ゲンパロミア

人都トト

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第二章

第二章 モズニエ-27

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あの存在の主な脅威は、ドナーからすれば機動力や逃走の容易さにある。

いくらスパンを早めて暴力をぶつけられたところで、大した脅威では無い、しかし隙を作られることは確かであり、そして相手は自分に一度敗北している。

気付かれただけで、逃げ出す、それはある種賢い判断ではある。

あの怪物には恐怖心がある、視界の情報を無視しない。

一度目の投擲は当たった、しかしそれ以外に逃走を防ぐ手段をドナーは空中に対して持たない。

その点、撤退を阻む事、陽動或いは追跡をGaBに担当させる。

それがドナーが最も安全に二体を仕留める方法である。

対策を話し合っていた際に、部屋の窓を何度か小突いたそれは、彼の防衛手段のひとつなのだ、いくつかの写真はこの形を持って追跡したのだと朗々と語ってみせた。

耐久性は些か不安点ではあったが、共倒れるならそれでも良い。

しかしあの忌まわしき幽霊は、透過機能を持ちなりふり構わず逃走する可能性もある。

あの存在はほぼ確実に恐れや怯みの反射を持つ、それが泥試合の中、ドナーが勝った要因だ。

透過、飛行、暴力。

三つを同時に扱われたとしても、回復力はこちらが勝る。

それ以外の異常を持つ可能性、唯一あれば記憶の操作だが、考慮しない。

既に交戦時に干渉されたという仮説は正とは無いと結論づけていた、そうであれば複数の脳を持つ身体に必ず違和感が生じる。

彼方もドナーの手札は知っている、単純な攻撃射程のみで言えばあの亡霊は上を行く。

懸念はかはりに手を出されることだ、その対応はすでに打ってあった。

小林に話をつけてある。

彼は決して強くはないが、意識の外の手札には老女と青年しかいなかった。


静かな朝の海岸に、様々な遺物は漂着していた、風のざらついた感触は潮にある。

かはりがうみーと声を出す、それを嗜める必要もなく波音が掻き消した。

潮風に錆び付いたガードレール、そして小高いコンクリートの仕切りが、砂の地と舗装された直線道を隔てる。

コンクリートの階段を下れば、波打ち際まで3メートルもない。

もっとも美しい場所とは言いがたい、貝殻や細かな砂よりも、プラスチックや流木が目立ち、伝え聞いた水面よりそれは随分と穢れていた。

波が揺れるが、白というより灰に似て存外地に貼りつく涎のような泡を残す。

遠く見える水平線だけは純粋で、朝焼けに照らされ、眩い光を放っている。

海岸線に沿った平行な道路にはたまにジョギングをする者が通り過ぎる程度で、ほとんど誰も横切らなかった。

もう少し時間が経てば、釣り人は訪れるかもしれない、海水浴にはまだ早く、素肌にはそぐわない。

酷く汚染されたように思えた。

この場所を好む者は少なそうだとドナーは思考した、魚の影もそれとなく察した限りでは少ない。

「あれ、だよね。」

それは不意に、そしてただ佇んでいた、ストップと言ったGaBの声にかはりは自転車を降りて手押しした。

「ああ、アイツだよ。間違いない、つうか気づかれないのかよ。にぶちんだな。」

「ちゃんと見ると気持ち悪いね。なんかこう、ぞわぞわっとする感じ。」

海の方を向いたまま微動だにせず、まるで置物のように静止している。

道路上という高所から見下ろす、まるで作り物のような姿かたちであるが、ゆっくりと近づいてゆくにつれてその異様さが際立ってくる。

かはりは自転車をコンクリート製階段の前に止めた、まだ少し距離がある。

「なんつうか、ここまで行くとアレも律儀っすよね。お気に入り?」

「海好きなのかな。」

ドナーは答えずに観察を続けた。

強襲すべき敵は、流木にも見えた、おおよそ生物とは呼べない代物だ。

落ち窪んだ空洞、大きく裂けた口に並ぶ歯に似た何かは人の頭骨に酷似し、あまりかはりに見せたい物ではなかった。

眼球にあたる部分は存在せず、眼窩らしき部分が火で瞬いている。

「ねえ、もう行っちゃうの?」

「逆にここまで来ていかないことないすよ。」

「そうだよね!うん。先生はすごいもん。大丈夫だよ!」

GaBの声が急かすとかはりは無邪気に笑って見せた、する必要のない緊張の色を上書きした。

「オレもいますから、じゃあちょっと先生借りますね。」

ドナーは視線を向けながらも、促されカバンを降りた。

面倒な話だ、だからこそ、ここで仕留めなければならない。

「先生、いってらっしゃい。」

かはりの笑顔に見送られながら、ドナーはコンクリート階段に足をかけた。

不要な登場者は箱庭の中に要らない。

「そんじゃ。」

かはりの端末の電子音声と同時、すこし離れた岩場から何かが飛び出した。

岩陰からの飛来者、不意をつくように現れた換気扇の様なものを回す機械仕掛けの浮遊物。

それは重力に逆らうようにして滞空し、そして確実に、その首の、意識を引いた。

最初の一撃を叩きつける。

「なっ…!」

海風が強く吹いている、その音が殴打音を消音する事をささやかに願ったが、自らの身体とぶつかった音は何よりも酷く反響した。

そのまま獣の様に組み敷き、頭を、外界と隔離する様に圧する。

「手を除けろ!」

ドナーは体内の臓器全てに命令を送る、全ての細胞に、もう逃がさぬよう純粋な力と力で押しつぶす。

極力かはりには見えない角度で、背を向けている。

異物の混じった音が鳴る、当然抵抗はあった、しかし頭部はさして頑丈ではない、炎上するような頭部には熱源は無かった。

指で抉る様に窪みに突き刺し、合間を裂くようにして捻った。

その瞬間、体内の組織が空気に触れた、一部の認識が中断する。

ほぼ同時にかはりの悲鳴が聞こえた。

殴られたのだ、そう気づく。

弾ける音、燃える音が振動から伝わる。

しかしそれは失われてはいない、ドナーは視界の端で歪む顔を確かに見た。

痛みは既に遮断した、だが視界が揺れる、かはりとドナーの間には距離があった、万一の肉種も蒔いた。

彼女に危害が加わる事は無いだろう。

かはりの叫びに声に気を取られた極めて注意散漫な隙、その手を再度筋組織の網で捉えて締め上げる。

音にならない苦悶の声と共に、ずるりとすり抜けた首が宙を舞う。

痛みなのか恐怖なのか、敵の顔は歪みに満ちていた、元からか。

その視線が睨みに吊り上がったかと思えば、横からGaBが単純に追突した。

呼応するかの如く、敵の拳が振り下ろされる。

「でっ!」

金属の塊がぶつかり合う衝撃音と火花が爆ぜる様子が見えた、飛び上がる様に再度絡め取り圧をかける、隙あらば拳を振るおうとする様は学習能力に欠けていた。

穴空きばかりのこの物の何処にそんな意志があったのか、肉を再生成させあがくそれを再び地に押さえ付ける。

力では対抗できないと判断したのか、敵の両手がドナーの頭部を掴んだ。

あくまで模倣した人型の頭部だ、首も味噌も無くとも不便はなく自らは生存する。

伝わる感覚は骨の様に思えた、無言の時間は死に近い。

脳が揺れている、これは不快だ。

風と内臓に紛れてGaBの声が聞こえた気がしたがそれに構っていられる余裕は無かった、それは死ではない。

体幹を揺らされながらもドナーは即座に反撃を行う、即座に胴に神経を巡らせ、作り上げた無数の両の手で掴みあげ、暴れる度に更に深く握り込む。

骨のきしみ、抵抗と反抗が形を無に、完全に意識を断つために力を込めた。

そうしてようやく、敵は身動きが取れなくなった、ゆっくりとねじ切っていく。

仕留めた手応えはその破片以上に重くのしかかっていた、脅威は潰えた。

全てが砕け散る直前になって、気づきは揺れた。

ドナーが歪んだ。

瞬間、視界が開けた様な錯覚を覚えた、出血はしていない。

だがそらと海のあおさいがいわからない、自分の一部の応答がない。

これはなんだろうか。

ただ切り離したしきりが『咲いた』事を肌で感じ取る、かはりの声がした。

一体なにが起こったのか。

思考する部位から情報がこぼれる、もっと深いところで何かがうしなわれる、響いた音を言葉として認識できないが、横たえた視界でくちびるをみる限りでは自分を呼んでいた。

ひどくおびえためをしていた。

手を伸ばせない、湧くように絶えることのない不定形な肉が明らかに老いるように減衰している。

その血肉が溶け、思考がひどく重たかった。

堅実に積み上げてきたものが床から崩れるような、落下感覚。

「時に、仕事より趣味を充実させてこそ生きてるって感じがしますよね?」

「いきなり何。」

かはり。

「いや、別に大した意味じゃないですけど。」

かはり。

「何。」

なになにを問うのはかはりの口癖だ、それぐらいはわかる。

発声を試みた、しかしここからでは遠かった。

返答は無い、ただわらい声がした。

おびえため。

何か太いものが弾けるか、切れるような音を最期。

ドナーの五感と知性は砂の中に途絶え、自我の境が自然に溶けた。
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