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ハゲが泣いて、依頼は終了!

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「やめろ……お前たちは……みんな、俺の大切な……」

罵倒と悪口の嵐の中、俺は小声でハゲに呼び掛ける。

「リーダー!あなたなら正しい決断ができるはずです!俺は信じていますよ!」
「アタケ……いや、しかし……俺にはどうすることも」

ちらっと仲間に目を向けるもハゲの視線はすぐに逸れ、斧槍を握る手へと注がれる。



「思い出してくださいよ。古文書を手にした時、あなたは何を考えていたんですか?どうして邪神にかけがえのない仲間の命を捧げてまで財宝を手にしようとしたんですか?」

「……俺は、その、それは……ううっ!!」

ハゲは俺の言葉に唸り声をあげると、やがて斧槍を持ち上げる。




「みんな……」

おっ!まさかモブ共を一思いにやっちまうつもりか!
やべーぞ!大虐殺だ!

「みんな……俺が、俺が間違っていたんだ!!」

ハゲが叫び声を上げた次の瞬間、斧槍がダンジョンの床にずどんと凄まじい勢いで叩きつけられた。

天井からぱらぱらと小石や土くれが落ち、モブたちは腰を抜かす。




「すまない……聞いてくれ」
「……」

「こいつの言う通り、俺は少し考えてみるべきだった」



ハゲは目に涙を溜め、まっすぐに仲間たちの顔を見つめている。




「誰を切り捨てるかなどではなく、そんな事態に陥らないように何を為すべきか。それこそがリーダーとして考えるべきことだったんだ!!」



「ハーゲン……」
「古文書を手にした時から、俺はすでに邪神の術中に嵌っていたのかもしれない。本当にすまなかった……」

「「「……」」」



モブたちはしばらくの間、ぽかんとしていたがやがて安心したようにお互いの顔を見合わせると、小さくため息をつく。



「ほ、ほほほ……ハーゲンよ、ひと時の欲に身を委ねることなく、よくぞ踏みとどまってくれた。流石はわしの見込んだ男じゃ!」

「そうですよねハーゲンさん……邪神に仲間の命を捧げてまで宝を貰おうなんてやっぱり間違ってますよ!俺も目が覚めました!これからはまっとうに神に仕えることにします!」

モブたちが急にわいわいと騒ぎ出したのを見届けると、俺はハゲの肩を叩いてガッツポーズをする。



「まあいいってことよ!気にすんなって!」

ハゲの手から離れて斧槍が床に転がり落ちると、ハゲは苦笑しながら俺を見た。
その頬には幾筋もの涙が伝っている。



「アタケ、聞いてくれ」

「へ?」
「財宝を得て、俺が何をしようと考えていたかだ」
「え、あ、はい」



ハゲは何度も目を拭うと軽く息を整える。



「俺は貴族へと返り咲きたかったんだ」
「貴族?」

「……わずかな領土と粗末な館だったが確かに俺は領主だった。そこに俺の先祖のかつての仲間の子孫だったと主張する傭兵崩れの山賊どもが乗り込んできて、館ごと奪われたままなのだ」
「……」

「それでも法律の上ではあと五年も経たぬうちに連中の正式な領土となってしまう。そうなる前に取り返すにはコネクションや組織だった軍隊が必要で、どういうわけかそれはこの旅の成果である財宝をもってすれば容易いものだと考えてしまっていた」

「……そうだったのかい」

婆さんが納得したかのように何度かうなずく。



「なぜだろうか……俺は古びた紙切れにそそのかされてあやふやな宝の存在を信じ、罪なき者の命を失ってしまうところだった。たとえ財宝を手に入れようと、これでは正々堂々たる騎士だった我が先祖に合わせる顔がない……上に立つ者として失格だ」

「ハーゲン、あ、あんたが決めたことなら、あたしはどこまでもついていくから!」

「俺はもうリーダーではない。お前たちは俺の指示ではなく自らの意志に従ってくれ」



おばさんの言葉をハゲが否定するように首を横に振ると、婆さんが杖を持ち上げハゲの頭をこつんと突く。



「バカだねえ、その子はあんたと一緒にいたいって言ってるんだよ」
「え?あ、ああ……」

照れたように額を掻くハゲに小太りのモブがにこりと微笑みながら親指を上げた。



「ハーゲンさん!俺はこう見えて法律関係に詳しいんですよ!あなたの領土の権利に関する新たな資料がたまたま俺の手元から見つかるかもしれませんよ!」

「ハーゲンよ、わたしゃ魔法使いとしては三流だが病気には詳しくてのう。これから先、あんたの領土にいる山賊の間で疫病が大流行するであろうと風が告げておるぞ」

「ほーらリーダー、俺が言った通り、あんたの仲間は一流だったろ?もっと俺たちを頼ってくれよな!」

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったハゲの肩を手を置くと、モブたちは俺の顔を見ながらうなずいてみせるのであった。

「ほら、あんたもハーゲンを慰めておやり」

婆さんがうながしてやるとおばさんが目元のシワを押さえながらハゲの目の前に立つ。



「あ、あー……その……なに、あんたが貴族になったら、あたしとは釣り合わないっていうか……けどなんつーか、あ、あんたにちゃんとした相手が見つかったら潔く身を引くつもりだから、せめて同行だけでも……」

「…………」



もじもじと顔を赤らめるおばさんの手をハゲは力強く握りしめる。

「こちらこそどうか側にいて欲しい。君が焦っていたことに俺は気がつかなった。太股を出さなくなったって俺は君の前から去ったりはしない」

「は、ハーゲン……」

搾り出すような声で呟き、おばさんが顔を伏せると、見守っていた婆さんがやれやれとばかりに肩をすくめた。



「やーだね!下半身の話しか出来ないんだからこの泣き虫ハゲ!」

「「「どっ!」」」

婆さんの言葉にハゲは目元を拭いながら苦笑いを浮かべる。



「はははっ、どうやら俺はこの手では抱えきれないほどの財宝をすでに手に入れていたようだな……」

「え?」
「どういうことですかハーゲンさん?」



ハゲの言葉の意味がわからず小太りやおばさんたちが呆気に取られていると、ハゲはいたずらっ子のように微笑ながら皆に告げた。



「かけがえのない仲間という財宝だ」

「「「おおおっ、うおーん(泣)」」」

おばさんに地べたに押し倒され、ハゲは涙を流しながら大笑いしていた。小太りも婆さんも目元をぬぐっている。



そして俺は大爆笑していた。



やれやれ……これじゃ俺の入り込む余地なんかありゃしねえぜ。
こうして俺は<追放>の力を使うまでもなく、ハーゲンのパーティから去ることとなるのであった。

(つーか今思ったけどよ!<追放>の力を使えばよかったんじゃねーか!)

しかしとりあえず依頼は成功だろう。

ハーゲンたちの冒険が今後どうなるかはともかく、俺の仕事はただの荷物持ちなんだからな!
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