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奪還編

第60部分 退院とリザの決意

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 次の日、俺たちは病院に行く。
 レリアーナさんはもう歩いていたが、香はまだベッドの上だった。

 九ヶ所の骨折、全身打撲、出血多量、魔力の枯渇。

「香君を見た医者が生命力に驚いていたよ」
とレリアーナさんが言う。

「確かにの。最後は儂も殺す気で攻撃したんじゃが、頑丈じゃった」

「さらっと恐ろしいこと言わないでください。首がメキっていった時は、あっ、死んだ、って思いました」

 香は苦笑した。

 香とアイラの二人はそこまで敵対しているようには見えない。
 これに関しては二人の性格に感謝する。

「で、これからなんだけど、アイラをパーティに加えようと思っているんだ」

 香は「構いませんよ」と二つ返事で承諾すると思っていた。

 しかし、予想は外れる。
 香は無理やり体を動かして、俺にしがみ付いた。

 えっ?

「それって、私がクビってことですか? 毎回、ボコボコにされるメンヘラ女は要らないってことですか!?」

 ん~~~~?

「お願いです。捨てないでください!」

「いや、捨てないから。パーティが一人増えるだけだから」

「本当ですか? 本当に本当ですか!? 今日が最後で、私が退院したら、ハヤテたちがいなくなるとかありませんか!?」

「絶対にないから! 香が退院するまで毎日通うから!」

「退院するまで!? 退院した後はどうなんですか!?」

「いや、ごめん、今のちょっと言い方が悪かったよ」

「なんじゃ? これがワシに勇ましく挑んだ小娘か?」

 アイラは呆れていた。

「香はメンヘラ、依存されるとめんどくさい」
「なんじゃ、その『めんへら』というやつは?」

 リザが『メンヘラ』について、アイラに説明する。
 アイラは複雑な表情をしていた。

 香は「本当に置いて行きませんよね!?」と繰り返す。


 ……そして、病室で騒いでいたら、さすがに医者の先生に怒られた。

「まったく……瀕死だったのに一日であそこまで回復するとは恐ろしい回復力ですね」

 医者の先生は驚きを通り越して、呆れていた。
 で、なぜか俺だけ呼ばれた。

「彼女からあなたがパーティのリーダーだと聞いたのでお呼びしました。骨折は放置できないので治療してあります。それと活性化の魔法をかけたので回復は速いと思います。幸い内臓は全く損傷していなかったので、アイスさんの回復力なら一週間もすれば、退院が出来ると思いますよ」

 香の回復力も凄いが、あれだけの傷を一週間で治すことが出来る、魔法、って存在は凄いな。

「ただし、一つ、気になる点があります。身体の回復に比べて、魔力の回復が遅いのです。調べても分かりませんでした。何か心当たりはありますか?」

 心当たりはある。
 アイラと対峙し、強引に魔陰流奥義『カクブギョウ』を放った瞬間、香の魔力が飛躍的に上昇した。

 俺は医者の先生にそれを説明する。

「なるほど…………私は東方の魔法には詳しくありませんが、それが原因である可能性は高いですね」

 香の魔力が最後に異常な上昇をした理由は俺にも分からない。
 香の記憶にもそんな魔法はなかった。

「とにかく、今後はそんな無茶はやらせないでください。最後には魔力を全て失うかもしれません」
「分かりました」

 香とレリアーナさんは医者の先生が言った通り、一週間後に退院した。

「こんなに寝たのは初めてかもしれません。おかげで体が鈍ってしまいました。ハヤテ、何か、クエストに行きませんか?」

 それを聞いた医者の先生の鋭い視線が俺に向けられた。

「いや、さすがに退院日にクエストは駄目でしょ? 快気祝いと遅くなったけどクエスト完了の打ち上げ、それから新しい仲間の加入の宴会をしようか。あっ、でも香はまだお酒飲んじゃ駄目だよ」

 香は少し不満を口にしたが、表情は明るかった。
 

 久しぶりにリスネさんの所の料理も食べたい。

 俺たちがリスネさんの働いているところを尋ねると彼女はいなかった。
 聞いてみると数日休みをもらっているらしい。

「たぶん、今回の件で動いているんだろうな」
とレリアーナさんが言う。

「明日、ギルドに行ってみましょうか。王女様のこともありますし」
「そうだな、ここは私に出させてくれ」
 レリアーナさんが言う。

「いいのか、私は容赦なく食べるぞ」とリザが言う。
「構わない。あれだけ危険な目に遭わせたのだ。それぐらいさせてくれ」

「ほうほう、人間の食べ物はうまそうじゃの」

「ハヤテ君、本気でアイラをパーティに加えるのか?」
「ま、連れてきちゃったのは俺ですし」

「そうじゃそうじゃ、ちゃんと面倒を見るんじゃぞ…………おっ、これ、うまいの」
 アイラは大量の野菜を煮込んだスープが気に入ったようだった。

「えっ、ドラゴンの近縁なのに草が好きなのか? 変わった奴だ」
 リザは骨付き肉の盛られて大皿を骨だけにしていた。

「だったら、おぬしはどうじゃ、ハーフエルフのくせに肉ばかり食いおって」

 リザとアイラが言い争いを始める。

「にしてもハーフエルフに、異国の剣士、竜人。ハヤテ君は変わった仲間が増えていくな」

 それに関しては否定できない。

「女騎士が加入する可能性はないのか?」
とリザが言う。

「正直、君たちといた数日間は充実していた。まだ一緒にいたいという気持ちはある。しかし、私にはシャルロッテ様がいる。一緒にロキア王国へ戻って、今後のことを考えるさ」

「そうですか、またいずれ、会いましょうね」

「まぁ、まだ明日は君たち一緒にいるがな」



 次の日、俺たちはギルドに足を運んだ。
 しかし、ここにもリスネさんはいなかった。

 しょうがない、と帰ろうとした時だった。


「探したぜ。お兄さん」


 嫌な声がした。

 振り返るとガイエス城塞都市で出会ったリザの元ご主人様、ドミードがいた。

「ガイエス城塞都市にいたはずじゃなかったのか」

 俺は嫌な表情をしたと思う。

 ドミードが近くにあった机を叩いた。
 ギルド内は騒然とする。

「おめぇがガイエス城塞都市を逃げたから、ここまで追ってきたんだろうが! この落とし前はきっちり付けてもらう!」

 ドミードは怒鳴った。
 そして、俺に書状を見せつける。
 それが何か予想はしていた。

「ほれ、おめーが言っていた証明書だよ! そこのエルフは俺のモンだ! これ以上、ゴタゴタ言われるのも面倒だから。奴隷商人も連れてきた」

 後ろを見るとドミードの仲間の冒険者二人以外に、小太りの男がいた。
 手には大きな宝石が光る悪趣味な指輪をいくつも嵌めていた。

 奴隷商人の男がドミードにヘコヘコする。
 どうやら、ドミードは得意先のようだった。


「お兄さん、いくらハーフエルフが珍しいからってはいけません」

 奴隷商人の男はニタッと作り笑いをした。

「そんなに奴隷が欲しいのでしたら、私がご紹介しましょう。人間に、亜人、混合種ハーフ、少しですが魔人も用意がございます。…………おや、ですが旦那様はもう魔人の奴隷をお持ちのようで」

 奴隷商人の男がアイラに気が付いた。

「おや、しかし、これは…………!?」

 小太りの男はわざとらしく驚く。

「どうした、ラーグ?」

 奴隷商人の名前はラーグというらしい。

「この奴隷の首輪は私の商会が作ったものようです。そういえば、魔人の脱獄がありましたな。お兄さん、この魔人の奴隷を買った証明書はお持ちですか?」

 奴隷の脱走なんて本当にあったのだろうか?
 なんだか、ブラフな気がする。
 それに事実だとしても、アイラは関係ない。

「この子は奴隷じゃない。だから、証明書はない」

「おかしなことを言う。奴隷の首輪をしているのに奴隷ではないなどと」

 ラーグは馬鹿にしたように笑った。

「お兄さんにはどーも盗み癖があるみたいだな。衛兵につき出してやる。安心しろ、お兄さんの仲間は全員、俺が保護してやるよ。口の利き方を教えてやらねぇといけない奴らもいるしな」

 ドミードは香とレリアーナさんを見た。
 二人は冷やかな視線をドミードに返す。

「こい、エルフ、なんだ、その立派な弓は? お前は短剣で十分だ。その弓は高く売れそうだな」

 ドミードはリザの手を引っ張った。

 ――――しかし、リザは動かなかった。
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