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3部 王のピアノと風見鶏
第13話 フォークの誓い
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バーンスタイン卿がふっと笑う。
「ルーク、ジル、俺もあの夜こんな顔をしていたのか?」
「ああ、もう少し魂が抜けた顔だったかな? リアム大丈夫だ。みんな取り返しのつかないことをしたなんて軽々しく言うが、失敗しながらもこうやって楽しく生きている」
バーンスタイン卿の唐突な思い出話にルークは笑って答える。そして背中からジルの声が響いた。
「したり顔であんなことを言ってるが、ルークに至っては、誘惑に負けて1度死にかけているからな」
それを言うな! とルークが激しく怒り出し、バーンスタイン卿とジルは大笑いをする。その光景で俺がずっと閉じ込めてきた重苦しい岩のような物がスッと軽くなっていった。
「マリーを探し出して、1度愛を問うてみたらいい。でも……正直俺はリアムに残ってもらって一緒に働きたいがな……」
バーンスタイン卿の本心に、胸の中のよくわからない感情が暴れる。奇跡の器、そんな称号を賜りながらも、自分の感じるままに言い、生きたいように生きる、その姿が俺の心を打つのだ。
「俺は……国境を越えて……あの領主の口を割らせ、マリーを探し出します……マリーが俺を愛していなくても、俺はそうしたいのです……」
もしマリーが俺を愛してくれていたら、いや、愛していなくても、俺はまたこのベルクマイヤ王国に帰ってきたい。またバーンスタイン卿と同じ軍で働きたい。そう思っているのに、胸が震えて言葉が出ない。今一言でも零したら、違うものまで溢れ出しそうだった。
「わかった。どうなったかちゃんと報告しに来てくれ。それまでには庸人の格差是正に善処する。間に合わなくても怒り出さないと約束してくれ」
バーンスタイン卿は目配せをするが、景色が歪んでそれ以降の景色が見えなくなった。俺の視界が霞んでいる間に、布の擦れる音がする。そして俺のポケットを弄られ、ノアにもらった大切なフォークとスプーンを抜き取られた。
「スプーンはリアムが。フォークは俺が持っていよう。必ず無事に帰ってきてくれ。是正がされていないと刺されないようにこれは預かっておく」
「普通、逆だろ! 王でも妙案がないのにと途方に暮れていたのはどこのどいつだ! リアム、フォークを持っていけ! 是正されてなかったらそれでアシュレイを刺すんだ!そうでもしなければいつまで経っても平行線だぞ!」
ルークが野次を飛ばす。でも俺の頬に温かい雫が滴り、指一本動かすことができなかった。
「是正されていなくても、また皆さんと一緒に働きたい。ノアや、まだ見ぬルイスにも会いたい……」
ジルが息を吐き出し、そして俺をギュッと抱いた。そして頭のてっぺんに、またキスをしてくれたのだ。
「リアム、こっちの兄様にもさせてくれ」
ルークが呼ぶから、俺は立ち上がる。そうしたら、ルークより前にバーンスタイン卿が抱きしめてくれた。
「生きてさえいれば、なんとでもなるんだ。どうなろうと、必ず戻ってくるんだ」
バーンスタイン卿も俺の額にキスを落とす。そうしてルークも立ち上がり、俺を抱いてくれた。俺はルークの腕の中でテオを見る。テオは、立っていたが手を前にウロウロさせて戸惑っていた。だから俺が抱きついた。
「テオ、帰ってきたら1番に報告する。俺を助けてくれてありがとう。この恩を一生忘れない」
「僕も、僕もリアムの風見鶏がゴルザ帝国に向くことを信じている! リアムが信じて僕に話してくれたことを一生の誇りにする!」
きっとソバカスだらけの鼻筋をくちゃくちゃにして言ってるのだろう。だから俺はもう一度強く抱きしめた。
「さぁ、明日も1日馬で移動だ。そろそろお開きにしよう」
ルークがそう言って、焚き木に砂をかけ始めた。鬱蒼と茂る森の中で確かな光が失われてしまう。その前に、俺はバーンスタイン卿に振り返った。
「俺は盲目に狂い、友まで失うところでした。王の親切に非礼で応じたことを、反省していたとお伝えください」
その時に焚き火が完全に光を失い、バーンスタイン卿の姿が見えなくなった。
「リアム自身で伝えなさい」
藍と紅の瞳が見えず、一体どんな心境で彼がそう言ったのかわからないまま、宴は立ち消えるように幕を下ろした。
「ルーク、ジル、俺もあの夜こんな顔をしていたのか?」
「ああ、もう少し魂が抜けた顔だったかな? リアム大丈夫だ。みんな取り返しのつかないことをしたなんて軽々しく言うが、失敗しながらもこうやって楽しく生きている」
バーンスタイン卿の唐突な思い出話にルークは笑って答える。そして背中からジルの声が響いた。
「したり顔であんなことを言ってるが、ルークに至っては、誘惑に負けて1度死にかけているからな」
それを言うな! とルークが激しく怒り出し、バーンスタイン卿とジルは大笑いをする。その光景で俺がずっと閉じ込めてきた重苦しい岩のような物がスッと軽くなっていった。
「マリーを探し出して、1度愛を問うてみたらいい。でも……正直俺はリアムに残ってもらって一緒に働きたいがな……」
バーンスタイン卿の本心に、胸の中のよくわからない感情が暴れる。奇跡の器、そんな称号を賜りながらも、自分の感じるままに言い、生きたいように生きる、その姿が俺の心を打つのだ。
「俺は……国境を越えて……あの領主の口を割らせ、マリーを探し出します……マリーが俺を愛していなくても、俺はそうしたいのです……」
もしマリーが俺を愛してくれていたら、いや、愛していなくても、俺はまたこのベルクマイヤ王国に帰ってきたい。またバーンスタイン卿と同じ軍で働きたい。そう思っているのに、胸が震えて言葉が出ない。今一言でも零したら、違うものまで溢れ出しそうだった。
「わかった。どうなったかちゃんと報告しに来てくれ。それまでには庸人の格差是正に善処する。間に合わなくても怒り出さないと約束してくれ」
バーンスタイン卿は目配せをするが、景色が歪んでそれ以降の景色が見えなくなった。俺の視界が霞んでいる間に、布の擦れる音がする。そして俺のポケットを弄られ、ノアにもらった大切なフォークとスプーンを抜き取られた。
「スプーンはリアムが。フォークは俺が持っていよう。必ず無事に帰ってきてくれ。是正がされていないと刺されないようにこれは預かっておく」
「普通、逆だろ! 王でも妙案がないのにと途方に暮れていたのはどこのどいつだ! リアム、フォークを持っていけ! 是正されてなかったらそれでアシュレイを刺すんだ!そうでもしなければいつまで経っても平行線だぞ!」
ルークが野次を飛ばす。でも俺の頬に温かい雫が滴り、指一本動かすことができなかった。
「是正されていなくても、また皆さんと一緒に働きたい。ノアや、まだ見ぬルイスにも会いたい……」
ジルが息を吐き出し、そして俺をギュッと抱いた。そして頭のてっぺんに、またキスをしてくれたのだ。
「リアム、こっちの兄様にもさせてくれ」
ルークが呼ぶから、俺は立ち上がる。そうしたら、ルークより前にバーンスタイン卿が抱きしめてくれた。
「生きてさえいれば、なんとでもなるんだ。どうなろうと、必ず戻ってくるんだ」
バーンスタイン卿も俺の額にキスを落とす。そうしてルークも立ち上がり、俺を抱いてくれた。俺はルークの腕の中でテオを見る。テオは、立っていたが手を前にウロウロさせて戸惑っていた。だから俺が抱きついた。
「テオ、帰ってきたら1番に報告する。俺を助けてくれてありがとう。この恩を一生忘れない」
「僕も、僕もリアムの風見鶏がゴルザ帝国に向くことを信じている! リアムが信じて僕に話してくれたことを一生の誇りにする!」
きっとソバカスだらけの鼻筋をくちゃくちゃにして言ってるのだろう。だから俺はもう一度強く抱きしめた。
「さぁ、明日も1日馬で移動だ。そろそろお開きにしよう」
ルークがそう言って、焚き木に砂をかけ始めた。鬱蒼と茂る森の中で確かな光が失われてしまう。その前に、俺はバーンスタイン卿に振り返った。
「俺は盲目に狂い、友まで失うところでした。王の親切に非礼で応じたことを、反省していたとお伝えください」
その時に焚き火が完全に光を失い、バーンスタイン卿の姿が見えなくなった。
「リアム自身で伝えなさい」
藍と紅の瞳が見えず、一体どんな心境で彼がそう言ったのかわからないまま、宴は立ち消えるように幕を下ろした。
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