ドミナントモーション

大田ネクロマンサー

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Side-Hanada

プリンタの位置と地位

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 会社での肩書は室長で、席も他の課員に比べれば広い方だった。自分の机から課員が見渡せる、丁度誕生日席のような形のレイアウトなわけだが、他の会社と違っているのは、プリンタが俺の席の近くにあるということだ。室長がウロウロしないための配慮なのかもしれないが、これのおかげでよく社員が用もなく席に歩いてくる。一度だけ一番遠い端の席の女の子が立ち上がったので、トイレ休憩がてらプリンタのトレイの紙を持って行ったら、次の日からパタっと課員が席に近寄らなくなった。その日を境に課員は忖度し、隣の島のプリンタを使い始めたのだ。



「中に出して……ごめん……」

 しばらく平宮さんはうつ伏せで荒げた息を隠していた。

「う……うれしい……から……だいじょうぶ……」

 細い枝が揺れるように震える平宮さんの体に心がザワつく。汗でぐっしょりとした髪の毛を撫でてそのままゆっくり仰向けにする。なんで彼がことが終わった後うつ伏せになったのか理解した。手で顔を包みキスをしながら、彼のおさまらない熱源に手を伸ばす。

「大丈夫だから……」

 唇を離した時に穏やかな顔でそう言われて、また心に小波が立つ。

「先生はいつもドライだけなの……?」

 うん、としっかり受け答えをする顔を見て、嘘だとすぐ分かった。ただ、このまま強引に扱いて彼を射精に導ける自信もなかった。

「お風呂一緒に入らない?」

 彼の目からなぜか涙が溢れて、それを隠すように反対側に寝返ってしまう。

「もう少しこうしてたいから……入ってきて……」

 まだ僅かに震える彼の肩を見て、腰が立たないのだろうと思った。その肩を掴んで再び仰向けにし、脇から腕を差し入れて体を起こす。腕を引っ張り立たせたら案の定フラフラしていたので、彼をそのまま抱き上げた。彼の体は枯れた枝のように軽い。抵抗されるかと思ったが、彼はそのまま俺の首に抱きついて、鼻をすすった。

 湯船に入る前に嫌がる彼を押さえつけて、さっき自分が中に出したものを掻き出した。自分の体も軽く洗って、2人で湯船に浸かる。

「順序が逆だと思うんだけど、ご飯一緒に食べない? 俺が作るから」

 彼が湯船の反対側で風呂の端に視線を移す。

「花田良太っていうんだ、俺。先生はそのまま俺をリョウって呼んで」

 先生の目が泳ぐ。目の動きが止まったと思ったらごめん、と呟いた。腕を掴んで引き寄せて頭を抱く。

「後腐れない売り専に甘えたかったんでしょ? 余計なことしたのは許して」

「リョウかっこいいから……抱いてくれて嬉しかった……ありがとう……」

 今生の別れのような言い回しにまた心がザワつく。

「俺隣に住んでるからさ。もう会わないみたいな言い方やめてよ」

 俺の胸に這わせていた手がギュッと握られ彼が緊張したのを肌で感じる。

「先生いつから食べてないの?」

 しばらく風呂場が無音になったので、俺が手を水面から引き揚げた時、音がやけに響いた。それに肩を竦めた先生が息を吐くように喋り出した。

「最近仕事忙しかったから……集中して食べてなかったんだ……ご飯頂いてもいい?」

 諦めに近いような声色で、観念するように食事の誘いにのられたのは初めてだと感動すら覚えた。

「先生下の名前なんていうの?」

 またしばらく無音が風呂場を包んだので、教えてもらっても先生って呼ぶから大丈夫、と付け加えた。

「けいいち……」

「どんな字書くの?」

「難しい漢字で……イチは普通の漢数字だよ」

 俺は手の平を差し出してそこに書くように促す。先生は頼りない指先でおずおずと自分の名前をそこに書く。

「慧眼の慧だ。いい名前だね」

「ケイガン?」

「物事の本質を見抜く目って意味だよ」

「35年生きてて初めて知った、リョウは漢字得意なの?」

「広告代理店にいるから。入社前はコピーライター志望だったんだけど今はめっきりマーケティングのしかも管理職」

「コピーライター! すごいね、言葉で人を動かす人たちだ」

 入社時からモノを作るよりも人を動かす方が儲かる、と出世に寝返ったとは言えない雰囲気になった。だから曖昧に笑って話題を逸らした。

「先生はどんな仕事してるの?」

「フリーランスで……家で仕事してるよ」

 職種を聞いているのに、勤務形態を先に話すということは、あまり人に触れ回りたくない職業なのだろうと感じ、これ以上突っ込んで聞くのをやめた。

「じゃあ、また先生抱きたくなったら来てもいい?」

 今度は先生が曖昧に笑う。

「先生が俺に興味ないことはわかるんだけどさ、一回抱いたくらいでとかそんな悲しいこと言わないで、俺にチャンスくらいくれよ」

 真剣に口説くこともできただろうが、負け戦に乗るほど度胸もなくて、どう転んでも痛くないように冗談めかした。先生はぼんやり俺を見た後、俯いて言葉を絞り出す。

「うん……嬉しい……」

 喜びのカケラも感じないその態度に、俺はまた新鮮な感動を覚える。キスをしようと顔を引き寄せたら、意外にも先生は涙を溢していた。興味がないような素振りと、人の情欲を掻き立てる表情があまりにかけ離れていて、それが一つの体に押し込められているのが不思議でならない。

「舌出して、先生」

 瞑った目から溢れる涙をそのままに素直に舌を出すその顔に、心の隅がチリチリと焼かれるようだ。そのまま先生の舌を存分に味わい、また唇が腫れ上がるほど夢中で口を犯した。

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