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雌伏編

第66部分 香の災難②

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「あはははははは!」

「リスネさん、笑い過ぎです!」

 香が訴える。

「ごめんなさい。急いでここまで来たんでしょ。紅茶くらい出すから落ち着いて」

「ありがとうございます」と言い、香は紅茶を飲み干した。
 
 空になったコップに紅茶を注ぎながら、リスネさんは、
「まさか、一日でこんな面白いことをしてくれるなんて思わなくて。それにしても、香さんなら、その手錠くらい簡単に斬れるんじゃないかしら?」

「やろうとしましたけど、無理でした。この手錠をしていると魔力を使えないみたいなんです」

「なるほどねぇ。元々は罪人にするものだろうし、無効化できるように特殊な作りになっていたのね。なら、ハヤテさんのヘンテコな力でどうにかならないのかしら?」
「ヘンテコって酷くないか? 俺も色々、試したけど駄目だった」

 罠外しが出来そうなモンスターは片っ端から召喚した。
 しかし、この手錠はその全てモンスターが解除できなかった。

「う~~ん、鍵穴もなさそうだし、外し方の見当が付かないわね。魔具に詳しい人を何人か知っているから、訪ねてみると良いわ」

 リスネさんは商店街の地図を取り出して、こういった魔具のトラブルを処理してくれる店を紹介してくれた。

「それとついでに聞いておきたいんだけど、使える水とか生活排水を処理する場合、どうすればいいんだ?」

 俺は一つ、嫌なことを思い出す。
 確か中世西洋は下水処理がいい加減だった。
 どれだけいい加減かというと、汚水を窓から外へ捨てていたほどだ。
 いや、そんなはずない、と思いたい。
 それにだとしたら、街はもっと悪臭がしているはずだ。

「あの屋敷には魔法水の生成器、魔法水の浄化機、それと下水ろ過用の魔導装置があるわ。魔法石を嵌めれば起動するはずよ。生活用の魔法石は商店街で手に入るから」

「そうなんだ。それを聞いて安心したよ。水がないと生活が困るからね。じゃあ、俺たちはこの手錠を外す方法を探しに行こうか」

 俺は立ち上がろうとしたが、香は座ったままだった。
 体を小刻みに動かしている。

「香、どうしたんだい? 早くこの手錠を外しに行かないと…………」

「ええ、そうですよね。そうなんですけど…………」

 どうしたんだ、一体…………!

 香の目の前に置かれた空のコップが目に入った。
 さっき、一気飲みして、その後、リスネさんにまた注がれて…………

「一体何杯飲んだんだ?」
「五杯…………」

 香は俯いたまま、言った。

「馬鹿なのか」

 俺とリザの声が被った。

「だって、喉が渇いていたから…………って、今、ハヤテもついに私のことを馬鹿って言いましたね!?」

「だって、そうだろ、この状況で水をそんなに飲んだら…………」

「トイレは奥にあるわよ。このギルドのは共用トイレだから、安心してね」

 リスネさんは笑っていた。 
 この人、これを予想して香に紅茶を飲ませたのか?
 悪魔か!?

「仕方ない。香、トイレに行くぞ」
「い、嫌です! 恥ずかしいです!」
「いや、このままにしていた方がもっと恥ずかしいことになると思うよ」
「…………分かりました、ハヤテ、こうしましょう」

 香はコインを取り出した。

「このコインを投げて表なら私、裏ならハヤテの腕を斬り落とします。いいですか?」

「いいわけあるか!」

 久しぶりにぶっ飛んだことを言い出しやがった。

「安心して下さい。腕ぐらいなら今の状態でも斬り落とせますから」
「そんなことは聞いていない! 腕一本かけるくらいなら、少しの恥ずかしさくらい我慢しろよ!」
「だって、だって…………」

 香は涙目だった。

「のう、ハーフエルフ、あの東方人は人格が二つあるのか?」
「残念なことに、お前の腕を斬り落としたのも、今あそこにいるポンコツも同一人物だ」

「そうだ、アイラだって腕が元に戻ったんだから、ハヤテだって大丈夫ですよ!」

「何が大丈夫なんだ!? 俺にそんなチート能力は備わっていない!」

「じゃあ、もう分りました。自分の腕を斬り落とします!」

「わー、何、刀を抜こうとしているんだ! リザ、アイラ、香を止めてくれ」

「落ち着け、香はハヤテにもうほぼ全裸を見られてる(第11部分『食事会』参照)。今更、恥ずかしがることない」

「リザちゃんは一回斬られたから、もう一回斬られても平気だって言えますか!?」

「馬鹿のくせにもっともらしい反論するな」
「なんじゃ、生娘かと思っとたが、違ったか?」

「いえ、そういう意味じゃなくて…………あっ」

 あっ、ってもしかして…………

「ギルドの床は汚さないでよ」

 元凶のはずのリスネさんが引いていた。

「まだ…………でも…………」

 香の顔は真っ青だった。

「もう諦めろ!」

 俺は香を引っ張って、トイレに走った。
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