16 / 40
恐惶の政治
3
しおりを挟む「……ところでお前よぉ」
「はい?」
未だ大人しく隣に座るイスミに、キジトはため息を吐きながらその体をベンチへと深く沈めた。
「初対面のヤツから仕事押し付けられてんじゃねーよ」
自分も初対面だがこの際それはどうでもいい。
キジトは人を避ける分、懐に入れた者にはとことん甘い。
それを自覚したのはイスミに出会ってからだが、キジトはせっかく得た《自分を避けない人間》を手放す気はなかった。
そしてイスミの放つ雰囲気が、キジトを一種の焦燥に駆り立てる。
放って、おけない。
「あいつのために……お前の時間使うことねーだろ」
「こういうのは、出来る人がやればいいと思うんです。……誰にでも得意不得意はありますから」
なんでもないことのように言うイスミであるが、他人の始末書を仕上げるなど本来容易ではない。
自分と同じくらいかそれより下に見える少年が容易くやってのけることとは、キジトは到底思えなかった。
第一、投げた張本人は成人している。
「……お前、お人好しだな」
「よく言われます」
キジトは呆れを全面に出してイスミを見つめた。
イスミは穏やかな顔をしている。
表情からは何も読み取れなかった。
こんな時、いつもであれば自分に対する相手の怯えの感情が伝わってくるはずであるが、何故かイスミにはそれがない。
キジトには、イスミが何を考えているのか皆目検討もつかなかった。
そんなことはこの能力を得てから初めてで。
だからこそ、おもしろい。
キジトはニヤリと口の端を歪めて、はっと声を出して笑った。
「?」
かくいうイスミは何故笑われたのか理解できない様子で首を傾げている。
「僕、そろそろ行きますね」
イスミが腕に嵌めた時計を見て、はっとしたように鞄に書類をしまいはじめた。
シンプルな黒の腕時計に、少し嫉妬する。
そのベルトの横に巻かれた琥珀色の石の連なったブレスレットがしゃらりと音を立てていた。
「……待てよ」
立ち上がって箱庭の出入り口に足を向けたイスミを思わず呼び止める。
イスミは振り返って、キジトを見つめていた。
「俺はここに来てる時は大体ここにいるからよ、……また、来いよな」
柄にもないことを言った自覚はあった。
自分の頬に赤みが差すのがわかる。
キジトは照れ隠しにうなじを掻いた。
顔を伏して、目だけでイスミの動向を伺う。
「はい。ぜひ」
イスミは綺麗にお辞儀をして箱庭を出て行った。
面映い気持ちが芽生えて、キジトはイスミの残した温もりを堪能するように、ベンチに横になってその目を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます
松本尚生
BL
「お早うございます!」
「何だ、その斬新な髪型は!」
翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。
慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!?
俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる