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レイドア防衛編

第128部分  一線を越える覚悟

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「香、最初を任せてもいいかな?」

「もちろんです。すでに覚悟は出来ています」

「なんだ、俺に殺される順番の話か。下等種族がうじゃうじゃと…………」

 香に腕を斬り落とした竜人が睨む。
 斬られた腕を拾い、何か薬品をかけ、腕が繋がる。

「残念だったな。この程度なら治るのが竜人なんだよ」

 竜人は笑った。

「別に驚きませんけど。あなたは腕が生えてこないんですね」

 香の声は冷たかった。
 竜人の顔を歪む。
  
「生意気な人間だな。お前、俺が誰だか知らないな。第一大隊隊長のニール様だ!」

「だから何ですか? 私の仲間を殺そうとしたあなたを許しません」

 香は二本目の刀を抜いた。

「手助けは必要か?」とリザが言う。

「不要です。周りを任せますね」
「分かった」

「人間が俺に勝てると思うなよ! 俺は次期、四臣だ。覚悟が出来ているとか言ったな? 本当に死ぬ覚悟ができるのか!?」

 ニールが香に斬りかかる。

「死ぬ覚悟? 何のことですか? 魔陰双流攻法ノ二『ミズサワ』…………!」

 攻法ノ一『ヌキサキ』は怒涛の連撃だった。

 それに対して、『ミズサワ』は敵の動きに合わせて刀を三度、振っただけだった。

 最初の一刀で右腕を飛ばし、二刀で腕を飛ばす。

「えっ…………?」とニールの最期の声が聞こえた。

 三刀目でニールの首を飛ばした。

「私が戦った四臣の一人はあなたの百倍、強かったですよ。覚悟というのは敵を殺す覚悟です。もう聞こえていないと思いますけどね」

 大隊長がやられたことで他のリザードマンたちの動きは鈍る。
 それでも向かってくる者はいた。

「恨みはない。でも敵だ。だから戦う。魔法付与の矢(炎)『青炎』連撃」

 リザの矢に撃ち抜かれたリザードマンが燃える。

「せめて、アイラ様を……いや、逆賊アイラを殺せ!」

 多数の『竜弾』がアイラに放たれた。

「動けない相手にそれはないだろう。『鉄壁』」

 ローランの大盾はリザードマンの『竜弾』を全て防いだ。



「さてと…………来てくれ。リントブルム!」

 俺は召喚したリントブルムに乗り、浮上した。
 
 俺の命令で今から多くの敵が死ぬ。
 もう引き返せない。
 いや、引き返さない。

 仲間を守る為になら、俺は……

「リントブルム『アブソリュートストリーム』で敵を薙ぎ払ってくれ!」

『心得た』

 リントブルムから放たれた一撃が大気を揺るがす。
 たった一撃でリザードマンの隊列を壊滅させてしまった。

 こんなのは戦闘じゃない。
 一方的な殺戮だ。

「うっ…………」

 胃液が込み上げてきた。

『大丈夫か、主?』
 
「大丈夫じゃないさ。でも止まっているわけにもいかないだろ」

 リザードマンの新手が地上のリザたちに向かってきた。
 俺は込み上げてきた胃液を飲み込み、リントブルムに第二波を命じる。


 しかし、その一撃は別方向へ受け流された。

「今のは?」

「あちゃー、こんな存在は反則っしょ」

 随分と軽い口調の男が俺の前に現れた。
 翼の生えた竜人だ。

「あなたは?」

「どーも、ゼルっす。一応、四臣の一人っすよ。君が昨日、レイちゃんを撃退した人間っすか?」

「そうだけど?」

 ゼルと名乗った男は俺より少し年上のような見た目をしている。
 感情を全開でぶつけ来たフィールレイと違って、薄ら笑いを浮かべて、何を考えているか分からない。

「名前、聞いてもいいっすか?」

「ハヤテ、ユウキハヤテ」

「ハヤテさんっすね。提案なんすけど、お互いに退きません?」

「は?」

「だから、お互いに退こうっていう提案っすよ。あなた方は一刻も早くアイラを治療したいだろうし。こっちとしてはガンウォールの旦那もレイちゃんもいなくって、しかも大隊長は一人、いきなり死ぬし、これ以上は戦いたくないんっすよ。てか、俺の責任で軍を動かしたくないっす。というわけで、明日以降に仕切り直しといきませんか?」

 罠に嵌めるか?

 いや、だとしたらもっと他に方法があるだろう?
 こんなのは露骨過ぎる。

「あっ、疑ってるっすね。じゃあ、証拠を見せるっすよ。おい、もう退け!」

 ゼルは地上のリザードマンたちにそう命じた。

「一分しても戦っている奴がいたら、俺の『竜弾』が頭に直撃するからな! …………これでどうっすか?」

 リザードマンたちは慌てて撤退していく。

 リザたちは困惑していた。

「こっちも戦闘中止! 深追いはするな!」

 俺がそう叫ぶとゼルは満足そうに笑った。
 多分それは素の笑顔だ。

「やっぱり俺の予想は正しかったっす。ハヤテさん、若そうだけど実は歴戦の戦士だったりします?」

「戦争に関しては昨日が初陣だよ」

「にしては勝負勘、みたいなのが鋭そうっすね。それはどこで鍛えたんっすか?」

「………………」

 俺は答えなかった。
 この男に余計な情報は渡したくない。

「まぁいいっす。もしこの戦いが終わって、ハヤテさんたちが生きていたら、俺の部下にしたいっすね。レイちゃんやガンウォールの旦那は人間を全て殺したいみたいっすけど、俺はそんな疲れることはしたくないんっすよ。…………じゃあ、また会いましょう。ハヤテさん」

 ゼルはそう言うと退いていった。
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