女たちは言う。イケメン、美男子、美青年と。

でぃくし

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たかしの秘密

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「大丈夫だったかい?」

たかしの傍にやってきた紳士はにこやかに微笑んでみせる。

「えっ!あっ、はい!あ、あのっっ……あ、あ、ありがとうございます!」
「礼はいらないよ。それより、会計が済んだら散歩でもしようか」

「えっ!?あ、は、はいっ……」

紳士はカウンターに歩み出て、スマホを女主人に提示した。

スマホの画面には支払いアプリの ”ポンぺイ” のマスコットキャラであるウサギ型ロボット『ウサやん』がラジオ体操をしながら支払い状況の進捗を見守っている。

「ではこれで彼と私の支払いをお願いしますね」

この人は一体なんなのだ。
何故ここまで自分に良くしてくれるのか。

たかしは戸惑いながらも、紳士に親しみと強い憧れのようなものを感じていた。

「は、はい……うちじゃあ色んな電子マネーに対応しておりますんで……では、ちゃっぴーの気まぐれ二つとメロンソーダ、それにオムライス、以上で……ご、53,020円になります……」

「いやあ~……ちゃっぴーの気まぐれ一つで26,000円か。流石はちゃっぴーさん、相変わらずワイルドだね、料理も値段も」
「す、すみません……あれは、その、時価ですので……」

店主は紳士の自信溢れる眼差しと言葉に頬を染め、恥じらうように俯く。
この時たかしには店主のおばさんのことを『お嬢さん』と呼ぶ、紳士の気持ちがなんとなく分かった気がした。

「いえいえ、とんでもない!とても美味しかったですよ。では……」

紳士は懐から小切手を取り出すと、そっと店主の手に重ねて渡す。
すると店主の顔から乙女のような表情が消え去り、かわりにいやらしい笑みが浮かび上がった。

「ま、毎度あり!またのお越しを~~っ!!」
「ああ、こちらこそ。ごちそうさまでした」

支払いを終えた紳士は出入り口まで見送りに来たたぬきに手を振ると、たかしに爽やかな笑顔を向ける。

「では、たかしくん、行こうか」
「えっ、はっ、はい!」

散歩とは言われたが、どこに行くのか何もわからない。
自分はこれからどうなるのか。
この人は自分をどこに連れて行こうというのだろうか。

店の外に出ると、日は落ちかけ、空は茜色に染まりつつあった。

たかしは当然のように紳士を背中を追って歩き出す。
今日の宿もなにも決まってない、そもそもここには死ぬために来たのだ。

今更帰る場所もない。
この紳士に付いて行くしかない。

しかし、それ以上にたかしはこの人ともっと話がしたかった。
この人のことが知りたかったのだ。

それはたかしが初めて抱いた自分以外の者への興味であり、欲望でもあった。

⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰

「あの……なんで ”ぽんぽこペイ” は ”ポンぺイ” に名前が変わったんですか……?」

たかしは慌てて首を横に振り、無意味な質問を打ち消そうとする。

流血の興奮から醒めてしまったのか、たかしの頭の中には再び霧がかかりつつあった。それでも自分の言葉に呆れてしまうだけの感覚は残っているようだった。

(……俺は何を言ってるんだ。そんなこと今はどうでもいいだろ……)

しかしたかしの困惑をよそに、紳士はあくまでにこやかに応じる。

「それはだな。ぽんぽこペイの運営が買収された後、公募で決まったことなんだ。ちなみに受賞者のコメントによると ”ポンぺイ” という名前は ”ぽんぽこペイ” の略称というわけではなく、当時流行していたニューヨークでゲリラが大暴れするゲームのヘリコプターの機体名が由来だそうだ。ちなみにポンペイのマスコットキャラクターのウサやんの名前はとあるSF小説の登場人物の名前が元になっている。それを知っているような人間はよっぽどマニアックな人だと思うけどね」

「えっ!?あ、はい、ありがとうございます……」

たかしの心中を知ってか知らずか、紳士はポンペイの名称変更の経緯をたかしに説明した。マスコットキャラクターの名前の由来まで含めてだ。

一拍おいて再び紳士が口を開いた。

「ちゃっぴーさんの料理はうまかったか?」
「へっ!?え、あ、あ、あまり覚えていません、ちょっと緊張してて……」
「ははは、だろうね。私もうまいと思ったことはない。厨房に鎖鎌を持った婆さんがいるような店だから無理もないが」

やはりずっと前からこの人のことを知っている気がしてならない。
紳士が軽やかに笑うとたかしもつられて笑う。どこか肩の荷が下りた気分だった。

「あ、いや、そ、そうだ、そういえば、どうして俺、いや僕の名前を……」
「ああ、そのことか」

たかしの質問を聞くなり、紳士は待ってましたとばかりににやりと口角を上げる。
その表情は口元に浮かぶシワの一つ一つまでもが計算されたように整っており、まるで映画俳優のように絵になっていた。

「私は君の母親の兄、つまり君の伯父だ」

「そうなんで……えっ……ええっ!?」
「それから私は吸血鬼でもある」

「あっ、は、はい……は!?は!?」

「ちなみに君の母親も吸血鬼だ」
「ちょ、ちょっと!?なにを……」
「そしてたかしくん、君は吸血鬼の母親と人間の父親の間に生まれた半吸血鬼なんだ」
「……」

たかしは絶句する。
この人は何を言っているのか。

そもそもなぜウサやんの名前の由来まで知っていたのか。
いや、それはどうでもいいはずだ。

「え……う、嘘ですよね?さすがに冗談にしてはちょっと……」

「さっき、店で血を目の当たりにした時、体がカッと熱くなる一方で急に頭が冴えた感覚はなかったか?」
「……えっ、まあ、でも……あなたが伯父さんだって話はともかく、きゅ、吸血鬼とかいきなり言われても……」

「信じられないか?どうしてだ?君は自分が吸血鬼でないことを確めたことがあるのか?」

確かにそうだ。
今まで自分がもしかして吸血鬼なんじゃないかと思って確かめたことなど一度もない。

そう考えるとたかしは不安になってきた。

「でもそんな……そんなの信じろっていう方がおかしいというか……無理っていうか……」

「そうだな。しかし、この世には信じることが難しいような現実がたくさんある。たとえば電子マネーが使えないからといって鎖鎌を持った婆さんやガンマンが襲い掛かってくる飲食店というのは、まさに信じ難い現実のはずだ」

「…………」

紳士はどこまでも穏やかで優しい声色だ。

もし定食屋での出来事が映画だったとしたら失笑するところであろう。あるいはポップコーンを吐き出しているかも知れない。常識から外れたあまりにも突拍子もない状況で、普段の自分ならば到底受け入れ難いものであった。

だが、あれは映画のワンシーンではない。つい今しがた自分が体験していたことなのだ。

「まあ、信じられないと言わせてしまってもしょうがないかもしれない。荒唐無稽なものをいきなり突きつけておいて、はい、これは全て真実なんですよ、と言われても簡単に受け入れるのは難しいだろうからね」
「……」

沈黙が夕暮れの静けさの中に広がり、茜色に照らされた道に二つの背中が黒く伸びていく。

どこか一仕事を終えたような紳士の笑顔の隣で、たかしは緊張した面持ちのまま歩き続ける。

やがて二人は美しく澄んだ流れの沢を見下ろせる橋の上に立っていた。

自分のことをたかしの伯父だと語る紳士は少し塗装の剥がれた欄干に手を添えて、夕日を浴びきらきらと輝く水の流れをじっと見つめる。

すると水面から数匹の魚が羽虫を捕えようと跳ね上がり、水しぶきが飛び散った。

「……たかし、まだ死にたいか?」

「えっ……?」
「教えてくれ」

突然、紳士に問われ、たかしは戸惑ってしまう。

「えっ、えっと、その……」
「私なら君を苦しませることなく一瞬で殺してやれる。どうしても死にたいと言うのであれば、私がやろう」

紳士がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。
彼の横顔はこれまでに見たことがないほど真剣なものだった。冗談を言っているような様子はない。

「……」

たかしは何も言えなかった。
この人の言葉に間違いはない。
はいと言えば殺してもらえる。苦しむこともなく、安らかに。

そう思っていても言葉が出なかった。

「どうだ、もう生きるのは辛いか?」
「…………」

決心したはずの自分の気持ちが揺らいでいた。

もっとこの人の話を聞きたい、聞かせてほしい。そして教えて欲しい。
自分のこと、家族のこと、伯父のこと、そしてこれからのことを。

「……質問を変えようか。君は死にたくてここに来たわけじゃないはずだ」

紳士の瞳がまっすぐにたかしに向けられる。

「本当はお母さんに会いたかったんだろ」

たかしにはそれが自分の本心かどうかもわからなかった。
しかし、その言葉を聞いた途端、体から熱いものが込み上がり、胸が締め付けられた。唇が震え、目頭が熱くなり、視界が滲んだ。

「君に見せたいものがある。私の家に招待しよう。一緒においで」
「はっ……は……は、はっ、い……」

口がまともに動かず、返事すら出来なかった。
そんな自分が情けなくて、たかしは涙が溢れてくるのを止められなくなっていた。

「大丈夫だ」

紳士の落ち着いた口調と背中に添えられた力強い手の感触に、たかしは頷く。
彼の話が嘘であれ本当であれ、たかしは紳士のことを信じてみたかった。それがどんなおかしな言葉でも、目の前にいるこの紳士は信じるに足る人物だとたかしの心が告げていた。

「さあ、こっちだ」

今、たかしの中で彼は本物の ”伯父” となっていた。
たかしは伯父さんの言葉に従い、再びゆっくりと歩き出す。

どれだけ歩いたかは分からなかった。
大した距離ではなかったかもしれない。

しかし、いずれにせよ夕暮れの闇が鳥たちの翼を黒く染め上げた頃、暗い木々の中に紛れるように佇む荘厳な邸宅の前で二人の歩みは止まっていた。
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