皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー

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第1話 大陸追放

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 若き皇帝は聡明で美しい。文武両道というには武術が心許ないが、それを補う両腕として忠誠を誓うことが俺の天命だった。

 若干24歳の皇帝が君臨するこのベリニア帝国は、大陸全土を統治する巨大国家である。

「金獅子の双腕、その称号を剥奪し、貴様を国外追放とする!」

 皇帝の美しいブロンドが逆立ち、碧眼が殺気に染まっている。国外追放。それはつまり、この巨大な大陸を離れ、小国のひしめき合う別の大陸に流されることを意味する。永遠の忠誠を誓った皇帝に2度と謁見することがない、そう意味しているのだ。

 集められた貴族の響めきが宮殿の穏やかな空気を嵐のように攫う。皇帝に寄り添う可憐な者もまた、その轟きに震えていた。我がミゼル家、俺の叔父に婚約破棄された、リベリオ。まるで未来を予見しているかのように立ち回り、数奇な巡り合わせで、皇帝に見染められた貴族。

「本来ならば貴様の一家もろとも血を絶やすところを! 我がリベリオの赦免により国外追放で済むことを未来永劫忘れるな! そして2度と! この国の土を踏むことを許さん! 一本の骨も、一滴の血も、この帝国の地に落とすことを許さん!」

 皇帝の激昂に宮殿の空気が困惑で揺れる。ここにいる大多数の貴族が想像だにしなかった顛末なのだろう。しかしその評価だけで十分だった。俺は天命を全うした。死に場所を決めるために海を渡ろう。陛下の美しい目から視線を外し、踵を返して謁見の間の扉をくぐった。

 後ろで扉が閉まると、衛兵はおずおずと近寄ってくる。

「金獅子の双腕……ミゼル卿……なにかの間違いでございます……」

 今にも泣き出しそうな若き衛兵は、責務を全うできずにいる。

「我が天命は尽きた。心残りは……」

 自分で言い出しておきながら、言葉につまる。これ以上の言葉は胸が焼けてしまいそうだった。その胸を焼く感情の名もわからない。ただ衛兵の抱いた、強き騎士団長という幻想を打ち砕くことはできない、その一心で込み上げる感情を嚥下した。

 衛兵2人が恐れながら俺の両腕を掴む。この国に与えられた両腕を掴まれ、俺はこの国を去るのだ。


 護送の馬車に辿り着くまで、様々な者に声を掛けられた。なにかの間違いだと、口を揃えて気遣うその言葉が、俺の口を噤ませる。馬車に詰め込まれるその時に、一際甲高く響いた少年の声。

「レジー! レジー!」

「アデル!」

 衛兵が離した俺の腕にアデルが飛び込んでくる。

「レジー! 僕も行く! 僕も行くぅ!」

 十も離れた異母の弟アデルは、顔中から汗や涙を流して泣き叫ぶ。

「アデル。不出来な兄を許しておくれ」

 俺は甲冑の留め具を引きちぎり、片腕の獅子の家紋をアデルの手に乗せ、その小さな手を握った。

「誰も恨んではならない。父さんや母さんをアデルが守ってくれ」

「レジーは誰が守るの!? 僕がレジーを守る! 一緒に行く!」

 アデルのその言葉と表情に、感情が喉元に迫ってくる。だから慌ててアデルを抱き寄せた。

「アデル。称号は剥奪されても双腕はもがれていない。我が家の紋章、獅子の片腕はアデル、お前のものだ」

「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」

「アデル、よく聞くんだ。男には天命がある。お前が立派に家を守れば、必ずや片腕は戻ってくる」

「レジーが戻って来れるの? 約束してくれるの!?」

「必ず、片腕は現れる。その時が来たらわかる」

 俺ではない片腕がお前の人生を支えてくれるであろう。その頃にはきっと、両腕があったことを忘れられる。陛下がそうであったように。

「だからそれまでの辛抱だ。アデル。自慢の弟よ。父さんと、母さんに……愛していると……」

 アデルの頬に滴る涙を両手で拭い、どちらにもキスをした。その肌の冷たさに、悲しみが込み上げ、それを隠すように馬車に乗り込む。このまま馬車は街を通り抜け港に直行した。

 港への街道は短く、夜の森を通る。しかしいつまでも俺の名を呼ぶアデルの悲痛な声が聴こえるような気がした。あの冷たくなった頬をもう2度と温めてやることができない。それが悲しくて仕方がなかった。
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