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2部 焼け落ちる瑞鳥の止まり木
第37話 庸人に注がれる悪意
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「僕は昨日まで7賢者の誰かと繋がった誰かが結託して謀反を企てているのかと思ってた。7賢者の誰かを取り込んで国を乗っ取ろうとしているのだと。でも今日のオットーさんの話で違うってわかった」
「庸人だから?」
「うん。まだ確証はなにもないけど、多分今これを計画した人たちは、僕と同じで7賢者は魔人だと思っている。でも宮中には居ないだろうと踏んで、王都から衛兵を追い出した」
「ちょっとよくわからないな……7賢者は偉大な方々だけど、国を乗っ取るなら別に関係なくない?」
「僕も国王と7賢者の関係性はよくわからないけど、オットーさんも言ってた……国王に7賢者を動かせる権限がないってことも、その人たちは知らないんだと思う。でもこの国は魔法科学がなければ立ち行かない。それを謀反を起こす人たちは狙っている」
「うー、わからない! もっと簡単に、ノアがこの謀反を企てるとしたらどうするの?」
確かにルイスの言う通りだった。意識的にぼかして話をしてしまっていたのだ。僕はルイスの表情を見ながら、自分の推測を話し始める。
「宮中に誰もいない隙を狙って、庸人が謀反を起こしたっていうシナリオで、国王を暗殺して、7賢者と今後の方針をきめる。そして次の国王は自分の動かしやすい人間を推薦する。その謀反を起こす庸人の中に僕たちも入ってる」
「なんで庸人が……!」
僕は黙った。そしてルイスの目をじっと見つめる。なぜならば宮中に出入りしているルイスがよくわかっているからだ。
表立った差別はこの国にはない。でも王宮や王都に庸人が少ないのは歴とした事実だった。宮殿に入った初の庸人だと話していたのはルイス本人だ。庸人にだったら謀反を企てる動機などいくらでもあるし、僕もそう考えていた。
「庸人が魔人を欺き、謀反を起こして国王が暗殺されたとなれば、魔人は……貴族も7賢者も疑わないし、それを鎮圧したとなれば、国中から歓迎される。王を暗殺したところを取り押さえ、その場で処刑したといえばいいのだから」
「じゃあなんで塔を燃やしたの?」
「最初は生け捕りにするつもりで扉を開けようとしてたと思う。でも別に焼け死んだところでなんとでもなる。処刑したといえば、焼死していても誰も疑わない。彼らは7賢者が庸人だと知らないから、7賢者も納得して交渉の場に出ると思っている。もしくは国王を暗殺する際に彼らの正体を聞き出すか」
ルイスがスッと青くなって、そして黙ってしまった。
「なんで庸人はこんなに……こんなに憎まれなければならないの……」
ルイスは自分をよくわかっている謙虚な人だ。今日のこの日まで自分の無意識下で感じてきた差別が彼をそうたらしめたのだろう。
「ルイス、違うよ。利用されているだけで、憎まれてはいないよ」
「だって! なんで罪をなすりつけてまで謀反なんて起こすの!? この国はこんなに豊かで、みんな幸せに暮らしているのに!」
ルイスが差別を飲み込みながらもそれに納得して暮らしてきた慎ましさを知る。そして人を突き動かす感情が正義だけだと信じる、彼の純粋さを知った。
「僕も……アシュレイと最初に出会った時は、会ってくれるだけで嬉しいと思ってた。でも、もっともっと欲しい、そうやって欲張りになっていった。僕も多分その人達と変わらないよ」
権力というのも一度手に入れてしまえば手放し難く、欲し易いものなのだろう。人の性といえば簡単だけど、それを律するには相応の社会構造が必要となる。
その構造を用意できないということが国民の怠惰や国の退廃というのならば、そう納得するしかなかった。アシュレイに話した2つの可能性。まさか2つの可能性のうちのひとつを利用して、怠惰に向かうなんて……人の可能性は無限といえど、考えたくもないことだった。
ルイスはキュッと噛み締めるように顔をしかめて、そっぽを向く。その表情はジルに似ていると、どうでもいいことを思った。
「せっかくルイスと協力して助かった命だから、僕も濡れ衣なんて嫌だ。だからなんとしても生き残って、この真実を白日の下に晒したい」
「うん……うん……」
ルイスは塔に帰ってきてから少しずつ涙を溢していた。きっと怖くて堪らないんだ。それなのに、僕のために友達であろうとしてくれるその勇気に、僕は何度も救われた。
「じゃあ、ルイスの家に行こうか?」
「ノア、待って……よく考えたら、多分兄様もアシュレイも真っ先に塔に来ると思う」
「入れ違いになっちゃうかな?」
「真っ暗闇になって混乱した王都を抜けて来ないと思う」
「そ、そっか……よくわからなくて……ごめん」
「謝らないで。きっと駐屯地側から入ってくると思うんだ。駐屯地はこういう時の避難所になってるからもしかしたら、アシュレイたちだけじゃなくて、王宮勤めの人たちが避難しているかもしれない」
「僕も入れるかな? いざとなったらルイスだけで行ってアシュレイと兄様を探して」
ルイスは文官だから入れるだろう。でも僕は本来塔を出てはならない身。到底入れるとは思えなかった。
「なに言ってるの? 生きるも死ぬも一緒でしょ?」
そう言ってルイスは目配せをした。
「庸人だから?」
「うん。まだ確証はなにもないけど、多分今これを計画した人たちは、僕と同じで7賢者は魔人だと思っている。でも宮中には居ないだろうと踏んで、王都から衛兵を追い出した」
「ちょっとよくわからないな……7賢者は偉大な方々だけど、国を乗っ取るなら別に関係なくない?」
「僕も国王と7賢者の関係性はよくわからないけど、オットーさんも言ってた……国王に7賢者を動かせる権限がないってことも、その人たちは知らないんだと思う。でもこの国は魔法科学がなければ立ち行かない。それを謀反を起こす人たちは狙っている」
「うー、わからない! もっと簡単に、ノアがこの謀反を企てるとしたらどうするの?」
確かにルイスの言う通りだった。意識的にぼかして話をしてしまっていたのだ。僕はルイスの表情を見ながら、自分の推測を話し始める。
「宮中に誰もいない隙を狙って、庸人が謀反を起こしたっていうシナリオで、国王を暗殺して、7賢者と今後の方針をきめる。そして次の国王は自分の動かしやすい人間を推薦する。その謀反を起こす庸人の中に僕たちも入ってる」
「なんで庸人が……!」
僕は黙った。そしてルイスの目をじっと見つめる。なぜならば宮中に出入りしているルイスがよくわかっているからだ。
表立った差別はこの国にはない。でも王宮や王都に庸人が少ないのは歴とした事実だった。宮殿に入った初の庸人だと話していたのはルイス本人だ。庸人にだったら謀反を企てる動機などいくらでもあるし、僕もそう考えていた。
「庸人が魔人を欺き、謀反を起こして国王が暗殺されたとなれば、魔人は……貴族も7賢者も疑わないし、それを鎮圧したとなれば、国中から歓迎される。王を暗殺したところを取り押さえ、その場で処刑したといえばいいのだから」
「じゃあなんで塔を燃やしたの?」
「最初は生け捕りにするつもりで扉を開けようとしてたと思う。でも別に焼け死んだところでなんとでもなる。処刑したといえば、焼死していても誰も疑わない。彼らは7賢者が庸人だと知らないから、7賢者も納得して交渉の場に出ると思っている。もしくは国王を暗殺する際に彼らの正体を聞き出すか」
ルイスがスッと青くなって、そして黙ってしまった。
「なんで庸人はこんなに……こんなに憎まれなければならないの……」
ルイスは自分をよくわかっている謙虚な人だ。今日のこの日まで自分の無意識下で感じてきた差別が彼をそうたらしめたのだろう。
「ルイス、違うよ。利用されているだけで、憎まれてはいないよ」
「だって! なんで罪をなすりつけてまで謀反なんて起こすの!? この国はこんなに豊かで、みんな幸せに暮らしているのに!」
ルイスが差別を飲み込みながらもそれに納得して暮らしてきた慎ましさを知る。そして人を突き動かす感情が正義だけだと信じる、彼の純粋さを知った。
「僕も……アシュレイと最初に出会った時は、会ってくれるだけで嬉しいと思ってた。でも、もっともっと欲しい、そうやって欲張りになっていった。僕も多分その人達と変わらないよ」
権力というのも一度手に入れてしまえば手放し難く、欲し易いものなのだろう。人の性といえば簡単だけど、それを律するには相応の社会構造が必要となる。
その構造を用意できないということが国民の怠惰や国の退廃というのならば、そう納得するしかなかった。アシュレイに話した2つの可能性。まさか2つの可能性のうちのひとつを利用して、怠惰に向かうなんて……人の可能性は無限といえど、考えたくもないことだった。
ルイスはキュッと噛み締めるように顔をしかめて、そっぽを向く。その表情はジルに似ていると、どうでもいいことを思った。
「せっかくルイスと協力して助かった命だから、僕も濡れ衣なんて嫌だ。だからなんとしても生き残って、この真実を白日の下に晒したい」
「うん……うん……」
ルイスは塔に帰ってきてから少しずつ涙を溢していた。きっと怖くて堪らないんだ。それなのに、僕のために友達であろうとしてくれるその勇気に、僕は何度も救われた。
「じゃあ、ルイスの家に行こうか?」
「ノア、待って……よく考えたら、多分兄様もアシュレイも真っ先に塔に来ると思う」
「入れ違いになっちゃうかな?」
「真っ暗闇になって混乱した王都を抜けて来ないと思う」
「そ、そっか……よくわからなくて……ごめん」
「謝らないで。きっと駐屯地側から入ってくると思うんだ。駐屯地はこういう時の避難所になってるからもしかしたら、アシュレイたちだけじゃなくて、王宮勤めの人たちが避難しているかもしれない」
「僕も入れるかな? いざとなったらルイスだけで行ってアシュレイと兄様を探して」
ルイスは文官だから入れるだろう。でも僕は本来塔を出てはならない身。到底入れるとは思えなかった。
「なに言ってるの? 生きるも死ぬも一緒でしょ?」
そう言ってルイスは目配せをした。
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