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第11話 旧友との旅
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終業時刻前に久遠さんは事務所にやってきた。
「今日は円華はいないのか?」
開口一番真下さんが意外な質問をした。僕はてっきり今日は久遠さんだけが来ると思い込んでいたが彼女は違ったらしい。
「お前に借りを返すために来たんだ。円華を連れてくるとややこしくなるだろ。それに今日は円華がいなくても大丈夫だろ」
「そっか……」
明かにがっかりする真下さんを車に押し込んで3人現場仕事に向かった。現場仕事とはなんなのかよくわからなかったが、随分と車を走らせるので、不安になってどこまで行くのか久遠さんに聞いた。
「着いたら大体わかりますよ、もう少しですが、眠くなったら寝ておいてくださいね」
運転席の久遠さんがバックミラー越しに僕に微笑んだ。それを見た助手席の真下さんが食いつく。
「今更そんな好青年を気取っても無駄だぞ。ノブはお前の過去を知っているんだからな」
「お前もなかなか無神経だな」
冷酷な久遠さんの声で、真下さんは黙る。そんな真下さんを初めて見た。そして久遠さんが過去を暴露されることについて、本気で怒ることにもびっくりする。
「お前だってノブに私の過去を吹聴したくせに!」
「なんの話だ?」
久遠さんの言葉にまた真下さんは黙る。
「いつから女装してるのかってことしか聞かれてないぞ。俺も知らないし。そういやなんでお前、女装するようになったんだ?」
僕は眠ったフリをした方がいいのだろうか、そう思えるくらい長い沈黙が横たわった。
「女性の格好をしていると、傲慢でプライドの高い男が釣れるからだ」
「そんなわけあるか。タチのくせにそんな騙すようなことして。よっぽどそういう男に恨みがあるんだな」
また真下さんは黙った。多分図星だったのだろう。久遠さんもまさか言い当てるとは思っていなかったような雰囲気を出している。
「お前がどんな性癖だろうと構わねーけど、お前が言ったんだぞ。そういうわだかまりが人生の道筋を作るんだって。人のことなんて気にしてねーでちゃんと自分のこと見つめ直せよ」
真下さんの心中を察すると僕まで胸が痛んだ。愛する人にこれを言われるのは相当きつい。しかし道路の案内板を見て、僕は別の意味で胸が苦しくなった。かつての地元に近づいてきたからだ。事件後、僕は生まれ育った街を飛び出した。それから転々と日雇いのバイトを求めて移り住み、真下さんの事務所までたどり着いた。今走ってきた道は僕が逃げ出して通ってきた軌跡そのものだった。
これからこの2人は何をしようというのか、恐ろしさで心臓が激しく鼓動する。思わずバックミラーで2人の顔を見る。
「世良さん、そんなに怖がらないでください」
久遠さんの優しい笑顔が唐突に欺瞞に満ちたように見える。怖がらないでとなだめるのは、僕の地元だと知っているからだ。そしてさっき急に怒り出したことにも合点がいく。僕が婦女暴行の罪で執行猶予期間だと知っているから、真下さんを無神経だと叱責したんだ。
ただならぬ恐怖を感じる僕をよそに、車は地元でも全く知らない場所に停車した。そして真下さんは準備してくる、と言って車を降りてどこかへ消える。久遠さんと2人の車内で、一体何をするつもりかと聞き出したくとも聞けず、心臓に悪い沈黙が充満する。
「なんか色々すみません」
久遠さんが心底申し訳なさそうに言う。
「自分が路頭に迷ってる時には気がつかないものなんですね。今の真下を見ていてそう思いました。私もああだったんだって」
「これから何をするんですか?」
極端な怯えから声がうわずる。久遠さんは息を漏らし頭を抱えた。
「真下にやめろって言われていたことを強行していたことがあったんです。でも誰にやめろって言われても自分が納得できるまでやめられなかった。目を背けている事実に向き合えるまで止めることができなかったんです」
「な……何を!」
「今私が言ってること、理解できないと思うんです。でも……」
久遠さんが言葉を切ったので僕は固唾を飲んで次の言葉を待った。しかし久遠さんが次に落としたものは全く理解しがたい言葉だった。
「真下を見捨てないでください」
「今日は円華はいないのか?」
開口一番真下さんが意外な質問をした。僕はてっきり今日は久遠さんだけが来ると思い込んでいたが彼女は違ったらしい。
「お前に借りを返すために来たんだ。円華を連れてくるとややこしくなるだろ。それに今日は円華がいなくても大丈夫だろ」
「そっか……」
明かにがっかりする真下さんを車に押し込んで3人現場仕事に向かった。現場仕事とはなんなのかよくわからなかったが、随分と車を走らせるので、不安になってどこまで行くのか久遠さんに聞いた。
「着いたら大体わかりますよ、もう少しですが、眠くなったら寝ておいてくださいね」
運転席の久遠さんがバックミラー越しに僕に微笑んだ。それを見た助手席の真下さんが食いつく。
「今更そんな好青年を気取っても無駄だぞ。ノブはお前の過去を知っているんだからな」
「お前もなかなか無神経だな」
冷酷な久遠さんの声で、真下さんは黙る。そんな真下さんを初めて見た。そして久遠さんが過去を暴露されることについて、本気で怒ることにもびっくりする。
「お前だってノブに私の過去を吹聴したくせに!」
「なんの話だ?」
久遠さんの言葉にまた真下さんは黙る。
「いつから女装してるのかってことしか聞かれてないぞ。俺も知らないし。そういやなんでお前、女装するようになったんだ?」
僕は眠ったフリをした方がいいのだろうか、そう思えるくらい長い沈黙が横たわった。
「女性の格好をしていると、傲慢でプライドの高い男が釣れるからだ」
「そんなわけあるか。タチのくせにそんな騙すようなことして。よっぽどそういう男に恨みがあるんだな」
また真下さんは黙った。多分図星だったのだろう。久遠さんもまさか言い当てるとは思っていなかったような雰囲気を出している。
「お前がどんな性癖だろうと構わねーけど、お前が言ったんだぞ。そういうわだかまりが人生の道筋を作るんだって。人のことなんて気にしてねーでちゃんと自分のこと見つめ直せよ」
真下さんの心中を察すると僕まで胸が痛んだ。愛する人にこれを言われるのは相当きつい。しかし道路の案内板を見て、僕は別の意味で胸が苦しくなった。かつての地元に近づいてきたからだ。事件後、僕は生まれ育った街を飛び出した。それから転々と日雇いのバイトを求めて移り住み、真下さんの事務所までたどり着いた。今走ってきた道は僕が逃げ出して通ってきた軌跡そのものだった。
これからこの2人は何をしようというのか、恐ろしさで心臓が激しく鼓動する。思わずバックミラーで2人の顔を見る。
「世良さん、そんなに怖がらないでください」
久遠さんの優しい笑顔が唐突に欺瞞に満ちたように見える。怖がらないでとなだめるのは、僕の地元だと知っているからだ。そしてさっき急に怒り出したことにも合点がいく。僕が婦女暴行の罪で執行猶予期間だと知っているから、真下さんを無神経だと叱責したんだ。
ただならぬ恐怖を感じる僕をよそに、車は地元でも全く知らない場所に停車した。そして真下さんは準備してくる、と言って車を降りてどこかへ消える。久遠さんと2人の車内で、一体何をするつもりかと聞き出したくとも聞けず、心臓に悪い沈黙が充満する。
「なんか色々すみません」
久遠さんが心底申し訳なさそうに言う。
「自分が路頭に迷ってる時には気がつかないものなんですね。今の真下を見ていてそう思いました。私もああだったんだって」
「これから何をするんですか?」
極端な怯えから声がうわずる。久遠さんは息を漏らし頭を抱えた。
「真下にやめろって言われていたことを強行していたことがあったんです。でも誰にやめろって言われても自分が納得できるまでやめられなかった。目を背けている事実に向き合えるまで止めることができなかったんです」
「な……何を!」
「今私が言ってること、理解できないと思うんです。でも……」
久遠さんが言葉を切ったので僕は固唾を飲んで次の言葉を待った。しかし久遠さんが次に落としたものは全く理解しがたい言葉だった。
「真下を見捨てないでください」
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