ゲンパロミア

人都トト

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第二章

第二章 モズニエ-8

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中身が無い動画ばかりが日がな増えていく、積み上げの無い人間の集まりは駄作しか作れない。

怪談好きの長細い「葦切」は自分とは違う技能があるがためにまだ好感が持てる、だが我らがリーダーの「郭」はダメだ。

ひたすらにどうしようもなく。

郭は確かに大人としての貫禄の様なものがある、だが過剰な理想主義者でもある、どこから得たのか不明な財力と共にガキの様な事ばかりを言う。

「…なんだ?」

カメラ担当の勇が動作確認の画面を揺らした方向に、一瞬動きがあった。

ほとんど廃墟化したビルの中ならネズミぐらいはいるかもしれないが、視界の端にすれ違ったのは何かもう少し大きな影だった気がする。

明らかに何かが動いた、ただそれがなんなのかまでは理解に至れない、だが恐らくレンズは捉えていたはずだと勇は考えた。

「…ちょっとすんません先輩、このカメラ止めていいですか。」

「ん、ああ。」

「助かります。」

先輩と呼ばれた郭の手には最新のスマートフォンが握られている。

ある程度所得に余裕が無ければ購入を誰しも躊躇する過剰な最新鋭のフルスペック、下手なカメラより優れている可能性も十分にある。

こんな夜に古ぼけた場所でわざわざスーツを着込んでいるのは、関暁夫の影響だろう。

「高い分だけ画質も音も良いんでしょうけどね。」

思ったが口には出さない、人の気の無い空きテナントは剥き出しのコンクリート壁に囲まれて、どんな小さな声でもよく通ってしまうだろう。

心中にのみ、ただ溜めていた。

動画に関してはある程度スマホで事足りることは重々承知だ、それでもいくらかは機材担当としてのプライドは存在した、三脚タイプのアクションカメラを一度手元に取り外す。

バッテリー、カメラ、ケーブル類、細かい微調整はこちらにも存在する。

利用用途としては野外アクティビティやスポーツの試合の撮影などに適するらしい、こだわりというか形骸として餅は餅屋とアキバで買った。

素人物ではない自信はあったが、プロや趣味人と言うにはまだ弱すぎる。

鈍臭い自分よりはまともに役に立つだろう、太い指で液晶をスワイプして直近の録画データを確認する。

「なんだよこれ。金属ゴミか、でも風があるわけでもなしに。」

「どうしたイサ…なんか幽霊でも入ったか?」

映っていた、何か針金めいた紐が1秒もしないうちに雑に箱の積まれた荷の中から換気扇にするりと入り込む様子だ。

重力に反した映像の筈だが、逆に馴染みすぎておりどこか嘘物に見える。

「多分ネズミです、もう居ないみたいですね。」

「そっか、まぁそれならそれでいいわ。そろそろ始めたいからセッティングよろしくな。」

苦笑いした、別に気にするほどの事ではない、所詮は素人撮影の低品質動画だ。

社会から転がり落ちたが発狂はできぬまま、学生時代の先輩に声をかけられ、ええいままよと掴んだものは勘違いカリスマ管巻き陰謀論者の腰巾着だった。

かつてはミームの切り貼りのユーモアで承認欲求を満たしては、暗い部屋でカロリーを胃に流し込んでいた。

今はその先輩と連れて来られたもう1人と共に細々と動画サイトで分け前の広告収入を稼ごうとしている。

この仕事はつまらない話にひたすら編集で修正をかけるものだと勝手に思っている節があるが、実際それは間違っていない。

自分のようにカメラの仕様を熟知していない者にとっては、むしろ一人の編集作業の方が心穏やかに作業が出来る。

郭は今の上司であり花であり金がある、あるなら何故こんな無意味な胡散臭い動画を作るのかとも思う、納税しているんだろうか。

「クルワさん、これはここでいいっすかね。」

「そうだな、後ろにいい感じで窓があるのもいいな。じゃあそことそこにドクロと地球儀とそこら辺を置くか。」

黴と埃っぽい空気の中、細めの葦切がこの空間には不似合いな赤い椅子を運び込み組み立てる。

手早く荷物を漁り、大きめの布製バッグから蝋燭風のライトを始めとした小道具を並べ始めている。

だが郭は何もせず、風貌ばかりは高級そうな椅子の建付けを確認しつつ悠々と脚を組みスマートフォンに目を向けた。

当たり前のように仕切りたがる、そうやって人を顎で使うのに慣れている人種だ、それが必要な指示であったとしても自分の中の常識が歪んでいそうな男だ。

「イサの方は大丈夫そうか?眠いか?」

「ああいや。大丈夫っすね、準備出来てます。」

何が陰謀だオカルトだ実話怪談だ、結局はミステリアスな自分を演出する為に責任を負わなくていい脳が足りなくても間違いが存在しない話題を話しているだけじゃないか。

そう言いたい気持ちを抑えつつ、カメラの準備を整えた。

「そんじゃよろしく。」

既に道具は三脚に取り付け直した、あとはひと押しだけが自分のこの場での仕事だ。

この動画が50回も回るかどうかはさておき、撮れ高があれば先輩の機嫌が良くなる、そうなれば稀に無料で酒が飲める、野外ロケなら尚更だ。

申し訳程度の光源をカメラを確認しながらところどころに置く、暗い中に浮かび上がる姿と赤いネクタイが無駄に映えるのが気に食わない、だがそれは良しの証とした。

郭が作られたフレームの中央、正面に映る、馬鹿な表現だと自分でも思いながら頭が良く見えるという言葉選びをしたくなる。

「ヨシキリさん、画面OKです。先輩もいいですね。それじゃカウントの後、録ります。」

「じゃ、始めてくれ。」

手が軽く上がった、撮影開始の合図だ。

だが合図より早く録画ボタンを押下した、後で編集を容易にするために前に意図的に時間の空白を作っている。

テレビ的な裏方の知識はない、遠い昔の校外体験学習の猿真似だ。

指でサインをする、横で葦切も黙って立っている。

3、2、1、キュー。

「皆様こんばんは。『ハイドシーク』のオカルトチャンネルへようこそ。」

「なんと今回で記念すべき50回目の投稿になります、これも偏に視聴者の皆さんのおかげです。」

「俺たちの話を聞いてくれる人がいる、とても嬉しいことですね。」

「今回はちょっといつもと違う雰囲気を楽しんでもらえたらなって思いまして。こういう風に場所を変えてみました。許可は勿論取っています。」

「クルワ節」が絶好調とでもいうべきか、真実に嘘が混ざっている。

引き続きレンズを見つめる。

「さて、今回は俺らの持ってきた話ではなく、視聴者の方からご提供頂いた話を読み上げていこうと思います。」

「まず今回のロケ地に関わる話を一つ…。」

郭の軽妙なトークが止まった、勿体ぶって尺を持たせているのかと思ったが違う、台本が脳から飛んだのか?

声は出せない、録画がまだ回っている、人の声でノイズが増えると調整が面倒だ。

勇は、隣の葦切と顔を見合わせようとした。

いつもの高さに姿が無い。

ただ、葦切の身体がフレームの方向に吹き飛ぶのを見た。

小道具が巻き込まれて、精神的な驚きでスローモーションに映る。

後ろに地を踏み込む音がした、スニーカーではない足音。

振り返りたい、自分の首も肢体もさほど機敏に回らない、肉が多い、視界だけを向けた。

何かが光ったように見えた、そしてそのまま自分も倒れた。

郭が声にならない悲鳴を上げている、顔から打ち付けた葦切が床を転げまわった。

自覚、脚の関節に固形の衝撃を受け何か眩しいもので比喩ではなく目が痛く眩んだ。

倒れ、なにか縋るものに掴まろうとした、黒い棒のそれは三脚だった、視界の揺らぎは止まない。

郭の悲鳴がただ割れている、状況を理解したい。

「な、なんだお前! 」

「お兄さん、 ピニの事知ってる人?」

けだるく軽い、女の声がした、若い。

「誰だよ!」

「そんじゃ。」

このままでは何も見えない、よじ登るように転がった体勢を立ち上げようとした、頂点のカメラに手のひらが触れる。

布擦れと上ずった声、応答より早く暴力の音がした。

カメラを取り外してサイドポシェットあたりに投げ込み、三脚を杖のようにしてようやく立ち上がる。

ようやく目が冴え、元の視界を戻し始める、郭は椅子から落ちていた。

乱れたスーツで後ろ手に親指を拘束されている、上に乗っているのは女の片脚だ。

黒一色の服装、前髪が長く顔は見えない。

額に傷が付いた葦切が必死に立ち上がっていた、後ろから貧弱な腕で勢い任せに殴りかかり、その背に乗っていた脚が回るようにして胴を打つ。

潰れた蛙のような声と共に、再び葦切が床に叩きつけられた。

郭が縛られたままにタックルを仕掛けようとするが、自分で小道具を踏み彼女まで到達しない。

彼女は余計なことをと言いながら皮手袋の手のひらに、葦切のスマートフォンを抜き取っていた。

暴力だ、犯罪だ。

俺が何したって言うんだよと彼は叫んだが、思い当たりがそれなりにあるのは痛かった。

「逃げろイサ!こいつヤバいぞ!」

血の色が見えた。

この酷くのろまで、何もかもに追いつかない図体に出来ることは、情けのないことにそのリーダーの声に従う事だけだった。

ドアまでの距離と赤いイス、近いのは出口。

鉄のノブに手が触れる。

同時に、階段から転がり落ちた。

背に段差が当たる。

脂肪があっても、痛みは強くある、重力が勇を手荒に撮影していたフロアから乱暴に引き離した。

皮肉にもこの脚では出せないスピード、肩が外れたような痛み、壁に叩きつけられ息が詰まる。

歯医者を思わせる、深夜で一人、組み上げたPCで動画レンダリングを待つときの回るような無機的な機械の音がに瞑った目を開けた。

背後にいる物は何なのか、勇にはわからない。

先ほどの女とはまた違う、人ではない、劣悪な素材のコラージュ。

すぐに足を動かしたので眼前に迫る正体は捉えられない、ただ逃げるべきであることは分かる、端子の様なサイズの回る細い金属が見えた。

もう、下りの階段を落ちているのか走っているのかわからない、背後に謎の金属音が迫っている。

呼吸が苦しい、肺と心臓が破裂するようで、重みに膝が笑う、揺れる腹が自重を揺らがせて痛む。

歯を食いしばる、何か、なにか策はないかと考えを巡らせる。

カメラ、これがあれば警察に付きだせる、証拠は撮れていると思う、何なら停止ボタンを押した覚えはない、いや違う…。

「がああぁあ!!」

クズで構わない、証拠など持っていられるか。

胃と肺の全てを使い、太く獣じみた叫び声を上げながら、勇は高性能カメラを両腕で後方に投げた。

背後の気が逸れたか、衝突音がしたかもわからない、投擲を必要とするメジャースポーツからも全て逃れて生きてきた。

眼前に室内と異なる色の暗さが見え、そのまま勇は扉を押し開けて外に飛び出した。

夜の街、雨の夜道には誰もいない、追われていないと知りながら恐怖で不用に不器用にただ走る。

雨音に紛れ自分の呼吸音がうるさい、通報されても構わない、今ならしてほしい。

あの郭を組み伏せた暴力は何なのか。

街灯の灯りの少ない角を曲がる、水たまりを踏みつけて、アスファルトの広い大通りに出る、濡れる路面に傘を差す人影が見える。

雨で思考が冷えていく、アーケードのある淡い温かさの商店街に出た、太とましさに湿り、張り付いたTシャツが不快だ。

だが暗いところに行きたくはない、この時間では開いている店も少ない。

違う、自分の判断は正しい、あの集まりで一番まともなのは俺だ。

そうだ、警察に連絡しようとスマートフォンを取り出す、震えが止まらない、これは寒いからだ、違いない。

「お兄さん、ちょっといいかい。」

正常な男の声がした、安堵感から崩れるように膝をつく。

声の主は勇より少し年上に見える男性だった、ビニール傘を携え警察官の服装をしている。

口ぶりは丁寧だが表情は曇っている、濡れた醜い身に布が張り付いている様相は、誰であっても許容は致しかねるだろう。

「その、あまりいただけないね、こんな時間にそんな格好は。」

それは正しく勇への救いだった。

スマートフォンが震えている、見ることは出来ない。

心から行政に感謝した、早く助けてくれ、お願いだと事実を口に並べ整理できぬままに嘆願した。

早く、クソつまらなくて融通が効かなくて、大嫌いな秩序に俺を連れ戻してくれ、と人生で最も熱く激しく求め、発狂した。

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