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南大陸統一編
第199部分 不穏の影
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宴の日の深夜、闘狼人族の宿舎。
「どの面を下げて俺のところに来た? 狼人族の恥さらしが!」
ラウルは突然の訪問者、ボルデックを怒鳴りつけた。
闘狼人族と賢狼人族は同じ祖先を持つ。
しかし、長い歴史の中で二つの種族は独自の進化をした。
闘狼人族は戦闘に特化した身体能力を手に入れる。
一方で賢狼人族は索敵や情報収集に優れた能力を手に入れた。
賢狼人族に大陸の覇権を取れるだけの力はないが、各時代の有力者に取り入り、時には味方を陥れ、時には味方を裏切り、今日までその種族を繫栄させてきた。
南大陸で最も狡猾なのは賢狼人族だろう。
「そのようなこと、言わないでください。ラウルさん」
ボルデックが張り付いたような笑顔で言う。
「俺は今すぐにでもお前を殺したいのだ」
ラウルは殺意を隠さなかった。
彼にしても元が同じだからと言って、無条件に好意を持てない。
むしろ、今までの賢狼人族のことを考えると警戒するのは当然だった。
「私は別に裏切ったわけではありません。蛇人族を内部から崩す隙を探すために亡命したのです」
「内部から崩す為だと?」
ラウルは鼻で笑った。
しかし、ボルデックは笑顔を崩さずに話を続ける。
「はい、強力な指導者と豊かな国力を持つ蛇人族の国に勝つためには単純な武力だけでは無理だと判断したのです。蛇人族とて、弱点の一つくらいはあるものでしょう」
「弱点? そんなものがあるようには思えない。この都の繁栄を見る限り、この国に弱いところなどないように思えるが?」
「いいえ、蛇人族を陥れる弱点はあります。なぜ、この都と王家の谷の間に距離があるか、お分かりですか?」
ボルデックの試すような言い方が、ラウルは不快だった。
しかし、ここで文句を言っても話が進まないと思い、そこには触れなかった。
「王家の谷は歴代の王が眠る場所と聞く。神聖不可侵な場所だから、都から離れているのではないか?」
「確かに外部にはそういえば、納得もいきますし、それも事実でしょう。しかし、他にも理由がある可能性があります」
「他の理由だと?」
「大陸の伝説はご存じでしょうか? かつて、造形魔法に長けた蛇人族は魔導兵器の開発をしていました。しかし、事故が起き、緑豊かだった大地は砂漠に変わってしまった。と」
「それは知っている。しかし、所詮は伝説だ」
確かに、蛇人族には大陸を砂漠化させたとして、迫害を受けていた時代がある。
ただし、それはあくまで伝承で、確固たる証拠はない。
獣人族の勢力が強かった時代に半人半蛇の蛇人族を陥れる為に作られた創作、というのが現在の常識になりつつある。
「確かに全てが真実、とはいかないでしょう。しかし、全てが嘘、ともいかないようです。パトラティア三世の治世の時代、魔王軍の侵攻を防げないと悟った彼女は二つのことをしました。一つは最近になって明らかになったことですが、国の歴史を記した本を自らの命を犠牲に封印し、次世代に託しました。そして、もう一つは一部の遺跡の破壊です」
「遺跡の破壊だと?」
「はい、現在破壊された遺跡の一部は魔王軍の侵攻によるものではないのです。パトラティア三世は何かを隠すために遺跡を破壊したのです」
「ふん、だとしてもそれが魔導兵器だという確証はない」
「確証はあります。蛇人族は積極的に破壊された遺跡を再建していますが、一切、手を付けていない区域があるんです。不審に思い、私はそこを警備している警備兵たちの記憶を盗みました」
「記憶を盗んだだと?」
「我らの一族に伝わる特異魔法です。そして、私はその崩れた遺跡に魔導兵器が封印されていることを知ったのです」
それを聞いたラウルは考え込む。
「だとして、どうする? そんな危険な魔導兵器が制御できるものか」
「制御する必要はありません。思う存分、暴れさせればいいのです。そうすれば、この辺り一帯は壊滅するでしょう。そのまま蛇人族が壊滅すれば、最高ですし、もし、そうならなかったとしても魔導兵器の暴走を蛇人族のせいにすれば、今まで蛇人族に友好的だった種族が離反するでしょう」
「だが、失敗すれば…………」
ラウルはなおもボルデックの提案に疑問を持っていた。
「では、蛇人族の主導で大陸が統一されるのを指をくわえて眺めていますか?」
その一言にラウルは顔色を変えた。
すでにライリーら王描人族は蛇人族と手を組むことを決めてしまっている。
そうなれば、闘狼人族はその下へ着くことになってしまう。
「かつての大陸有力勢力の闘狼人族も情けなくなったものですね」
「なんだと!?」
「王描人族に負け、そして、その王描人族も今、戦いを止めようとしています。今一度、大陸の覇権を取るために立つ時ではありませんか? あなた方より王描人族の方が戦いで疲弊しています。そして、蛇人族に大損害を与えることが出来れば、今一度、大陸は乱世に突入し、覇権を争う時代になるでしょう。その中で最も戦力を残しているのが闘狼人族となれば、数年後の大陸の覇者はあなた方です」
「大陸の覇者……」
その言葉はラウルにとってとても魅力的だった。
先祖の失われた栄光を取り戻したい気持ちは今もある。
「どうすればいい?」
ラウルは強烈な誘惑に抗うことが出来なかった。
「作戦をお伝えしましょう」
ボルデックは本当に笑い、今後の作戦を説明する。
「…………作戦は心得た。しかし、貴様は何を望む」
「私は貪欲です。なので、いずれ、出来るであろうあなた方を中心とした新秩序の中での高い地位を望みます。そうですね…………副盟主の座を希望します」
それを聞いたラウルは少し安堵した。
もっと厄介な要求をされると思ったからだ。
「分かった。いずれ、お前には確かな地位を用意する」
「ありがとうございます。長居していて、不審に思われるので私はこれで失礼します」
ボルデックは闘狼人族の宿舎を後にした。
しばらくして、尾行が付いてきていないことを確認すると一人で笑いだす。
「闘狼人族……まったく、扱いやすい。同じ祖先をもつ狼人族として恥ずかしい限りだ。奴らはまだ一度沈んだ太陽が昇ると思っている。太陽はまた昇るさ。だが、それは闘狼人族という太陽ではない。王描人族や蛇人族でも私自身が絶対的な存在になるのだ……!」
ボルデックはラウルに全てを話したわけではない。
蛇人族の魔導兵器の正体をボルデックは明確に掴んでいた。
「どの面を下げて俺のところに来た? 狼人族の恥さらしが!」
ラウルは突然の訪問者、ボルデックを怒鳴りつけた。
闘狼人族と賢狼人族は同じ祖先を持つ。
しかし、長い歴史の中で二つの種族は独自の進化をした。
闘狼人族は戦闘に特化した身体能力を手に入れる。
一方で賢狼人族は索敵や情報収集に優れた能力を手に入れた。
賢狼人族に大陸の覇権を取れるだけの力はないが、各時代の有力者に取り入り、時には味方を陥れ、時には味方を裏切り、今日までその種族を繫栄させてきた。
南大陸で最も狡猾なのは賢狼人族だろう。
「そのようなこと、言わないでください。ラウルさん」
ボルデックが張り付いたような笑顔で言う。
「俺は今すぐにでもお前を殺したいのだ」
ラウルは殺意を隠さなかった。
彼にしても元が同じだからと言って、無条件に好意を持てない。
むしろ、今までの賢狼人族のことを考えると警戒するのは当然だった。
「私は別に裏切ったわけではありません。蛇人族を内部から崩す隙を探すために亡命したのです」
「内部から崩す為だと?」
ラウルは鼻で笑った。
しかし、ボルデックは笑顔を崩さずに話を続ける。
「はい、強力な指導者と豊かな国力を持つ蛇人族の国に勝つためには単純な武力だけでは無理だと判断したのです。蛇人族とて、弱点の一つくらいはあるものでしょう」
「弱点? そんなものがあるようには思えない。この都の繁栄を見る限り、この国に弱いところなどないように思えるが?」
「いいえ、蛇人族を陥れる弱点はあります。なぜ、この都と王家の谷の間に距離があるか、お分かりですか?」
ボルデックの試すような言い方が、ラウルは不快だった。
しかし、ここで文句を言っても話が進まないと思い、そこには触れなかった。
「王家の谷は歴代の王が眠る場所と聞く。神聖不可侵な場所だから、都から離れているのではないか?」
「確かに外部にはそういえば、納得もいきますし、それも事実でしょう。しかし、他にも理由がある可能性があります」
「他の理由だと?」
「大陸の伝説はご存じでしょうか? かつて、造形魔法に長けた蛇人族は魔導兵器の開発をしていました。しかし、事故が起き、緑豊かだった大地は砂漠に変わってしまった。と」
「それは知っている。しかし、所詮は伝説だ」
確かに、蛇人族には大陸を砂漠化させたとして、迫害を受けていた時代がある。
ただし、それはあくまで伝承で、確固たる証拠はない。
獣人族の勢力が強かった時代に半人半蛇の蛇人族を陥れる為に作られた創作、というのが現在の常識になりつつある。
「確かに全てが真実、とはいかないでしょう。しかし、全てが嘘、ともいかないようです。パトラティア三世の治世の時代、魔王軍の侵攻を防げないと悟った彼女は二つのことをしました。一つは最近になって明らかになったことですが、国の歴史を記した本を自らの命を犠牲に封印し、次世代に託しました。そして、もう一つは一部の遺跡の破壊です」
「遺跡の破壊だと?」
「はい、現在破壊された遺跡の一部は魔王軍の侵攻によるものではないのです。パトラティア三世は何かを隠すために遺跡を破壊したのです」
「ふん、だとしてもそれが魔導兵器だという確証はない」
「確証はあります。蛇人族は積極的に破壊された遺跡を再建していますが、一切、手を付けていない区域があるんです。不審に思い、私はそこを警備している警備兵たちの記憶を盗みました」
「記憶を盗んだだと?」
「我らの一族に伝わる特異魔法です。そして、私はその崩れた遺跡に魔導兵器が封印されていることを知ったのです」
それを聞いたラウルは考え込む。
「だとして、どうする? そんな危険な魔導兵器が制御できるものか」
「制御する必要はありません。思う存分、暴れさせればいいのです。そうすれば、この辺り一帯は壊滅するでしょう。そのまま蛇人族が壊滅すれば、最高ですし、もし、そうならなかったとしても魔導兵器の暴走を蛇人族のせいにすれば、今まで蛇人族に友好的だった種族が離反するでしょう」
「だが、失敗すれば…………」
ラウルはなおもボルデックの提案に疑問を持っていた。
「では、蛇人族の主導で大陸が統一されるのを指をくわえて眺めていますか?」
その一言にラウルは顔色を変えた。
すでにライリーら王描人族は蛇人族と手を組むことを決めてしまっている。
そうなれば、闘狼人族はその下へ着くことになってしまう。
「かつての大陸有力勢力の闘狼人族も情けなくなったものですね」
「なんだと!?」
「王描人族に負け、そして、その王描人族も今、戦いを止めようとしています。今一度、大陸の覇権を取るために立つ時ではありませんか? あなた方より王描人族の方が戦いで疲弊しています。そして、蛇人族に大損害を与えることが出来れば、今一度、大陸は乱世に突入し、覇権を争う時代になるでしょう。その中で最も戦力を残しているのが闘狼人族となれば、数年後の大陸の覇者はあなた方です」
「大陸の覇者……」
その言葉はラウルにとってとても魅力的だった。
先祖の失われた栄光を取り戻したい気持ちは今もある。
「どうすればいい?」
ラウルは強烈な誘惑に抗うことが出来なかった。
「作戦をお伝えしましょう」
ボルデックは本当に笑い、今後の作戦を説明する。
「…………作戦は心得た。しかし、貴様は何を望む」
「私は貪欲です。なので、いずれ、出来るであろうあなた方を中心とした新秩序の中での高い地位を望みます。そうですね…………副盟主の座を希望します」
それを聞いたラウルは少し安堵した。
もっと厄介な要求をされると思ったからだ。
「分かった。いずれ、お前には確かな地位を用意する」
「ありがとうございます。長居していて、不審に思われるので私はこれで失礼します」
ボルデックは闘狼人族の宿舎を後にした。
しばらくして、尾行が付いてきていないことを確認すると一人で笑いだす。
「闘狼人族……まったく、扱いやすい。同じ祖先をもつ狼人族として恥ずかしい限りだ。奴らはまだ一度沈んだ太陽が昇ると思っている。太陽はまた昇るさ。だが、それは闘狼人族という太陽ではない。王描人族や蛇人族でも私自身が絶対的な存在になるのだ……!」
ボルデックはラウルに全てを話したわけではない。
蛇人族の魔導兵器の正体をボルデックは明確に掴んでいた。
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