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奪還編

第33部分 特別クエストの依頼者

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 特別クエスト『ロキア王国シャルロット王女の奪還』の詳細と受注に関しては保留になった。

 二日後にシャルロッテ王女の側近がレイドアに到着するらしい。
 それを待つことになった。

 俺はその間に『竜使いのアイラ』についての情報を集めた。
 調べると情報は簡単に出てくる。
 何しろ、魔王軍東部戦線の総司令官だった。

 約一年前、『竜使いのアイラ』がある村を視察中のシャルロッテ王女を強襲し、そのまま連れ去ってしまったらしい。
 以降はどうなったかは分からない。
 もしかしたら、ロキア王国の上層部は何かを知っているのかもしれないが、一冒険者の俺たちが知る手立てはない。

『竜使いのアイラ』は目立った軍事行動を起こしていないが、大型のドラゴンやリザードマンなど手強い戦力を抱えている。

「こんなの冒険者が対応できるレベルの話じゃない。レイド、いや、軍を動かさないと戦えるはずない」
 リザの言うことには同意する。
 もし、『竜使いのアイラ』の討伐なら、断るべきだろう。
 
 しかし、これは『ロキア王国シャルロット王女の奪還』だ。
 交戦の可能性はあるが、絶対ではない。

「とにかく話だけでも聞いてみようか。本当に無理そうなら断るさ」


 二日後、ギルドに行くとリスネさんは二人の人物と待っていた。
 一人は頬に大きな傷のある白髪の混じった強面の男性。
 もう一人は俺と同い年くらいの女性だった。
 二人とも高そうな軍服を着ている。

「どーも、ハヤテさん、紹介するわね。こちらの男性はロキア王国の元帥、ウィリバルト・エルメック様。でこちらが、ロキア王国シャルロッテ王女の元近衛騎士長、ローラン・レリアーナ」

 元帥に、元近衛騎士長か。
 随分と偉そうな人たちが出て来たな。

「リスネ、本当にこの者たちで大丈夫なのか?」
 レリアーナさんは不満そうに言う。

「正直、ハヤテさんたちの実力は分からないのよね。見てないから」
 リスネさんが言う。

「お前、ふざけているのか」
 レリアーナさんはリスネさんに掴み掛かりそうな勢いだった。
「ふざけた依頼をしてきたのはどっち?」
 リスネさんも退かなかった。

 ここまで怖いリスネさんは初めて見る。
 酒場で酔っ払い同士の仲介に入るリスネさんだって、ここまで怖くなかった。

「ハヤテさん以外のパーティはみんな断ったのよ。話を聞いてもらえるだけ感謝してもらいたいくらいだわ」
「リスネ、お前…………」

「ちょっと勝手に熱くならないもらえますか? まずは事情を知りたいです」
 俺に何かを言い返そうとするレリアーナさんをエルメックさんが止める。

「すまない。ローランは少し過敏になっているのでご容赦願いたい」
 エルメックさんは穏やかな口調、丁寧な言葉遣いだった。

 しかし、俺は優しそう、という感情を持てなかった。

 本人にその気はないかもしれないが、独特の圧迫感がある。
 頬の大きな傷は伊達ではなく、本当の死線を潜ってきたのだろう。

「今回、我々の依頼はシャルロッテ様の奪還です」

「それは聞いています。でも、俺たちに頼まなくてもロキア王国の武力か、財力で救えないのですか?」
「それが出来ない状況だから困っている。敵の総司令官はロキア王国の戦争からの撤退を要求してきたのだ。もし要求を飲まなかった場合にはシャルロッテ様を公開処刑にする、と脅迫する書状も送られてきている」
「エルメック様、冒険者にそんなことを言ってもよろしいのですか?」
 レリアーナさんが少し驚く。

「もう隠していても仕方のないことだ。何しろ、ロキア王国は大軍を魔王軍の東部戦線へ派遣することと『竜使いのアイラ』から脅されていた事実を公表する決定したのだからな」

「そんなことをすれば、王女様は殺されるのでは?」

「その仇討と言うことで軍の士気をあげるつもりらしい」

 エルメックさんの表情から、この人が今回の作戦に同意していないことが分かった。

「軍が本格的に動き出す前にシャルロッテ様を救い出したいのだ」

「事情はわかりましたけど、『竜使いのアイラ』っていうのはどれくらい強いんですか?」

「申し訳ないが、私たちも詳しくは分からない。大型のドラゴンを操る竜人であることしか分かっていない」

 確定情報が少なすぎる。
 それが正直な感想だった。

「どう、受けてくれる?」
 リスネさんはこれが無茶な依頼だということを承知しているようで、複雑な表情をしている。
 正直、リスネさんからの頼みじゃなかったら断りたいぐらいだ。

「もういい」
 俺が沈黙していると耐えかねたレリアーナさんが出て行こうとする。

「自分の思い通りにならないからって、イライラしてまるで子供だ。ハヤテは断ってない。まだクエストを受ける可能性があるのにそれを自分からふいにするなんて馬鹿だ」

 リザは本当に老若男女、身分種族問わずにはっきりと物事を言うな。

「銅階級の冒険者がどうにか出来る事じゃない」
「確かに銅階級、でも、だからって弱いとは限らない」
「そんなに言うなら試してみるか?」

 ローランさんがリザに迫った。
 それでもリザは怯まない。
「言っておくが、私は強い」
「じゃあ、世界の広さを知るといい。うちの戦闘狂が相手になる」

 んっ?
 それって…………

「香、痛い目を見せてやれ」
「…………えっ? なんでその流れで私が戦うことになるんですか!?」

 いきなり被弾した香が声を上げた。

「だって、戦うなら剣士同士の方が良い。私がやっても遠距離武器は卑怯とか言いそう」
「エルフ、私を愚弄するか」
「私はハーフエルフ、別に愚弄してない。同じ剣士に負けた方が、より負けを実感できるはず」
「良いだろう。新米冒険者如きが私に喧嘩を売ったことを後悔させてやる」

「…………ハヤテ、なんでこの人たちは私抜きでどんどん話を進めているんですか?」
「俺に言われても困る。断れば?」
「断る? そんなもったいないことはしませんよ」
「…………えっ?」

 香は笑っていた。

「前々から西洋の剣士と戦ってみたいと思っていたんです」

 香はローランと目を合わせる。
 すでにやる気満々だった。

 あれ、俺は今日、ここへ何をしに来たんだっけ?
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