ゲンパロミア

人都トト

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第二章

第二章 モズニエ-5

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お父さんは心を見るんだよと言った、お母さんはして欲しそうな事を率先するのと言った、それでも初花には勘という物を判断基準にする事は非常に難しい話だった。

少々の分量ですら数字が欲しい、見つけた懸念点にはマルかバツが欲しい、何か欲しいなら言ってくれたらいつだって全力で助力する。

だが見えないものは常にわからない、そもそも人の気持ちを察するとは決めつけるということにならないだろうか。

いやその確信で理解できる程のセンスめいた優しさの才能が私にだけ無いのかと、そんな考えも頭をよぎる。

たくさんお話をして相手を知って、最適な判断で喜んでもらう事を繰り返す、優しさの経験を貯めて人生のリファレンスとしていく。

メモを手に取る。

そこには常連客の情報やレシピの分量、人がされると喜ぶことがつぶさに書き記してある。

蓮葉亭の土曜の昼過ぎ、このままでは穏やかな赤字だ、しかし口コミ以外に宣伝という概念がない。

初花にできる事は間もなく訪れる常連客の必ず頼むメニューを仕込む事。

「シュリシュリ?」

首里城・銀シャリ・シュリンプ、まな板の上のまだ暗い色の海老、カウンター席から友人の南田永が厨房を覗いている。

このジョークの意味するものはシュリンプが正解だろう、永はリズム本位のネタを好む。

「シュリシュリですね。」

「エビチリ?」

「いえ違います。」

「じゃあ、エビチラナイ?」

「エビは散りますね。」

他愛の無い笑いが漏れる。

調味料や備え付けの割り箸、タッパー入りの漬物が並ぶ中に小さな頭が並ぶのは可愛らしくも見える。

永は時折こうして意味不明なことを言い出す、しかし初花はこれが結構好きだったりもした。

海老は将来的に散らす。

今行なっているのはそれらの下処理だ、せわたと頭を抜いては裏返して硬い外皮と脚をくるりと取る。

本当の調理人であれば料理を行いながら話すことはよろしくないかもしれない、だが初花の父親は会話もまたもてなしであると語っていた。

その話題を一度永に振った時、「まるでバーテンダーかバリスタみたいだ」と言われたが、そういうものなのかと疑問に思った事は覚えている。

残った尾はすぽりと気持ちよく抜け、除きそびれは無い。

料理上手な母に教わったやり方で初花はこの工程が好きだった。

会話をしながら手を動かしていると、作業は早く進む気がした。

「仕込みか。ウチもあとでそれ食べさせて、常連さんのあとでいいからさ。口がエビエビしてきた。」

「はいはい。ご注文ありがとうございます。」

きっと私は恵まれている、客とは別に一人で厨房に立つ時間にわざわざ雑談をしに来るもの好きな友人はそうそう見つかるものではない。

仕事柄様々な人と話す機会は多いのだが、放課後を家業に費やすせいか幼馴染以外の密接で対等な関係は次第に薄れていってしまった。

初花は永に対して未だに敬語をうまく抜けないが、永はそのことについて何も言わない、それはとても有難い事だった。

生臭さを和らげる処理を施し、海老を洗い、水気を切る間に野菜類を切る。

誰かの為に動くことの喜びは心地いいが、常連客はまだ来店していない。

永の軽妙なトークこそあれど、もうじき昼というよりもおやつ時になってしまう。

壁掛けの時計の短針が3に近づくにつれ、不安がよぎる。

「…お客さん、遅くね?」

初花自身待つことは一切の苦痛ではない、むしろ常に人を待たせぬように工夫を凝らす。

だからこそ丸々としたエビの下処理を済ませていた。

土曜の昼にエビチャーハンを必ず、それも初花が厨房に立つ以前から数年頼む常連さんがまだ来ない。

まだなどと思ってはいけない、常識外れの状態にどうしようと考え込むと言葉が出なくなってしまう。

古くにぎやかな機械仕掛けの時計が穏やかな曲をかけて、装飾の人形をかたかたと躍らせた。

お父さんなら、お母さんならどうするだろう。

何もしないことは苦手だった。

「あのおじさま、前に奥さん亡くしてから一人暮らしでしたね。」

「へえ、なるほど?」

メモに目をやり考える、記録は信用できる手掛かりになる。

好みの味付けの横に雑談された簡単な話も要点を書き留めていた。

酒好きだがどことなく寂しい独居老人だった、曜日の感覚を失わないために必ず土曜日にエビのチャーハンを注文するのだと豪語していた。

「ういか?」

「はい、いつも一人きりのご来店なので。その分お話を幾分聞いていました。」

「ああなるほど?」

「そうですね、そうしましょう。」

初花はそう結論付け、新調されたコンロに火を点けた。

しっかりとした火力に意欲が湧く、強い炎だ。

フライパンに生姜と油を引いて温める。

エビを一足先に投入し、揚げ炒めた後に別皿に。

大粒、手早く、決して手を抜かない。

溶き卵のベールを米に絡ませる、卵黄の硬化は早い、片手で中華鍋を振る。

偏りを許さない。

炒飯はバランスが命だ、均一に熱を通さねば食感が崩れてしまう。

永はこちらを見ている、既に自分のアイデアに勘づいたようだが話しかけずにいてくれている。

ぱらりとした全体に、具材と調味料を投下した。

中華料理は油と炭水化物の連続だ。

エビが熱で弾ける音、米が躍る音。

美味しさを目指し、喜ばれるように、いつも通りになる様に、しかし現状維持では済まさぬ様にと。

いつもならここから丸く盛り付ける必要がある、ただ今回はそれにそぐわない。

また考え込みそうになった瞬間、永がカウンターの常備副菜の容器を指さした。

「これと同じ皿、ある?」

初花はそのスイッチ式密封容器を確認し、戸棚から同型の容器を取り出して、炒めた飯をそこに入れた。

刻んだネギと大粒のエビを押し込む、見た目は悪いかもしれないが作らないという選択肢は無かった。

「…えいさん、少々お店を空けてもよろしいでしょうか?」

初花はその常連の住所を知っていた、忘れ物を届けたことがある。

「少々過剰な接客サービスじゃない?」

永は息を付くように声だけで笑う。

「分かってる。店の前で開店前のふりをしとくよ、追加で客来るかもじゃんね。行列と勘違いして。」

その発案はちょっと悪徳であるような気もした。

厨房周りを簡単に片付け、裏手から自転車を玄関に付ける。

「ごめんなさい、ありがとうございます。」

「安全運転、お願いしますよ。待ってっから。」

初花は大きくペダルを踏み込んだ。

日差しに目が眩む。

お父さんなら…これぐらいのことはする、迷わずやってのける。

自転車のかごに時代錯誤な竹網の鞄が見える、エビチャーハンの詰められた密閉容器とメモがしっかりとそこに入っている。

初花はただの看板娘から踏み出さねばならない、常にそう考えていた。
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