ゲンパロミア

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第二章

第二章 モズニエ-25

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GaBは間違えても変な気は起こさないで、優しくとのたまいながら画面にいくつかのガイドラインを示した。

ついでに端末の簡単な操作方法まで伝えられた、思いの外液晶画面の破損には気を使わずとも良いのだと偶然ながらようやく認識する。

これらの手順を覚え、あの路地の動画を自力で消すことができればこの喧しい機械と対話をする必要などは無い、無いのだがその件については既にかはりと話した。

まず間違いなく無理だと言われた、こればっかりは先生でも何かを学んでどうにかなる話じゃないとかはりは首を横に振り、もしIDもパスも知らないでそんなこと出来たら人の動画消し放題だからねと付け加えた。

コメント欄が封鎖されているとか、SNSやってないのかなと彼女なりに消してもらえないか頼むような模索はしたのだと、なんならGaBにも再三消せないかと頼んだのだと、息巻いてもいたが。

ロボットはアカウントを作れないと何度言えばいいんすかと吠えられた幾度かの会話の後、GaBは自身が信用されていないことを引きずるように述べながら、作戦決行前に動画は消されたことが確認出来るようにすると約束した、特定した投稿者の情報も見せられた。

セキュリティ、プライバシーという言葉は流石に理解していた、秘密や機密は誰でも存在し守られる、そしてドナーはそこから漏れた。

このピクトグラムは自作だろうか、説明が上手いという随一の利点が余す事なく用いられている、こういった事をするのが初めてでは無いという事だろう。

そもそもこの酔狂や道楽の化身とどこまで付き合うか、というのは問題だった。

しかしGaBがどうやら完全にかはりの端末を掌握している訳ではないという事を知れば、今回限りはまともに話を聞いてやるかという判断にもなった。

庇護対象の所持するスマートフォンの形のままでは、些か殺めづらい。

部屋の窓鍵を開錠し外へ出る、風はなく湿気もない、悪くない。

かはりの端末下部に付いているパッチの様な部品を外し、感情を損得で割り込ませマンション下駐車場の中の白い一台に向かう。

見た目に傷も埃も汚れも無い、ただ何処となくドナーの気遅れる色合いだ。

何台か並ぶ原付と自転車とは幾ばく質感が異なる、目立つことはないだろうか、塗装や形状が過剰な訳ではなくしかし独特な丸みの風合いを持つ。

この時間でも駐輪スペースは点灯し羽虫が集っている、一体どう手に入れたというのか、まさか盗品かと問い詰めたくもなったがこの身は建設的な論争に向かない。

このまま握り潰してしまおうかと思案した後、部屋で説明を受けた通りにそのヘッドライトの付いた箇所の隙間に入れ込むと何かが噛み合った様な音がした。

次に後方のケースを開き、中のシートもとい荷物入れに座る、そこはところ狭しと機械類が押し込められ、もしくは乱雑に配置されていた、整理整頓とは言えないがドナーが入る程度のスペースはあり眉間を寄せた。

上記が終わった際の合図は2回のノック、不審がりながらもこの手順を踏んだ、バイクが喧しく震え始める。

流石にこの乗用物は知っていた、乗ったことはない、ただもう少し無骨な形状ではなかったか、とも。

そして怪物以外誰も乗っていないそれは、存じ無い技術で動き出した。

エンジン音、共に車輪部分が回転する音、走り出す。

慣性の法則、重力加速度、暗所ですら風を切る感覚が伝わる、相応に速度が出ている。

自分の肉体では到底不可能な移動スピード、そう確信できる。

動作中にも関わらず、声が聞こえた。

「はい、これでオッケー。あったまった、あったまった。やードナー?今直接君の脳内に語りかけてんだけど。」

明らかな嘘だ、荷物置きの中に外付けのスピーカーが取り付けてある。

「お望み通りの乗り心地だといいね。」

こちらの反応を待たずして喋り続ける機械は実に楽しげである、そして耳障りだ。

加えて随分と、その機嫌は良い様だった、スーパーガブという極めて馬鹿馬鹿しい自称が聞こえた気がしたが、聞き流した。

「今オレってここん中に入ってる状態なんだけど……わかる?まずオレの声聞こえる?聞こえてたら返事してくんね?yesなら2回、noなら3回とかで。」

何故、これが、ひとりでに動いているのか。

「シカトかな?」

この鉄機械に乗り込むのは初めてだが、恐らく、いや確実にこれは人による運転を必要とするはずだ。

少なくとも自分はこれを操縦した経験はない、そもそも免許を持っていない、こういう物に免許を必要とする事だけは知識として持っている、当然ながら脱法的だ。

「…一旦止めるか?」

その原理や違反を抜かし、何が要因であるかは薄々と理解した。

GaBは、恐らくこの機械を取り込んだ状態にある。

そう、かはりの端末を奪い、もしくは騙して許諾を得、勝手に人の個人情報を盗み見て、好き勝手。

二回叩いた。

「遅くね?んで強くね?まあオッケー、オッケー。んじゃ引き続き安全運転で行きますんでよろしく!レッツラゴー!」

加速を始める、ドナーも荷物置きの中、重心がやや乱れる。

家の中で既に店名や比較的大きい建物の名前を使い、既に指示をしていた、従順にも今はあのビルが見えてどの辺だと実況をされながらバイクは走っていた。

路面は荒れていないがタイヤが小石を踏む度に振動が発生する、それが不快でないと言えば嘘になるが耐えられない程でもない。

加速減速、急な曲がり道への対応。

隙間から外を見れば街灯が流れていき交差点に差し掛かる、今度は直進、再び曲がる、そして再度直進。

為すがままの身とされることをドナーは警戒していた。

ドナー自身に対する外傷ならばまだしも、連れ去りとなれば冗談ではない、重大な懸念だった。

道中の会話には無視を貫いた、もし仮に、事故でも起こされたらたまったものではない。

だからこそ万が一の場合に脱出が可能な様、荷台の隙間や外界の視野は数ミリ確保していたが、余計な速さと景色が結果として粘膜に染みる。

GaBはそんなに信用ないんすかとひとしきり過剰に悲しむような言動を取り続けた。

20分ほど走った頃だろう、バイクは停車した。

「着いたぜ、降りろ。」

闇を開ければ、そこはもう最早見慣れた高層住居、近い湾岸公園の景色になっていた、ただし車体は裏手につけてある。

近辺の時計を見る限り、時刻は23時前、異例に早い、見回す景色には窓から光が漏れている部屋が通常より多い。

「なんか言ったりとかないんすか、おどろきとか、まあ送迎車の運命といえば運命感はパナいとしても。」

また文句を言われる、やはり面倒な気質だと痛感する。

仕方なく2回外壁を小突いた後に降りると、んじゃ用事があるんでと言い残し、GaBは一瞬で道路の彼方に消え去った、居残ると言われたらその対応に困っていたであろう、彼の家の場所を知られたくはなかった。

小林へのアポイントメントは付けてある、最早高層を身を捩らせながら登る必要はなく、一階裏手を見回せばすぐその姿は見つかった。

夜の中、彼の顔は一階の共用部分のゴミ捨て場前の明滅する蛍光灯に照らされていた。

小林は用意よく小型のホワイトボードを手渡してきた、その目の下に薄く影がかかっているのを見て取る、少し肌に生気が無い。

深夜にも関わらず異形に対し丁重に挨拶をする彼の様子には、責任を持たなければならない、自身の制作者のような存在にはならない、人の理を外れたのなら何があっても必ず手を引き続けると覚悟している。

感謝と挨拶を簡単に書き連ね、話は部屋でと彼を促した。

共有通路に靴の音が響く。

3回目の訪問は彼の部屋にドナー専用の座布団が置かれる程度の変化しかなかった。

取り立てて言うこともなく、空の鳥籠はそのまま放置されており、飼育用の資材もこれといって撤去されたようには見えない。

卓上の機械周り、酒缶の数は減っていた、いや恐らくは普段は片付いているが空けたばかりということなのだろうか、そんな香がした。

最早依存症には成りようがないのだがそこまで熱意を射す趣向というものはドナーには縁遠い。

「ちょっときついかもですね、換気しますよ。すいません。」

なんとなく軟派ではありながら、面会の予定がある前にも飲酒を欠かさない、独特の図太さを感じる。

窓を開けば夜風が通る、前置きも待たずに彼は話を切り出す。

「今日は何のご用事ですか?先生。」

彼は座り、机に適切に残っている薬剤やメモを並べ、軽く微笑んで見せた。

その表情の奥に何か、暗いものを感じさせる、健康以外、それは何に起因するのかは判別がつかない。

頭を下げて、その後ろ暗さに触れる様な話題を出した瞬間だけその微笑みは崩れ、しかしそれもすぐに元通りに治った。

当然自分は本能的使命を優先した、それは揺らいでいない、ただ同意も死に至る危機も無かった事も事実、過剰な話だった。

「大丈夫です。すみません、こちらこそ、先生のお考えをちゃんと確認するべきでした。」

丁寧かつ正しい応答だったが、彼の認識が最早ドナーに逆らう訳がないという事も分かっていた、精神的かつ切れない麻酔で異常さは常に鈍麻する。

強制的な説得の為に訪問者をその血を持って支配下に置いたことは、かつての居場所では何度かある、あの頃はまだ自分が若かった事と他者に危害性の軟化を見込み、まだ正当化することもできた。

これは加害ではないと何度か言い聞かせ、反芻した。

だが事実は変わらない、約二名の投薬は続く、全く素知らぬ顔をして棄ておくという事もドナーには出来ず、そして当然かはりを自身の見るには居た堪れぬ部分からは引き離して心を守らねばならない。

何があれ、ただ懸念であれ、彼らの始末の前に手を打っておく必要があった、自身は元よりこの社会に生きておらずそれ故に足を掬われた。

少なからず世間を容易に見積り過ぎた、いくつかの外界との連絡通路を封鎖し、警戒をするような生活とは訳が違う、全てに懸念が潜む。

ミスをして気づいてからでは遅い、その穴を埋める為に歩むと別の穴を無意識に開き、時もまた進んだ。

万が一だ、再度眼前に傷ついた人間が転がれば、どんな冷静さを保とうとすれど、自らが何を行うかは分かっていた。

協力者が要る、ドナーは写真を持ち出していた、ホワイトボードを誤理解のないように走らせた。

幸運な事に、今夜の夜更けはまだ来ない。
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