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3日目
第17話 三日目:チーズケーキとプリン@菓子工房フラノデリス
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牛乳の感動が冷めやらぬうちに、私と親友は、チーズ工房から車で三分ほど走らせた場所にある、有名なケーキ屋――「菓子工房フラノデリス」を訪れた。
駐車場には、ノラニンジンの花が咲き乱れている。
私は花を近くからまじまじと見た。ふむ。近くから見た方が、ちゃんと花として認識できるな。小さな花ひとつひとつも可愛らしい。
蕾は……恐怖を感じるほど気味が悪かったが。SF映画に出てきそうだ。
ケーキ屋は住宅街に佇んでいた。
ケーキ屋の前で、おじさんが自販機に商品を補充している。まあこれは、本州でもよく見る光景だ。……と、思ったのだが。
「ちょっと待って!? あれ、何の自販機だ!?」
おじさんが手に持っていたのは、ジュースではなく、プリンや焼き菓子。
私と親友の興味津々の視線に気付いたおじさんは、にっこり笑って答える。
「これ、ケーキ屋で売ってる商品です。自販機でも売るようにしてまして」
「はぁぁ……!? な、なぜ!?」
「ほら、うち、待ち時間長いから。自販機だと店内に入らずにスッと買えますし、店が休みの日でも、営業時間外でも買えます」
衝撃を受け、その場で立ちすくむ私と親友。
私は冷や汗を流しながら、震える声を絞り出す。
「天才だろ……」
「天才、だな……」
「じゃ……じゃあ、この向かいにお住いの方は……」
「急な来客時でも、この自販機でプリンを気軽に買えるってことだ」
「なんか甘いもん食べたいなあって思ったときは……」
「それがいつでも、スリッパで外に出たらこの店のお菓子が手に入る」
「……っ!!」
コンクリートに頭をぶつけそうになった。
やはり、北海道の民は天才だった。
しかし私は、北海道に来てからずっと思っていたことがあった。
「あのさ……。北海道って、人を太らせることに積極的すぎない?」
「そうだよ。本州出てから痩せたもん、私」
どうして北海道の民は、北海道にいながらにして人の形を保てているのだろうか。私が北海道に永住しようものなら、きっと太りすぎて家出る時につっかえるようになるぞ。
北海道の民はすごい。誘惑の罠だらけのこの地で、自制心を保ったまま毎日を生きている。すごすぎる。すごすぎるぜ。
ケーキ屋の前には、どでかいアジサイの花が咲き乱れていた。もう八月なのに、未だ満開だ。
「北海道って寒いから、本州で四月から六月くらいに咲く花が、七月八月で一気に咲くんだー」
ああ、美しい。季節外れの花が一斉に咲き乱れる北海道。
ここは本当に日本なのだろうか。きっと北海道は日本のニューカレドニアだ。
さて、そんなこんなしてから、私たちは店内で、プリンとケーキ、温かい飲み物を注文し、飲食スペースに向かう。私はテーブル席よりカウンター席の方が好きなので、二人並んで席についた。
カウンター席には、充電用のコンセントが設置されている。
「なんでこんなしっかりしたケーキ屋で、コンセント完備なんだよ……!」
「ありがたいねー」
北海道のホスピタリティに、私は息ができなくなった。
親切もここまで来ると攻撃的だ。ありがたいを通り越して、人類の善良さが身に染みわたり、なぜか死にたくなった。
私はゼェゼェと肩で息をしながら、感覚のなくなった手でスプーンを掴む。
北海道でプリンを食べるのはこれで二度目だ。一度目のプリンは遠吠えするほど美味かったが、このプリンは果たしていかほどか。この二日間で肥えまくった私の舌を、お前は満足させることができるのか?
挑発的な目でプリンを口へ運び、震えた。
「ふくら牛乳」の味そのものだ。
「な……な……。こ……こんな、プリンに、牛乳の味が反映されるの……?」
次にチーズケーキもぱくりと一口。
これも……「ふくら牛乳」の味がする。
「嘘……だろ……」
親友も言葉を失っている。
彼女は私を見て、吐息を漏らした。
強い。
こんなの勝てるわけないじゃねえか。
本州に、私の大好きなケーキ屋がひとつある。いくつもの賞を受賞している、計算し尽くされた繊細な味の、芸術品のようなデザインの国宝級ケーキだ。
それに比べ、菓子工房フラノデリスは、デザインは素朴で、パティシエの腕もそれなりと言ったところだろう。おい、失礼だぞ。
だが、使用している素材ひとつひとつが強すぎる。
小手先の技術ではない、美味さで私をタコ殴りにしやがるんだ。
4C(※)でたとえるなら、本州のケーキ屋は、カラットとカットが最高級で、菓子工房フラノデリスは、カラーとクラリティが最高級といったところか。
※4C……カットされた宝飾用ダイアモンドの品質を評価する国際基準。
カラット:重さ、カット:技術加工、カラー:色、クラリティ:透明度
本州のケーキ屋も、菓子工房フラノデリスも、どちらも幼児退化してしまうほど美味い。美味さのベクトルが全く違うのも興味深かった。
菓子工房フラノデリスのうまさの正体に気付けたのは、その前にチーズ工房で「ふらの牛乳」を飲んでいたからだ。
今までの行動が一本の線となる。
鳥肌ものだ。これがまさに伏線回収だ。
私もこんな物語が書きたいと、創作意欲が湧いた。
駐車場には、ノラニンジンの花が咲き乱れている。
私は花を近くからまじまじと見た。ふむ。近くから見た方が、ちゃんと花として認識できるな。小さな花ひとつひとつも可愛らしい。
蕾は……恐怖を感じるほど気味が悪かったが。SF映画に出てきそうだ。
ケーキ屋は住宅街に佇んでいた。
ケーキ屋の前で、おじさんが自販機に商品を補充している。まあこれは、本州でもよく見る光景だ。……と、思ったのだが。
「ちょっと待って!? あれ、何の自販機だ!?」
おじさんが手に持っていたのは、ジュースではなく、プリンや焼き菓子。
私と親友の興味津々の視線に気付いたおじさんは、にっこり笑って答える。
「これ、ケーキ屋で売ってる商品です。自販機でも売るようにしてまして」
「はぁぁ……!? な、なぜ!?」
「ほら、うち、待ち時間長いから。自販機だと店内に入らずにスッと買えますし、店が休みの日でも、営業時間外でも買えます」
衝撃を受け、その場で立ちすくむ私と親友。
私は冷や汗を流しながら、震える声を絞り出す。
「天才だろ……」
「天才、だな……」
「じゃ……じゃあ、この向かいにお住いの方は……」
「急な来客時でも、この自販機でプリンを気軽に買えるってことだ」
「なんか甘いもん食べたいなあって思ったときは……」
「それがいつでも、スリッパで外に出たらこの店のお菓子が手に入る」
「……っ!!」
コンクリートに頭をぶつけそうになった。
やはり、北海道の民は天才だった。
しかし私は、北海道に来てからずっと思っていたことがあった。
「あのさ……。北海道って、人を太らせることに積極的すぎない?」
「そうだよ。本州出てから痩せたもん、私」
どうして北海道の民は、北海道にいながらにして人の形を保てているのだろうか。私が北海道に永住しようものなら、きっと太りすぎて家出る時につっかえるようになるぞ。
北海道の民はすごい。誘惑の罠だらけのこの地で、自制心を保ったまま毎日を生きている。すごすぎる。すごすぎるぜ。
ケーキ屋の前には、どでかいアジサイの花が咲き乱れていた。もう八月なのに、未だ満開だ。
「北海道って寒いから、本州で四月から六月くらいに咲く花が、七月八月で一気に咲くんだー」
ああ、美しい。季節外れの花が一斉に咲き乱れる北海道。
ここは本当に日本なのだろうか。きっと北海道は日本のニューカレドニアだ。
さて、そんなこんなしてから、私たちは店内で、プリンとケーキ、温かい飲み物を注文し、飲食スペースに向かう。私はテーブル席よりカウンター席の方が好きなので、二人並んで席についた。
カウンター席には、充電用のコンセントが設置されている。
「なんでこんなしっかりしたケーキ屋で、コンセント完備なんだよ……!」
「ありがたいねー」
北海道のホスピタリティに、私は息ができなくなった。
親切もここまで来ると攻撃的だ。ありがたいを通り越して、人類の善良さが身に染みわたり、なぜか死にたくなった。
私はゼェゼェと肩で息をしながら、感覚のなくなった手でスプーンを掴む。
北海道でプリンを食べるのはこれで二度目だ。一度目のプリンは遠吠えするほど美味かったが、このプリンは果たしていかほどか。この二日間で肥えまくった私の舌を、お前は満足させることができるのか?
挑発的な目でプリンを口へ運び、震えた。
「ふくら牛乳」の味そのものだ。
「な……な……。こ……こんな、プリンに、牛乳の味が反映されるの……?」
次にチーズケーキもぱくりと一口。
これも……「ふくら牛乳」の味がする。
「嘘……だろ……」
親友も言葉を失っている。
彼女は私を見て、吐息を漏らした。
強い。
こんなの勝てるわけないじゃねえか。
本州に、私の大好きなケーキ屋がひとつある。いくつもの賞を受賞している、計算し尽くされた繊細な味の、芸術品のようなデザインの国宝級ケーキだ。
それに比べ、菓子工房フラノデリスは、デザインは素朴で、パティシエの腕もそれなりと言ったところだろう。おい、失礼だぞ。
だが、使用している素材ひとつひとつが強すぎる。
小手先の技術ではない、美味さで私をタコ殴りにしやがるんだ。
4C(※)でたとえるなら、本州のケーキ屋は、カラットとカットが最高級で、菓子工房フラノデリスは、カラーとクラリティが最高級といったところか。
※4C……カットされた宝飾用ダイアモンドの品質を評価する国際基準。
カラット:重さ、カット:技術加工、カラー:色、クラリティ:透明度
本州のケーキ屋も、菓子工房フラノデリスも、どちらも幼児退化してしまうほど美味い。美味さのベクトルが全く違うのも興味深かった。
菓子工房フラノデリスのうまさの正体に気付けたのは、その前にチーズ工房で「ふらの牛乳」を飲んでいたからだ。
今までの行動が一本の線となる。
鳥肌ものだ。これがまさに伏線回収だ。
私もこんな物語が書きたいと、創作意欲が湧いた。
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