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砂漠の国編

第169部分 〝女王〟パトラティア五世

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 次の日、俺たちは王宮を訪れる。

 この王宮は極端に階段が少なかった。
 石を斜めに加工し、スロープのようになっている。

 たぶん、蛇人族が移動しやすいようになっているのだろう。

 俺に芸術は分からないが、王宮の造形技術には目を奪われた。
 防衛拠点としての役割が強かったレイドアの街やジュラディーズに比べ、タオグナはここが国の中心、象徴だと示しているようだ。

「武器はこちらで預かります」

 女王陛下に謁見する前室で俺たちは持ち物検査を受ける。

 と言っても、見てわかる武器はリザの持っている弓矢ぐらいだ。
 リザがスタンレンさんに弓矢を渡した。

「大切に扱ってくれ。それはハヤテから貰った大切なものだ」
 リザが念を押す。

「分かりました」とスタンレンさんは丁寧な手付きで弓矢を受け取った。

「まぁ、武器を預かったところであまり意味があるとは思えませんがね」

 スタンレンさんは苦笑しながら、アイラとフィールレイを見た。

「心配せずともと暴れたりはせん」

 俺たちは王の間に通された。
 中に入ると一段、高くなっている玉座に蛇人が鎮座している。

 王の間の中央まで進むと彼女は玉座から降り、俺たちの目前まで来た。

「あなたが?」

「そう、パトラティア五世、蛇人族の長よ。魔王を倒した英雄さん」

 女王陛下はとても軽い口調で言う。
 失礼だが、威厳ならシャルロッテの方がありそうだ。

 それに格好も少し目のやり場に困る。
 女王陛下は踊り子のような薄着だ。

「おい、ハヤテに色仕掛けか?」

 リザは女王陛下を睨みつける。
 お前は誰にでもそういう態度なんだな。
 ある意味凄い。

「これでもスタンレンに言われて、服を着ている方よ。普段は何も着けてないし」

「ただの痴女だな」とリザは言う。

 って、おいおい、さすがに怒られるぞ。

「すいません。悪気はないんですけど、こういう奴なんです。リザも誰にでも喧嘩を売らないでくれ」

 女王陛下が怒る素振りを見せないので、あまり危機感が無いが、いつラインを越えるか分からない。

「魔王を倒した英雄だと聞いたから、どんな豪胆なお人かと思ったけど、あなたからは覇気のようなものを何も感じないわね。エルフや竜人が素直に従っているのが不思議」

「別に従えてはいませんよ。対等な仲間だと思っています」

「手紙は見たわ。あなた方の要求は蛇人族が行っている戦争の即時停止ということかしらね?」

「はい、魔王は倒れました。もう、戦う理由は無いと思います」

 俺の言葉に女王陛下は笑う。

「理由ならありますわ。蛇人族が新たな覇権を得る為」

 女王陛下は俺を真っ直ぐに見て言う。

「私たち蛇人族は竜人や巨人族に比べれば、力の無い種族だったわ。でも、いくつもの種族を糾合して、技術を吸収して、これだけの繁栄を手に入れたの。そして、今、魔王は倒れた。竜人と人間たちも大きな損害を出したと聞いているわ。この隙にこの南の大陸を統一する。そして、力を失った竜人や人間の領土を侵略して、最強の国家を構築する。私たちがそんな野心を持ってもおかしくないわよね?」

「あなたが第二の魔王になるというんですか?」

「ハヤテさん、もう街を見たわよね? どう思った?」

「他種族が共存している理想の国造りだと思います」

 お世辞を言ったわけではない。
 レイドアやガイエス城塞、クエストで立ち寄った町や村でも、いくつかの種族が共存しているところは見たが、タオグナほどではない。

「他種族共栄、それが出来る私たちは覇者の資格があると思わない? 言っとくけど、今戦っている獣人連合にだって、何度も降伏勧告はしているわ。降伏後の好待遇も約束している。私は降伏した国や種族を奴隷階級に落とすようなことはしない。どう、あなたたちも私たちの傘下に入らない?」

「俺たちのその権限はありません」
「儂にも権限はないが、手負いじゃからと竜人をなめん方がよいぞ」

 アイラが少しだけ強く言う。

「それにこの国の状態は理想です。ですが、あなたの主導で世界を統一することには異を唱えます」

 俺の言葉に女王陛下は一瞬、驚くがすぐに微笑んだ。

「理由は?」

「あなたもいつかは死ぬからです」

 俺の言葉に衛兵は騒めいた。

「無礼者!」と俺に怒りをぶつけた衛兵もいたが、アイラが一睨みすると衛兵は沈黙する。

「ハヤテ、喧嘩を売らないんじゃなかったのか?」

 リザが言う。

「今のは結構、喧嘩を売っていたかな?」

 俺の言葉にリザ、ナターシャ、アイラ、フィールレイは頷く。

「面白い人ね。私にそんなことを言ったのはあなたが初めてよ。確かに私もいつかは死ぬ。寿命で言えば、人間と同じくらいよ。でも、それがなぜ問題なの?」

 女王陛下はケラケラと笑う。

「あなたは優秀です。しかし、あなたの後を継いだ者があなたと同等の人格者だと保証が出来ない。次が大丈夫でも、その次が駄目かもしれない。統一の国、唯一の統治者という体制は常にそのような危険があります。統一の国が腐敗した時、他勢力が無ければ、それを正すのはとても難しい」

「あなたと言いたいことは分かるわ。でも、いくつかの国が点在していては争いが生まれる。どちらにも欠点があると思うけど?」

「その欠点を補う方法はあります。もちろん、完璧な方法ではありませんが……」

「とりあえず、聞かせてくれるかしら?」

「統一の法、仮名称でそうですね、〝大陸法〟とでも言っておきましょう。それを作るんです。法を犯せば、他の国から討伐される。その状態を作れば、無法状態は避けられます」

 理想論なのは分かっている。

 しかし、言葉が通じるなら俺たちは分かり合える。
 少なくとも俺はそう思いたい。

 女王陛下は沈黙し、考える。

「あなたの理想は分かったわ。魔王を打倒するだけの力があるのに、その力を好き勝手に使わない。その高潔さも評価できる。あなたのような人が中心にいれば、多くの種族と国がまとまることも可能かもね。でも、この場であなたの提案を受け入れることは出来ないわ」

 女王陛下の態度は全てを否定するものではなかった。

「私と勝負をしてみない?」

「勝負、ですか?」

「そう、あなた方は冒険者なのでしょ? 私からクエストを依頼するわ。それを達成出来たら、獣人族との和平を約束する」

「分かりました。それでクエストは?」

 有事の際にリントブルムを召喚できないのは不安が残るが、リザたちがいれば、大抵の困難には対処できるはずだ。

「我らの先祖が眠る〝王家の谷〟に私の曽祖母様が自分の命と魔力を引き換えに作った霊廟と遊戯場があるわ。ハヤテさんには私の曽祖母様が作った遊戯に勝ってもらいたいのよ」

 遊戯、ゲームに勝てばいいということか。

「言っておくけど、簡単じゃないわよ。曽祖母様は遺言で『魔王が倒されてから遊戯に挑め、勝った者には秘宝を与える」とおっしゃったらしいわ。でも、私を含めて、多くの者が遊戯に挑み、未だに誰も勝てていない」

 この聡明そうな女王陛下でも攻略できないのか。
 なるほど、簡単なゲームではなさそうだ。
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