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砂漠の国編

第167部分 ナターシャ、倒れる

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『ジュラディーズ』を出発してから半月が経ち、周りの景色が変わり始める。
 大地から草木が少なくなった。

 やがて、景色は完全に変わり、前方には砂漠が広がる。
 この砂漠を越えないと蛇人族の国には辿り着けない。

 前も後ろも左右も砂漠になり、方向と距離の感覚が狂いそうになる。
 それに昼間を暑いし、夜は寒い。

 リザ、アイラ、フィールレイは環境の変化に強いが、俺とナターシャには辛い環境だ。


 砂漠横断の三日目、ナターシャが倒れた。

 日除けはしていたが、それでもずっと馬を操っていたのが原因だ。

「ちょっとだけ休ませて…………そうしたら、また動けるから」

「君に無理をさせるくらいなら、ここに仮拠点を作って、回復を待つよ」

 しかし、ナターシャの顔色を見る限り、簡単には回復しそうにない。

「ハヤテ、私が馬を扱ってもいいか?」

 フィールレイが申し出る。

「出来るのか?」
「多少は」

 フィールレイに馬の操作を任せる。

 幸い、ナターシャの体調はそれ以上悪くならず、少しずつ回復に向かう。

 それでもさすがに料理をしてもらうわけにはいかず、俺たちで何とかする。
 何とかするのだが…………

「ゲテモノは嫌だ!」

 俺は全力で拒絶する。

 リザたちに食料の調達を任せたら、トカゲとサソリと蛇を捕まえて帰ってきた。

 しかもそれをそのまま火の中にぶち込んだ。

 ナターシャならゲテモノでもちゃんと下処理をして、美味しくしてくれる。
 でも、これは…………

「内臓は取り除いたのか!? 血抜きはしたのか!?」

「んっ? なんだそれ?」

 リザはキョトンとする。

「おい、蜥蜴と蛇を取り出せ! これは料理じゃない!」

「食えるか、食えないかは食べれば分かるじゃろ」

「アイラ、俺やナターシャはお前たちみたいに強くないんだよ!」

「ほら、ハヤテにはこのトカゲをやろう」

 リザは黒焦げの物体を俺に渡す。

「俺はこれを料理と認めないからな!」
 と言いつつ、トカゲの胴体部分に齧りつく。

「うっ…………」

 血抜きをしていないトカゲは焼いたのになんだか生臭い。
 それにパサパサして、美味しくない。

「不味い…………」とリザ。
「酷いのぉ…………」とアイラ。
「なんだこれ…………」とフィールレイ。

 三人ともの美味しいと言わなかった。

 それでも奪った命には責任を持たないといけない。
 俺たちは焦げ臭い肉を口に押し込み、水で流し込んだ。

 砂漠へ入る前に水は十分に蓄えてカード化してあるので、砂漠でよくある水不足に関しては心配無さそうだ。

 俺は馬車の荷台で寝ているナターシャの所に行く。

「大丈夫かい?」

「うん、大分楽になった」

 俺は召喚盤を展開し、カード化していたパンと干し肉を取り出す。

「ごめん、病人食を作れなくて」

「大丈夫だよ。それよりもハヤテたちの方が心配。なんか焦げ臭い匂いがしてたけど、ちゃんとした食事を食べたの?」
 
 その質問には苦笑いするしかなかった。
 ナターシャは「やっぱり」と言いたそうだった。

「早く回復して私が料理を作らないとハヤテがお腹を壊しちゃいそう」

「無理は良くないけど、そうしてくれると助かるよ」

「……ねぇ、ハヤテ、私って付いてこない方が良かったかな? 私は何の力もないし…………」

 ナターシャは少し弱気になっていた。

「君がいてくれないと困る。俺たちだけで旅をしていたら、健康問題が発生しそうだ」

「そう言ってもらえると嬉しい。ねぇ、体がベタベタして気持ち悪いの」

「分かった」と言い、俺はタオルと桶、水を取り出した。

 俺が馬車の外に出ようとするとナターシャが引き留める。

「体が気怠いの。体を拭いてくれる?」

 ナターシャはいつもみたいに俺をからかっているわけではない。
 本当に辛そうだった。

「分かったよ」

 俺はナターシャの服を脱がせて体を拭き始める。
 俺だっていい大人だ。
 いくら、実践の経験が無くたって、これくらい冷静にこなせる。

「…………ハヤテ、目を閉じてたら、私の体、拭けないでしょ?」

「無理だって! 童貞には厳しいって!」

 まだリザや通常時のアイラなら、子供っぽいから変な気持ちにはならない。

 でも、ナターシャは別だ。
 大人の魅力と経験があり過ぎる。

「別に見苦しくないと思うよ」

 そういう問題じゃない!

「前は傷とか火傷があったから、あまり見られたくなかったけど」

 ナターシャやサリファ、ルイスは前の酷いご主人様のせいで体がボロボロだった。
 それをアイラの角の力(※洋館事件参照)で体の傷は回復した。

 少し落ち着いた俺はナターシャの背中を拭き始める。

「痛くない?」

「うん、大丈夫」

 会話が続かない。
 気まずい…………。

「私、ハヤテに会えて本当に良かった。私の人生、もう終わったと思っていた。それがこんな冒険を出来るなんて。本でしか読んだことが無かった砂漠を見ることが出来た。多分、ハヤテといたら、これからも楽しいと思う」

「大変な目に遭うかもしれないよ。現在進行形で体調崩しているし」

「でも、楽しい。ハヤテたちは私のことを頼ってくれるし、大切にしてくれる。ハヤテのおかげで私は自分が存在していることが分かる。本当にありがとう」

 ナターシャはそんなことを言うが、お礼を言いたいのは俺の方だ。
 リザが野菜を食べるようになったのは、ナターシャが気を使って食べやすい料理を作ってくれるからだ。
 それにアイラがこっそりとナターシャに甘いお菓子を作ってほしいとお願いしているのを知っている。

 ナターシャは戦えない。
 でも、この中で一番、重要な役割を担っているのはナターシャかもしれない。

「ありがとう。じゃあ、今度は前をお願い」

 ナターシャが振り向く。
 俺は反射的に視線を逸らした。

「そ、それは自分でやってくれないかな!」
 
「あっ、ちょっと待って」

 ナターシャが俺の腕を掴んだ。
 俺はバランスを崩して、倒れてしまった。

 裸のナターシャと縺れる。

「なんだ、どうした?」

 音に驚いてリザたちが馬車にやって来た。

「………………」

「待て、リザ、これは違うんだ!」

「その言葉は浮気した奴がいう奴だ!」

 俺は馬車から飛び降り、逃走する。

「アイラ、人間のまぐわいを見たら、興奮してきた。食欲の次は性欲を満たそう」

「うむ、そうじゃな」と言い、アイラはフィールレイの額に手を当てた。

 その瞬間、フィールレイが悲鳴を上げる。

「学習しないなぁ…………」

「ハヤテ、よそ見とは余裕だな!」

 その日、俺はリザから全力で逃げた。
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