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第一章『森の変異種』

ベリーの森 9

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(part.アイリス)


魔物が突然予想外の攻撃を仕掛けてきて、あたしは気を失ってしまっていた。

咄嗟に防護の魔術を放ったが、無詠唱で余裕のない状態の中、発動した元素魔術は脆弱で、魔物の放った闇の棘に掠っただけでそれは破壊され、ダメージを負ってしまった。


しばらくして、意識を取り戻した時には、辺りは静まり返っており、魔物の姿も気配も綺麗さっぱり消え去っていた。

あの状況でいったい、なぜ助かったのか、魔物がどこに消え失せたのかは定かではないが、森の様子は草木こそ枯れてしまった部分はそのままだが、瘴気が蔓延っていた先程までとはうってかわって生命力に溢れていた。

鳥すらも戻って来て囀っている。

森を覆っていた結界もそのまま残っていることから、村の方に行ってしまったということも無いだろう。

『何か』が起きて、変異種は消滅した。


痛む体を起こし、治癒の元素術で自らに応急処置を施す。骨が何本かと、足の腱がやられていたが、無理なく歩ける程度まで修復する。

詠唱と共に淡い青色の光が体を包み、細胞の活性、筋繊維と骨が時間を巻き戻すように結びつく様子を想起すると、引き攣るような痛みと共に身体が修復されてゆくのを感じた。


辺りを見回すと、レオンとシロが倒れているのが見える。

レオンは遠目で見て、そこまで傷は深くなさそうだった為、まずシロの治療に向かって、我が目を疑った。


彼は服を破り取られて、傷だらけの身体が魔物のものと思しき体液に塗れて濡れていたから。



「シロ……!?」



呼びかけても肩を叩いてもぴくりとも動かない。
だが、驚くほどに呼吸は安定していて、外傷も既に塞がりつつあるようだった。

ただ、体内の元素が酷く枯渇していることが感じ取れることから、強い衝撃で意識を失ったあたしとは別の要因で気絶していることは確かだ。


一瞬最悪の事態を思い浮かべ、彼の体を精査するように意識を集中する。

体内に魔物が『種を植えた』としたらその気配がある筈だが……良かった。どうやらこの様子なら魔物に犯される前にどうにかなったのだろう。

友人の体を汚したことを心の底から恨むが、未遂で済んだのならば不幸中の幸いだ。


ジャケットを脱ぎ、シロの裸の体にかけてやってから、治癒の術を施す。

傷や骨折はある程度修復できたが、意識を取り戻す様子はない。

あたしは自分の体に鞭打ってシロを背負った。

あたしと同じぐらいの身長の癖に、なんでこんな軽いんだか……


シロを背負ってレオンの元まで歩く。

レオンも気を失っているので、とにかく外傷を塞ぐために治癒の術を施した。

ハルフス・ドラゴンは身体が丈夫で自己治癒能力も高いため、少し術をかけてやればすぐに塞がる。

彼も呼吸は安定していて、命に別状は無さそうだった。

あの魔術は不意打ちだった事もあって、彼もあたしと同じように衝撃で意識を失っているのだろう。



「レオン……」



シロを降ろしてからレオンの肩を叩き、声をかけると、彼は目を覚ました。



「う……アイリス、か?……シロ……シロはどうした!?」

「大きな声出さないで。大丈夫、服を破かれてコトに及ばれたみたいだけど」

「何、だと……!?」

「落ち着いて。シロの中に瘴気の気配は無い」



レオンはそれでも、苦しそうな表情で歯を食い縛り、拳を強く握りしめて地面を殴りつけ、「畜生!!!」と空気が震える程の咆哮を上げた。

囀っていた鳥達が、彼の怒号に気押されて逃げるように羽ばたく。

未遂とはいえ友人を汚されて、腹が立たない方がおかしい。

あたしも気持ちは痛いほどわかるし同じだ。

でも今はそんなことをしている場合ではない。

レオンもそれは分かっているからこそ、しばらく力無く俯いていたものの、切り替えるように頭を振って立ち上がった。



「村に帰りましょう……シロの意識が戻らないの」

「……俺が背負う。ありがとうな、アイリス」

「ええ、お互い生きてて良かった」



いつのまにか夜明けが近づき、白み始めた空を見上げて、あたし達は満身創痍の体を引きずるようにして村へと戻って行った。
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