと唇の輪郭をなぞり、幸弘は切なげに名前を呼ぶ。そして、両膝をついて身を乗り出した。しかし、眠る輝斗の顔に被さるように自身の顔を近づけるが唇を重ねることなく、すぐに体を離した。
「何やってるんだ、オレは……」
自嘲気味に呟き、幸弘は目を伏せる。
――今までの関係を壊すつもりなのか?
頭の中で警鐘が鳴り響く。ここで唇を重ねたら、きっと歯止めが利かなくなる。それ以上のことを求めてしまう。それは輝斗を傷つけることになる。最低な奴だと軽蔑され、もう親友ではいられない。
「そんなの絶対にダメだ。輝斗の傍にいられなくなる」
――ならば、この想いを伝えるな。
「分かってる……。分かってるさ……」
こうして、先へ進むことを躊躇い続ける。眠る輝斗に触れることさえ叶わない。
「想いを伝えるのは怖いんだ」
せめてこれだけは許してほしい、と懺悔を乞うように輝斗の手を取る。指先に口づけを落とすのが精一杯だった。
「ん……」
「っ!」
眉を寄せて呻いたため、反射的に手を離す。
「すー……」
起こしてしまったのかと焦ったが、単に寝返りを打っただけのようだ。
「おやすみ」
そろそろ退出しようと立ち上がる。すると、おもむろに輝斗の口が開いた。
「聖……」
「――っ」
その名前を耳にした瞬間、表情が凍りつく。
寝言だと分かっているが、ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。
「……輝斗の心の中には、今もひとりしかいないんだね」
今、自分はどんな顔をしているだろう。笑っているのか、泣いているのか……。
誰よりも傍にいるのに、輝斗の一番になれないオレ。
いなくなってもなお輝斗の一番で居続ける彼。
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